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59.ウィルバート、驚く!!

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 はっ?
 一体何を言っているんだ。キャロラインがアリスを誘拐だって? 冗談ならもっと笑えるものにしてもらいたい。

 突拍子もない話を軽く笑って流したわたしに、ルーカスが「これをお読みください」と一通の手紙を差し出した。

 受けとった封筒には見覚えがある。これはキャロラインに手紙を書きたいというアリスのため私が用意したものだ。ということは、この手紙はアリスからだろうか。

 当て馬効果が出て、アリスがわたしにラブレターを書いてくれたのではないかと心躍らせながら便箋に目を落とす。

 ん? これはアリスの字ではないような……
 白い便箋に書かれた文字は整い過ぎていて全く非の付けようがない。こんな美しさだけで面白みのない文字を書くのは、もしかしなくてもキャロラインしかあり得ない。

「何だこれは!!」
 手紙を読み思わず大声をあげてしまう。

 キャロラインの手紙は実に簡単で短いものだった。今からアリスを誘拐する事、そしてアリスを返して欲しければ、春喜宴のパートナーを至急変更しろとだけ書いてあった。

「おい!! キャロラインがアリスを連れて王宮を出たのは本当らしいぞ」

 手紙の内容をルーカスから聞かされたアーノルドは、アリスの所在を確認してきたらしい。アリスについて分かったことは、一時間以上前にキャロラインと共に王宮を出たことだけだったと言っている。

「キャロライン嬢は一体どういうつもりなんだろうか? アリスを誘拐したなんて……キャロライン嬢がそんな冗談を言うとは思えないんだが」

 わたしの意見にキャロラインの兄であるアーノルドも頷いた。どちらかと言うと、キャロラインはこの手の冗談を嫌う方だ。ということは、誘拐したと言うのは本当ということか?

「それに、これも意味がわかんねぇよな」

 アーノルドは便箋の、「返して欲しければ、春喜宴のパートナーを変更しろ」という部分を指で指した。

「春喜宴のパートナーってアリスだろ? それを変えろって……キャロラインはお前のパートナーになりたかったのか?」

 まさか!! そんなわけがあるはずない。

 キャロラインはわたしのパートナーになりたくないという事があっても、なりたいと思ったことなどないはずだ。それが分かっているからこそ、アーノルドもなぜキャロラインがパートナーを変更しろと言っているのかが分からないと首を捻っている。

「とりあえずキャロライン嬢に会いに行くとしよう」

 デンバー邸へ行けば何か分かるだろう。いつもなら「先に仕事を終わらせろ」と口うるさいルーカスが今日は何も言わなかった。きっとルーカスもこのよく分からない状況に、緊急度を計りかねているのだろう。

 一刻も早くアリスを見つけたいのに、部屋を出て少し進んだ所で運悪くグレースとその侍女に鉢合わせてしまった。

「ウィルバート様、今お部屋に伺おうと思っていたんですよ」

 この忙しい時にめんどくさいなとは思いながらも無下にはできない。とりあえず愛想笑いを浮かべ、どうしたのかと尋ねたわたしに「夕食をご一緒できないかと思いまして」と、グレースがもじもじしながらそう切り出した。

「お誘いはありがたいのですが、今から出かけなくてはなりませんので」

 さっさと会話を終わらせて出かけたいのに、グレースは引き下がらない。

「ではお帰りになるまでお待ちいたしますわ」

「いえ、いつ帰るか分かりませんので今日は無理ですね」

 だいたいアリスがいないのにグレースに優しくしても意味がない。キッパリ断るとグレースは悲しそうな顔を見せたが、気にしている余裕はない。

「では失礼」
 アーノルドとルーカスを引き連れ、グレースの前から立ち去ろうとした時だった。

「それではパートナーに選んでいただいたお礼だけ言わせてくださいませ」
 グレースの言葉に思わず足を止めた。

「……パートナーですか?」

「ええ。次の春喜宴にはウィルバート様のパートナーとして出席してほしいとロバート陛下から直々にお話をいただきました」

「そうでしたか、父上から……」

「本当か?」
 口には出さず、視線だけで問いかけると、
「わたしも初耳です」
 ルーカスも瞬きでそう返事をした。

「デンバー邸ではなく、父の所へ行くぞ」
 これまた視線でそう伝えると、ルーカスとアーノルドは無言で頷いた。こういう時、口に出さずとも理解してくれるのは非常にありがたい。

「その件に関しては時間を作りますので二人きりでお話ししましょう」

 最高級の笑みを浮かべるわたしを見てグレースは「はい……」っと頬を赤らめながら返事をした。こういう時は女性がわたしの笑顔に見惚れてボーっとなっている隙に逃げるのが手っ取り早い。

 グレースをその場に残して父の姿を探す。今日は来客の予定があるとは聞いていない。この時間ならおそらくは母と食事中ではないだろうか。

 わたしの予想の通り父の姿は夕食の間にあったが、一緒にいる人物を見て驚いた。そこにはなんとデンバー公爵の姿があったのだ。

「これはこれはウィルバート殿下、何やら慌ててらっしゃるようですな」

 ワイングラスを片手にわたしに呼びかける公爵はかなり飲んでいるようだ。真っ赤な顔をし、ご機嫌な様子でわたしに手を振っている。

「公爵もいらっしゃってたんですね」

「えぇ。陛下と相談したい事が色々とあったもので」

 公爵の視線が意味ありげに見えるのは気のせいだろうか?

「まぁまずは軽くやろうじゃないか」

 そう言うと、父はわたしとアーノルドを座らせグラスにワインを注いだ。正直なところあまり飲みたい気分ではなかったが、逆らう事なくグラスに口をつけた。

「ウィルバート、お前がここに来た理由は分かっているよ」

 手にしていたグラスをゆっくり置いた父が単刀直入に言った。

「ウィルバート、次の春喜宴ではグレースとパートナーになりなさい」

「いやです」
 父の簡潔な命令に、こちらも簡潔な拒否で返す。

「わたしはアリス以外をパートナーにするつもりはありません。だいたい何故グレース嬢なんです? 父上はアリスの事が気に入らないんですか?」

「誰も気に入らないなんて言ってないだろう」

 そうは言っても、アリスの事を気に入っていたら、グレースをパートナーになんて言い出さないだろう。

「そもそも、わたしが気に入る気に入らないでお前のパートナーを決定すると思うのかい?」

「では何故グレース嬢をパートナーにするなどと言ったのですか?」

「それはだな……それは、役に立つと思ったからだ」

 役に立つだって? 
 まさかとは思うが、父上もわたしのためにグレースを当て馬にしようとしていたのだろうか?

 そんなわたしの考えが間違いであることはすぐに分かった。

「殿下、あなたのお父上はカサラング公爵の押しに負けてしまったんですよ。ですから……」
 デンバー公爵が冗談ぽい口調で言うと、父が慌てたように言葉を遮った。

「おいおい、余計なことを言わないでもらいたいね。押しに負けたなんて言われたら、わたしが無能に聞こえるじゃないか」

「有能だと存じてますが、今回の件につきましてはいささか軽率であったと思いますよ」

 さすが親友だけあって、デンバー公爵は父に対して遠慮せず思ったことを言う。父は父で、デンバー公爵の言うことも一理あると思っているらしく、特に反論はしなかった。

「……カサラング公爵の押しに負けたんですか?」

「押しに負けたわけではない。それはもう熱心に頼みこまれてだな……」 

「そういうのを押しに負けたというんですよ」
 はぁっと大きなため息がもれる。  

 父から聞き出した話をまとめるとこうだ。
 王宮の書庫を改装すると聞きつけたカサラング公爵が、是非本好きの娘にも改装を手伝わせてほしいと頼んできたらしい。若者の意見を取り入れたいと思っていた父は、喜んでオッケーしてしまった。

 その後、グレースを王宮で寝泊まりさせるなど、公爵の願いは少しずつレベルアップしていった。その度に、まぁそれくらいならとオッケーした結果、グレースは書庫の責任者になり、わたしのパートナーにもなっていたわけだ。

「せめてわたしのパートナーの話だけでも断っていただけたらよかったのに」

 今更父を責めても仕方ないと分かってはいるが、やはり何か言わなくてはわたしの気がおさまらない。

「そもそも国王たるものが、臣下に押し負けるなどあっていいんですか」

 わたしの言葉にむっとしたのか、なぜだか父はわたしのせいだと言い始めた。

「そもそもパートナーの件は、ウィルバートが悪いんじゃないのかい? お前のパートナーが決まっていなければ、あらゆる貴族から娘の売り込みがあるのは分かっていただろう。それなのに何故何も対策をしていないんだい?」

「確かに公の場で明言はしてませんが、わたしがアリス以外をパートナーにするわけがないと父上にはお分かりだったはずです」

「わたしがお前の気持ちを知っていたからと言って、全ての売り込みを断る事なんてできないと分からないのかい?」

 父がイラついているのがよく分かる。
 だがわたしだって、ひくわけにはいかない。

 だいたいわたしの気持ちを知っているのだから、全ての申し込みを却下するくらいできるだろう。それができなくて何が国王だ。

「全く分かりませんね。現に今まではこのように勝手にパートナーが決められたことはなかったじゃありませんか」

「それは当たり前だろう」

 興奮して立ち上がった父のグラスに、公爵がドボドボと音を立てるようにしてワインを注いだ。それを見た父は少し冷静さを取り戻し、椅子に腰を下ろした。仕切り直すかのように、コホンと一つ咳払いをする。

「今までこのような問題が起こらなかったのは、やはりキャロラインの存在が大きかったのでしょうね」

 それまで黙っていた公爵が口を開き、減っていないわたしのグラスにもワインを注ぎ足した。
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