太陽と月の禁断

東 万里央(あずま まりお)

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第1部

01.太陽と樹木(1)

 私はひとりっ子だけれども弟がいる、と言うと一〇人中九人は首を傾げる。

「じゃあ、ママにまた来るからねって言っておいてください!」

 わたしは二人のメイドさんに見送られ、生家の洋館からスキップで出て行った。動きに合わせベージュのワンピースと腰まである長い髪が揺れる。

 蝉の声が鼓膜を突き抜け脳髄にまで届いている。太陽が歩く坂道をじりじりと焼き、熱気が立ち上り目の前の景色が揺らいでいた

 今日も暑い。けれども、わたしは元気だ。

 坂道を半分まで上り切ったところで、陽がわたしに追い付きぐいと肩を引いた。きっと洋館から走って来たのだろう。

「瑠奈、待てよ」
「きゃっ」

 わたしは体のバランスを崩し、陽の胸に倒れ込んだ。

「もう、何するの?」

 頬を膨らませて陽のきれいな顔を見上げる。

「ああ。悪い」

 陽は一瞬戸惑ったようにわたしから目を逸らした。

「駅まで送ってく。ついでに途中で何か奢ってやるよ。パフェでも何でも」
「本当!?」

 私はラッキー!と万歳三唱をした。

「陽、ありがとう! さすが我が弟! 今月お小遣いピンチだったし!」

 弟、と言う言葉に陽が眉を顰める。

「従弟だろ」

 わたしは陽の肩をぽんぽんと叩いた。

「うん、でも血はきょうだいだもの。お腹の中から一緒だったんだしね」

 わたしと陽は戸籍上ではいとこ同士になる。けれども実際の関係は双子の姉弟だ。実母は男女の双子を出産したのち、娘のわたしを同じ県内に住む自分の姉に養女に出した。第一の理由が実母は虚弱でひとりを育てるのが精一杯だったこと。第二の理由はわたしの伯母兼養母は子供ができない体だったこと。第三の理由は実母が娘だけでも骨肉の争いから自由にしたかったからだ。

 わたしの生家でもある樋野家はこの神戸でも名家中の名家だ。華族の血筋だけではなく貿易を中心とした家業も順調であり、東京と神戸、それぞれに本社のある企業を二つ経営している。あの蔦と薔薇の絡まる洋館も明治からの代々のお屋敷らしい。こうして一見完璧に見える生家なのだけれども、火種となる事情をその内にいくつも抱えていた。

 まず本家の先代の当主は病弱で子供がおらず、分家のひとつである私の実父を養子に迎えている。理由は単純で実父が優秀だったからだけれども、いくつかの分家はその采配に不満を持っているらしい。我こそが本家の継嗣に相応しいと、未だに虎視眈々と隙を伺っているのだそうだ。

 そんな中でわたしが育った家庭はごく普通のサラリーマン一家だった。贅沢は無縁だけれども殺伐としたお家の騒動からも無縁。わたしは毎日をのびのびと不安のひとつもなく暮らしていた。

 そんなわたしが養女だと聞かされたのは確か六歳になったばかりのころ。養母は妹とその娘との繋がりを断ち切らせるのは酷だと思ったのだろう。夏休みやお盆の機会にはわたしを連れあの洋館を尋ねた。

 わたしはその事実に特別ショックを受けることもなかった。養父も養母もわたしをとても大切に育ててくれたからだ。わたしには親が二組いると言う程度の認識で、実父・実母を「パパ・ママ」、養父・養母を「お父さん・お母さん」と呼び分けていた。

 弟の陽とも子どもの頃から折につけよく遊んだ。十七歳となった現在でも親友のように仲がよく、こうしてひとり生家を尋ねた際には必ず陽に送られて帰る。

 陽が私の隣に並び歩き始める。わたしはふとある事実に気付き、思わずその場に立ち止った。
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