太陽と月の禁断

東 万里央(あずま まりお)

文字の大きさ
5 / 90
第1部

04.太陽と樹木(4)

 わたし達の婚約はお父さんとお母さんとママだけではなく、意外なことに生家のパパからも大歓迎され喜ばれた。わたしはその理由を知ることなくのちに悲劇を迎えたのだけれども……。

「こんな好青年が娘の婿になってくれるとは思わなかったよ」

 パパは相好を崩し一樹君を見つめた。ここは洋館の「百合の間」とも呼ばれる居間だ。小花柄の散る天井にはイタリア製のシャンデリアが揺れ、大きな窓にはレースのあしらわれたカーテンがかけられている。

 アンティークのテーブルを挟んだ向かいのソファには、まずパパ、その左隣に陽が無表情で座っていた。陽は私が今まで見たことのない顔をしていた。けれどもその時わたしは幸せだけを感じ、陽がどんな気持ちでいるかなど思いもつかなかったのだ。

 今日、一樹君はわたしの生家に結婚の挨拶に来ている。ちゃんとしたスーツ姿は初めてで、私は改めて恋人に惚れ直してしまった。ついちらちらと隣を見て顔を赤らめてしまう。

「こらこら、瑠奈。お前はこれからいくらでも見られるんだから、今日は私に一樹君を貸しなさい」

 パパの言葉にわたしは恥ずかしくなり俯く。

「ご、ごめんなさい」
「はは、瑠奈のそんな顔は初めて見るな。よほど君に心を奪われているらしい」

 パパは膝の上に手を組み、ゆっくりと顎を乗せた。探るような目で一樹君を見上げる。

「瑠奈から聞いているだろうが、家内は今臥せっていてね。この場には来れない」
「はい、その件は伺っています」

 一樹君は軽く頭を下げた。

「瑠奈さんともじっくり相談したのですが、この半年以内に式だけは済まそうと考えています。僕たちはまだ若過ぎますし、簡素なものになりますが認めていただければと」
「もちろんだよ。反対の理由などない。ありがたいくらいだ」

 パパは唇と目の端だけで声を上げずに笑った。酷薄さを感じさせる笑みだ。わたしはパパが大好きだけれども、この笑い顔だけは昔から苦手だった。厳めしく整った顔がいっそう怖く見えてしまう。

「瑠奈は養女には出してしまったが、血は樋野家の娘だからね。利用しようと企む輩もいる。そこで君には悪いが身元を調べさせてもらった。不愉快に思わないでくれればありがたい。私には敵が多く何事にも用心が必要なんだ」
「は?調べたとは?」

 わたしと一樹君は思い掛けない展開に呆然となった。パパはわたし達の動揺を気にも掛けずに楽しげに続ける。

「一樹君、君のご両親は幼い頃に事故で亡くなり、お祖母さんに育てられたそうだね。学費もすべて奨学金や無償の援助を取得し賄ってきたそうじゃないか。誰にも頼らず己の力だけでここまで来た。今でもアルバイトをしながら成績はK大のトップクラスだ。実に、実に素晴らしい。私の探し求めていた人物だ。勉学だけではなくあらゆる強さを備えている」
「は、はあ。ありがとうございます」

 戸惑いながらも頷く一樹君に、実に理想的だとパパはまた呟く。

「一樹君、またここに来なさい。今度はぜひ二人だけで話をしてみたいものだね」

 わたしは胸を撫で下ろし一樹君を見上げる。恋人がパパに気に入られたのが嬉しかった。一樹君もほっとした顔で私を見下ろし互いに微笑む。よかったね、と口の動きだけで伝えた。陽の顔など目に入ってはいなかった。



*



 過去に「もしも」などないと分かっている。起きたことは決して変えられない。それでも私は思わずにはいられない。あの時、この時、その時、陽をもっとよく見ていたら、もっとよく知ろうとしていたら――。
感想 3

あなたにおすすめの小説

触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました

由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。 そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。 手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。 それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。 やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。 「お前に触れていいのは俺だけだ」 逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。 これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。

皇帝の愛妾を痛めつけたら、相手は皇帝の姉でした

由香
恋愛
後宮で最も愛された妃・麗華。 ある日、皇帝に寵愛される“謎の女”を敵と誤解し、手を下してしまう。 だが―― その正体は、皇帝の姉だった。 「……遅かったな」 すべてを失った後で知る、取り返しのつかない真実。 愛も地位も壊れた先に残るのは、静かな後悔だけ。 これは、「愛されたかった女」が、すべてを壊すまでの物語。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき