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105.ウィルバート、応援される
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「実はお昼のお茶会の時のメイシー様の言葉が気になってたんです。ジャニス様とキャロライン様のお父様は昔何かあったのかなって」
そりゃキャロラインとラウルを結婚させたいと公爵に話したって知ったら、母だって焦っただろう。そもそも自分のわがままで婚約を破棄した相手に、子供同士を結婚させようなんて平気で言ってしまえる叔母の神経が信じられない。
デンバー公爵はいい考えだと笑ってすませたようだが、内心ではどう思っているのやら。
「そういう事情でしたら、公爵はキャロライン様とラウル様の結婚に反対されるんでしょうか?」
「それはどうかな……」
公爵は食えない男だ。自分の感情よりも損得を優先するだろう。
あの婚約破棄の時だってそうだ。婚約破棄されたことは、デンバー家にとってかなり不名誉だったのは事実だろう。だがデンバー家は、その償いという名目でかなりの物を手に入れたはずだ。その結果同じ公爵という爵位でありながらも、カサラング家とは領地も財力も雲泥の差がついてしまった。
デンバー公爵が婚約破棄の代償として与えられた、最たるものが宰相の地位だと言われている。
父は王座につくと同時に公爵を宰相に任命した。国政のトップとしての宰相になるには若すぎると批判もあったそうだが、公爵が優秀であったこと、父の昔からの親友で二人の間に信頼関係があったことから結局は認められたようだ。
デンバー公爵が油断のならない人物であることも事実だが、とても信頼できる人物でもある。わたしにとっては学べる事の多い師という感じだ。
その公爵がキャロラインとラウルの結婚を得と考えるか、損と考えるのか、正直わたしには分からない。
「アリスは二人に結婚してほしい?」
「いえ私は……どちらでもいいです」
「どっちでもいい?」
いつも他人を思いやるアリスにしてはやけに冷たい言葉だ。
「はい。私は二人が結婚してもしなくても、キャロライン様が幸せなら嬉しいです」
ああ、そういう事か。アリスらしい言葉だ。
こういう時に損得を全く考えず、キャロラインの気持ちだけを考えるアリスの優しさがとても尊く感じる。
さて、公爵はどう動くのか?
確かな事は言えないが、デンバー公爵はキャロラインの政略結婚に意欲的ではないだろう。なぜならキャロラインをわたしと結婚させようとした事は一度もないからだ。
わたしとキャロラインの婚約話は昔から何度も持ちあがっては、双方乗り気でないという理由で立ち消えていた。
双方乗り気でないというのは、わたしとキャロラインだけの話ではない。父も母もデンバー公爵夫妻も、わたし達の婚約に乗り気ではなかった。というより、両夫妻とも自分の幼い子供達に婚約者を決めるという事自体に躊躇いがあったという方が正しいだろう。
おかげでわたしはこの年齢まで誰とも婚約せずにすんだのだ。これは幼い頃に婚約者が決まることが当たり前の王家の中で異例のことだろう。
そう考えると婚約破棄という叔母の欲望に忠実な振る舞いも、わたしにとってはありがたいことに思えてくる。なぜならわたしに婚約者がいたなら、アリスと結婚なんてできないのだから。
「あの……ウィル……」
「どうしたんだい?」
「一つ……お願いがあるんですけど……」
アリスがわたしにお願いをするなんて珍しい。そんなに言いにくそうにモジモジしなくても、アリスの願いならなんだって叶えてあげるのに。
「いいよ。なんでも言ってごらん」
「オリヴィア様の事なんですが……オリヴィア様の好きな時に王宮に来れるようには……できませんか?」
「うーん……どうだろうね……」
オリヴィアの事だから、自由にしていいとなったらずっと王宮にいるんじゃないだろうか?
「すいません……私が口を出すことじゃないですよね……」
おっと。これはいけない。アリスが再びしょぼんとしてしまった。
「大丈夫だよ。なんとかできるよう考えてみるから」
ぱぁっと花が咲いたように明るくなったアリスの表情を見ていると、なんだってできる気がする。
同時に悔しさも感じてしまう。せっかく二人きりだというのに、キャロラインやオリヴィアのことばかりじゃないか。アリスの頭の中も心の中も、常にわたしで占領してしまいたい。
「ねぇアリス、オリヴィアのために頑張ってみるから、わたしのやる気を出させてくれないかな?」
「やる気ですか……」
悔しいからキスの一つでもアリスの方からしてもらおう。そしてその照れて困った可愛い顔を満喫しようじゃないか。
「分かりました。やっぱり立った方がいいですよね?」
「立った方が?」
それははどういう意味だろうか?
アリスを困らせるはずが、逆に戸惑わされてしまう。アリスがすうっと息を吸った。
「フレー! フレー! ウィールーッバート!」
「!?」
立ち上がったアリスが足を肩幅に開き、両腕を順番に斜め上方向に伸ばす。
「そーれっ!! フレッフレッ ウィッルッバート! フレッフレッウィッルッバート!」
独特のリズムに合わせて腕を横や前に動かすアリスを瞬きすることなく見つめた。
「元気出ましたか?」
結構な声量だったため、体温が上がったのだろう。はぁっと息をついたアリスの顔は少し上気しているように見える。
「あ、ありがとう。とても興味深かったよ。アリスの国ではこの踊りをよく踊るのかい?」
アリスの踊りが上手かったのか、下手だったのか、正直なところわたしには分からなかった。ただアリスの一生懸命な眼差しがたまらなくわたしの心をくすぐった。
「やる気を出させるということなので、私てっきり応援して欲しいのだとばかり思って……」
これは踊りではなく、競技会でよく見られる応援なのだと説明するアリスの顔は真っ赤に染まっている。わたしが踊りと勘違いしたことが恥ずかしかったようだ。
うーん……いい。やはりアリスの恥じらう顔はたまらない。少し計画とは違ったが、これはこれでよしとしよう。
わたし的には満足いくものだったと伝えたのだが、真面目なアリスはわたしの意図とは違うことをしたと気にしている。何をすればわたしのやる気を引き出す事ができるか一生懸命考えているようだ。
「あの……膝枕とかどうですか?」
「膝枕!?」
驚いて一瞬声が裏返ってしまった。
「はい膝枕です。お好きですか?」
好きだと即答したら、ただのスケベみたいでアリスに引かれてしまわないだろうか?
かと言って興味ないフリをしたら、膝枕はしてもらえないだろう。ここは慎重に言葉を選ばねば。
「どうだろうね? 膝枕は経験がないから、試しにしてもらおうかな」
「いいですよ、どうぞ」
拍子抜けするほどあっさりとオッケーを出したアリスはソファーに座ったまま膝をぽんぽんと叩いた。それじゃあと、遠慮なくアリスの膝に頭を乗せて、体を横たえる。
このソファーは二人で座るには密着できてよいけれど、こうして膝枕をするのには少し狭すぎる。膝を折り曲げるようにしたまま仰向けに寝転がった。
なんだこれは。わたしは天国にでもいるのだろうか。
アリスの太ももは柔らかく、しかも温かい。こんなに癒されるものがこの世にあるなんて。こうしてアリスの温もりに触れていると、日々の疲れやストレスなんて消え去ってしまいそうだ。
「どこから見ても、やっぱりアリスは可愛いね」
いつもとは違い下から見上げるアリスの顔が微かに赤く染まり、恥ずかしそうな表情へと変わった。少し躊躇いがちに、アリスの手がゆっくりとわたしの頭を撫でる。その指にきらりと指輪が光った。
「指輪、はめてくれているんだね」
あの日消えてしまった指輪が、まさかアリスの元に行っていたなんて!! 何の力が働いているのかは分からないが、やはり私とアリスは結ばれるべき運命だということだろう。
アリスが手を止め、指輪を見て嬉しそうに微笑んだ。
「この宝石、ウィルの瞳と同じ色ですよね。とっても綺麗で、私大好きです」
「気に入ってもらえてよかったよ」
やはりわたしの瞳と同じ色だと気づいていたか。でもこの石を選んだわたしの意図までは気づいていないだろう。
この指輪をアリスに贈った理由はもちろん、アリスにわたしを連想させる物を身につけさせたいからだ。まだ正式な婚約はしていないが、左手の薬指にわたしをイメージさせる指輪をしておけば、アリスはわたしのものだとアピールできる。我ながらいい指輪を贈ったものだ。
アリスが再び私の頭を優しく撫でた。
あぁ、やっぱりアリスは最高だ。
アリスの願いは、オリヴィアが望む時にいつでも王宮に来れるようにすること……っか。
まぁ出来ないことはないだろうが、すぐにと言うのは難しいかもしれない。なんせオリヴィアはすこぶる評判が悪いのだから。
アリス、君のためならわたしはなんだってできるよ。きっと君の願いは叶えてあげるからね。
そんな思いを込めながら、ただ一言、好きだよと囁いた。
そりゃキャロラインとラウルを結婚させたいと公爵に話したって知ったら、母だって焦っただろう。そもそも自分のわがままで婚約を破棄した相手に、子供同士を結婚させようなんて平気で言ってしまえる叔母の神経が信じられない。
デンバー公爵はいい考えだと笑ってすませたようだが、内心ではどう思っているのやら。
「そういう事情でしたら、公爵はキャロライン様とラウル様の結婚に反対されるんでしょうか?」
「それはどうかな……」
公爵は食えない男だ。自分の感情よりも損得を優先するだろう。
あの婚約破棄の時だってそうだ。婚約破棄されたことは、デンバー家にとってかなり不名誉だったのは事実だろう。だがデンバー家は、その償いという名目でかなりの物を手に入れたはずだ。その結果同じ公爵という爵位でありながらも、カサラング家とは領地も財力も雲泥の差がついてしまった。
デンバー公爵が婚約破棄の代償として与えられた、最たるものが宰相の地位だと言われている。
父は王座につくと同時に公爵を宰相に任命した。国政のトップとしての宰相になるには若すぎると批判もあったそうだが、公爵が優秀であったこと、父の昔からの親友で二人の間に信頼関係があったことから結局は認められたようだ。
デンバー公爵が油断のならない人物であることも事実だが、とても信頼できる人物でもある。わたしにとっては学べる事の多い師という感じだ。
その公爵がキャロラインとラウルの結婚を得と考えるか、損と考えるのか、正直わたしには分からない。
「アリスは二人に結婚してほしい?」
「いえ私は……どちらでもいいです」
「どっちでもいい?」
いつも他人を思いやるアリスにしてはやけに冷たい言葉だ。
「はい。私は二人が結婚してもしなくても、キャロライン様が幸せなら嬉しいです」
ああ、そういう事か。アリスらしい言葉だ。
こういう時に損得を全く考えず、キャロラインの気持ちだけを考えるアリスの優しさがとても尊く感じる。
さて、公爵はどう動くのか?
確かな事は言えないが、デンバー公爵はキャロラインの政略結婚に意欲的ではないだろう。なぜならキャロラインをわたしと結婚させようとした事は一度もないからだ。
わたしとキャロラインの婚約話は昔から何度も持ちあがっては、双方乗り気でないという理由で立ち消えていた。
双方乗り気でないというのは、わたしとキャロラインだけの話ではない。父も母もデンバー公爵夫妻も、わたし達の婚約に乗り気ではなかった。というより、両夫妻とも自分の幼い子供達に婚約者を決めるという事自体に躊躇いがあったという方が正しいだろう。
おかげでわたしはこの年齢まで誰とも婚約せずにすんだのだ。これは幼い頃に婚約者が決まることが当たり前の王家の中で異例のことだろう。
そう考えると婚約破棄という叔母の欲望に忠実な振る舞いも、わたしにとってはありがたいことに思えてくる。なぜならわたしに婚約者がいたなら、アリスと結婚なんてできないのだから。
「あの……ウィル……」
「どうしたんだい?」
「一つ……お願いがあるんですけど……」
アリスがわたしにお願いをするなんて珍しい。そんなに言いにくそうにモジモジしなくても、アリスの願いならなんだって叶えてあげるのに。
「いいよ。なんでも言ってごらん」
「オリヴィア様の事なんですが……オリヴィア様の好きな時に王宮に来れるようには……できませんか?」
「うーん……どうだろうね……」
オリヴィアの事だから、自由にしていいとなったらずっと王宮にいるんじゃないだろうか?
「すいません……私が口を出すことじゃないですよね……」
おっと。これはいけない。アリスが再びしょぼんとしてしまった。
「大丈夫だよ。なんとかできるよう考えてみるから」
ぱぁっと花が咲いたように明るくなったアリスの表情を見ていると、なんだってできる気がする。
同時に悔しさも感じてしまう。せっかく二人きりだというのに、キャロラインやオリヴィアのことばかりじゃないか。アリスの頭の中も心の中も、常にわたしで占領してしまいたい。
「ねぇアリス、オリヴィアのために頑張ってみるから、わたしのやる気を出させてくれないかな?」
「やる気ですか……」
悔しいからキスの一つでもアリスの方からしてもらおう。そしてその照れて困った可愛い顔を満喫しようじゃないか。
「分かりました。やっぱり立った方がいいですよね?」
「立った方が?」
それははどういう意味だろうか?
アリスを困らせるはずが、逆に戸惑わされてしまう。アリスがすうっと息を吸った。
「フレー! フレー! ウィールーッバート!」
「!?」
立ち上がったアリスが足を肩幅に開き、両腕を順番に斜め上方向に伸ばす。
「そーれっ!! フレッフレッ ウィッルッバート! フレッフレッウィッルッバート!」
独特のリズムに合わせて腕を横や前に動かすアリスを瞬きすることなく見つめた。
「元気出ましたか?」
結構な声量だったため、体温が上がったのだろう。はぁっと息をついたアリスの顔は少し上気しているように見える。
「あ、ありがとう。とても興味深かったよ。アリスの国ではこの踊りをよく踊るのかい?」
アリスの踊りが上手かったのか、下手だったのか、正直なところわたしには分からなかった。ただアリスの一生懸命な眼差しがたまらなくわたしの心をくすぐった。
「やる気を出させるということなので、私てっきり応援して欲しいのだとばかり思って……」
これは踊りではなく、競技会でよく見られる応援なのだと説明するアリスの顔は真っ赤に染まっている。わたしが踊りと勘違いしたことが恥ずかしかったようだ。
うーん……いい。やはりアリスの恥じらう顔はたまらない。少し計画とは違ったが、これはこれでよしとしよう。
わたし的には満足いくものだったと伝えたのだが、真面目なアリスはわたしの意図とは違うことをしたと気にしている。何をすればわたしのやる気を引き出す事ができるか一生懸命考えているようだ。
「あの……膝枕とかどうですか?」
「膝枕!?」
驚いて一瞬声が裏返ってしまった。
「はい膝枕です。お好きですか?」
好きだと即答したら、ただのスケベみたいでアリスに引かれてしまわないだろうか?
かと言って興味ないフリをしたら、膝枕はしてもらえないだろう。ここは慎重に言葉を選ばねば。
「どうだろうね? 膝枕は経験がないから、試しにしてもらおうかな」
「いいですよ、どうぞ」
拍子抜けするほどあっさりとオッケーを出したアリスはソファーに座ったまま膝をぽんぽんと叩いた。それじゃあと、遠慮なくアリスの膝に頭を乗せて、体を横たえる。
このソファーは二人で座るには密着できてよいけれど、こうして膝枕をするのには少し狭すぎる。膝を折り曲げるようにしたまま仰向けに寝転がった。
なんだこれは。わたしは天国にでもいるのだろうか。
アリスの太ももは柔らかく、しかも温かい。こんなに癒されるものがこの世にあるなんて。こうしてアリスの温もりに触れていると、日々の疲れやストレスなんて消え去ってしまいそうだ。
「どこから見ても、やっぱりアリスは可愛いね」
いつもとは違い下から見上げるアリスの顔が微かに赤く染まり、恥ずかしそうな表情へと変わった。少し躊躇いがちに、アリスの手がゆっくりとわたしの頭を撫でる。その指にきらりと指輪が光った。
「指輪、はめてくれているんだね」
あの日消えてしまった指輪が、まさかアリスの元に行っていたなんて!! 何の力が働いているのかは分からないが、やはり私とアリスは結ばれるべき運命だということだろう。
アリスが手を止め、指輪を見て嬉しそうに微笑んだ。
「この宝石、ウィルの瞳と同じ色ですよね。とっても綺麗で、私大好きです」
「気に入ってもらえてよかったよ」
やはりわたしの瞳と同じ色だと気づいていたか。でもこの石を選んだわたしの意図までは気づいていないだろう。
この指輪をアリスに贈った理由はもちろん、アリスにわたしを連想させる物を身につけさせたいからだ。まだ正式な婚約はしていないが、左手の薬指にわたしをイメージさせる指輪をしておけば、アリスはわたしのものだとアピールできる。我ながらいい指輪を贈ったものだ。
アリスが再び私の頭を優しく撫でた。
あぁ、やっぱりアリスは最高だ。
アリスの願いは、オリヴィアが望む時にいつでも王宮に来れるようにすること……っか。
まぁ出来ないことはないだろうが、すぐにと言うのは難しいかもしれない。なんせオリヴィアはすこぶる評判が悪いのだから。
アリス、君のためならわたしはなんだってできるよ。きっと君の願いは叶えてあげるからね。
そんな思いを込めながら、ただ一言、好きだよと囁いた。
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