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第1部
04.太陽と樹木(4)
わたし達の婚約はお父さんとお母さんとママだけではなく、意外なことに生家のパパからも大歓迎され喜ばれた。わたしはその理由を知ることなくのちに悲劇を迎えたのだけれども……。
「こんな好青年が娘の婿になってくれるとは思わなかったよ」
パパは相好を崩し一樹君を見つめた。ここは洋館の「百合の間」とも呼ばれる居間だ。小花柄の散る天井にはイタリア製のシャンデリアが揺れ、大きな窓にはレースのあしらわれたカーテンがかけられている。
アンティークのテーブルを挟んだ向かいのソファには、まずパパ、その左隣に陽が無表情で座っていた。陽は私が今まで見たことのない顔をしていた。けれどもその時わたしは幸せだけを感じ、陽がどんな気持ちでいるかなど思いもつかなかったのだ。
今日、一樹君はわたしの生家に結婚の挨拶に来ている。ちゃんとしたスーツ姿は初めてで、私は改めて恋人に惚れ直してしまった。ついちらちらと隣を見て顔を赤らめてしまう。
「こらこら、瑠奈。お前はこれからいくらでも見られるんだから、今日は私に一樹君を貸しなさい」
パパの言葉にわたしは恥ずかしくなり俯く。
「ご、ごめんなさい」
「はは、瑠奈のそんな顔は初めて見るな。よほど君に心を奪われているらしい」
パパは膝の上に手を組み、ゆっくりと顎を乗せた。探るような目で一樹君を見上げる。
「瑠奈から聞いているだろうが、家内は今臥せっていてね。この場には来れない」
「はい、その件は伺っています」
一樹君は軽く頭を下げた。
「瑠奈さんともじっくり相談したのですが、この半年以内に式だけは済まそうと考えています。僕たちはまだ若過ぎますし、簡素なものになりますが認めていただければと」
「もちろんだよ。反対の理由などない。ありがたいくらいだ」
パパは唇と目の端だけで声を上げずに笑った。酷薄さを感じさせる笑みだ。わたしはパパが大好きだけれども、この笑い顔だけは昔から苦手だった。厳めしく整った顔がいっそう怖く見えてしまう。
「瑠奈は養女には出してしまったが、血は樋野家の娘だからね。利用しようと企む輩もいる。そこで君には悪いが身元を調べさせてもらった。不愉快に思わないでくれればありがたい。私には敵が多く何事にも用心が必要なんだ」
「は?調べたとは?」
わたしと一樹君は思い掛けない展開に呆然となった。パパはわたし達の動揺を気にも掛けずに楽しげに続ける。
「一樹君、君のご両親は幼い頃に事故で亡くなり、お祖母さんに育てられたそうだね。学費もすべて奨学金や無償の援助を取得し賄ってきたそうじゃないか。誰にも頼らず己の力だけでここまで来た。今でもアルバイトをしながら成績はK大のトップクラスだ。実に、実に素晴らしい。私の探し求めていた人物だ。勉学だけではなくあらゆる強さを備えている」
「は、はあ。ありがとうございます」
戸惑いながらも頷く一樹君に、実に理想的だとパパはまた呟く。
「一樹君、またここに来なさい。今度はぜひ二人だけで話をしてみたいものだね」
わたしは胸を撫で下ろし一樹君を見上げる。恋人がパパに気に入られたのが嬉しかった。一樹君もほっとした顔で私を見下ろし互いに微笑む。よかったね、と口の動きだけで伝えた。陽の顔など目に入ってはいなかった。
*
過去に「もしも」などないと分かっている。起きたことは決して変えられない。それでも私は思わずにはいられない。あの時、この時、その時、陽をもっとよく見ていたら、もっとよく知ろうとしていたら――。
「こんな好青年が娘の婿になってくれるとは思わなかったよ」
パパは相好を崩し一樹君を見つめた。ここは洋館の「百合の間」とも呼ばれる居間だ。小花柄の散る天井にはイタリア製のシャンデリアが揺れ、大きな窓にはレースのあしらわれたカーテンがかけられている。
アンティークのテーブルを挟んだ向かいのソファには、まずパパ、その左隣に陽が無表情で座っていた。陽は私が今まで見たことのない顔をしていた。けれどもその時わたしは幸せだけを感じ、陽がどんな気持ちでいるかなど思いもつかなかったのだ。
今日、一樹君はわたしの生家に結婚の挨拶に来ている。ちゃんとしたスーツ姿は初めてで、私は改めて恋人に惚れ直してしまった。ついちらちらと隣を見て顔を赤らめてしまう。
「こらこら、瑠奈。お前はこれからいくらでも見られるんだから、今日は私に一樹君を貸しなさい」
パパの言葉にわたしは恥ずかしくなり俯く。
「ご、ごめんなさい」
「はは、瑠奈のそんな顔は初めて見るな。よほど君に心を奪われているらしい」
パパは膝の上に手を組み、ゆっくりと顎を乗せた。探るような目で一樹君を見上げる。
「瑠奈から聞いているだろうが、家内は今臥せっていてね。この場には来れない」
「はい、その件は伺っています」
一樹君は軽く頭を下げた。
「瑠奈さんともじっくり相談したのですが、この半年以内に式だけは済まそうと考えています。僕たちはまだ若過ぎますし、簡素なものになりますが認めていただければと」
「もちろんだよ。反対の理由などない。ありがたいくらいだ」
パパは唇と目の端だけで声を上げずに笑った。酷薄さを感じさせる笑みだ。わたしはパパが大好きだけれども、この笑い顔だけは昔から苦手だった。厳めしく整った顔がいっそう怖く見えてしまう。
「瑠奈は養女には出してしまったが、血は樋野家の娘だからね。利用しようと企む輩もいる。そこで君には悪いが身元を調べさせてもらった。不愉快に思わないでくれればありがたい。私には敵が多く何事にも用心が必要なんだ」
「は?調べたとは?」
わたしと一樹君は思い掛けない展開に呆然となった。パパはわたし達の動揺を気にも掛けずに楽しげに続ける。
「一樹君、君のご両親は幼い頃に事故で亡くなり、お祖母さんに育てられたそうだね。学費もすべて奨学金や無償の援助を取得し賄ってきたそうじゃないか。誰にも頼らず己の力だけでここまで来た。今でもアルバイトをしながら成績はK大のトップクラスだ。実に、実に素晴らしい。私の探し求めていた人物だ。勉学だけではなくあらゆる強さを備えている」
「は、はあ。ありがとうございます」
戸惑いながらも頷く一樹君に、実に理想的だとパパはまた呟く。
「一樹君、またここに来なさい。今度はぜひ二人だけで話をしてみたいものだね」
わたしは胸を撫で下ろし一樹君を見上げる。恋人がパパに気に入られたのが嬉しかった。一樹君もほっとした顔で私を見下ろし互いに微笑む。よかったね、と口の動きだけで伝えた。陽の顔など目に入ってはいなかった。
*
過去に「もしも」などないと分かっている。起きたことは決して変えられない。それでも私は思わずにはいられない。あの時、この時、その時、陽をもっとよく見ていたら、もっとよく知ろうとしていたら――。
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