王太子殿下は小説みたいな恋がしたい

紅花うさぎ

文字の大きさ
59 / 117

59.ウィルバート、驚く!!

しおりを挟む
 はっ?
 一体何を言っているんだ。キャロラインがアリスを誘拐だって? 冗談ならもっと笑えるものにしてもらいたい。

 突拍子もない話を軽く笑って流したわたしに、ルーカスが「これをお読みください」と一通の手紙を差し出した。

 受けとった封筒には見覚えがある。これはキャロラインに手紙を書きたいというアリスのため私が用意したものだ。ということは、この手紙はアリスからだろうか。

 当て馬効果が出て、アリスがわたしにラブレターを書いてくれたのではないかと心躍らせながら便箋に目を落とす。

 ん? これはアリスの字ではないような……
 白い便箋に書かれた文字は整い過ぎていて全く非の付けようがない。こんな美しさだけで面白みのない文字を書くのは、もしかしなくてもキャロラインしかあり得ない。

「何だこれは!!」
 手紙を読み思わず大声をあげてしまう。

 キャロラインの手紙は実に簡単で短いものだった。今からアリスを誘拐する事、そしてアリスを返して欲しければ、春喜宴のパートナーを至急変更しろとだけ書いてあった。

「おい!! キャロラインがアリスを連れて王宮を出たのは本当らしいぞ」

 手紙の内容をルーカスから聞かされたアーノルドは、アリスの所在を確認してきたらしい。アリスについて分かったことは、一時間以上前にキャロラインと共に王宮を出たことだけだったと言っている。

「キャロライン嬢は一体どういうつもりなんだろうか? アリスを誘拐したなんて……キャロライン嬢がそんな冗談を言うとは思えないんだが」

 わたしの意見にキャロラインの兄であるアーノルドも頷いた。どちらかと言うと、キャロラインはこの手の冗談を嫌う方だ。ということは、誘拐したと言うのは本当ということか?

「それに、これも意味がわかんねぇよな」

 アーノルドは便箋の、「返して欲しければ、春喜宴のパートナーを変更しろ」という部分を指で指した。

「春喜宴のパートナーってアリスだろ? それを変えろって……キャロラインはお前のパートナーになりたかったのか?」

 まさか!! そんなわけがあるはずない。

 キャロラインはわたしのパートナーになりたくないという事があっても、なりたいと思ったことなどないはずだ。それが分かっているからこそ、アーノルドもなぜキャロラインがパートナーを変更しろと言っているのかが分からないと首を捻っている。

「とりあえずキャロライン嬢に会いに行くとしよう」

 デンバー邸へ行けば何か分かるだろう。いつもなら「先に仕事を終わらせろ」と口うるさいルーカスが今日は何も言わなかった。きっとルーカスもこのよく分からない状況に、緊急度を計りかねているのだろう。

 一刻も早くアリスを見つけたいのに、部屋を出て少し進んだ所で運悪くグレースとその侍女に鉢合わせてしまった。

「ウィルバート様、今お部屋に伺おうと思っていたんですよ」

 この忙しい時にめんどくさいなとは思いながらも無下にはできない。とりあえず愛想笑いを浮かべ、どうしたのかと尋ねたわたしに「夕食をご一緒できないかと思いまして」と、グレースがもじもじしながらそう切り出した。

「お誘いはありがたいのですが、今から出かけなくてはなりませんので」

 さっさと会話を終わらせて出かけたいのに、グレースは引き下がらない。

「ではお帰りになるまでお待ちいたしますわ」

「いえ、いつ帰るか分かりませんので今日は無理ですね」

 だいたいアリスがいないのにグレースに優しくしても意味がない。キッパリ断るとグレースは悲しそうな顔を見せたが、気にしている余裕はない。

「では失礼」
 アーノルドとルーカスを引き連れ、グレースの前から立ち去ろうとした時だった。

「それではパートナーに選んでいただいたお礼だけ言わせてくださいませ」
 グレースの言葉に思わず足を止めた。

「……パートナーですか?」

「ええ。次の春喜宴にはウィルバート様のパートナーとして出席してほしいとロバート陛下から直々にお話をいただきました」

「そうでしたか、父上から……」

「本当か?」
 口には出さず、視線だけで問いかけると、
「わたしも初耳です」
 ルーカスも瞬きでそう返事をした。

「デンバー邸ではなく、父の所へ行くぞ」
 これまた視線でそう伝えると、ルーカスとアーノルドは無言で頷いた。こういう時、口に出さずとも理解してくれるのは非常にありがたい。

「その件に関しては時間を作りますので二人きりでお話ししましょう」

 最高級の笑みを浮かべるわたしを見てグレースは「はい……」っと頬を赤らめながら返事をした。こういう時は女性がわたしの笑顔に見惚れてボーっとなっている隙に逃げるのが手っ取り早い。

 グレースをその場に残して父の姿を探す。今日は来客の予定があるとは聞いていない。この時間ならおそらくは母と食事中ではないだろうか。

 わたしの予想の通り父の姿は夕食の間にあったが、一緒にいる人物を見て驚いた。そこにはなんとデンバー公爵の姿があったのだ。

「これはこれはウィルバート殿下、何やら慌ててらっしゃるようですな」

 ワイングラスを片手にわたしに呼びかける公爵はかなり飲んでいるようだ。真っ赤な顔をし、ご機嫌な様子でわたしに手を振っている。

「公爵もいらっしゃってたんですね」

「えぇ。陛下と相談したい事が色々とあったもので」

 公爵の視線が意味ありげに見えるのは気のせいだろうか?

「まぁまずは軽くやろうじゃないか」

 そう言うと、父はわたしとアーノルドを座らせグラスにワインを注いだ。正直なところあまり飲みたい気分ではなかったが、逆らう事なくグラスに口をつけた。

「ウィルバート、お前がここに来た理由は分かっているよ」

 手にしていたグラスをゆっくり置いた父が単刀直入に言った。

「ウィルバート、次の春喜宴ではグレースとパートナーになりなさい」

「いやです」
 父の簡潔な命令に、こちらも簡潔な拒否で返す。

「わたしはアリス以外をパートナーにするつもりはありません。だいたい何故グレース嬢なんです? 父上はアリスの事が気に入らないんですか?」

「誰も気に入らないなんて言ってないだろう」

 そうは言っても、アリスの事を気に入っていたら、グレースをパートナーになんて言い出さないだろう。

「そもそも、わたしが気に入る気に入らないでお前のパートナーを決定すると思うのかい?」

「では何故グレース嬢をパートナーにするなどと言ったのですか?」

「それはだな……それは、役に立つと思ったからだ」

 役に立つだって? 
 まさかとは思うが、父上もわたしのためにグレースを当て馬にしようとしていたのだろうか?

 そんなわたしの考えが間違いであることはすぐに分かった。

「殿下、あなたのお父上はカサラング公爵の押しに負けてしまったんですよ。ですから……」
 デンバー公爵が冗談ぽい口調で言うと、父が慌てたように言葉を遮った。

「おいおい、余計なことを言わないでもらいたいね。押しに負けたなんて言われたら、わたしが無能に聞こえるじゃないか」

「有能だと存じてますが、今回の件につきましてはいささか軽率であったと思いますよ」

 さすが親友だけあって、デンバー公爵は父に対して遠慮せず思ったことを言う。父は父で、デンバー公爵の言うことも一理あると思っているらしく、特に反論はしなかった。

「……カサラング公爵の押しに負けたんですか?」

「押しに負けたわけではない。それはもう熱心に頼みこまれてだな……」 

「そういうのを押しに負けたというんですよ」
 はぁっと大きなため息がもれる。  

 父から聞き出した話をまとめるとこうだ。
 王宮の書庫を改装すると聞きつけたカサラング公爵が、是非本好きの娘にも改装を手伝わせてほしいと頼んできたらしい。若者の意見を取り入れたいと思っていた父は、喜んでオッケーしてしまった。

 その後、グレースを王宮で寝泊まりさせるなど、公爵の願いは少しずつレベルアップしていった。その度に、まぁそれくらいならとオッケーした結果、グレースは書庫の責任者になり、わたしのパートナーにもなっていたわけだ。

「せめてわたしのパートナーの話だけでも断っていただけたらよかったのに」

 今更父を責めても仕方ないと分かってはいるが、やはり何か言わなくてはわたしの気がおさまらない。

「そもそも国王たるものが、臣下に押し負けるなどあっていいんですか」

 わたしの言葉にむっとしたのか、なぜだか父はわたしのせいだと言い始めた。

「そもそもパートナーの件は、ウィルバートが悪いんじゃないのかい? お前のパートナーが決まっていなければ、あらゆる貴族から娘の売り込みがあるのは分かっていただろう。それなのに何故何も対策をしていないんだい?」

「確かに公の場で明言はしてませんが、わたしがアリス以外をパートナーにするわけがないと父上にはお分かりだったはずです」

「わたしがお前の気持ちを知っていたからと言って、全ての売り込みを断る事なんてできないと分からないのかい?」

 父がイラついているのがよく分かる。
 だがわたしだって、ひくわけにはいかない。

 だいたいわたしの気持ちを知っているのだから、全ての申し込みを却下するくらいできるだろう。それができなくて何が国王だ。

「全く分かりませんね。現に今まではこのように勝手にパートナーが決められたことはなかったじゃありませんか」

「それは当たり前だろう」

 興奮して立ち上がった父のグラスに、公爵がドボドボと音を立てるようにしてワインを注いだ。それを見た父は少し冷静さを取り戻し、椅子に腰を下ろした。仕切り直すかのように、コホンと一つ咳払いをする。

「今までこのような問題が起こらなかったのは、やはりキャロラインの存在が大きかったのでしょうね」

 それまで黙っていた公爵が口を開き、減っていないわたしのグラスにもワインを注ぎ足した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

フローライト

藤谷 郁
恋愛
彩子(さいこ)は恋愛経験のない24歳。 ある日、友人の婚約話をきっかけに自分の未来を考えるようになる。 結婚するのか、それとも独身で過ごすのか? 「……そもそも私に、恋愛なんてできるのかな」 そんな時、伯母が見合い話を持ってきた。 写真を見れば、スーツを着た青年が、穏やかに微笑んでいる。 「趣味はこうぶつ?」 釣書を見ながら迷う彩子だが、不思議と、その青年には会いたいと思うのだった… ※他サイトにも掲載

王妃となったアンゼリカ

わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。 そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。 彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。 「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」 ※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。 これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

処理中です...