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Chapter02
02-01
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圧し掛かった大岩をどけるようにして重たい瞼を開いてみれば、そこは薄闇に包まれた見覚えのない一室であった。
「あ……あれ……?」
緩慢に、頭の天辺から順々に感覚が降りてくるに従い、現状を把握する能力が復元されていく。
「な……ッ!?」
五感の回復と共に手足を動かそうとした矢先、ジャラリという金属の擦れる音がして、窮屈さを覚え始めた首を巡らせば、驚いたことに立ったまま鎖で拘束されているではないか。
「クソ……ッ、なんだ、これ……」
振り解こうともがいたところで、細い手首を束縛している鎖環は、奪い取った少年の自由を返還してはくれない。
窮地に追い込まれてしまったという事実に打ちのめされると同時に、正常さを取り戻した知覚神経が妙な肌寒さを報せてくる。
そもそもここは一体どこなのだろうか……納屋の中か酒室か。窓も無く、燭台の灯りも無い空間には、これまでに感じたことのない類の冷ややかさが漂っている。
壁際に鉄鎖で緊縛されたまま、少年は自身の着衣が剥ぎ取られていないのを確認する。
泥汚れのこびり付いた簡素な農作業用のチュニック服……薄着ではあるが、この忍び寄る冷気は上着の無着用ばかりが原因でもないような気がする。
それに、窓も無く、火を灯された燭台も見当たらない室内が、『薄闇』というのも可笑しな話ではないか。
「あ!」
その『薄闇』に目が慣れてくるに従い、ようやく視認することが可能となったのは、鎖で固定された少年の位置から十歩ほど離れた地点でこちらを見据えている、一対の紅の眼光であった。
「唇が青いな……。どうだ? 寒いか?」
囁きかけるような低い声音――まるで死の果実が滴らせる果汁のように甘美にして危険な問いの声。
「さ、寒……い、いや! そんなことない」
「ほほう……強気だな」
「うるさい! この鎖も、お前の仕業だろ!? ふざけんな! 今すぐ解け!」
「解けと言われて、そう易々と解き放てるものでもなかろう」
壁を背に悠然たる笑みで以て返答する長躯の人物を、少年はキッと鋭く睨み付けてやった。
「良い目だ……、実に、強かで、勇ましく、向こう見ず……。強固な意志という火種を孕んだ鍛冶場の火窪が如きだ」
「な、なんだと!? 妙なことをゴタゴタ言って、ニヤニヤ笑ってんじゃない!」
「ふふふ。どうやら、お前で正解だったようだな、少年。姉の身代わり以上の資質、存分に秘めているぞ」
「黙れ! 黙れ! この人でなし!」
幼き少年からの漫罵を浴びて、その人物は壁から身を起こし、生け捕った獲物へと、ゆるり、ゆるり、歩を進めんとする。
「そうだ。俺は人ではない。吸血族だ。そして……人であるお前には、この部屋の冷気はさぞ堪えるであろう?」
一歩、一歩、迫りくる相手の、まるで周囲の闇を付き従えてるが如き荘厳なる歩みに、俄かに息を呑むも、虜囚の少年ダニエル・ラコンブは気丈さを失いはしない。
「この寒さは、お前たちが使う魔術か何かか? こんなもの、真冬の天地返しに比べりゃ、どうってことないね!」
「氷結玄武岩という、冷気と微細な光を孕んだ石材が、我が館を心地よい冷ややかさで満たしているのだ。凍え死ぬような室温ではないとはいえ、生身の人間には少々寒かろう」
生身の人間ではない故にか微塵も肌寒さを感じていない貴人は、鎖で繋がれた少年の眼前に立って、純白の手套を嵌めた手をゆっくりと、その柔らかな肉体へと伸ばそうとした。
「ふん……ッ!」
その時、ダニエルは一矢報いてやらんとばかりに首を前に突き出し、鼻先へと接近した男の手を、まるで躾のなっていない狂犬さながらに噛みつけてやった。
「ほ……? ほほう、ほほう、よもや、お前の方から先に牙を立てるとはな」
しかし、この先手必勝の抗拒は、敵を興がらせる結果しか生み出さなかった。
「この向こう見ずな抗心、ますます気に入ったぞ。それとも、そんなに吸血族である俺の血が欲しいというのか?」
「ケッ! 誰が!」
煽られて即座に、ダニエルは噛みついていた上下の歯を離らかせ、これ見よがしに床の土へと唾を吐き捨ててやった。
「焦らずとも、いずれお前は俺と同じ種族へと生まれ変わる。そうすれば、この部屋の冷ややかさも気に障らなくなる」
「冗談じゃない! 誰が、お前らみたいな、人でなしになってやるもんか!」
煽られれば煽られるほどに、ダニエルは抵抗の念を昂らせ、相手の意のままにはならないぞという徹底抗戦の意志を堅固にさせていく。
「そうは言っても、寒かろう?」
「さ……寒くなんかない! こんなの……、ちっともッ!」
唾棄してみせたダニエルの、語気の割りには小刻みに震えている手足を瞥見し、長身の男は妖しくも美しい愉悦の笑みを浮かべ、冥界への招き手よろしく十本の指先で、少年の薄い胸の辺りを軽く押さえつける。
「寒かろうに……この、心も……」
すぐさま、胸に添えられていた指先に只ならぬ膂力が送り込まれ、あっと思った時には、ダニエルの身に纏っていた上着は左右へと四散してしまった。
「ぐぁ!?」
一瞬で肌蹴させられてしまったことに驚愕したのも束の間、今度は腰の下の半ズボンまでも、手品の如き所作で切り裂かれてしまう。
その手並みの流麗さも筆舌に尽くしがたいものであったが、何よりダニエルが恐ろしさを感じたのは、着衣を剥ぎ取られたにも関わらず、一連の動作に微塵も暴力的な粗暴さを感じなかった点――まるで幼き頃、寝間着へと着替える為に姉の手で着替えをさせられた時のように、妙な優しさを感じてしまったのだ!
「どうだ? これでお前を包むものは何も無くなった。人の素肌に、この部屋の温度は、いささか寒冷に過ぎるであろう?」
鎖で緊縛され、着ていた衣服を無理矢理破り捨てられ、これ以上の屈辱は無いであろうに、ダニエルは不自由な身で仰視する憎むべき相手の相好に、信じがたい感情が過るのを知覚してしまう。
なんだろう……こいつの、この……色香は?
いや、そうじゃない。
恐らくは、これも相手の策術――魔術の類であろう。
駄目だ。こんな奴に、心を許してしまっては――――――
「あ……あれ……?」
緩慢に、頭の天辺から順々に感覚が降りてくるに従い、現状を把握する能力が復元されていく。
「な……ッ!?」
五感の回復と共に手足を動かそうとした矢先、ジャラリという金属の擦れる音がして、窮屈さを覚え始めた首を巡らせば、驚いたことに立ったまま鎖で拘束されているではないか。
「クソ……ッ、なんだ、これ……」
振り解こうともがいたところで、細い手首を束縛している鎖環は、奪い取った少年の自由を返還してはくれない。
窮地に追い込まれてしまったという事実に打ちのめされると同時に、正常さを取り戻した知覚神経が妙な肌寒さを報せてくる。
そもそもここは一体どこなのだろうか……納屋の中か酒室か。窓も無く、燭台の灯りも無い空間には、これまでに感じたことのない類の冷ややかさが漂っている。
壁際に鉄鎖で緊縛されたまま、少年は自身の着衣が剥ぎ取られていないのを確認する。
泥汚れのこびり付いた簡素な農作業用のチュニック服……薄着ではあるが、この忍び寄る冷気は上着の無着用ばかりが原因でもないような気がする。
それに、窓も無く、火を灯された燭台も見当たらない室内が、『薄闇』というのも可笑しな話ではないか。
「あ!」
その『薄闇』に目が慣れてくるに従い、ようやく視認することが可能となったのは、鎖で固定された少年の位置から十歩ほど離れた地点でこちらを見据えている、一対の紅の眼光であった。
「唇が青いな……。どうだ? 寒いか?」
囁きかけるような低い声音――まるで死の果実が滴らせる果汁のように甘美にして危険な問いの声。
「さ、寒……い、いや! そんなことない」
「ほほう……強気だな」
「うるさい! この鎖も、お前の仕業だろ!? ふざけんな! 今すぐ解け!」
「解けと言われて、そう易々と解き放てるものでもなかろう」
壁を背に悠然たる笑みで以て返答する長躯の人物を、少年はキッと鋭く睨み付けてやった。
「良い目だ……、実に、強かで、勇ましく、向こう見ず……。強固な意志という火種を孕んだ鍛冶場の火窪が如きだ」
「な、なんだと!? 妙なことをゴタゴタ言って、ニヤニヤ笑ってんじゃない!」
「ふふふ。どうやら、お前で正解だったようだな、少年。姉の身代わり以上の資質、存分に秘めているぞ」
「黙れ! 黙れ! この人でなし!」
幼き少年からの漫罵を浴びて、その人物は壁から身を起こし、生け捕った獲物へと、ゆるり、ゆるり、歩を進めんとする。
「そうだ。俺は人ではない。吸血族だ。そして……人であるお前には、この部屋の冷気はさぞ堪えるであろう?」
一歩、一歩、迫りくる相手の、まるで周囲の闇を付き従えてるが如き荘厳なる歩みに、俄かに息を呑むも、虜囚の少年ダニエル・ラコンブは気丈さを失いはしない。
「この寒さは、お前たちが使う魔術か何かか? こんなもの、真冬の天地返しに比べりゃ、どうってことないね!」
「氷結玄武岩という、冷気と微細な光を孕んだ石材が、我が館を心地よい冷ややかさで満たしているのだ。凍え死ぬような室温ではないとはいえ、生身の人間には少々寒かろう」
生身の人間ではない故にか微塵も肌寒さを感じていない貴人は、鎖で繋がれた少年の眼前に立って、純白の手套を嵌めた手をゆっくりと、その柔らかな肉体へと伸ばそうとした。
「ふん……ッ!」
その時、ダニエルは一矢報いてやらんとばかりに首を前に突き出し、鼻先へと接近した男の手を、まるで躾のなっていない狂犬さながらに噛みつけてやった。
「ほ……? ほほう、ほほう、よもや、お前の方から先に牙を立てるとはな」
しかし、この先手必勝の抗拒は、敵を興がらせる結果しか生み出さなかった。
「この向こう見ずな抗心、ますます気に入ったぞ。それとも、そんなに吸血族である俺の血が欲しいというのか?」
「ケッ! 誰が!」
煽られて即座に、ダニエルは噛みついていた上下の歯を離らかせ、これ見よがしに床の土へと唾を吐き捨ててやった。
「焦らずとも、いずれお前は俺と同じ種族へと生まれ変わる。そうすれば、この部屋の冷ややかさも気に障らなくなる」
「冗談じゃない! 誰が、お前らみたいな、人でなしになってやるもんか!」
煽られれば煽られるほどに、ダニエルは抵抗の念を昂らせ、相手の意のままにはならないぞという徹底抗戦の意志を堅固にさせていく。
「そうは言っても、寒かろう?」
「さ……寒くなんかない! こんなの……、ちっともッ!」
唾棄してみせたダニエルの、語気の割りには小刻みに震えている手足を瞥見し、長身の男は妖しくも美しい愉悦の笑みを浮かべ、冥界への招き手よろしく十本の指先で、少年の薄い胸の辺りを軽く押さえつける。
「寒かろうに……この、心も……」
すぐさま、胸に添えられていた指先に只ならぬ膂力が送り込まれ、あっと思った時には、ダニエルの身に纏っていた上着は左右へと四散してしまった。
「ぐぁ!?」
一瞬で肌蹴させられてしまったことに驚愕したのも束の間、今度は腰の下の半ズボンまでも、手品の如き所作で切り裂かれてしまう。
その手並みの流麗さも筆舌に尽くしがたいものであったが、何よりダニエルが恐ろしさを感じたのは、着衣を剥ぎ取られたにも関わらず、一連の動作に微塵も暴力的な粗暴さを感じなかった点――まるで幼き頃、寝間着へと着替える為に姉の手で着替えをさせられた時のように、妙な優しさを感じてしまったのだ!
「どうだ? これでお前を包むものは何も無くなった。人の素肌に、この部屋の温度は、いささか寒冷に過ぎるであろう?」
鎖で緊縛され、着ていた衣服を無理矢理破り捨てられ、これ以上の屈辱は無いであろうに、ダニエルは不自由な身で仰視する憎むべき相手の相好に、信じがたい感情が過るのを知覚してしまう。
なんだろう……こいつの、この……色香は?
いや、そうじゃない。
恐らくは、これも相手の策術――魔術の類であろう。
駄目だ。こんな奴に、心を許してしまっては――――――
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