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14 襲撃者たちとの戦い

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「お前ら! やれ!」
 ジャックスが号令を掛ける。

「うおおお!」
 ワイダル兵たちは一斉に襲い掛かってきた。
 スキンヘッドやモヒカンが目立つ頭で、各々が剣や手斧、棍棒などで武装している。

「村長たちはいったん下がって」
 ユウキの声で、村長を含めたオークたちは後ろへと下がる。

 リュウドが前衛に立つと、3人はそこに腰を据えて30人近くの兵たちを迎え撃つ形となった。


 多勢に無勢となれば、1度に大多数を攻撃できる広域破壊魔法が有効。
 ユウキもそれに類する技を使えるが、何も考えずに全力で放てば相手側に必ず死者を出し、村にも被害が出るだろう。

 面倒ではあるが、ワイダル兵たちには後で罪を白状させなければならない。

 好き放題に殺すより、手加減しながら戦力を削ぐ戦法のほうが難易度は高いのだ。

「エレクトリックダート!」
 ワンドの先から、雷で形作られた高速の矢が飛ぶ。

「うおっ、あががが!」
 矢が当たった兵は電流が流れ、バタリと倒れる。
 痙攣けいれんし始めたのは、麻痺の効果の表れだ。

 やはりここは麻痺を付随するモンスター技が有効だ。
 ユウキは確認すると、更にワンドを前に構える。

「トライデント!」
 今度は先端から三方向へ電撃がほとばしった。
 長槍のように伸びた雷が3体の兵を弾き飛ばし、感電させる。

 これらの技の選択は正解だったようだが、警戒した兵たちが彼以外へと向きを変える。

 戦えると言っても本来回復役であるアキノへの負担は減らしたいところだ。
 ユウキはリュウドの様子を見て、アキノの近くへと移動する。

 一方、リュウドは斬り合いへと転じていた。
 否、正確には斬り合いではなく、峰打ちのみで次々と敵を倒している。

 棍棒を振り上げながら迫ってくる相手の胴を素早く払いながら後ろへ抜け、右から体ごとぶつかって来る短剣の刺突を、体を横に開いて避けつつ刀を打ち下ろす。

 その背後から間髪入れずに長剣の斬撃が迫る。
 が、リュウドは刀を背負う格好で防ぐと、剣を跳ね上げ、振り向きざまにみねで袈裟斬りにする。

 更に左から振り下ろされた棍棒を斬り払うと、大根でも切ったように中ほどからスッパリと両断される。

 断面を見て唖然とする男の側頭部を打ち付け、気絶させた。

 荒ぶっただけの動きでは、素早さと器用さを兼ね備えた刀剣技には到底かなわない。

 リュウドの立ち回りに負けじとアキノも奮闘している。
「ペネトレイト!」
 槍使いより学んだ、初歩的な突き技だ。

 ロッドで鳩尾みぞおちを鋭く突かれ、相手は腹を押さえながら崩れる。

 槍というよりも本来の棒としてロッドを扱い、迫る複数人を大振りのスイングで押し返し、それでも近寄る相手にはすねを打ち払った。

 脛当てを付けていなかったことが災いし、敵は足を押さえてしばらく起き上がれない。

 アキノは腕力がない分、手の甲や肘など、相手が痛みを受けやすい部分を的確に狙って武器を落とさせ、戦意と攻撃力を喪失させていく。

 彼女が前方に神経を集中させていると、
「オラァ! 死ねや!」
 オークにも負けない大柄な男が背後で斧を振り上げていた。

 とっさに振り向いて防御しようとするが、
「!?」
 前で倒れる相手の防具にロッドが引っ掛かり、対応が間に合わない。

「あぶない!」
「ユウキ!」

 ユウキが飛び込んで割って入り、ワンドで受け止めた。

 ワンドに刃先が食い込み、一気に腕力で圧し込まれる。
 だが、

「オーガパワー!」
「な、なんだこいつ! 俺の力を押し返しやがる!」
 押し負けると判断したユウキは、瞬時に魔法で鬼人オーガ並の筋力を発揮する。

「はああ!」
 雄叫びをあげて一息に斧を跳ねのけると、

「ハードストライク!」
 武器を振り抜く打撃技で横っ面をぶん殴った。

 男は斧を落とし、ふらついてたたらを踏むが、そのタフさで倒れない。

「ぐぬぅ、や、やろう! このくらいで調子に、ぐはっ!」
 真横から大きな拳に殴り倒され、今度は完全に失神した。

「お、俺たちも戦うぞ! あんたらだけに任せてられねえ!」
 殴り倒したのはオークのダンギだった。

 他の戦える若者たちもその後に続いている。
 戦況がユウキたちの優勢へと傾いた瞬間だった。

 劣勢へと向かい始めた集団は脆いものだが、ワイダル兵たちは統率を維持している。
 それがまとまった報酬をもらう契約だからか、ワイダルへの恐怖心からか。
 武器を捨てずに立ち向かってくる。

 その兵たちの背後からスパークする白い魔法弾が飛んできた。
「避けろ!」
 ユウキの声にアキノは身を伏せて回避する。

 飛来した弾は後ろにいたオークに当たり、
「ぐぐ! が、がらだがっ、しびれ、る」
 ガクガクと震え、ばたりと倒れたかと思うと、太い体をヒクつかせている。
 麻痺を起こす魔法、パラライズだ。

「ルイーザを恐らくこの魔法で。あいつだな」
 兵らの背後にいる、色白なスキンヘッドに黒いタトゥーの入った男。

 服装は周りと大差ないが、武器を持っていない。
 その代わり、両手に魔法の淡い光を宿している。

 タトゥーの男は手の平を上に向け、何やら呟く。
 すると手から頭1つ分ほどの火柱が上がった。
 火炎魔法の予備動作。
 村を燃やしたのは間違いなくあれだ。

「エレクトリックダート!」
 ユウキが雷の矢で狙撃を試みるも、男は術を中断して飛び退いて避けた。

 もしこのタイミングで大規模な爆炎魔法でも使われたらオークは大打撃を受ける。
 術を発動させないように、黙らせるしかない。

 男はユウキの目論見もくろみを察し、他の兵たちの後ろへ隠れた。
 彼等を壁にし、詠唱を再開する気か。

「させるか、ヒュドラバインド!」
 ユウキがそのワイダル兵たちがいる地点に意識を集中させる。

 すると多頭たとうを持つ幻影の大蛇が数匹現れ、兵たちの手足や胴にグルグルと巻き付く。
 そして骨もきしまんばかりに強烈に締め上げた。

「ぐ、苦じい!」
「うう、ぐげえぇ」
 呻き声をあげて、一帯のグループが悶える。

「自由を奪われたルイーザの苦しみを思い知れ!」

 魔法使いの男にだけさらに魔力で圧を加えると、ミシミシメキメキと音をたてて、わき腹と右足首がくびれるように締まった。

「ぐっ、ぐぎゃあああ……っ!」
 肋骨2本と足首の折れた手応えがユウキに返ってくる。
 この負傷では呼吸をするのがやっとで、呪文詠唱など無理だろう。


「これで魔法は、んっ!?」
 キリキリと弓を引く音に気付き、続いてヒュンッヒュンッと矢を射る音がした。

「ぐああ!」
「い、いてえ!」
 オークが肩や背中に矢を受けている。

 ユウキが射線を辿ると、いつの間にか家の屋根に登った4人のワイダル兵が矢をつがえている。

「プロテクション!」
 アキノが半球型の魔法防御障壁マジックバリアを展開し、オークたちを防護する。

 再び風切り音と共に矢が放たれ、今度はそれがリュウドへと集中した。

 しかしリュウドはわけもなく切り落とすと、懐(ふところ)へ手を差し入れる。
 そして目にも止まらぬ速度で引き抜かれた手から、屋根の上へと鉄色の斜線が走った。

「ぐわっ!」
「うぐっ!」
 それはニンジャの修行で体得した「投擲とうてき術」によって投げられた、小型のナイフがえがいたもの。

 それぞれの前腕や肩口に突き刺さり、やられたうちの2人は体勢を崩してそのまま落下した。
 打ちどころが悪くなければ、死にはしないだろう。

 魔法と弓矢を失い、敵の攻撃手段は肉弾戦のみだ。
 近接戦闘が強いリュウドがここで1番の難敵になると踏んだのか、敵が集中し始める。

 辺りがオークも行き来する乱戦状態になったため、リュウドは刀を納める。
 そして右手の手刀を前に、左の握り拳をわき腹に添える構えを取った。

「死ねオラーッ!」
 武装を解いたと思い込んだ兵が向かってくるが、掌打(しょうだ)の連撃を浴びせ、蹴り飛ばし、

「くたばれーっ!」
 背後から襲う敵の鳩尾にノールックで肘打ちを入れ、そのまま裏拳を顔面に炸裂させる。

 正面から振り下ろされる斧を横に避け、つんのめる相手の腹を膝で蹴り上げて、後頭部に手刀を放って地面に叩き伏せた。

 つかみ掛かる巨漢を一本背負いで投げ飛ばすと、迫る敵の顎を蹴り上げながら宙返りし、更に駆け寄る2人を空中で身を捻った旋風脚で蹴散らした。

 無駄のない、あらかじめデザインされたかのような流れる動き。

 格闘の達人であるモンクの技には及ばないものの、カラテと呼ばれるニンジャ特有の拳法で黒帯ブラックベルトを取得したリュウドなら、このくらいの立ち回りは何でもない。

「おっと、そこまでだぜ!」
 せせら笑う声が喧騒けんそうに包まれた村に響いた。
 敵味方問わず、両者の視線が集中する。

 そこには、オークの子供の首すじに短剣を当てるジェスの姿が。
 混乱の中で泣いていた子供を人質として連れて来たのだろう。

 卑劣を絵に描いたような行いを、この男はやってのけたのだ。

「うえぇーん、だ、だずげて、かあちゃーん!」
「へへへ、武器を捨てな! このガキがどうなっても良いのかあ! おい、お前、妙な魔術も使うんじゃねえぞ!」
 人質を取った悪党の常套句。

 オークたちは顔を見合わせ、潮が引くように戦意が失われていく。

 1人、また1人と持っていた武器を放り投げていく。
 戦えるワイダル兵たちは少ないが、また優劣が傾く瞬間だった。

「おい、武器を捨てろってんだよ! 聞こえねえのか、トカゲ野郎!」
 子供を押さえ込んだまま、ジェスはリュウドのそばへ近付いてくる。

「ああん? 下手な真似しようもんなら、こいつの首を親の前で一突きにするぜ? カッコつけてねえでさっさと武器捨てろや!」
 リュウドは黙って刀を地面に置き、脇差しも同じように外した。

「よし、武器を置いたな。投げナイフや妙な拳法も使うんじゃねえぞ、いいな!?」
 ジェスはわざわざリュウドの目の前まで来ると、ヒヒヒと下衆な笑みを見せる。

「散々好き勝手に暴れてくれたようだが、こうなりゃ手も足も出せねえよなあ、え?」
「……」

「酒場で俺の前にしゃしゃり出てきたのもテメーだったな。こんなザマになって後悔してるんじゃねえか、ええ? どうなんだ? 正直に言ってみろよ?」
「……ああ、後悔している」

「へへ、素直じゃねえか。だが許さねえ。これからたっぷり痛い目に遭ってもらうぜ」
「……そうだな、お前がな」
「な、なんだとぉ!」

 ジェスが短剣の切っ先をリュウドに向けた。
 その瞬間を逃さず、リュウドは体をよじる。
「なっ、ぐひゃあ!」

 尻尾のリーチに入っていたジェスの頭を、尾で張り倒す。
 同時にリュウドは子供の体をつかんで、自分の後ろへと力強く引っ張った。

 転びそうになりながら走った子供を、近くにいたオークが駆け寄って保護する。

「く、くそっ!」
「つまらん三下さんしため、人質を手放したお前に何ができる」
「や、やろう!」

 ジェスは情けなく腫れた顔で突きを繰り出す。
 リュウドはそれをたやすく避けると、その手首を取って捻り上げた。

「い、いてて、くそっ! はなしやがれっ!」
「私が後悔していると言ったな。あれは、酒場でお前の腕をへし折っておけば良かったという意味だ!」

 リュウドが握った手に全力を込めた。
 ゴキッ! と音がして、ジェスの手首が力なく、だらりとぶら下がる。

「ぎゃあああ! う、腕があああ!」
 解放され、腕を押さえて絶叫するジェスの顔面に、振りかぶったリュウドが渾身の拳を叩き込む。

「ひぎゃああ!」
 哀れみも浮かばない悲鳴をあげ、折れた前歯と鼻血をきながら吹き飛んだジェスは、ごろごろと転がって完全に気絶した。

 またもや優劣が変わる瞬間だった。
 オークたちは湧いて戦意を取り戻し、ワイダル兵たちは後ずさりを始めている。
 ユウキとアキノは武器を拾ったリュウドと合流した。

「ジャックス、大人しく降参したらどうだ」
 劣勢は目に見えている。
 兵たちはもう、隙あらば逃げ出そうとしているのが手に取るように分かった。
 だからこそのユウキの呼びかけだ。

 だがジャックスは、不敵に笑い、そして──いよいよ己の剣に手を掛けた。
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