91 / 114
弱虫の独りよがり
5
しおりを挟む律の指示を受けた楠木さんに用意された二台のタクシー。僕も奏も電車で帰れるからと断ろうとしたけれど、既に到着してますと言われては諦めるしかなかった。
楠木さんって何でこんなに仕事が早いんだろう。ふたりから恨めしげに見られても、楠木さんは気にした様子を見せず、微笑むだけだった。
その余裕そうなところが崩れる場面を見てみたい。そんなことを思いながら、奏とふたりでタクシー乗り場に着いた。
「奏、今日は付き合ってくれてありがとう」
「いや、いつものことだろ」
「ううん、すごく楽しかった。僕ひとりだったら知らないままだったから」
「そ。じゃあ、またな」
「うん、気をつけて」
「お前も……、あー、嫌なことは嫌って言えよ」
「ん? わかった」
珍しく歯切れの悪い言葉を残して、そそくさと奏はタクシーに乗り込んだ。気まずそうな表情が引っかかったけど、特に追及することなく都会の闇に消えていくのを見送った。
僕ももう一台のタクシーに乗り込んで、すっかり暗くなった窓の外を眺める。クリスマスムード一色、寒そうだけど寄り添って歩くカップルは幸せなオーラをばら蒔いている。
クリスマス、か。
ぼーっと移ろいゆく景色を見つめて、はっと思い出す。
律と過ごす初めてのクリスマスだというのに、何もプレゼントを用意できていない。誕生日プレゼントだって、まだ渡せていないのに。
言い訳じみたことを言うけれど、ちゃんと渡そうと思ってはいたのだ。だけど、律は欲しいものも流行りのものも何でも手に入れられるだけの財力や知名度を持っている。
律が「欲しい」と言えば、それを聞きつけた企業はこぞってプレゼントするだろうし。あわよくば宣伝してもらおうとするだろう。
いくらバイトをしているとはいえ、大学生が稼げる金額なんてたかが知れてる。プレゼントは金額じゃないとは思いつつ、彼の喜ぶものが全く思い浮かばなかった。
この世の全てを手に入れているといっても過言ではないスーパーアイドル相手に何を渡せばいいのか分からなくなって、一旦考えるのを止めたのが悪かった。あっという間に時間は経って、クリスマス当日になってしまっていた。
今すぐにでもタクシーから降りて、自分の家に帰りたい。どうしようと冷や汗をかきながら窓の外を見ていれば、ぱっと目に入った一軒のお店。
「すみません、止まってください」
突然の制止にも関わらず、運転手さんは不機嫌な顔もしないで快くそのお店の前に停車してくれた。
「クリスマスですもんね。素敵な思い出になるよう、お手伝いさせてください」
「ありがとうございます」
閉店の準備を始めているそこに慌てて飛び込べば、笑顔の店員さんに迎え入れられる。
優柔不断な僕だけど、ぐるりと店内を見回して、一目見た瞬間にこれがいいってすぐに決まった。
淋しい律の部屋に少しでも彩りを加えられたら。そう思って選んだのは、一際目を引いた青いバラがメインのブリザードフラワー。
「贈る相手は恋人ですか?」
「……はい」
ラッピングをしながら、優しそうな店員さんに質問される。恥ずかしさに躊躇いながら頷くと、店員さんは「素敵ですね」とにこっと笑った。
「ブルーローズとブルースターの花言葉はご存知ですか?」
「いえ」
「ブルーローズは『奇跡』と『夢叶う』、ブルースターは『幸福な愛』と『信じ合う心』なんです。少し恥ずかしいかもしれませんが、よかったら渡す時に伝えてみてください」
「……がんばります」
律が言うなら様になるけど、僕はそういうことにとことん向いていない。口だけの返事をすれば、見透かされたように笑われてしまった。
「素敵なクリスマスを」
「ありがとうございました」
柔らかな声を背に受けて、びゅうと冷たい風が吹く外に出る。小走りでタクシーに戻れば、車内の暖かさに気が緩んだ。
教えてもらった花言葉を噛み締めながら、潰さないよう大事に抱えていた。これは僕の気持ちそのもの、ちゃんと受け取ってくれるといいな。
見慣れた街並みが近づいて、僕は早く律に会いたくなった。
4
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
次男は愛される
那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男
佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。
素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡
無断転載は厳禁です。
【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】
12月末にこちらの作品は非公開といたします。ご了承くださいませ。
近況ボードをご覧下さい。
泣き虫だったはずの幼なじみが再会したら僕を守るために完璧超人になっていた話。
ネギマ
BL
気弱で泣き虫な高校生、日比野千明は、昔からいじめられっ子体質だった。
高校生になればマシになるかと期待したが状況は変わらず、クラスメイトから雑用を押し付けられる毎日を送っていた。
そんなある日、いつものように雑用を押し付けられそうになっている千明を助けたのは、学校中が恐れる“完璧超人”の男子生徒、山吹史郎だった。
文武両道、眉目秀麗、近寄りがたい雰囲気を纏う一匹狼の生徒だったが、実は二人は、幼い頃に離れ離れになった幼なじみだった――。
ひろいひろわれ こいこわれ【完結済み】
九條 連
BL
母を突然の事故で喪い、天涯孤独となった莉音は、ある夜、道端で暴漢に襲われかけたところをひとりの男に助けられる。
莉音を庇って頭を殴られ、救急搬送された男は青い瞳が印象的な外国人で、一時的な記憶喪失に陥っていた。
身元が判明するまでのあいだ、莉音がその身柄を引き受けることになったが、男の記憶はほどなく回復する。男は、不動産関連の事業を世界的に展開させる、やり手の実業家だった。
この出逢いをきっかけに、身のまわりで起こりはじめる不穏な出来事……。
道端で拾ったのは、超ハイスペックなイケメン社長でした――
※2024.10 投稿時の内容に加筆・修正を加えたものと差し替え済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる