歩き煙草

じゃろけ@いろんな小説を書いています

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歩き煙草

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目の前の男性が右手に煙草を持って歩いている。その煙草はなかなか口に運ばれることなく腰のあたりで手とともに揺れている。僕は揺れる火種を見ながら彼の後ろを歩く。彼の歩く速度が遅いものだから彼を追い抜くことにして彼の右側を通る。彼の振る舞いは想像する限り最悪なものだ。右手に煙草を持って狭い道の左側を歩くものだから、彼を追い抜く人は揺れている煙草の近くを通らなくてはいけない。僕はまさに彼の隣を通る瞬間、もういっそ煙草に手があたってやけどすればいいなあなんて思いながら、何事もなく彼を通り過ぎていった。
家についてソファーに横になる。ポケットから電子タバコをとりだして加熱すると、手の中でブルッと震えた。その振動を合図に横になりながら煙を吸って床と平行に吐きだす。自身の口から出ていった煙は最初はまだ地面と平行に進むのだけれど、少し進むとテーブルの近くで霧散した。
タバコを三本吸い終わったところで玄関からガチャガチャと音が聞こえてくる。僕は体を起こしてタバコをポケットに戻す。
玄関まで行っておかえりと声をかける。彼女は顔を上げて僕にただいまと言う。彼女は一通り仕事の愚痴をこぼすと、少し苛つきを表に出してぼくの方に向いた。
「電子タバコを吸うときも外で吸ってって言ったよね」
ぼくはばれるとは思っていなかったものだから少し動揺したが、今日はどうも強気でいられる。彼女の声でぼくが反省をすることはないけれど、ごめんと形式上の謝罪をした。
ぼくは彼女と交わした約束を破ったけれど清々しいような気持ちでいた。いままでが真面目に行き過ぎたのかもしれない。歩き煙草をしているやつにくらべれば、家の中での約束事を破るなんてことは小さなことだ。次はばれないように家の中で吸ってやる。臭いがつきにくいタバコにしよう。加熱式じゃなくてカートリッジ式のものにすれば家の中で吸ってもばれないんじゃないかな。完全犯罪さ。  
 ピンポーン。一番嫌いな音が響く。ああもう。彼女がインターホンに向かう。ぼくは自室に戻ろうと立ち上がる。
「はーい」
 彼女の声は普段よりも明るいものだった。
この声の感じは彼女の友人か。ぼくは結構彼女の友人たちが好きで、よく彼女とぼくと友人というメンバーで話したりする。ぼくにとっては、その時間がぼく自身の友人と過ごす時間よりも大事だった。ぼくは自室にもどるのをやめて、立ち上がった労力を三人分のコーヒーカップをもってくる労力へと切り替えた。
「こんばんは。もうね、この年齢になると夜に急に訪ねても受け入れてくれるのなんてここくらいだよ」
と、嬉しそうに話す。彼女の友人はみんなこう言う。彼女の友人たちをみんな集めて一回会わせてみたら、ぼく達の家でひとりひとり迎える必要性がなくなるんじゃないかなあなんて思う。
「この時間に訪ねられる友人よりも、きっとその同居人に感謝するほうがいいよ」
ぼくは笑いながら言った。もう20時を過ぎているけれど、ぼくは人数分のコーヒーを入れるために電子ケトルに水を入れ、カチッとボタンを押した。このボタンは反応しているのかいつも不安になるくらい押した心地がしない。もう慣れたものなのだけど、ケトルからシューと音が聞こえてくるまではこいつがちゃんと働いているかどうか信用はできない。こいつがもしシューと音をたてながら、実はお湯をつくっていなかったとしたら、ぼくは怒りの罵声を発しながらも心の中で褒めるかもしれない。
「ほい、どうぞ」
コーヒーをそれぞれの前に置く。ふたりはお礼だけ言ってしゃべり続けている。ぼくは必ずしも会話にはいるわけではないけれど、会話を聞いているだけでも楽しめることがほとんどで、たまにある愚痴大会だけはあまり好きではなかった。
「あーあ、岸本君みたいに彼女のこと大事にしてくれる男がいたらないいのにな」
「いや、こいつだって約束破るしいいところばっかりじゃないよ?今日だってあんなにやめてって言ったのに部屋でタバコ吸ってたしさ」
 ぼくの話題でも特に話に入ろうとは思わなかった。ぼくはこれからも彼女との約束をバレないように破り続ける。あー、お湯だけ沸かして生きていきたいな。たまにサボりながら。
 コーヒーが身に染みわたる。カフェインで寝られなくなっても明日の仕事は休めばいい。寝不足になるくらいなら。
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