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中編
しおりを挟む昼休み。先輩に正式に影から見守ることを許可され木の影から先輩を見ていた。桃原先輩に迷惑を掛けないことを条件に。出来るだけ桃原先輩がいない時に実行している。桃原さんが来たら急いでその場を離れて諦めるつもりだ。
先輩はお気に入りのベンチで桃原先輩と殆ど一緒に食べている。
桃原先輩遅いな。今日はどうしたんだろ?時々桃原先輩は森羅先輩と昼食を食べない日がある。もしかして今日は来ない日かな?
あれ?森羅先輩も居なくなってる!何処に行ったのかな?
私が森羅先輩の姿を探してキョロキョロと周りを見渡していると背後から。
「凛は委員会の集まりで今日の昼は別行動だ。」
「ぴゃああぁ!!!」
いきなり声を掛けられて驚いた私は変な声で叫んでしまった。穴があったら入りたい。
「プッ。なんだその叫び声は。」
先輩が始めて私に笑ってくれた。嬉しい。恥ずかしかったけど変な叫び声をして良かったかも。
……じゃなくて!!なんで?
「先輩。なんで此方にいるんですか?」
「お前昼は?」
「え?」
ん?なんだろう?……ていうか私の話聞いてない。“一切干渉しない”って私言ったのに先輩はしてくるんですね。別に私は嬉しいからいいんだけど。
「だからお昼は食べたのかって聞いてるんだ。」
「え?あ。いえ。食べてないですけど。」
本当に唐突だな。この人。私のお昼を気にするなんてどういうこと?
「僕もまだ食べてないから一緒にどうだ?」
「え?……ええ!!」
ちょっと待って。今先輩にお昼を誘われた?嘘。もしかして夢?
私は自分の顔を思いっきり叩くと痛みが伝わり今がちゃんと“現実”だと理解する。
「……ゆ…め…じゃ……ない。」
「!当たり前だろ!何やってんだ!この馬鹿!」
先輩は急いで近くにある水道で濡らしたハンカチをベンチに座らせた私の叩いた頬に当て冷やしてくれた。
「……全くお前は。」
「す、すみません。」
呆れられたかな。手を煩わせた上に溜め息吐かれてるし。ああ。何やってんだろ。私。
「お前それで昼食は?」
「え?これって一緒に食べる流れですか?」
おかしいよね!ストーカー女と一緒に食べるなんて普通は!私からしたら美味しい話ですけど!
「……嫌なのか?」
「いえ!!それはないです!!」
不機嫌そうに私を見つめる先輩も素敵です。じゃなくてあなた好きな人いるでしょう!?
断れないって分かってて言うんだもん。……人の気も知らないで。
先輩は弁当の包みを広げた。……相変わらず美味しそうだ。見た目も彩りもいいし何よりいい香り。
「お前は弁当がないようだが昼食は食べないのか?」
「ああ。私のは“コレ”なんで。」
「………………は?」
私がスカートのポケットから取り出したのは携帯食でお馴染みのカロリー○イト。お手軽に食べられる便利アイテム。
「………それだけか。」
「へ?」
「それだけかと聞いている!!」
「あ。はい。これだけです。」
先輩。かなり怒ってるけどどうしたんだろ?私のご飯がなんか変なのかな?でもいつもコレだしね。
「………いつもそれだけか?」
「?これだけですけど?」
「…………嘘だろ。」
先輩がこの世の終わりみたいな顔をしてる。先輩。カロリー○イト嫌いなのかな?
「……僕のと交換しろ。」
「え?いいですよ。私はこれで十分なので。」
先輩カロリー○イト嫌いじゃないの?寧ろ好きなのかな?
でも育ち盛りの先輩にはコレ一本じゃ申し訳ないしそれにあんな豪華なお弁当貰えないや。
「いいからさっさと渡せ!!そしてこれを食え!!」
「え。はい。……ありがとうございます。」
「残すなよ?」
「ハイ。」
痺れを切らした先輩は早業で私のカロリー○イトを奪い先輩の豪華なお弁当を私に渡された。
よくよく考えてみるとこれは!先輩お手製のお弁当じゃないですか!小さい頃一度だけ先輩の手料理を召し上がったけれどお母様に似てらして料理の腕はプロ並み!こんな大それた豪華なお弁当を私が食べていいものなのか。手を付けるのを躊躇っていたけれど。
「は・や・く・た・べ・ろ!」
釘を指された私は先輩のお弁当を恐る恐る一口、口に入れる。口に広がる美味なお味。私は徐々にペースを上げながら次々と食べていきあっという間に綺麗に平らげてしまう。正直全部とても美味しかった。特に出汁が効いたふわふわの卵焼きが堪らなかった。
「先輩。御馳走様でした。とても美味しかったです。」
「ああ。……それは良かったな。」
疲れた様にぐったりしてる。気を遣わせちゃったかな。別に気にしなくてもいいのに。
「お前の親は弁当を作ってくれないのか?」
「………作りませんよ。二人共忙しいので。それに私料理出来ないんです。」
咄嗟に嘘をついた。普通に料理は出来るし肉親の父はいつも家にいるかパチンコに行っている。母は今頃どうしているのだろう。……私達という重荷がなくなって幸せに暮らしているのだろうか。……私には関係ない話だ。
でもそのことを先輩に悟られない様に平穏を装って笑った。私の家庭事情は絶対に知られたくないから。無表情な私が気に入らないと父に言われ“笑う”という動作を覚えたのだ。そしたら怖くなったのか暴力する数が減っていった。皮肉なものね。だから私は父の前では“笑う”という動作をしている。
嘘をつく時もそうだ。父にはバイトのことは未だに知らない。奨学金で出たお金は全て父が奪う為私は掛け持ちで働き必要な費用はそれで払っていた。帰りが遅い私を問い詰める時もあったけれど父は笑う私を薄気味悪がってそれ以降問い詰めることはしなくなり、学校に通う日から極力、人が見える箇所を避けるように暴力を振るうようになっていた。私としても助かるが流石に父も有名な高校で目立つことはしたくないのだろう。
父の為用にご飯を作る分私の食費で出来るだけ減らさなければならない。父が残した余りものと携帯食が私のご飯。父が全て平らげる時もあるためその時は食べていない。昼食の携帯食のみで深夜の四時まで働いているが最初はしんどかったが慣れれば結構イケる。
「……そうか。」
「私この携帯食好きで食べてるので先輩は気になさらず。美味しいですよ。これ。栄養もあるし。」
「……確かにそうだが。」
………うーん。先輩納得していないみたい。真剣に考えちゃってる。相変わらずお人好しだな。
「よし。明日から僕が君の弁当分を作って来るから昼になったら今日と同じその木にいろ。」
「え?でも。」
「お前の昼事情を知ったからには気になってしょうがない。俺が勝手にしていることだからお前が気にするな。」
……え……ええ?逆に気にするんですけど。この人お人好しの度が過ぎてない?流石にそこまでは先輩にも悪いし桃原先輩に悪い。
「折角の先輩の申し出を無下にして申し訳ないですが断りします。」
「別に気にしなくてもいいんだぞ。こう見えて料理は得意方だ。」
………うぅ。先輩の鈍感。
「いえ。私が一人の方が気が楽なので。」
私の馬鹿。まだ他に言い訳があっただろう!これじゃ先輩に失礼じゃない!でも花原さんを理由に出すのは気まずいしな。
「そうか。……無理強いは良くないな。」
ああ!先輩の顔を曇らせちゃった!どうしよう。でもここで私が先輩の提案に乗っちゃうのも違うし。選択が難しい。
私は至ったまれなくなりそのまま先輩にお礼を言ってその場から退散しようとしたけれど。
「ちょっと何してるの?二人で。」
いつの間にか桃原先輩はそこに立って私を睨んでいた。失敗した。大好きな先輩に誘われて気が緩んでしまったから。
「あなたっ!影から見るのは森羅から聞いて百歩譲って許したけどそこまでは森羅に失礼だと思わないの!」
「ごめんなさいっ!!」
これは桃原先輩に怒られても仕方がない。100%私が悪い。
「違うんだ。凛。僕が彼女を昼食に誘ったんだ。」
「どういうことなの?森羅。……またあなたの悪い癖?」
先輩が仲介に入ったことで桃原先輩の表情が更に険しくなっていく。
「君が委員会活動で今日来ないと思っていたから一人でいつもそこにいる彼女に昼食を一緒に誘ったんだ。彼女は悪くない。悪いのは誘った僕だ。責めるなら僕を責めてくれ。」
「!貴方は何処までこの子に甘いのよ!ストーカーなのよ!この子は!!」
私のせいで二人の仲が亀裂が入ってしまう。何とかしなきゃ。私のせいなのだから。
「先輩の優しさに甘えた私が悪いんです!本当にごめんなさい!」
桃原先輩に頭を深く下げて謝ったけれど先輩に無視をされて森羅先輩を責め続けた。
「それとも何?私よりこの子の方が貴方にとって大切?」
「!?そんな訳ないだろ!!彼女のことは同情はしているが大切なのは君だけだ。」
ドッと重みが全身に乗し掛かる様だった。分かっていても直で言われたら結構心に来るものだ。私は今どんな顔をしているのだろう。
「ふーん。そうよね。うん。……ごめんなさい。私取り乱しちゃって。白花さんもごめんなさいね。でももう森羅とは昼食一緒に食べないで。」
先輩にそう言われた桃原先輩はとても嬉しそうだった。私にも優しく声で謝ってくれた。先輩は悪くないのに。釘を指されたけれど私はもう先輩とは一緒にお昼を共にするのはもう御免だ。結局私のせいで先輩に迷惑を掛かってしまった。
「はい。勿論です。影から見守ることを許して貰っているのに私の方こそ本当にすみません。」
ちゃんと笑えているだろうか。先輩は気が不味そうに私を見ていたけれど彼が心配する必要なんてない。
「先輩。今日はありがとうございました。」
「白花っ。僕はその…。……ああ。どういたしまして。」
先輩は私に何か言葉を掛けたかったのかもしれないけれどそれでいいんですよ。先輩。逆に惨めになるだけですから。
「これからは桃原先輩がいなくてももう私を誘って頂かなくてもいいですよ。……私一人の方が気が楽なもので。」
「!……それは悪いことしたな。」
「ほら。白花さんもそう言ってるじゃん。森羅は考え過ぎなんだよ。」
違うです。先輩。本当は今日嬉しかったんです。弁当もとても美味しかった。でも先輩が私なんかのせいで先輩がお慕いしている桃原先輩と仲に傷が入ることは望んでいない。
私は森羅先輩にお近づきになるつもりは更々ない。……ただ影から先輩の幸せを見守ることさえ出来ればそれで満足。
「……それじゃ私はこれで。」
私は笑顔で二人に頭を下げた後。二人から遠く離れた所から走り出し人気のない校庭の裏側に向かった。
辿り着くとその場で力なく座り込み耐えていた涙が溢れてきた。……初めて先輩に会ったあの時ぶりに感情が抑えられないでいる。今は慰める人もこの涙を拭う人もいない。私はただ一人で声を抑えて静かに泣いた。
……期待をするな。期待したら期待した分だけ辛くなる。昔からそう自身に言い聞かせて来たのに学習しない私はやはり愚かな奴なのだろうか?
私は教室に向かう途中。まだ中庭にいた二人がキスをしているのを見てしまった。桃原先輩は此方に気付き笑っている。……私は何処までも天に見放されいるらしい。
「ははっ。……なんだ。やっと結ばれたんだね。良かったね。“お兄さん”。」
祝福しなければ二人を。私は先輩が幸せならそれでいい筈じゃない。……それを分かっててずっと見守っていたんだろ?傷つく価値なんて私には端なからないんだ。
二人からすれば私の存在なんて“異物”同然なのだから。
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【森羅side】
彼女のことは何故かほっておけなかった。感じが昔出会った包帯だらけの子に似ているからなのか。
またあの木に隠れてるな。……少し驚かせてやろう。僕は彼女が視線を僕から反らした隙に急いで隠れてながら彼女の背後に回った。
びっくりしたのか彼女は変な叫び声で叫びかなり驚かせてしまった。彼女には悪かったがなんか少し可愛いと思ってしまった。
彼女に一緒に昼食を食べるのを誘うことにした。いつも僕達がここで食べてるのをずっと木の影に隠れて一人で見つめていたから彼女が普段何を食べているのか疑問に思った。
僕は弁当の包みを広げるが彼女は一向に昼食を出そうとはしない。昼食は何んだ?と聞いていると彼女がポケットから出したのは携帯食一つだった。これはどうしたものか。
親が作ってくれないか彼女に聞いてみると二人は仕事で忙しいと言っていた。……でも何故か理由はそうではないと彼女の表情で察しがついてしまう。彼女は三年前に出会った“ある包帯少女”に似ている。傷だらけの孤独な少女に。
ーーーーーー
僕がまだ中学一年の頃の話だ。
僕の父は大手企業の社長で厳格な人だった。仕事が忙しく常に家を空けていた父の代わり母は僕に愛情を父の分も沢山愛情を注いでくれた。
父は僕に後継者としてアメリカ留学するように既に手配をしていた。海外ビジネスでも対応出来る様に語学力や海外での文化を学ばせる為に。父のレールを辿るのは癪に触るが僕自身これからの将来の為あらゆる能力向上は必需だ。留学事態僕も行きたかったが。
しかし僕は母を一人にするのは気掛りだで行くのを躊躇していたが。……母はそんな僕の気持ちを汲み取ってか留学することに背中を押してくれた。
留学する前日。母にもう今日が最後だからとこの町に浸ってきなさいと言われ僕も明日には離れるこの町並みを黄昏したかったから丁度良かった。ただぶらぶらと町の景色を見ながら歩いていた。つい昨年、卒業した自分の通っていた小学校の前に通り掛かる。
校舎裏に僕のお気に入りの場所があった。木と花に囲まれた静かな場所。よくそこで読書してたな。……本来は不法侵入だがその場所に行ったらすぐに帰るのでどうか許して欲しい。内心先生達に謝りながら秘密の抜け道を使って目的の“お気に入りの場所”まで急いで足を運んだ。
秘密の場所に着く手前でどうやら既に“先客”が居たらしい。もう下校時刻はとっくに過ぎているのにまだ遊び呆けているのか。呆れたものだ。遊ぶのもいいがちゃんと帰って自習しろ。
しかし何やら様子が変だった。騒ぎ立て嫌な笑い方をする子供の声がここまで聞こえ変な音までしていた。揉めているのか?それともいじめか?どっちらにしろ僕のお気に入りの場所を荒らしているんだ。説教の一つしてやらなくては。
僕はイライラさせながら声がする元へ向かうがそこで見たものは予想を遥かに越えた衝撃のモノだった。
………包帯だらけの少女に怒りのままハサミを愚かな男子児童が振り下ろす瞬間だった。僕は急いで走り出し咄嗟にハサミを掴んだ。手が裂かれ激痛が走ったが今はそんなことを言ってる場合じゃなかった。
男子児童に怒鳴り声を上げそのまま泣き出して逃げていった。なんと愚かな子供だ。癇癪を起こして凶器を少女に向けるとは。親はどういう教育をさせてるんだ。
被害に合った少女がトラウマになってなければいいが。……僕は少女を一目見た。
彼女は恐怖する処か感情が欠如していた。なんということだ。これが幼い子供がする顔か。僕も子供らしくないとよく言われているが彼女は次元が違う。
包帯だらけの彼女を見て僕は少女の元に駆け寄った。この子の包帯の怪我はさっきの子供がしたものなのか?それにしても酷いことをするものだ。何処もかしこも傷だらけじゃないか。
少女は自身の傷の事よりも何故自分を助けに入ったのかと聞いてきた。自分の事よりも僕の手を気にしていた。当たり前のことをしただけだと彼女に言うが彼女は納得いってなかった。それどころか無視をすればいいなど言ってきた。彼女の目には誰も期待していない暗い色をしていた。……もしかしてここの大人達は彼女を庇ってくれないのか?
僕は不思議そうに見つめる彼女に照れ隠しでぶっきらぼうに身体が勝手に動いたなんて言ってしまった。仕方ないだろ。まさかそんなこと問い詰められるとは思わなかったから。……やはり大人気なかったか?
少女は徐々に感情を露にし始めていく。……今まで我慢していたものが崩壊していく様だった。“気持ち悪い”など“気味悪い”など周りの人間達は依ってたかって彼女に言い続けて来たらしい。どいつもこいつもなんという愚かで低レベルな人種なんだ。正直僕もここの教師達のことはあまり好きではなかった。担任の教師がよく金持ち連中にペコペコ頭を下げていたのを覚えている。あの時父が学校では僕に皆と平等な扱いをさせたい為に大手企業の社長の息子である事実を伏せる様に言われていた。心底隠し通せて良かったと思っている。父が裏で隠していたのだろう。
少女から涙が溢れて零れていく。青い綺麗な瞳から零れていく涙が“真珠”になっていく様で彼女が童話に出てくる人魚姫の様に見えた。
包帯だらけで遠くからでは分かりづらかったがこの子はよくよく見たらなかなか美しい顔立ちをしている。……勿体ないな。こんな安っぽいボロボロの服ではなくもっと可愛らしい格好で着飾ったら彼女はきっと今よりも綺麗…………って小学生相手に何を言ってるんだ。
少女は家に帰ろうとしていたがもう日が掛け既に周りが暗くなって来ていた為少女を呼び止め僕の家に招待することにした。
「まぁまぁ♡なんて可愛い子なの~♡」
母は少女にメロメロだった。……そういえば娘も欲しいなんて言ってたな。包帯のことや傷だらけのことなど敢えて察しのいい母は彼女に何も聞かなかった。少女もそれを感づいたのか肩の荷が降りていくようだった。
ボロボロになっていた為彼女に夕食を準備する間風呂に入って来るように勧めたが彼女は断固として断っていた。僕は分からず何故なのか追及しようとする直前母に止められた。……僕は母の言いたいことを察し口を閉じると母は家に帰ったら入る様にと頭を撫でながら少女に言っていた。
夕食の準備を手伝おうとしていたがそこの椅子で料理が来るのを座って寛ぐ様にと断りを入れた。もてなす客相手に手伝わせるなんて野暮なことはしない。何よりこの少女には少しでもゆっくりしていて貰いたい限りだ。
料理をテーブルに次々と並べていくと少女は輝く様に出されていく料理をマジマジと真剣に見つめている。その愛らしい姿に母と僕は癒されていた。全てを並べて終えると少女は食べるのを躊躇っていたが母が少女のお皿に料理を取り分けていき少女へ渡した。カットされた牛ステーキの肉を恐る恐る口に運ぶと彼女はキラキラとさせ次々と口に料理を入れ始めた。食べるペースが早くなっていくに連れて泣きそうになった少女の頭を優しく撫でてやるとまた少女は泣き始めてしまった。……この少女の生活事情がどうなっているのか問い詰めたいが彼女がそれを望んでいない。……分かってはいるが何も出来ないのはやはりもどかしかった。
緊急に泊まることになったから少女に親に連絡する為電話番号を聞いてみたが必要ないとキッパリ言われ少女の顔を見てみると感情が一切なかった出会って間もない彼女に戻っていた。……やはり家でも何かあるのか?彼女が度々見せる重い雰囲気に違和感を感じていたが僕は敢えて気づかないふりをした。……これは正しい選択ではないことはよく分かっているが明日からこの町に居なくなる僕が彼女のことを変に暴き出しても傷つくのは彼女自身だ。……気が進まないがこのことはこの子の担任に任せるしかない。明日、今日の事件を含め彼女の小学校へ話に行くことを決めた。
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やはりここの学校は腐っている!結論から言うと僕らの訴えは全て揉み消された。それどころかこの子がハサミで襲い掛かったなどデタラメな証言を言い始めていた。なんと愚かな。いじめたあの愚か者の親がPTAの会長の息子だったらしい。僕は咄嗟に自身の正体を明かそうとしていたけれど少女は僕の手を掴み首を左右に振っていた。……彼女はある大抵こうなることを気づいていたのだろう。少女は罪を着せられ教師達から頭ごなしに怒られてしまった。僕は何も出来ずただ歯を食い縛ることしか出来ずにいた。
………なんて僕は無力なのだろう。もっと僕は力を着けなくては。その為には留学生活を成功させる必要がある。
帰り道。少女に再会出来るかどうかと聞かれ留学することを話した。そして四年後に帰ってくることも。再会はその時に出来るかもしれないと少女に言った。少女は僕の名を聞いて来て答えてあげたら嬉しそうに僕の名を連発して呼んだいた。僕も彼女の名を聞きたかったが彼女は僕に別れを告げる。一人では危険だと少女の家まで送ろうと申し出たが断られそのまま彼女は走り去って行ってしまった。
最初から最後まで不思議の子だった。
アメリカでの留学は僕にとっていい経験になった。日本では様々な文化など勉学も学べないものばかりでなかなか参考になったな。語学力も上がり英語も普通に話せる様に上達した。
あっという間に四年が過ぎ、ある程度アメリカで学び尽くした僕は故郷の町に帰って来ることが出来た。父にはちゃんと母を悲しい思いをさせないように言ってあるけれどそれでも心配だからどうしても元気な母の顔を見たくて急いで家に帰ってくると。
……家には“母”の姿がなく別人と思う程げっそりした父がいたソファーに座っていた。何故母ではなく居る筈のないこの人が家にいるのか疑問でしかなかった。それにこの変わり様嫌な予感がする。
「母さんは?母さんはどうしたんです?」
「……………。」
父とは極力話さないがこの際この人でもいいと母の居場所を知りたくて父を問い詰めていたが沈黙ばかり。ふざけているのか?と今にも怒りでこの男を殴ってやりたかったが重たい口をやっと開いたその先には衝撃の言葉が乗し掛かる。
「母さんは今昏睡状態だ。」
「………は?」
訳が分からなかったが急いで母が居る病院へ向かい担当の先生に詳細を聞くと。
母は“自殺未遂”だそうだ。首吊りを図っていたらしいが幸い、家にいた少女が母を死ぬ直前で首のロープを切り救い出し救急車を手配してくれたお陰で一命は取り留めたらしい。少女には感謝しかないが母は元々弱っていた上自殺未遂を起こしたせいで昏睡状態になってしまったらしい。いつ目覚めるのか分からないと医師は言っていた。
何故こんな風になったのか。この人は僕の言った通りに母さんをちゃんと一人にさせなかったのか?
「……父さんに言いましたよね?僕がアメリカ留学に行っている間はちゃんと母さんを一人にしないでとなのにこれはどういうことですか?」
「………すまない。」
「ふざけるな!!」
僕は母をこんな状態まで追い込んだ愚かな父を感情のまま胸ぐらを掴み殴ってしまう。怒りで支配されそうだった。僕はまた父を殴ろうとするが医者の方々が止めに入りその後は事なきを終えた。
父と僕の仲は更に溝が深くなっていき僕は荒れ果てしまった。名門高に入学したものの陰湿な性格になってしまった僕には友達も出来なくなり一人になってしまった。ただ幼馴染みの“花原 凛”だけが僕の隣に居てくれた。彼女とは幼馴染みだけれどあまり話したことがなかったけれど苦しんでいる僕のことがほっておけないと心配していた。……お人好しな奴だな。
凛のお陰で復縁することが出来たのだ。病院の看護士さん達によると彼女が僕の母を救った子に違いないと話していた。毎日花を一輪買ってお見舞いも来ていたらしい。彼女とたまたま病院の廊下で擦れ違うと僕はこの時に“母を救ってくれたのが君なのか?”と訪ねてみると“足しいたことじゃない”と照れ臭そうにしていた。僕は命の恩人である彼女に何度もお礼を言った。
帰って来た父が僕に頭を下げていた。それも土下座までして。それで僕の気が済む訳がなかったが父はあの時母の側に居てあげられなかった理由を話してくれた。
どうやら父は僕の約束を守って約一年は出来るだけ母との時間を作っていたらしい。しかし部下のミスで重要なデータを破損したせいで徹夜続きでやっとデータを復旧させたものの取引相手の会社各地に謝罪しに回ったそうだ。それでも母との連絡はこまめにしていたが取引企業との信頼を取り戻す為に新プロジェクトを考案し………そして成功させた。流石はNo.1を誇る大手企業の社長と言った所か。売り上げが鰻登りで上がっていき更に父の会社は大きくなって行ったのだった。
一段落着いて有給休暇を出していた父だが一本の連絡が入り母が病院に搬送されたと告げられた。急いで病院に向かうとそこには弱々しく寝たきりの母の姿があったらしい。……父は絶望に立たされながらも有給休暇を取り消し仕事に没頭することにし、一時は会わせる顔がないと母のお見舞いさえ行かなかったそうだ。今は毎日母の元へ通ってずっと謝り続けていると言っていた。
まだ少しわだかまりがあるが父は父の事情があったんだと僕は悩んだ末母が目覚めたら母にしっかり尽くすことを約束させ父と復縁することにした。
父が言うにはこのことは言うつもりはなかったらしい。だが決心して母のお見舞いに行くと既に母の病室にいた中学生位の一人の少女がお見舞いに来ていたらしい。綺麗な容姿を持ち黒髪ロングの少女からもっと息子さんと奥さんを大切にしろとかなり怒られたそうだ。周りのボディーガードも目もくれずに。少女はそれだけを言って一輪の花を母のベッドに置いて帰ったらしい。
凛が僕と母の為に父を怒ってくれたのか?僕は急いで凛の家に行き彼女に聞いてみると少し考え混んで“少し怖かったけど二人の為に頑張ったよ”と笑いながら話してくれた。黒髪ロン毛の美しい容姿な少女。そして僕の家庭事情を知っている少女は幼馴染みである凛だけだ。
彼女のお陰で僕ら家族は救われた。凛には感謝しても仕切れない。僕は彼女の優しさと温かさに触れ彼女に対して恋に堕ちてしまっていま。
凛の為なら僕は何でもする。凛が望むなら何でも叶えてあげたい。もし凛を危害を加える奴は排除だってしてやるさ。少しでも彼女に恩を返したいし太陽のような彼女を支えてあげたい。
ーーー僕の中で凛が中心になっていた。守ってあげたいその温かで愛おしい笑顔を。
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白花には酷いことをしたが僕は彼女の想いを応えることは出来ない。……僕は凛のことを愛しているから。
どうして陰湿な僕のことなんかに好意を抱いたのだろうか?
ーーーそういえば彼女と初めて出会ったあの日。社長の息子だとバレてしまったことから女子からのアプローチが多くてげっそりしていた頃だ。
突然制服の袖を捕まれ自分を覚えてないかと白花聞いてきた。見覚えもなかったからまた迷惑な女子からの新手なアプローチだと思っていたから冷たく突き放すように言ってやった。
『本当に私のこと少しも覚えていませんか?』
『お前のことなんて知らんと言っただろ。しつこいぞ。』
『…………そうですか。そうですよね。……すみません。私も勘違いしてました。それじゃ失礼しますね。』
と笑っていたが何処か悲しげに見えたのは印象的だった。……少し罪悪感があったがその方が諦めもつくだろうと思っていたが。
甘かったらしい。次の日から僕のことを学校限定でストーカーするようになった。どうしてそこに行き着いてしまったのか分からないが雨の日も雪の日も風が強い日でもずっと欠かさず僕だけを見続けていた。凛に危害を加えるつもりなら今すぐにでもどうにかさせていたがどうやら彼女は“無害”そうだったから無視することにした。
鬱陶しいが何処かで彼女の姿を探している自分がいた。ずっと僕のことを想う彼女には早く僕なんか諦めて違う人と幸せになって欲しいと祈るばかりだ。
………彼女が傷つく顔はもう見たくない。そう思ってしまうのは包帯少女と重ねているからだろうか。
■■■■■■■■
あの日から私はもっと遠くの距離から先輩達を見守ることにした。幸せそうに二人で笑っている。先輩幸せそうだ。
もう季節は冬になり年末も近い。もうすぐ今年が終わろうとしていた。
来年には先輩も卒業する。……それまで先輩に対しての気持ちを完全に区切りを着けようと思っていたけれど私は今年中にこの学校をいやこの町を去ろうと思っている。
勿論父には言ってない。学校を止めるということは奨学金が貰えなくなることだから。私は父の“道具”じゃないし父がどうなろうが私の知ったことではない。
……新しい自分をこれから始めるのもいいだろう。一人で転々と各地を旅するのも悪くない。必要なお金は既に溜め込んでいるから。
先輩。私はもう先輩のことを未練がましく見守るの止めにします。先輩を想うことは苦しくもあり悲しくもあったけれどそれでも幸せでした。
私に様々な感情を与えてくれたのは先輩です。色んな感情も先輩がいたから生まれました。本当はちゃんとお礼したかったけれど。どうやら私には……“役不足”のようです。
……“此処”に来るのも最後にしなくちゃ。バイトに行く前に私は一輪の花を持っていき“森羅先輩のお母様”が眠る病院へお見舞いに来ている。
お母様。早く目覚めるといいな。
ーーーーーーーー
……私は先輩がアメリカ留学した後も先輩の家へ通り数分間だけ遠くから眺めていた。ある日たまたま先輩のお母様に見つかってしまって家の中にお邪魔する様になっていた。お母様とのお話は楽しくて温かった。母親ってこんなものなのかとあの頃は先輩のことを羨ましくなっちゃったな。ずっとお母様といたかったけれどそうも言ってられず名残惜しく別れを告げて帰っていった。お母様は私が帰る際にとても悲しげに私を見つめていた。
何度家に泊まるように誘われたけれど私は泊まることを断っていた。……あの父のことで迷惑掛けたくなかったし、何よりこんな優しい方に私の“事情”なんて知られたくなかった。……だけど私は選択を間違っていた。お母様の隣にもっと長くいてやれば誘いに乗ってあげればお母様は“自殺未遂”をしないで済んだかもしれないのに。
私はいつものようにインターホンを鳴らして先輩の家に伺っていたけれど反応がなかった。仕方がないので貰った合鍵を使って先輩の家の中に上がった。買い物していて家をお留守にしている時があるかもしれないと私に合鍵を渡してくれた。
「お母様?いないんですか?」
一階を探したがどこにもいなかった。やっぱり買い物だろうか。……でも可笑しいな。お母様は私に合鍵を渡しているけれど大体買い物は私が来る前に終えていて私が合鍵を使うことはなかった。……それとも何か買い忘れしちゃったのかな?
取り敢えず二階も一応見てみよう。………?なんか変な音がする。何かが軋む様な音。音の発信源はお母様とお父様の寝室からしていた。
嫌な予感がする。私は急いで寝室の前まで走り扉を荒っぽく開けると。
そこで見た光景に衝撃が走る。
「………え?」
ーーーーお母様が首を吊っていた。
私はショックで思考を停止していたがすぐに我に返り急いで下に倒れていた椅子を使い、手持ちにあったカッターナイフで紐を切断したけれどお母様の呼吸は止まっていた。急いで救急車に連絡し指示通りに心臓マッサージを何度もした後お母様は何とか息を吹き返した。早急にお父様の会社に連絡を入れておいた。念を押したから絶対に来てくれるだろう。もうこれで大丈夫だろ。……後は救急車が此処に到着するのを待つだけ。
無事に救急車が到着して私は救護班の人達に見つからない様にそのまま静かに帰っていった。後日私は包帯を外してお見舞いに行くようにした。最近“笑う”という仕草が父に機能してそこまで酷い暴力は受けなくなった。丸まって顔を傷つかないように死守したしね。包帯だらけの怪しいやつは追い出されるのは目に見えているから。
……お母様は応急措置のお陰で命に別状なかったらしい。でも精神が追い詰められて衰弱してしまって昏睡状態になっていた。真っ青に横たわるお母様を見て私は自分を責めた。もっと早くお母様のことを気に掛けてていれば。自分のことばかり気にして全然お母様のこと見てなかった。………父によく“役立たず”だと言われていたけれどその通りだった。先輩が帰って来たらきっとショックを受けるだろう。……私は何処までも役立たずなんだ。悔やんでいてもこの失態は取り戻すことは出来ない。私は私の出来る限りのことをこの人にしてあげようと毎日“一輪の花”を持って来てはお母様の横に飾る。少しでも良くなるように向日葵、竜胆、ガーベラなど縁起の良い花を選んで毎日一輪を新しいのに換え、古い花はそのまま持って帰っていた。
私は中学二年になっていた頃いつもの様に一輪の花を持ってお母様のお見舞いに行こうとしてたら偶々お母様の病室前で立ち止まったお兄さんのお父様と鉢合わせしてしまった時があった。
「……君は誰だ?」
「………………やっと来ましたか。」
驚いた御様子だったけれど私はこの人に対して怒りしかなかった。
「……こんな風になるまで奥様を追い詰めた挙げ句お見舞いには来ない。どういう神経をしてるんですか?」
「ッ君に何が分かるッ!!私だって悔やんでいるさ。……しかし私は会社をまとめなければならない社長なんだぞ。私が居なければ仕事が回らないんだ。」
やつれて隈だらけの酷い顔。この人なりにお母様のことを考えていたのか。
「……それに今さら妻にどの面下げて会えば良いんだ。」
終いには泣き出していた。事情は大体理解はした。……でも私から言わせればふざけんなって話だね。
「なら貴方が居なければ貴方の会社は無能の集まりなんですね。」
「………なんだと?私を侮辱しているのか。」
低い声。キレてるな。この人。でも私は引かない。お母様が目を覚ましたってこの人自身をどうにかしないとまたお母様は同じことをする。
「貴方がそう主張してるんですよ。仮にそうじゃなくても貴方がずっと着いていないと機能しない会社なんていつか潰れてしまいます。」
「君は子供の癖して大人を舐めているのか!!」
「舐めてるのはどっちですか!!お母様はもう少しで亡くなる所だったんですよ!!」
「ッ!!」
堪忍袋が切れたお父様は私に怒鳴り散らしたけれど怖くなかった。私の父の方が品もないし暴力的だ。この人はどんなに私が反論して彼の怒りを買おうが私に暴力を振るう所か一切触れることもしない。気遣いが出来る方なんだ。だからこそ私は先輩やお母様を蔑ろにするこの人を許せなかった。
「確かに社長としての責務があるのは分かってます。お金を稼ぐのって大変ですよね。私も働いてますから。」
父は無職で生活保護を貰っていてもそのお金を全て私用で使ってしまう。だから内緒で働いている。高校受験を受ける時は今よりも倍に働かなきゃいけなかった。先輩と同じ所に行きたかったから。
「未成年の君が何故働かなきゃいけないんだ?親御さんは何をしている?」
「……私ことはどうでもいいんです。これから貴方は絶対にお二人を悲しませないで下さい。」
唖然としているお父様が私の家庭事情を聞くのを切り私は本来の話の流れに戻す。 あくまでも私は働き手の苦労を知ってるからそこは共感出来ることをお父様に伝えたかっただけ。
「知ってますか?“我慢”するのって結構辛いものなんですよ。……最近のお母様は心から笑えてましたか?息子さんとはちゃんとお話はしてますか?」
私の母は我慢が出来なかった上に私を捨てた。全然恨んでないって嘘だけど母の気持ちも分かるから私は母を責めるつもりはない。
でも先輩のお母様は先輩やお父様を捨てることなくずっと一人で我慢していた。しんどかっただろうな。悟られないようにいつも笑顔で隠して。お父様に甘えたかった先輩だってずっと我慢していた筈。
「…………あっ。……あああ!!……私はっ。」
「……貴方は大企業の社長かもしれませんが………一人の父親なんですから。」
……まだ間に合う。まだ先輩達はこの家族はやり直せる。皆の心が離れる前になんとかこの人を改心させなければと私は説得する。
「すまないっ!!本当にすまない!!若菜!!」
お父様は私の言葉を分かってくれたのか慌てて病室に入り寝たきりのお母様を泣きながら何度も謝り続けていた。私はそっと花だけをお母様の側に置き静かに帰っていった。これ以上二人の中を邪魔するつもりはなかったから。
それ以降はお父様に会っていない。色々と気まずいし向こうも気を遣わなくていいだろう。
これを機にちゃんと幸せにして欲しい。……私達の様な親子にならないように。
ーーーーーーーーーーーー
私は今日もお母様の側に最後の“一輪花”を置いて別れを告げた。お母様の顔色は入院当初よりも大分良くなっていた。後は目を覚ますのを待つのみだ。………私が居なくてももう先輩とお父様がきっと支えてくれるだろう。
「お母様。いつでも目を覚まして良いですからね。先輩もお父様も貴方のことを待っています。………目を覚ましたらお父様に“本心”で話してあげて下さいね。あの人先輩似て鈍感で不器用ですから。」
お母様の頬を優しく撫で私は笑った。
「私はもう来ませんがお母様なら大丈夫です。お二人が着いてますから。寂しくないですよ。」
私は別れを告げて眠るお母様から離れようとした。
ーー次の瞬間。意識のない筈のお母様の手が私の制服の袖を掴んだのだ。
「え?」
意識を取り戻したのかと振り向いたけれどそうじゃない。意識のない中体の本能だけでお母様は私が帰るのを止めた。
「…どう…して…?…お母様ッ。もしかして私がここを…離れるのを……引き…留めてらっしゃるん……ですか?」
返事はないけれど私の袖を握る手の力が少し強くなっていた。その場に座り込み下を向く。
「…お母様は……私を必要…として下さるんですね。……でも…ごめんな…さい。私っわたしはもう先輩を解放…させてあげたいんです。」
お母様の袖を握った手を両手で丁寧に持ち寄り額に寄らせてお母様の温かな温もりを感じながら私は堪らずに泣いてしまった。
私はこの方の娘になりたかった。素敵で優しくて温かな人。
「もう行きますね。今までありがとうございました。お母様にお会い出来て良かった。貴方の幸せを願ってます。」
お母様の手を私の袖から丁寧に外しベッドにそっと置き、病院を後にした。もう此処には来ない。きっと決断が揺らいでしまうから。
これからバイト先に向かう途中だった。私のスタイルである眼鏡とお下げ頭も既にセットしている。病院から近い場所にバイト先を選んでいたけれどもうその必要もないな。
日が暮れる通り道。いつも通っている公園の前を通り過ぎると二人の男女がベンチに座っていた。
「もう~ハルたらっ♡」
「ふふ。だってさ。」
イチャイチャしているカップルの声がここまで聞こえてくる。……羨ましいな。お互いに想い合えるなんてどんなに幸せなのだろう。……私もこんな風に生まれなければ先輩のこと諦めずにいたかもしれないのに。
駄目だ駄目だ。すぐ余計なことを考えてしまうのは私の悪い癖。どうせ叶わない恋だったんだ。先輩のことは花原先輩に任せよう。気持ちを切り替えてバイトだ。バイト。
ん?でも女の子の方は何か見覚えがある声に顔だったな。私の見間違いだろ。
と思いつつ気になり始めた私は木に隠れながら近づき二人のカップルを再度見てみた。
「………え?………嘘……で…しょ…?」
私は彼女の正体に衝撃を受け、体が固まった。
ベンチで同じ名門校の制服を来た爽やかな黒髪の男と親しそうにベッタリとくつっいていた見覚えがある黒髪ロン毛の美少女が男と深いキスをしていた。
嘘だと言って欲しい。これはあまりにも惨過ぎる。………何のために私はッ。
ーーーー彼女の正体は森羅先輩の恋人になった“桃原 凛 先輩”だった。
「桃原先輩。……どうして?」
私の存在を知らない桃原先輩はその男と何度もキスをしていた。幸せそうな先輩の顔を思い浮かべた私は怒りで脳が支配されそうだった。
貴女なら先輩を幸せにしてくれると思ってたのに。先輩のことを好きだって言ったじゃない。それなのにどうして先輩を裏切ったの?
「許さない。絶対に許さない!!桃原 凛!!」
我慢が出来なかった私は二人の元へゆっくりと近づいていく。
未だにキスをしていた二人の座るベンチに思い切り蹴りを入れ桃原先輩は驚いて私を見た。
「奇遇ですね。桃原先輩。」
「………白…花…さ…ん?」
「?凛。知り合いかい?」
そんなに目を開いちゃって。私が此処に来るなんて思いもしなかったんだろう。私もこんな形で貴女と会うことになるなんて思いもしなかった。男の方は大して驚かず何故か笑っていた。……なんか只者ではない雰囲気がする。気になるけれど今はそれどころじゃないか。
「………これはどういうことでしょうか?」
「ヒッ!!」
今私は目が笑っていないのだろう。先輩もこんなに怯えてらっしゃる。……駄目だ。怒りで感情が追い付けない。先輩のことをどうにかしてしまいそうだ。……落ち着いて。まずはこの男から情報を得よう。
「……貴方は彼女の何なんです?」
「ん?俺?凛の彼氏みたいなものかな?」
「そうですか。この人彼氏いますよ。」
「うん。知ってる。」
あっけらかんと話すこの男は面白そうに笑うその顔も知った上で彼女と付き合っていたその根性に私はこの男に対して不愉快極まりなかった。
「それじゃ俺。お邪魔みたいだから帰るね~。じゃあね。凛ちゃん。」
「!?ちょっと待ってよ!拓也!!」
男は俺はお邪魔みたいなので帰りまーすとふざけた口調で言い残して帰っていった。男の方は桃原先輩のことは遊びなんだろう。
一人残された泣きそうな桃原先輩に視線を移す。同情はしてやらない。
「……貴女は泣く資格なんてありません。先輩を裏切ったんですから。私は貴女を許さない。絶対に。」
「ヒッ!?」
彼女を冷めた目で見下ろしていた。……私って低い声も出せたんだね。
「……だ、だってアイツが悪いのよ!アイツが私の誘いをいつも照れて断るからっ。つまんないもの!浮気されるアイツが悪いって訳。」
先輩は振るえながら懲りずに森羅先輩を責めていた。自分の非を一切認めずに。
「ふざけるな!!それならなんで先輩と別れないのよ!!……先輩は貴女をあんなにも愛してるのに。」
羨ましい位に先輩が彼女を見る姿がいつも輝いていた。眩しい程に。彼女と付き合い始めた先輩はとても幸せそうで笑顔が綺麗だった。
先輩のその顔を見るだけで私は満たされていた。森羅先輩をこんな幸せな顔をさせる桃原先輩のこと尊敬も憧れもしていた。
「だってそんなの決まってるじゃない。だって彼は大手企業の社長の息子だもの。何のためにつまらないアイツの子守りをしてやったと思ってるのよ。」
ーーーーでもその正体は“こんな醜いもの”だった。
私は許せなくて思い切り彼女の頬叩いてしまう。
「痛ッ。」
「貴女は先輩のことなんだと思ってるのよ!!」
先輩のことを蔑ろにする彼女のことをどうしても許せなかったから。
ーーーーしかし追い撃ちを掛けるように不運は私を襲う。
私は背後から誰かに突き飛ばされる。膝が擦り剥け血が溢れて来ていた。
「……どういうつもりだ?白花。何故凛を叩いた?」
背が凍えそうな冷たい声で私を睨む森羅先輩が彼女を庇っていた。……私は何処までも神様に嫌われている。
「答えろ!!何故凛は泣いているんだ!!」
普段ここまで大声で怒らない先輩が今日は怒りを露にして大声で私を怒鳴りつけている。桃原先輩は森羅先輩の背中でか弱く泣いている。大した演技だ。私と一緒でよく嘘をつきなれているかもしれない。
……私はこういう時絶対に誰からも信用されたことがない。
なんて答えればいいのだろう?貴方の彼女が浮気しています?彼女は貴方を裏切っています?
………いや。どれにしたって信じる訳ないじゃない。でもこの女では先輩を幸せに出来ない。
「……先輩。あまり桃原先輩を信用しないで。」
「ッこの!!」
渇いた音が大きく響き渡る。桃原 凛を侮辱されて怒った先輩が私の頬叩いたからだ。こんなに敵意に満ちた先輩を見るのは初めてだ。
「森羅!そこまではやり過ぎだよ!」
「でもコイツがお前を!!」
「私は気にしてない!だからもう帰ろう。」
「……………君がそう言うなら。」
これは完全に私が“悪者”ね。……昔からそうだった。馴れているもの。……先輩。でもね。貴方だけにはそう向けられるのはどうしようもなく堪らなく辛いんですよ?
「………先輩。私は貴方に幸せになって欲しいんです。それは本当です。全て信じなくていい。……だから少しだけでも私のことを信じーー。」
「僕に幸せになって欲しい?何様のつもりだ?」
先輩の方へ手を伸ばした手は叩き弾かれる。先輩の顔は“軽蔑”を表していた。
「……こうなるのならあの時お前なんか“助けなければ良かった”。」
「…………ッ。」
「お前みたいな奴を同情した僕がどうかしていたんだ。もう俺達に関わるな。……お前の顔さえ見たくもない。ーーーー凛行こう。」
「うん!じゃあ!白花さんまたね。」
拒絶と嫌悪。いつも私が周りが向けられていた目。先輩達は立ち止まっていた私を残して二人で帰っていった。
急にポツポツと雨が降り注いでいき次第に激しくなっていく。そういえば今日は夜から雨が降るって言っていたっけ?先輩達も傘持っていたし。
バイトの時刻はとっくに過ぎている。どうせクビだろうな。……でもなんかもうどうでもいいや。
私は眼鏡を捨て髪をほどいた。ついでに靴も靴下も投げ捨てる。
「ははっ。あはははっ!!………馬鹿みたい。」
狂った様に踊る私はやっぱりおかしい奴なのだ。
ほらね。やっぱり期待するだけ無駄だった。……全て無駄だった。
全て自分の自業自得。柄もなく恋なんてするからこうなるんだ。
私はそのまま濡れた体で力無くベンチに座る。
「……先輩にも嫌われちゃった。ふふっ。」
なんで“お兄さん”に出会っちゃったんだろう。出会わなければ私は温もりなんて知らずに何も知らずにいられたのに。
こんなに辛いのならどうせ嫌いになるのなら私なんかに優しくしないで欲しかった。
“お前なんか助けなければ良かった”
「……これは結構堪えたな。」
彼は違うことで言っていたかもしれないけれど私は初めて会った“お兄さん”にそう言われているようで父に殴られることよりも遥かに痛くて上手く息が出来なかった。
「………痛い。痛いよ。……“お兄さん”。………お願い。助けてよ。………私を独りにしないで。」
私は体を抱き締め丸くなり嘗て私に優しく接してくれた“お兄さん”の面影を追いながら呟いていた。……誰も助けになんか来る訳ないのにね。
そんな様子を帰った筈のあの男が観察していたなんて知るよしもない。
「へぇ~。成る程ね。……それにしても見る目ないね。あの男。」
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