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三話

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「……ふう」 

 なんやかんやで無事依頼を達成し、ギルドから出て直ぐにため息が漏れ出た。
 時計が無いから時間は分からないが、太陽の位置からして昼過ぎくらいだと推測する。
 もうちょい時間が掛かると思ってたけど最後にスライムの群れを見つけられたから早く終われたな。群れを見つけられなかったら多分まだ森を徘徊してたと思う。

 しかしまあ、本当に昼から暇になるとは思わなかった。本来ならまだ仕事とかしてる時間帯だからなぁ……生活リズムがおかしくなりそうだ。
 仕事が無い平日には何をしたらいいのかが分からない。ならばどうするか?

「そうだ、街を探索しなきゃ」

 これは決して過ごし方が何も思いつかなかった訳では無い。これから暮らす街のことを知る為の調査なのだ。何事も理解することが大事なのである。





 思い立ったが吉日とよく言うので、昼からの時間を全てこのアウロラの探索に費やすべく行動を始める。
 まず最初に訪れたのは、初日にオレがやむを得ず回り道を余儀なくされたアウロラの中心に位置する大通り。歩行者天国とか満員電車とかとは比べ物にならないくらいに人がたくさん行き交っている。

 人の波じゃなくて人の壁とでも言うべきか。彼処に一度入ってしまえばもみくちゃにされて流されることがありありと分かる。
 ここは絶対ダメだとオレの身体がそう告げている。行こう、行こうと思っているのに足が全く動かないのがその証拠だ。
 仕方ないので、別の場所を探索すべく大通りを後にした。満員電車より人口密度高い場所は勘弁。

 大通りの攻略は後回しにして、その大通りから少し外れた通りを歩いていく事に。
 大通りからほんの少し外れただけなのに人口密度が三分の一以下になってるのにはびっくりだ。なんでそうなった。

 昨日は道に迷ってゆっくりと街並みを見れなかったが、改めて見てみると何処と無くヨーロッパの某国のような感じだ。
 高校の時の修学旅行で行ったきりだったが、中々良かったなあ。友達の一人が半年掛けて言葉を覚えてたから更に楽しめた。元気してるかな、二年くらい連絡取ってなかったしもう取れない訳だけど。

「こういう時に限って毒電波が圏外なのか。女神オメガにも通じないし」

 街並みを見てるだけだとその内飽きてきそうだからと念じて見たが、何故いらん時に来るのにいる時には来ないんだ……
 折角あの駄女神さまっの毒電波をBGMに街散策しようと思ったのに予定がすっかり狂ってしまった。
 それだけならまだ良い。女神オメガにも通じないとなるといよいよただ回ってはいおしまいになって非常につまらない。

 こんな事を考えるのは不謹慎だとは思うが、何か面白い出来事は起こらないものか。
 昼間から1人で通りを歩いて抜けつつそんな阿呆みたいな事を考えている今のオレは、客観的に見たらリストラされたサラリーマンの様に思えて気分が沈んだ。余計な事を考えるんじゃ無かったと後悔してる。

「おお……」

 そんな沈んだ気分を慰めてくれたのは、通りを抜けた先にあった大きな噴水広場だった。
 象徴たるアウロリア城の城下にあるこの噴水広場は観光スポットとして有名なんだとかどうとか、昨日拝借しといたパンフレットにも載ってたな。
 確かに相当な人気スポットらしく、あちこちにカップルらしき男女の二人組が見受けられる。滅びろ。

 ……おっといけない、つい本音が出てしまった。反省しないといけな滅びろチクショウが。
  ここはどうやら独り身のオレには厳しい場所のようだ。除け者は除け者らしくクールに去るとしよう。

「……ぐすっ」

 今しがた通った通りをもう一度抜ける為にと踵を返して回れ右した時だった。地獄耳と言われたオレの耳が誰かの啜り泣く声を捉える。
 嫌な予感がしたので足を止めて辺りを調べてみると、噴水広場の端の方で女の子が膝を抱えて泣いていたのが見えた。
 
 さてここでどうするか、と灰色の脳細胞がフル回転を始める。
 この状況、爽やか系イケメン主人公君なら『君、大丈夫? 立てるかい?』とそれはそれは爽やかな笑顔で話しかけて手を差し伸べるのだろうが、残念ながらオレは爽やか系イケメン主人公ではなくて友達曰く腹黒系フツメンなのだ。って誰が腹黒系だ誰が。

 ていうかオレがそんな事したら速攻で警察に通報されてお縄頂戴されるのがオチだ。未来予知は出来ないがそれだけは確実に分かる。
 なのでここでオレが取るべき手段はたった一つ。非常に申し訳無いが見なかった事にさせてもらおう。冤罪は勘弁してほしいのだ。それはきっと他の誰だって同じように思ってる筈なのだ。

「ねえ、そこのお兄さん」
「ひっ」

 見つからぬようにそそくさとその場を後にしようとしたその時だった。 
 さっきまで離れていた女の子がいつの間にかオレの側にまで近付いて服の裾を摘んでじっとオレを見つめていた。

 これには流石のオレも一瞬呼吸が止まるかと思った。というか実際止まった。
 だってよく考えてほしい。明らかにそこそこ距離が離れていて、オレがその女の子を見た時には膝に顔を埋めて泣いてたのだ。絶対にオレが見ていたことには気づけない筈なんだ。
 なのに今、女の子はオレの真横に立っている。下手なホラーよりも怖かった。

「まさか女の子が一人で泣いてるのに、見捨てて何処かに行ったりしようなんて……考えてないよね?」
「ひえっ」
 
 怖い! 何この女の子怖い! 異世界の女の子って怖い!
 ……ふう、お、おお落ち着けオレ。冷静になれ。相手は見た感じ十歳そこらのちょっと頭の回転が早い女の子だ。恐れることなんてない。そう、ないのだ!

「そ、そんな訳ないだろう? 」
「そう? なら助けてくれるよね? おにーさんっ」

 女の子は悪魔の様な笑顔をオレに向けて、そんな事を言ってきた。
 昔誰かが言ってたな、女は年齢問わず男を惑わす小悪魔だと。この女の子小悪魔通り越して悪魔だよ。気を抜いたら何もかも奪われそうだよ。

 


「ありがとね、おにーさんっ」
「アアハイ、ドウイタシマシテ」

 全く、一切望んでない出会いから数十分が経過した。大の大人と十歳そこらの少女とが並んで歩いてる姿は中々犯罪チックだ。現代なら通報待ったナシ。
 一応見た目はそこそこ若いと自覚してるので年の離れた兄妹だと思われなくも無くもないが、どの道懐疑の目では見られるだろう。二次元でも無い限りは微笑ましいとは思わないし思えない。他人が並んでても多分通報してる。

「……で、なんのアテもなく歩いてるけど。さっきの助けての意味は?」
「ん? えっとね、引っ越して来たばかりだから迷ってたの。だから手頃な人捜して案内してもらおうかなって」
「たまたま見つけただけで誰でも良かった、と」
「うん! どうせおにーさんも暇してたんでしょ? だったら良いかなって」

 このアマはっ倒してやろうか。

「というか、オレだってつい昨日此処に来たばかりだぞ。案内出来るほど詳しくねーぞ」
「別に良いよ?」
「は?」

いやいやいや、良くない良くない。下手したら二人揃って迷子になる可能性だってあるんだぞ。そうなったらいよいよアウトだ。
 この悪魔……じゃなくて女の子にも両親が居るはずだ。最悪オレが誘拐したと思われることだって充分ある。流石にそればっかりは御免被る。

「だってイザという時、『道に迷ってたらこの人に助けて貰った』で切り抜けられるから」
「ねえキミ何歳?」 

 コイツぜってぇ見た目年齢より歳食ってるぞ。でなきゃこんなえげつない事口にしないしそもそも考えない。
  一体何がこの少女をこんな悪魔にしてしまったのかがめちゃくちゃ気になるが、一刻も早くこの悪魔の手から逃れたい。ぜってこのままだとロクな事が起きない。
 そりゃ何か面白い事でも起きないかなとは願ったけどもこれは面白くもなんとも無い、少なくともオレにとっては。

「あ、ねえねえおにーさん、あれ食べたい」

 そう言って少女が指さしたのは、とある屋台で売られている食べ物。甘い匂いが漂ってるからあれはお菓子の類だと思う。           
 流石にそれは図々しくないか、と言おうとしたら既に少女の足はその屋台へと向かっていた。
 
 この世界の女性はなんでこうもアグレッシブなのか。今のところマシなの女神オメガと受付さんくらいだぞ。
 
「すいませーん、これ一つください」
「ちょっと待てコラ」

 勝手に注文を始めた少女の首根っこを掴んで持ち上げる。遠慮・躊躇い・自重という言葉を母親の胎内に置いてきたそのスタイルは嫌いじゃないがそれは親しい間柄の人間にしか許さないし親しくもない人間にやられたら軽く殺意が沸くだけだ。

「ちょっと何するのよー」
「コイツマジではっ倒してやろうか……」

 なんで止められたのかが本気で分かってないらしく、ブーブーと文句を垂れ始める。ちょっと本気でコイツの親と会ってどんな教育してるんだって問い詰めてやりたい。
 
 そもそも無理して関わらずに今ここで放って逃げてやろうかと思ったが、そんな事したらその場で泣き喚いてオレが泣かした事にして来そうだから逃げられない。コイツなら絶対にやる、間違いない。
 
「ねーねーおにーさん良いでしょ?」
「オレのサイフに良くない」
「むー……おにーさんって、甲斐性なし?」
「ぐふっ……い、意味分かって言ってる?」
「うん! おにーさん、お父さんといっしょ!」

 お前それ遠まわしに父親の事甲斐性なしって言ってるのと一緒だからな? やばいさっきまでコイツの父親にぶち切れそうだったけど一気に不憫に思えてきた。強く生きてくれ、見知らぬコイツの父親よ。

「……それ食ったら大人しくするんだぞ」
「うん」
  
 何だか信用出来ないが、オレはお金を払って食べ物を買い、少女に手渡した。出来立てホヤホヤの大判焼きのようなモノを熱い熱いと言いながら笑顔で食べるその姿だけは見た目相応だった。年齢幾つか知らんけど。

「んくっ……ありがとうおにーさんっ」

 少女はさっきの獲物を見つけた時の悪魔の様な笑顔ではなく、普通の可愛らしい笑顔をオレに向けてくれた。こう思うのは失礼かもしれないが、そんな顔も出来るのかと思った。
 ……いやここまで来たら失礼とか関係ないか。ぶっちゃけ少女の方が数十倍失礼だ。少なくともオレは見ず知らずの他人に物を強請ったりしない。普通しない。
 
というか案内とは何だったのか。噴水広場から少し離れただけで数十分も掛かってしまってる為、全く観光も何も出来ていない。
  気づきたくない事実に気づいてしまい、思わずため息が漏れた。

「ん? どうしたのおにーさんっ」
「何でもない。お前といたら頭が痛くなってきたってだけだ」

 手のひらに収まるサイズの大判焼きをペロッと平らげた少女が可愛らしく小首を傾げてオレの顔を覗き見る。
 何も知らない人がこれされたらコロッと落ちてしまいそうな仕草だが、この数十分でコイツの裏の顔を見てしまったオレに効果はない。
 
「ほら、食ったなら行くぞ。全く回れてないんだからさっさと終わらせ……おいどうした」

 行くぞと促しても、少女が付いて来ない。それどころか一点を凝視し、やがて深いため息を付いたかと思えば急に真剣な顔をしてこっちを見た。

「……ゴメンねおにーさん、見つかっちゃったみたい」
「は? 見つかった? 何に」
 
 少女が言った言葉の意味は直ぐに分かった。
 さっき少女の見ていた方向から何者かがこっちに向かって一直線に向かってくる。
 向かってくるのは三人。燕尾服を来た老齢の男の人が二人、めっちゃ走りにくそうに長いスカートの端を持って駆けてくる女の人が一人。
  端的に言ってクッソ怖い。

「もう行かなきゃいけないから行くね、じゃまた今度遊ぼうねおにーさんっ!」
「あっおい!? ちょっと待て説明をしろ! 説明責任くらい果たせ!?」

 オレの静止も虚しく、少女は駆けてくる3人組に向かって走っていってしまった。
 そうして残されたのは数十分もの間振り回され続け、挙句の果てに意味が分からずただ呆然とその場に立ち尽くすオレだけ。結局再起動するまで数分の時間を要した。
 
 ここまでくるといっそ清々しくてもう怒りすら湧いてこない。あの少女は嵐みたいな災害だったんだ、避けようも無かったんだと自分に言い聞かせ、非常に重い足取りで宿へと戻る事を決意した。
 まだ大体お昼すぎだと思うけど、気分的には三徹したくらいの感じだ。今日はもう寝て忘れよう。あれは悪魔が見せる悪い夢だったんだ……
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