王太子殿下は小説みたいな恋がしたい

紅花うさぎ

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96.ウィルバートは耐えられない

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「やっと二人きりになれたね」
 後ろから抱きしめたまま耳元で囁くと、アリスがより一層身を縮めた。

「あ、あの……そろそろ腕を……」

 アリスは居心地悪そうだが、わたしはアリスを離すつもりはない。アリスの体の柔らかな抱き心地も、肌に当たる髪の毛のサラサラ具合も、漂う香りも、全てが懐かしく愛おしい。

 あぁ、本当にアリスは生きていたんだ。
 そう実感し、幸福感で胸が詰まる。

「ウィル?」

 アリスがわたしの腕の中で身をよじり、わたしを振り向いた。心配そうな表情を浮かべ、アリスの細い指がわたしの頬に触れた。いつの間にか涙が流れ出していたらしい。

「あぁ……すまない……アリスが生きていたと思ったら、気が緩んでしまったみたいだ」

 うまく言葉が出ず、わたしの頬に触れたアリスの手を握った。

「心配させて申し訳ありませんでした」

「いや、アリスのせいではないよ。全てわたしが悪いのだから……」

 わたしを見つめるアリスに惹きつけられるように顔を近づける。アリスの背中に手をまわし、その可愛いらしい唇に口付けを……

 ふいっ。
 アリスが顔を背けた。だからといって、逃すつもりはない。

 アリスの顎に手をおき、わたしの方へ顔を向ける。アリスの瞳に悲しみの色が滲んでいるのは何故だろう。

「ダメです!!」

 近づくわたしから顔を遠ざけるようにして、アリスが細い腕でわたしを推し離す。必死でわたしから離れようとするアリスの目にうっすら涙が浮かんでいる事に気づき、焦って体を離した。

「ごめん……わたしが触れるのは嫌だったかな?」
 泣くほど嫌がられた事がショックでならない。

「違うんです。ただ……こ、こういう事は好き合っている人同士がするものだと思うんです」

 アリスが自分で自分の体を抱きしめるかのように腕を組んでいる。その頼りなげな様子を見ていると、今すぐ抱きしめたくてたまらなくなる。

「わたしはアリスの事を愛しているよ。アリスは? アリスはわたしの事……好きではない?」

 聞くのが怖いが、このままアリスに触れられないのも辛い。

 アリスがひどく驚いた顔でわたしを見ている。

「あの……でも……グレース様の事はいいんですか?」

 グレース? グレースなんて別にどうでも……
 と考えて、前にキャロラインが言っていた事を思い出した。そう言えば、アリスはわたしと別れたと思っているんだったか?

 ひどく辛そうな顔をしているアリスの手をとった。

「ごめんよ。わたしがくだらない事をしたばかりに、アリスを傷つけてしまったね。わたしが愛しているのはアリスだけだよ」

 アリスに嫉妬して欲しくてグレースを当て馬にした事。そのわたしの態度が原因で、アリスはわたしと別れたと勘違いした事。あげくにわたしのグレースへの態度が、カサラング公爵の、娘を王太子妃にしたいという欲望を刺激してしまった事。

 わたしの浅はかな企みの全てを打ち明けたら、アリスはどう思うだろう? わたしを軽蔑するだろうか?

 それでもわたしがアリスだけを好きな事を伝えるためには、きちんと話しておいた方がいいと思えた。

「本当に……ウィルは私の事が好きなんですか?」

「あぁ。愛しているよ」

 不安そうなアリスを優しく抱きしめると、アリスが私にしがみついた。子供のように泣きじゃくるアリスの頭を優しく撫でる。

「ウィル……」

「うん」

「……ウィル……私も……ウィルの……事……大好きです」
 泣きながらなので途切れ途切れだったけれど、間違いなくアリスはわたしを好きだと言った!!

 これが会えない時間が愛を育てるってやつなのか?

 初めてアリスに好きだと言われた事が嬉しくて、舞いあがってしまいそうな気持ちを必死でおさえた。胸にジーンとしたものを感じながら、わたしの胸に顔を埋めるアリスを抱きしめる。

 慣れない場所で苦労したのだろうか? 抱きしめたアリスの体は以前より確実に細かった。本当にアリスには申し訳ないことをした。改めてそう思いながら、短くなったアリスの髪の毛に触れる。

「髪の毛切ったんだね」

「はい。変装で常にウィッグを被ってましたから……」

 わたしにもたれていた体を起こし、アリスが自分の前髪を撫でる。
「ちょっと切りすぎちゃいました」
 泣きながら笑うアリスはとても可愛いい。

 そう言えばっと、アリスが何かを思い出したような顔を見せた。

「夜会で変装している私と会った時、どうして私の眼鏡をとろうとしたんですか?」

「あぁ、あの時か。あの時は……」

 そう言われてみれば、そんな事もあったか。

「あの時は……なぜだろうね。あの眼鏡の下の素顔を見なきゃいけない気がしたんだよ」

 オリヴィアからアリーを紹介された時、なぜかアリスに似ている子だなと思った。何がと聞かれたらはっきり答えられないけれど、ただ何となくアリスを彷彿させたのだ。だからだろうか、気づいた時には手が伸びていた。

「やっぱりウィルの観察眼はすごいですね」
 アリスからこういった尊敬の目を向けられるのはとても気分がよい。

「観察眼っていうより、きっと愛の力だろうね」

 そんな自己満足に浸っていて、アリスが何か言いかけたことを聞き逃してしまった。

「すまない。もう一度言ってくれるかい?」

「えっと……あの……な、何でもないです」
 真っ赤になって慌てて誤魔化すような仕草が妙に気になる。

「どうしたの? すごく気になるからもう一度言って」

「……」
 アリスは顔を真っ赤にしたまま、困ったような顔をしている。

 一体何を言いたかったのだろうか? もしやトイレに行きたいのに言い出せないとか? いや、今更それはないか。じゃあなんだ?

 アリスがもじもじしている理由が全く思い当たらない。

「あ、あのウィル、もしよかったらなんですけど……き、き……す……してほしいなって……」

「!?」

「や、やっぱり何でもないです。」

 意を決したようなアリスからの思わぬ言葉に、驚きでうまく反応できなかった。

「今……キスして欲しいって言ったよね?」

「……」

 よほど恥ずかしいのだろう、一層顔を赤くしたアリスの目はうっすら涙が浮かんでいる。そんな顔を見て我慢できるわけがない。アリスの肩を引き寄せ唇を重ねた。 

「……んっ」

 軽いキスから深いキスへ……
 わたしの肩にしがみつくようなアリスの口から時折漏れる声がわたしの理性を失わせる。

 頭ではダメだと思いながらも、気づけばソファーに押し倒すような体勢になっていた。

「アリス……」

「……ウィル、大好き……」

 涙目でわたしを見上げながらそんな風に言われてしまったら、抑えがきかなくなってしまうじゃないか。

 アリスの手に手を重ね、首すじにキスをするとアリスがきゅっと身を縮めた。

 あぁ……ダメだ。本当にもうこれ以上はダメだ。このままでは自分を抑えることができなくなってしまいそうだ。

 だがこのまま流れで愛しあってしまうようなことになれば、後で後悔するのは目に見えている。
こんな時は、ルーカス! ルーカスの小声を考えればいい。

「だから節度ある行動をと、あれほど申し上げたじゃありませんか」
 ここで暴走してしまっては、ルーカスの小声が現実となってしまう。

 久しぶりに訪れたアリスとの甘い時間がこんなに辛いものになろうとは。

 これではいくら邪魔がこないとはいえ、朝まで二人で過ごすのは無理というものだ。今夜は残念だが仕方ない。再びわたしの抑えがきかなくなる前に部屋から退散しよう。

 このままでは溢れ出す欲望に負けてしまう日がくるのも時間の問題だ。わたしの自制心がまだ働く間に、一刻も早くアリスと結婚しなくては。
 再びアリスの唇にキスをしながら早くその日がこないかと願った。
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