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臆病者の終着駅

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 「初めて会った日に紡の鞄に入れたんだ、あの日限りで終わらせたくなかったから。あれっきり会えていなければ、偶然を装って会いに行くつもりだった」
 「どうしてそこまでするの……」


 思ってもいなかった告白に動揺を隠せない。

 僕なんかにそこまでする必要があるわけないのに。
 混乱した頭は、律の言葉を受け止めきれない。

 吐息のように漏れた言葉を聞き逃さなかった律は、悲しみの色を纏いながら下を向いて微笑んだ。


 「怖がらせるって分かってた。だけど、それ以上にもう会えなくなる方が嫌だった」
 「…………」
 「ごめんね、紡が思っているような健全な神さまじゃなくて」


 それはあまりにも切ない懺悔。
 僕の神さまは、神様ではなかった。

 どう声をかければいいのか、分からない。
 隣にいるはずなのに、映画のワンシーンを観ているかのような。

 どこか他人事のような心地で、自分が当事者であることを忘れてしまいそうだった。


 「こんなに執着するほど誰かを好きになったのは初めてなんだ」
 「…………」
 「紡が俺から離れていくのが怖い」


 長い睫毛で瞳に影ができる。
 その横顔は何よりも美しくて、けれど確かに愛おしかった。

 「ごめんね」
 「……謝らなくていいよ」
 「うん、それでもごめん」
 「……狡いなぁ」


 だって、謝られたら許すしかないじゃないか。元よりそれ以外の選択肢は持ち合わせていないのだけど。

 悪いことをしたと反省している子犬のような姿に絆された僕は仕方ないなぁと、小さな笑みを零すしかできなかった。結局、律になら何をされたって嫌いになることなんてできないのだから。


 そして最早恒例とも言うべきか、一緒に寝る・寝ないの論争を繰り広げた僕ら。結局大方の予想通り、「じゃあ俺が床で寝るよ」という律の一言で決着がついた。

 いつもそう。僕の負け。
 
 だけど文句の一言さえ言えない僕は先にベッドに入った律を一瞥して、緊張しながら同じベッドの端に寝転んだ。

 しんとした真っ暗な部屋。
 ぼんやりと天井を眺めても、まだ夜に目が慣れない。


 「ふふ、今日がずっと続けばいいのに……」


 約束通り僕に触れることはせず、律は独りごちた。その声がホットミルクみたいに優しい甘さを孕んでいるものだから、胸の奥がきゅっと切なく泣いた。

 しばらくすれば、律の寝息が聞こえてくる。それは僕にとって、静かな夜に聞く極上のBGM。

 寝返りを打って、律の方を向く。
 天使のような寝顔がぼんやりと見えた。

 手を伸ばせば触れられる距離に律がいる。
 ただそれだけで胸の高鳴りは止まらなくて、心臓の音が部屋中に響いているようで落ち着かない。

 距離を縮められた分だけ、後ろに下がっている自覚はある。だから僕は、いつまで経っても律に触れることはできない。

 それは勇気が出ないとか、そんな簡単な理由じゃない。
 
 ……僕はただ、終わりが来ることが怖いのだ。
 
 僕の人生は律ファースト。
 律だけがナンバーワンで、オンリーワン。
 
 これから先もずっと、律は僕の人生のセンターを陣取り続ける。どんなことがあっても、何をされても、この気持ちだけは変わらないと確信している。


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