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第1部
23.白雪と薔薇(6)
――一樹君からの連絡が前触れもなしに途絶えた。
あのプロポーズから三週間が過ぎている。二週間前から突然一樹君はメッセージに返信をせず、電話をかけても出てくれなくなった。その前日には入籍日をいつにするかと話し合っていたのに。わたしは理由が分からず混乱し、不安な気持ちを抱えシーツに包まるしかなかった。何があったのだろうとまたスマホの画面を見る。
「心配しています。連絡をください」
それが最後に送ったメッセージになっていた。
「……っ」
たまらずベッドから起き上がる。わたしはクロゼットからワンピースを取り出し、寝間着を脱ぎそれに着替えた。一樹君のアパートへ行こうと思ったのだ。何があったのかは分からない。他の女の子に心変わりをして、わたしと別れたいのかもしれない。それでも心のどこかで一樹君を信じていた。
わたしはそっと木蓮の間の扉を開け、廊下を忍び足で歩いて行く。ここ最近何となくではあるのだけれども、外出がしにくくなっている。高野さんやメイドさんの目が光り、わたしが部屋を出ようとするたび、「まだ体がよくなっていない」――などと言われ連れ戻されてしまうのだ。幸い今なら辺りには誰もいない。お昼時と言うこともあり、ランチにでも行っているのだろう。
「よ、よし……」
わたしは意を決し洋館を出た。見つかる前にと一気に坂道を登り切る。一ヶ月半ぶりの外の空は青く澄み、並木の桜はもう葉桜になっていた。
もう春も半ばになっていたのだ。
*
一樹君の部屋はK大から駅をひとつまたいだ学生街にある。三階建ての薄茶のアパートの二階にある1LDKで、つい二週間までは来年からはここに一緒に住むのかと考えていた。
わたしは少し汚れたドアの前に立ち、恐る恐るチャイムを押した。ピンポンと軽やかな音が響いたけれども反応は何もない。
今日は土曜日でまだ日中だから、出かけているのかもしれない。どこか待っていようかと身を翻した瞬間、インターフォンがオンになり、一樹君の力の無い声が響いた。
『……どちら様?』
いったい何があったのだろう――今までに聞いたことがないほど、暗く落ち込んでいる。わたしの知る一樹君はいつも優しく、穏やかで、怒りや悲しみすら表に出さない人だった。
「わ、わたし……」
数秒の沈黙。
「り、理由を、直接聞きたくて、来たの」
わたしは勇気を振り絞り尋ねる。他に好きな子ができたと返されても、泣いてはいけないと覚悟を決めた。実際にはもう泣きそうになっていたのだけれども……。
「わたしのこと、嫌いになった? 」
『……』
やっぱり一樹君からの答えはない。
「何か悪いことをしていたら言ってほしいの。最後にごめんなさいって言いたいから」
『はっ……。何か悪いこと、ねえ?』
歪み荒みきった口調にわたしは驚く。
『まぁ……いいか。教えてやるのが親切だろうな』
部屋のドアが開き一樹君が姿を現す。わたしはいつにない様子に驚いた。服装こそTシャツにジーンズを着ているけれども、無精髭が生え眼鏡をかけていない。
「入れよ」
一樹君は乱暴に言ったきり顔を背けた。わたしの顔など見たくもないと言ったように。わたしは怯えながらもその後に着いていく。わたしは一樹君に何をしてしまったのだろうか。あんなに優しかった一樹君がこんなふうに変わってしまうなんて。
あのプロポーズから三週間が過ぎている。二週間前から突然一樹君はメッセージに返信をせず、電話をかけても出てくれなくなった。その前日には入籍日をいつにするかと話し合っていたのに。わたしは理由が分からず混乱し、不安な気持ちを抱えシーツに包まるしかなかった。何があったのだろうとまたスマホの画面を見る。
「心配しています。連絡をください」
それが最後に送ったメッセージになっていた。
「……っ」
たまらずベッドから起き上がる。わたしはクロゼットからワンピースを取り出し、寝間着を脱ぎそれに着替えた。一樹君のアパートへ行こうと思ったのだ。何があったのかは分からない。他の女の子に心変わりをして、わたしと別れたいのかもしれない。それでも心のどこかで一樹君を信じていた。
わたしはそっと木蓮の間の扉を開け、廊下を忍び足で歩いて行く。ここ最近何となくではあるのだけれども、外出がしにくくなっている。高野さんやメイドさんの目が光り、わたしが部屋を出ようとするたび、「まだ体がよくなっていない」――などと言われ連れ戻されてしまうのだ。幸い今なら辺りには誰もいない。お昼時と言うこともあり、ランチにでも行っているのだろう。
「よ、よし……」
わたしは意を決し洋館を出た。見つかる前にと一気に坂道を登り切る。一ヶ月半ぶりの外の空は青く澄み、並木の桜はもう葉桜になっていた。
もう春も半ばになっていたのだ。
*
一樹君の部屋はK大から駅をひとつまたいだ学生街にある。三階建ての薄茶のアパートの二階にある1LDKで、つい二週間までは来年からはここに一緒に住むのかと考えていた。
わたしは少し汚れたドアの前に立ち、恐る恐るチャイムを押した。ピンポンと軽やかな音が響いたけれども反応は何もない。
今日は土曜日でまだ日中だから、出かけているのかもしれない。どこか待っていようかと身を翻した瞬間、インターフォンがオンになり、一樹君の力の無い声が響いた。
『……どちら様?』
いったい何があったのだろう――今までに聞いたことがないほど、暗く落ち込んでいる。わたしの知る一樹君はいつも優しく、穏やかで、怒りや悲しみすら表に出さない人だった。
「わ、わたし……」
数秒の沈黙。
「り、理由を、直接聞きたくて、来たの」
わたしは勇気を振り絞り尋ねる。他に好きな子ができたと返されても、泣いてはいけないと覚悟を決めた。実際にはもう泣きそうになっていたのだけれども……。
「わたしのこと、嫌いになった? 」
『……』
やっぱり一樹君からの答えはない。
「何か悪いことをしていたら言ってほしいの。最後にごめんなさいって言いたいから」
『はっ……。何か悪いこと、ねえ?』
歪み荒みきった口調にわたしは驚く。
『まぁ……いいか。教えてやるのが親切だろうな』
部屋のドアが開き一樹君が姿を現す。わたしはいつにない様子に驚いた。服装こそTシャツにジーンズを着ているけれども、無精髭が生え眼鏡をかけていない。
「入れよ」
一樹君は乱暴に言ったきり顔を背けた。わたしの顔など見たくもないと言ったように。わたしは怯えながらもその後に着いていく。わたしは一樹君に何をしてしまったのだろうか。あんなに優しかった一樹君がこんなふうに変わってしまうなんて。
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