リアル氷鬼ごっこ

五月萌

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14 久遠

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麻林佳代子の場合

7月31日19時。
氷鬼ごっこは終わりを迎え、いつもの日常に戻りつつあった。
「ペケ! ご飯よ!」
「今行く」

ペケの声は枯れている。
帰ってきたらバツの犬小屋はもぬけの殻となっていた。おそらくペケが引き渡したのだろう。
今日はペケの大好きな醤油ラーメンだ。チャーシュー、なると、味付き卵、ネギ、小松菜が入っている。
ペケはゾンビのように電気もつけずに下へ降りてきた。ゆっくりと自分の席に座る。
できたてのラーメンは美味しいだろうと思って、ペケを見る。しかしペケの元気はない。何も言わずに食べ始める。いつもなら、お代わりするはずが一杯食べ終えると歯を磨いてすぐに2階に戻っていった。
明日は学校があって、終業式が行われ、終わったら夏休みに突入するらしい。
このままではペケの心は暗いままだ。
そうだ。
佳代子はゆっくりとスマホをいじった。

『もしもし、玲点君』
『はい、佳代子さん、どうしましたか?』
『ペケの元気がないんだけど、明日、遊びに誘ってあげてくれないかな?』
『バツのことで悔やんでいるんでしょうね。わかりました、今日はそっとしといてあげてください』
『はい、それじゃ』
「佳代子、帰ったぞ。美味そうな匂いだな」

丸夫は帰ってくると、即座に鍋の中を見にいった。

「誰に電話してたんだ?」
「玲点君よ、ペケに元気づけてほしくてね」
「そうか。犬ならまた飼えばいいじゃないか?」
「そういう問題じゃないの。バツが良かったのよ!」
「騒ぐなよ、ペケに聞こえる」

丸夫は佳代子に注意する。
佳代子もはっとして口をつぐむ。

「まあでも、バツがいてくれて良かったよ」
「私はお風呂入ってさっさと寝るわ。おやすみ」

佳代子は急いで言い、丸夫のそばから離れた。

「おやすみ」

丸夫の声が遠くから聞こえてきた。

100年後。佐藤王の場合

ジュー!
急に誰かに抱きしめられて暖かい気がする。顔を滑られている。
何だ一体。

「おじさん、おじさん、起きろ、おじさん。起きないな、生態反応はあるんだが」

青年の声がする。
なぜだかまだ眠っていたい。

「行け、犬!」
「ぎゃ!」

股間がかじられた。思わず叫んだ。
目を開ける。犬の尻尾がまず目に飛び込んできた。
古びた建物の中にいることがわかった。
そして、目の前に大型の犬と、やせっぽっちな白い服を着た青年がいた。目を合わせると、顔を凝視された。

「佐藤太郎だな?」
「俺の名前? 俺は? お前は?」

答えようとしたが、頭が痛い。国王だった自分の名前は佐藤太郎だった気がする。
考える時間が欲しかった。
目の前の少年はクマがあるものの普通の痩せた青年に見える。

「あんたの甥っ子の守だ」
「僕の名前はバツ。生き残っていると確認されているのは10数人だけです。コールドスリープは半分失敗、半分成功のようです」

犬が喋っている。

「この犬が喋っているのか」
「いや、犬のバツがつけているロケットペンダントから流れている少女の声だ」
「んもう、守、いきなりバラさないでよ。犬のフリしようとしてたのに。私はペケ、この子の飼い主だよ」

どうやら、音声が流れているのか。首にかけてある装置が話しているようだ。

「人類は進化したんだな」
「おじさんもコールドスリープにかけられていたんだよ、文明の利器は自分で実感しない?」

そうだ、コールドスリープにかけられていたんだ!

「目を覚ましました?」

4人の白い服を着た老若男女が集まってきた。

「俺は黒須ウママです」
「馬みたいな髪の毛だな」
「ウーマと呼ばれてます。茶髪は地毛です」

ウママは恥ずかしそうに言った。そういえば、ウママの捕まる姿をカメラ越しに見た記憶があった。

「俺は黒井英。この婆さんは黒井リムだ」

少し訛っている高齢の男がいた。

「おお宜しく」
「ごはーん! ご飯はまだかえ?」
「婆さん、ご飯は食べたでしょう」

英はリムの手をとる。リムは棺桶の外にでて、横になっている。

「私は清水沙帆」

沙帆は痩せていて、目にクマがあれど、バランスの良い顔立ちをしている。

「べっぴんさんだな」

太郎は鼻の下を伸ばす。

「沙帆に手を出すなよ」
「守さんとお付き合いしてまーす」
「けっ。……他の人は皆死んだのか?」

太郎は周りを見渡す。

「枯れ果てた木のように死んでいる人や早く起きてどこかに行ってしまった人など、状況は様々」

守は隅に積んである、点滴パックを見た。
相当な量の液体パックだった。

「そんなことより、私は国王だ。城に帰らせてもらおう」
「まって、外でないほうがいいですよ、危ない」
「私は誰の命令も受けんぞ」
太郎は29階からエレベーターを使おうとしたが、動かないため階段を使ってしたまで降りる。バツもついてくる。
やっと1階だ。
危ないと言っていたが、試しに外に出る。
大きな生き物が前を通り過ぎた。
カブトムシ? でか!
大きなカブトムシが外にいた。虫が人間よりも2メートル程大きいようだ。こちらを見て、ゆっくり身体をそらし、正面にむこうとしてきた。
外は木々や草が生えてない。
く、苦しい。
急いでセンターに戻った。
「何を食べて生きているんだ?」
「投与を中止された点滴を使って生きながらえているんだ」
「違う、外にいる昆虫は」
「ああ、50年前、外は昆虫がはびこる世界になってしまったんです。言ってませんでしたか。彼らは空から降る隕石内の中からでた蜂蜜のようなものを食べて巨大化しました。あとは草花、もしくは動物や人を食べる雑食です。奴らのせいで人口は壊滅的です。とても人間の住めるような星には程遠くなりました」
「先に頼みがある。強力してくれるか?」

守は太郎に発言した。

「要望次第だ」
「まずは昨日のことから話す、昨日、宇宙服を着た宇宙人が来たんだ。説明すると~~~~」

昨日のことだった。
白いヘルメットに白い宇宙服を着た人間が2人、このセンターを訪れた。我々と姿には個人差はあれどほぼ同じ肉体を持つ人間だった。
宇宙人の住む世界は過去の地球と同じ様に宇宙服を着ずとも過ごせる環境らしい。
宇宙船には宇宙服のあまりがあるらしい。宇宙船はここから500メートル位遠くにある。それで、モシモという星のマサカという場所に来ないかと誘われた。
そして、その時、星からやってきた共に戦ってくれる仲間を紹介された。
スキンとキラインだ。
スキンは狐のような風防。
キラインは狸のような風防。
大体成人と同じ大きさだ。
スキンとキライン、彼らの国で言う名称ココロは、捕食しないでほしいとのことだ。共に戦う仲間を食われたら人間に敵意を向けるようになってしまうからだ。
ココロの数は増やすことができる。
宇宙船に紐づけて帰れる檻がある。ハートと呼ばれている檻だ。
樹の実やモンスターを食べると増えるんだ。
雌雄はない。分裂する。どこから分裂するかはわかっていない。頭から裂けていく事例や、尻尾から裂けていく事例などがある。
マサカに行く者は準備をして2日後に出発する事になった。

つまり、明日、マサカに行くことになったんだ!
目が覚めるのが遅かったら危なかった。

「今コールドスリープに無事かかっていて健康そうな人を起こしている最中なんだ。それを手伝ってほしい。見つけたら起こして、1階にいるバツに物事の詳細を聞いてくれと伝えてほしい」

守は不躾に言った。

「報酬は?」
「1番にマサカへ向かってくれて構わない」
「毒見みたいじゃねえか。まあでも、さっさと自由を手にしたいから最初でもいいぜ」
「良ければ、マサカ人がくれた果物があります。食べれます」

沙帆は1つの棺桶から巨峰のような果物を出した。

「こりゃいい、わかった。とにかく生きている人を起こして、マサカに行かせることすればいいんだな」
「29階までは見回ったから。30から39階まで宜しく。このゴーグルで見てくれ」

太郎は鬼の被り物のゴーグルを受け取ると、上の階へと登っていった。やはりエレベーターを使おうとしたが、動かなくなっていた。階段を登るのも大変な作業だった。中が涼しいのが唯一の救いだ。そして果物をクチャクチャ食べる。
5千人以上並んでいる棺桶で肉体が腐っていないもので血が通っているものを探した。なかなかいない。
ようやく1人見つけた。
ええと名前は?
頭の上のネームプレートには村上裕大、と書かれている。
どうやって起こすのだろう?
肩のチップを棺桶の石のようなチップに当ててみるが、棺桶は開かない。次に棺桶を触ってみる。腰の横の棺桶に開閉のボタンがあったので押してみる。
ジュー-!
自分が起こされたときと同じ音がなった。
棺桶の石のようなチップが赤くなった。

「おい、村上裕大! 起きろ!」

太郎は裕大の身体を触る。
「冷た」

ものすごく冷たかった。
疑似冬眠なのだと思い知った。

「村上裕大」
「……え?」
「起きたか!」

太郎はひとまず安心した声を出した。

「ここはどこだ?」
「センターだ。ラッキーなことに明日ここを発つ」
「センター? 100年後にきたのか?」
「詳しくは1階にいる犬のバツに聞いてくれ、因みにエレベーターは使えないぞ」
「はあ、そうか」

太郎はそれだけ言うとまた生きている人を探し出した。

39階まで見回ったがコールドスリーパーは、しぼんでいたり、逆に膨張していたり、骨になっていたりした。

気がつくとセンター内の光が点滅している。腹時計では6時間は経過しているだろう。発電機はソーラーパネルで充電しているらしい。
守に食べるものがないので点滴を打ってもらうこと事になった。アルコール綿で拭かれた針を腕の血管に刺してもらった。
これで死にはしない。
バツが近寄ってきた。
「そういえば? あんたのフルネームは?」
「麻林ペケです」
「なんか聞いたことのある名前だ」
「今から98年前に死にました。このペンダントは思考能力と発信能力を持っています。つまり私は精神だけの身体ということです」
「あんた、頭が良さそうだな」
「私には頭の良し悪しという概念はありません。ずっとペンダントに身を落としている為、精神的にはよく熟考します」
「そうかい、私は少し寝るとしよう」

太郎は注射されている管の三方活栓を閉じ、手首についている注射針を抜いた。キャップをつけて放った。
既に眠っているバツにくっついて眠った。
バツは暖かかった。
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