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第1章

五話

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「これで……終わりだっ」

 振り抜いた拳がモンスターの顔面に深々と突き刺さる。錐揉み回転しながら後ろに吹っ飛び、木にぶち当たったかと思うとピクリとも動かなくなった。
 その動かなくなったモンスターの素材を即座にノアとアンリの2人がササッと手際よく回収する。

「お疲れ様ですアオイさん、これで依頼完了です」
「おっしゃー……」

 その言葉を聴いたオレは力なくその場に倒れ伏す。それに続いて疲労困憊のノアとアンリもその場にへなへなと力なく座り込んだ。

「……こんな時間掛かるもんなのか」
「そ、そんなわけないでしょう。今回はたまたまですよ、きっと。人数が少ないのが原因ですよ」
「……三人は無理がある」
「分かってるなら直談判しろよって言ったよな」
「前にも言いましたが、出来るならしてますって……」 

 そんな悲壮そうな顔で言われたらこれ以上弄れないじゃないか。
 やっぱり大人ってクソだな! 大人になんてなりたくないでゴザル!

『10代で居られるのは後何ヶ月かしらね』

 大体五ヶ月半くらいですが何か。ちくしょう、現実はいつだって非常だ。絶望しか突き付けてこない。
 例えるならば長期休暇のラスト一日の夕方、あそこ辺りからなんで明日から学校なんだと憂鬱になって死にたくなる。
 更に宿題も終わってないとなると更に絶望の倍率はドンと跳ね上がる。それを小・中・高と繰り返したオレになにも怖いものなどない。

『端的に言ってアホね痛ったぁ!?』

 おっと盛大に身体が滑った。というか誰かをアホ呼ばわりするのは大いに結構だがオレをアホ扱いするのは許さん。何故かって? 自分が一番理解してるからこそ他人に指摘されたら腹立つからだよ。

『自己中ここに極まれり……って感じね』
「おっとまた身体が」
『止めなさいよぉ!』

 一言多いと痛い目にあう、これはもう真理と言っても過言じゃないと思うんだ。主に痛い目に遭うのは男の方だけども。

「だ、大分お疲れのようですねアオイさん」
「身体は疲れてないけど、精神的に疲れた」
「もう動けない」
 
 ぐでーっと完全に身体から力を抜き去ったアンリがオレの背中に寄り掛かる。重いから離れ……あれ、重くないぞ。

「こらアンリ、アオイさん困ってるから離れなさい」
「もう動けない」
「それはさっき聴いた」

 動けないからってオレに寄り掛かる意味が分からないが役得だから拒否はしない。ぐへへ。

『うわあゲッスい』

 やかましい。タダでさえ前世でも潤いが少なかったんだ、貴重なチャンスを逃してたまるか。
 
「とりあえず、ここで座ってても何も解決しませんし、ゆっくり休める場所に移動しましょう」
「そうだな……確か近くに湖あったからそこに行こうか」
「もう動けない」
「それしか言えんのかキサマは」

 腰を上げようとしたら、アンリが張り付いているために立ち上がれない。強引に立ち上がろうと思えば立ち上がれるがアンリが顔から地面に落ちるだろう。それはそれでオレは傷つかないから構わないが。

「オラ立てアンリ、休める場所まで移動すんぞ」
「もう動けない」

 このアマ1回はっ倒してやろうか。男女平等主義だから容赦なく、躊躇なく顔面にストレートをたたき込めるぞ。
 ……まあやらんけど。転生前なら兎も角、今やったら首から上が多分弾け飛ぶ。言っておくが比喩でもなんでもない。流石にそんなショッキングな映像を目の当たりにはしたくない。

「クソ……」
「わっ」

 アンリが動かない事にはオレとノアも移動出来ない。オレはアンリを無理矢理立ち上がらせ、ヒョイっと肩に担ぎ上げる。対して重くないからあとアンリ四、五人分くらいは持てる。

「それはどう考えても女性の扱いではないですね」
「迷惑掛けられてるのに女も男も関係あるか」

 これでもかなり譲歩してる方だ。イヤなヤツだったら目的地まで力いっぱい放り投げてるかその場に置き去りにしてさっさと自分だけ休憩しに行ってる。男なら有無を言わさず放置だ。

「アオイ酷い。待遇の改善を要求する」
「改善して欲しいならお前の態度を改善してから言え」
「ならこのままでいい」

 おいコイツめっちゃ意思弱いぞ。もうちょい抵抗するなりなんなりするだろ普通。

 しかし女を俵担ぎするのは絵面的に宜しくない。仕方なく、本当に仕方なくオレはアンリをおんぶする方向にシフトチェンジした。
 …………別にこっちの方が密着する面積が多いからとか、そんなことは一切考えてない。もし考えてたら桜の木の下に埋めてもらっても構わない。

『あら、埋めてほしいなら素直にそう言えば良いのに』

 だれがとは言ってないからレンを埋めるけどな。そしてそのままセミの幼虫のように数年くらい土の中に放置してやる。
 なあに、その内地面から這い出て立派な羽を生やして木に張り付いてミンミン鳴き始めるさ。

「これで良いだろ。行くぞ、ノア」
「あ、はい」

 漸くオレとノアはその場から歩き始め、湖へと向かう。アンリのせいでいらん時間食った。
 レンが二割くらいマスターが悪いって言ってくるがとんでもない冤罪である。オレは何も悪くない筈である。
 というか異性に抱きつかれたのはアンリが初めてだったなそういえば。後ろから女友達になんの前触れもなくコブラツイストかけられたのを抱きつかれた内に入れないのであればの話だけど。






 数十分歩き、漸く湖までやって来たオレ達。疲労困憊のオレ達を待ち構えていたのは……異質な雰囲気が辺りに立ち込める、不気味なモノに変わり果てた湖の姿だった。
 
「……アオイさん」
「……すまんがこんな湖は知らんぞ」

 来た瞬間は「ヤベッ場所間違った」と引き返そうとしたが、周りの風景はそのままだったから間違ってないことに気づけた。出来れば間違いであって欲しかった。

 周囲はまだ昼間くらいの時間帯なのにも関わらず薄暗く、湖の水は薄らと毒々しい紫色に変色してやがる。
 そして極めつけは湖の表面を完全に覆い隠すように張られた魔法陣。勘だが、恐らくコイツが原因だろう。

「……レン」
『今調べ中。少し待ってなさい』

 何を言うまでもなく既に動いていたようだ。流石はレン、こういうシリアスな時だけ頼りになる。

『そのシリアスをぶち壊した張本人が何を言ってるのかしら』
「……何か分かったのか」

 魔法陣をどうにかして調べる為に奮闘しているノアとオレから降りて同じく調べ始めたアンリから少し離れた場所でスマホを取り出し、レンと会話する。

『あの魔法陣は形とかその他諸々から鑑みて、変化系の魔法陣ね。あの水見えるでしょ? あれは魔族領……つまり、魔族が納めてる領地で取れる、魔族が好む水よ。マスター以外の人間が飲んだら様々な症状に襲われるわ。あの魔法陣は恐らくあの水を変質させるための魔法陣ね』
「本当オレの身体どうなってるんだ」

 ってそうじゃないそこ突っ込んでる場合じゃない。

「……つまり?」
『湖の水は全て、魔族が好む水に変わってるの。例えるなら、大量の水に飽和するかしないかギリギリの量の砂糖を溶かしこんだみたいな感じよ』
「頑張り過ぎじゃね」

 どこにそんな労力をかけてるのか。もっと別の事に労力使えよ。
 というかこれじゃ休憩したくとも出来ないしそんな雰囲気じゃない。これ以上何かしようとしたら身体がストライキを起こす。

「どうにかして消せないのか」
『かなり労力を費やして造られてるのよ? 壊せるわけないじゃない。マスター以外』
「だよな……」

 ……ん? 今なんか余計な事が聞こえた気がする。マスター以外って最後にボソッと聴こえたぞ。

「ちょい待ち、オレ以外って?」
『あの魔法陣、見たところ闇魔法level5ってところね。マスター、貴方の聖魔法のレベルはいくつか憶えてる?』
 
 忘れたいけど忘れられない、レベル8である。魔法陣のレベルは優に超えている。だれがこんな廃スペックにしろと。
 
『そ! 今のマスターなら破壊は簡単よ。それこそ赤子の手をひねるようにね。やってみなさい』
「……あんまり気が進まないけどな。まあ試すだけならタダだよな」

 本当に破壊出来るかを確かめるべく、オレはスマホをポケットに突っ込んで湖へと戻る。湖の畔では魔法陣の正体はなんなのか、とノアとアンリが身体に鞭打って懸命に調べていた。すまんな、その魔法陣はレンが既に解読したんだ。
 しかし、見れば見るほど毒々しくて、入ったら1歩ごとに1ダメージを負いそうな湖だな。

「どうだ、何か分かったか?」
「それが……」
「私達だと完全に破壊出来ない事しか分からない」

 光り輝く魔力の弾を魔法陣に撃ち込みつつ、アンリがそう告げる。魔力の弾を撃ち込まれた筈なのに、何の傷もない魔法陣を見たら分かる。

 半ば諦めムードに入り、救援を呼ぼうというノアを押し退けて湖の畔に近づく。本当に出来るのかは不安だが、あのレンがいけるいけるって言ってたから信じよう。
 もし出来なかったらレンを……まあ後からでいいか。

『そこで切られると怖い。普通に怖い』
 
 心配ない。ただお前を湖に投げ込むだけだ。きっと女神様が落としたのは銀のレンか金のレンかって聴いてくるだけだから。

『絶対嘘ついて本物すら帰ってこないに一票。というか早くしなさい。聖魔法を腕に属性付与して、ドン。簡単でしょ』

 未だかつて無い雑過ぎる説明に流石のオレも困惑した。『あれよかったよなー。アレって何かって? ほらアレだよアレ!』に酷似してる。
 
 だが悲しい事にこの説明でも半分くらい理解出来てしまった。要はアレだ。聖魔法をエンチャントして殴れって事だろ? この手に限る。

『さ、パパっとやってしまいなさい』
「へいへい」

 何時もの氷の属性付与の要領で、聖なる光をエンチャント。右腕が淡く輝いて唸る、魔法陣を壊せと轟叫ぶ。
 エンチャントしたその右手を固く握り締め、湖面へ向かって振り下ろす。

『バカ、そんな勢いよく振り下ろしたら……!』

 レンが何か言ってるが、もう遅い。無駄に力を込め、湖面に浮かぶ魔法陣に拳を叩き付けると腕が魔法陣を貫通した。
 そのまま湖面に思い切り拳を叩き付け、間欠泉のように紫色の水飛沫が宙に舞い上がる。
 ヤッベと思ったが、空中で聖のエンチャントが仕事したらしく、色が本来の水の色に戻ってから地面に降り注いだ。
 
 まるで雨の日に傘を差さずに外に出たみたいにびしょ濡れ。今日は黒のコート着ずに薄着で来たから被害が尋常じゃない。

『……ちょっとは考えて行動しなさいよ!? 誰がここまでド派手にやれって言ったのよ! アンタバカぁ!?』
「すまんな、いつでも全力全開がモットーなんだ」
『時と! 場合に! よるでしょ!』

 レンの声がダイレクトに伝わってきて非常に耳に宜しくない。デスボとかじゃなくて物理的にやばい。鼓膜が破れそう。

 そうやってレンの小言じゃない小言に耐えていると、ノアとアンリが惚けた表情のままにオレの肩を叩いていた。勿論例に漏れずびっしょびしょである。濡れ透け? ローブ着てるから無理だって。
 それよりもすまんな、お前ら居ること忘れて本気でやっちまった。

「……アオイさん」
「すまんお前らの存在すっかり忘れてた」
「それはまあ構いません」
「構わないんだ……」

 なら何が言いたいんだろうか。もしかして、もしかしてだけどさ、あのパンチ食らいたいとかじゃないよな? そんな何処ぞのドM騎士みたいなこと言われたら病院に叩き込まなきゃならなくなる。

「今アオイ、何したの?」
「何って……見たまんまだって。破壊した」
「グーで?」
「グーで」

 むしろグーパン以外の何に見えたのかが気になる。

「アオイさんが規格外のバケモ……おっと失礼。意味不明な程に理不尽な存在だとは理解してましたが、まさかこれ程とは思いませんでした」
「アオイ、すごい」
「そういいながら後ろに退るのやめーや」

 ノアとアンリの2人が数歩後ろに下がったのを見逃さなかった。ねえアンリ、キミオレのこと褒めてるんだよね? 本当に褒めてるんだよね? 

「いや、流石にやった事の規模が大きすぎて引きます」
「すごいけど怖い」
「……いやまあやり過ぎたかなとは思った」

 思っただけで反省も後悔もするとは言ってない。というかオレは悪くねえ。レンが、レンがやれって言ったんだ! だからオレは悪くねえ!

「それはまあ置いとこう。あの魔法陣はどうなってる?」
「綺麗さっぱり、跡形も無く消えてます。ついでに水位も心做しか下がってます 」
「最後は見なかったことにしてくれ」
「……そうします。命は惜しいので」
「おい」

 あれーこの数分間で一気に危ない人にランクダウンしてなーい? 大丈夫だって人には向けないから! …………今のところは。

「……取り敢えず、この一件も上に報告しないといけませんね。重い腰が動くとは思えませんが」
「流石に動かないと無能」
「言いたい放題だな」

 上司がこの場に居ないことを良いことにここぞとばかりに愚痴を漏らす二人を尻目に、綺麗に浄化されたっぽい湖の水を掬って飲む。うむ、美味い。
 本来なら此処でじっくり休んでおきたかったが、不慮の事故のせいで全身びちゃびちゃなので早く帰りたい。

「アオイさん、すみませんがこのまま村に戻りましょう。この件を連絡しなきゃいけませんし、服も替えたいです」
「オレもそう思ってたところだ。……まあ今回は本気でオレが原因だし送り届けてやるよ」

 流石に自分で引き起こした事を責任取らずに逃げるのは気が引ける。後から罪悪感と後悔の念に苛まれる。
 オレはまだ動けないと豪語するアンリを背中に乗せて、ノアと共に村に戻る。

 これからは考えてからぶっぱなそうと心からそう思った。但し自重するとは言ってない。
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