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第1部
10.紅蓮と遺言(1)
パパの遺体は検死を終えたのち返却され、盛大なお葬式を経た後ママと同じお墓に納骨された。救い主がこの世に生まれ祝福を受けた夜だった。ママが天使になって迎えに来てくれたのだと思いたい。そうとでも思わなければわたしたちもパパ自身も救われない死だった。
死とは呆気ないものだと割り切るには、わたしはまだ大人になり切れてはいなかった。けれども心の整理を付ける間もなく、今度は地獄に叩き落されることになる。
*
パパの死は哀しみだけではなく、樋野家に大きな混乱をもたらした。同時に、虎視眈々と遺産と後釜を狙う親族には格好の機会でもあった。ところがその野心はパパの遺言状の公開により、顧問の弁護士さんに呆気なく叩き潰されてしまう。なぜなら、パパは既に後継者を指名していたからだ。
家庭裁判所で開封された遺言状に分家筋は荒れに荒れ、翌年の一月の月末に数年ぶりに親族会議が開かれることになった。その現場にはすでに樋野姓から離れたわたしと、保護者である荘田の両親まで引っ張り出されてしまった。
親族会議は洋館の大広間「白藤の間」で行われた。かつてダンスホールだった室内には大きなテーブルがひとつ置かれ、その周りをぐるりと椅子と大人の人が取り囲んでいる。わたしと荘田の両親、そして陽はその上座に座らされていた。前の席では弁護士さんが遺言状の内容を淡々と読み上げて行く。その間にもいくつもの苛立たしげな声が響き渡った。
「――納得できん!!」
名前の知らないおじさんが机に拳を叩き付ける。わたしはその迫力にびくりと身を竦ませた。
「ああ、まったくだ」
「なぜ秋嶋家が後継者に!? おまけに二六の若造など……!!」
「……」
わたしはちらりと隣に座る陽を見る。陽は無表情で足を組み座っていた。どうして?とわたしは思う。
どうしてそんなに冷静でいられるのだろう?
昨日遺言状の内容が家裁で公開され、その内容はわたしと荘田の両親にも知らされている。まず、洋館はこのまま住居として維持すること、会社の経営権は分家の秋嶋家に譲渡すること、不動産、現金の配分の指定など―――そこにわたし達の名前は一文字も出てこなかった。
わたしはもう樋野ではなく荘田姓なのだから分かる。でも、陽は跡取りとして教育を受けていたはずなのに。弁護士さんはちらりとわたし達を交互に見、「遺産の遺留分は保証されていますから」と呟く。それでもわたしは納得がいかなかった。
後継者となったのはわたしの従兄に当たる人だ。名前は秋嶋一重さんと言い、今年二六になりすでにM商事に入社している。これではパパが陽はいらないと考えていたみたいだ。陽にはいつも厳しい態度でいたから、成人してからは陽も家業に関わるよう、遺言状で指示しているだろうと思っていたのに。
親族会議が喧々諤々となる中陽は冷静なままだ。やがて皆が疲れ果てまた今度となってからも、その美貌は一切崩れずすべてに無関心にすら見えた。
陽が席から立ち白藤の間から出る。途中、曲がり角で一重さんに呼び止められ、二人は影で小声で何かを話していた。そのまま連れ立ちどこかへ行ってしまう。わたしはなぜなのと驚き目を瞬かせた。
なぜ奪った者と奪われた者であるはずの二人が一緒にいるのだろうか? それもかなり親しげな雰囲気に見えた。わたしは陽から一重さんと仲がいいだなんて聞いていない。
「待って、瑠奈。話があるの……」
お父さんとお母さんに呼び留められたけれども、わたしは「またあとで!」と言い陽と一重さんを追った。両親の顔色が真っ青であることなど気が付かなかった。
*
男の人の足は思った以上に速く、あっという間に姿を消してしまった。わたしは必死に洋館を探し回り、結局二人を見つけられず庭園へ向かった。
「……どこ行っちゃったの?」
溜息を吐き植え込みの中にしゃがみ込む。まったく足が長い男の人はこれだから嫌いだ。でも待って、だったら一樹君も嫌いと言うことになってしまう――などと愚痴とノロケを交互に心に思い浮かべていると、突然当たりの茂みが揺れ低い掠れた声が聞こえた。
「俺はこの洋館を自由にできればいいですよ」
――陽だ。
声を顰め植え込みからそろそろと様子を伺う。陽と一重さんは茂みから少し離れた柊の木の傍にいた。わたしがいることには気が付いていないらしい。今更「探していました。ここにいます」とも言い出せず、わたしは声を顰め二人の会話に耳をそばだてた。距離があるからなのか声が小さくすべては聞こえない。
死とは呆気ないものだと割り切るには、わたしはまだ大人になり切れてはいなかった。けれども心の整理を付ける間もなく、今度は地獄に叩き落されることになる。
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パパの死は哀しみだけではなく、樋野家に大きな混乱をもたらした。同時に、虎視眈々と遺産と後釜を狙う親族には格好の機会でもあった。ところがその野心はパパの遺言状の公開により、顧問の弁護士さんに呆気なく叩き潰されてしまう。なぜなら、パパは既に後継者を指名していたからだ。
家庭裁判所で開封された遺言状に分家筋は荒れに荒れ、翌年の一月の月末に数年ぶりに親族会議が開かれることになった。その現場にはすでに樋野姓から離れたわたしと、保護者である荘田の両親まで引っ張り出されてしまった。
親族会議は洋館の大広間「白藤の間」で行われた。かつてダンスホールだった室内には大きなテーブルがひとつ置かれ、その周りをぐるりと椅子と大人の人が取り囲んでいる。わたしと荘田の両親、そして陽はその上座に座らされていた。前の席では弁護士さんが遺言状の内容を淡々と読み上げて行く。その間にもいくつもの苛立たしげな声が響き渡った。
「――納得できん!!」
名前の知らないおじさんが机に拳を叩き付ける。わたしはその迫力にびくりと身を竦ませた。
「ああ、まったくだ」
「なぜ秋嶋家が後継者に!? おまけに二六の若造など……!!」
「……」
わたしはちらりと隣に座る陽を見る。陽は無表情で足を組み座っていた。どうして?とわたしは思う。
どうしてそんなに冷静でいられるのだろう?
昨日遺言状の内容が家裁で公開され、その内容はわたしと荘田の両親にも知らされている。まず、洋館はこのまま住居として維持すること、会社の経営権は分家の秋嶋家に譲渡すること、不動産、現金の配分の指定など―――そこにわたし達の名前は一文字も出てこなかった。
わたしはもう樋野ではなく荘田姓なのだから分かる。でも、陽は跡取りとして教育を受けていたはずなのに。弁護士さんはちらりとわたし達を交互に見、「遺産の遺留分は保証されていますから」と呟く。それでもわたしは納得がいかなかった。
後継者となったのはわたしの従兄に当たる人だ。名前は秋嶋一重さんと言い、今年二六になりすでにM商事に入社している。これではパパが陽はいらないと考えていたみたいだ。陽にはいつも厳しい態度でいたから、成人してからは陽も家業に関わるよう、遺言状で指示しているだろうと思っていたのに。
親族会議が喧々諤々となる中陽は冷静なままだ。やがて皆が疲れ果てまた今度となってからも、その美貌は一切崩れずすべてに無関心にすら見えた。
陽が席から立ち白藤の間から出る。途中、曲がり角で一重さんに呼び止められ、二人は影で小声で何かを話していた。そのまま連れ立ちどこかへ行ってしまう。わたしはなぜなのと驚き目を瞬かせた。
なぜ奪った者と奪われた者であるはずの二人が一緒にいるのだろうか? それもかなり親しげな雰囲気に見えた。わたしは陽から一重さんと仲がいいだなんて聞いていない。
「待って、瑠奈。話があるの……」
お父さんとお母さんに呼び留められたけれども、わたしは「またあとで!」と言い陽と一重さんを追った。両親の顔色が真っ青であることなど気が付かなかった。
*
男の人の足は思った以上に速く、あっという間に姿を消してしまった。わたしは必死に洋館を探し回り、結局二人を見つけられず庭園へ向かった。
「……どこ行っちゃったの?」
溜息を吐き植え込みの中にしゃがみ込む。まったく足が長い男の人はこれだから嫌いだ。でも待って、だったら一樹君も嫌いと言うことになってしまう――などと愚痴とノロケを交互に心に思い浮かべていると、突然当たりの茂みが揺れ低い掠れた声が聞こえた。
「俺はこの洋館を自由にできればいいですよ」
――陽だ。
声を顰め植え込みからそろそろと様子を伺う。陽と一重さんは茂みから少し離れた柊の木の傍にいた。わたしがいることには気が付いていないらしい。今更「探していました。ここにいます」とも言い出せず、わたしは声を顰め二人の会話に耳をそばだてた。距離があるからなのか声が小さくすべては聞こえない。
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