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癒えない古疵
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しおりを挟む「気持ちいいね、紡」
「だ、め……やだ、……ぅ、おねが、い……ぁ、ああッ、」
ギターが上手く弾けたときに褒めてくれた時のように、優しい口調になった先輩が偉い偉いと頭を撫でる。
感情も顔もぐちゃぐちゃ。
脳みそが溶けているみたいに頭の中が真っ白で、何も考えられなくなった。
初めて他人の手で達してしまった。
羞恥よりも恐怖が勝る。逃げなきゃ、そう思うのに果てた直後の体は力が抜けて動けない。
勢いよく飛び出した白濁のそれを指先に纏わせて、先輩は僕の足を大きく広げた。そして、そのまま迷いなく後孔に手が伸びる。
固く閉じられたその場所を開こうと、ゆっくりと確実に指先が埋められていく。痛みに顔を歪める僕を見て、先輩は笑った。
「いつかお前は俺のことなんて捨てて、もっと広い世界に飛び立つんだろうね」
「…い、たい……ぁ、しらな、」
「そんなの、許さないよ」
遠慮なく突き刺される言葉のナイフが心を抉る。
体は必死に異物を押し出そうとしているのに、強引に指一本が中に押し込まれた。
息が詰まる。
こわい、苦しい、痛い。
助けがほしいのに、ここにいるのは僕らだけ。
心から信頼して、兄のように慕っていたのに。
関係が崩れるときは一瞬なのだと、この時初めて知った。
何にも持っていない平凡な自分。
物心ついた時からずっとそう思って生きてきた。
だからこそ言葉の意味がわからなくて、そんな僕にまた先輩は苛立つのだろう。それは堂々巡りで、終わりがない。
嗚呼、どこで何を間違えたのだろう。
あんなに優しかったひとを壊してしまった。
その事実だけはちゃんと頭で理解できた。
酷く悲しくて、申し訳なくて、涙が止まらない。
「愛してるよ、紡」
「…………」
「お前は俺の罪を背負って生きていくんだ」
偽りと悪意に塗れた愛の言葉。
聞きたくないと耳を塞いでしまいたいのに。
現実は意地悪で、カチャカチャとベルトを外す絶望の音が聞こえてくる。
だけど、それと同時に微かに窓を叩く雨の音がした。その音に混じって、ざわざわと人の声が聞こえてくる。グラウンドで練習していた運動部が慌てて戻ってきたらしい。
――今しかない。
そのひとがいるかどうかも分からないけれど、自分ひとりでは逃げ出すことは不可能に近かった。
それなら数パーセントの可能性に縋りたい。
「奏! かなで!……かなで、たすけて」
今までこんなに必死に名前を呼んだことなんてないんじゃないかっていうぐらい、自分でも驚くほど悲壮感の漂う掠れた声は静かな旧校舎に響いた。
「無駄だよ、誰も来ない」
そんな僕の姿を見て、先輩は嘲笑う。
熱いものが後孔に当たっている。ぬちぬちと中に入ってこようとする動きの圧迫感に息が止まった。
まだまだ狭いそこは侵入を許していないのに、そんなのお構いなしに先輩は腰を進めようとする。
嗚呼、終わりだ。
……初めては律がよかったな。
脳裏を過ぎったのは、ずっと憧れて恋してきた律の顔だった。
絶望から目を背けたくてぎゅっと瞳を閉じれば、ぱたぱたと足音が近づいてくる。
「紡……?」
「か、かなで……!」
「チッ」
間一髪だった。
少し前に先輩との練習場所が旧校舎に変わったのだと話しておいたのが役に立ったのかもしれない。
自分の姿なんて、今はどうでもいい。
必死に手を伸ばす僕を見て目を丸くした奏は、珍しく狼狽えた様子を浮かべた後、すぐに先輩を僕から引き剥がした。
「あーあ、終わりだ」
意外にも先輩は抵抗の意思さえ見せなかった。
奏が手に持っていたスポーツタオルを掛けられ、介抱される僕をぼんやりと見つめながら先輩は口を開く。
「お前に出会わなければよかった」
「せんぱい、」
「紡、お前は人を不幸にする天才だよ」
ぐさり、最後に突き刺された言葉は癒えない傷として今でもよく痛む。
その後、奏が呼んだ先生に連れられた先輩は僕の知らない間に学校を退学していた。噂ではこの街を出ていったらしい。
もう弦先輩とは会わない。
綺麗にぴったりと重なっていた線は、もう二度と交わることはない。
そう思うとほっとした。
だけど、心残りのような凝りが僕を時々過去に引き戻す。
先輩はまた僕を痛めつけたいのだろうか。
あの日を思い出して身が竦んだけれど、いい加減前に進みたい。
過去に怯えずに、胸を張って律の隣にいたい。
律のことをちゃんと考えたいから、過去と向き合わないといけない。
本当はこのまま目を逸らしていたいけれど、僕はもう逃げない。その時が来たんだ。
約束は今週土曜日の十四時。
決心したはずなのに、その日が近づくにつれて胃がキリキリと痛み出した。
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