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第1部
37.太陽と月(5)
「最後に、瑠奈の荘田のご両親の自殺だ。荘田のお義父さんは、確かに初めは樋野繋がりのコネ入社だったんだろう。けど、樋野の親族も、部下も、同僚も認めるほど仕事ができる優秀な人だったんだ。経営陣の刷新だけでリストラされるような人材じゃない」
一樹君はこの一ヶ月刑事の真似事なのかと笑われながら、それでもパパの知人・友人に一人一人聞き込みをしたのだそうだ。結果、お父さんへ仕事人としての評価を知り、その人事だけが異常だと気が付いたのだと言う。パパの体勢で役職に就いていたおじさん達は、転属こそあったものの首までになってはいない。
「陽君、君が秋嶋社長に何か言ったんじゃないのか?」
一樹君は「信じられない」と呻く。
「そこまでしなければならなかったのか? 瑠奈を追い詰めてまで君は何をしたかったんだ。僕には何ひとつ理解できないし、一生したいとも思わない……」
陽はしばらく項垂れる一樹君を見つめていたけれども、やがて組んだ足を直し膝の上に手を置いた。
「面白いお話でしたね。ですがすべて推理です。どれもこれも曖昧で、証拠がひとつもない」
「……ああ、そうだ」
「第一俺は何の力もない高校生ですよ? たかだか一八の未成年が、大人を動かせるわけがないでしょう?」
一樹君は暗い目で陽を見つめる。
「けど、君の瑠奈への気持ちや僕が調べたことを言えば、警察も誰か一人くらいは君を疑うかもしれない」
陽の形のよい眉がピクリと動く。
「君はここに瑠奈を閉じ込めているんだろう? 何をしたのかは聞くつもりはない。それでもやったことを僕が警察に言えば、いくら君が一八歳でも裁かれる。君は、君の罪を裁かれるべきだ」
「裁かれるべきだ、ねえ……」
薄い唇から低く艶やかな笑い声が漏れ出る。陽はそれからしばらく笑い続けた。
「一樹さんは結局何もできませんよ」
「なっ……」
一樹君は目を見開き、陽を凝視している。陽はソファに背を預け歌うように続けた。
「俺がその妄想での犯人だと仮定して、未成年で法律に守られダメージがそれほどない。腕のいい弁護士が全力で守ってくれるでしょう。大した罪にはなりませんよ。それより前に一樹さんは瑠奈を親殺しの姉にはできないと考える。性的暴行の被害者にはできないとも考える。どちらもことが公になれば瑠奈が傷付くだけですから。一樹さん、あなたは正義よりも愛を選ぶ人だ。優し過ぎて俺のように鬼になり切れない」
「……っ」
一樹君が低く呻く。
「君は、悪魔だ」
「――光栄です」
陽はまたぞっとするほど美しい微笑みを浮かべた。
「ここに来るのは一樹さんだろうと思っていました。ああ、そうだ。しばらく前瑠奈の高校に、あの写真の相手は自分だと名乗り出たそうですね。どうもありがとうございます。しかし、一樹さんの大学での印象が悪くなるのでは?」
「……」
「自分が泥を被ってでも好きな女を守れる勇気があるのなら、何があっても瑠奈を信じてやる意志も持つべきでした。たった一人心の支えだった一樹さんを失くして、瑠奈はひどい精神状態になっていましたよ」
陽の断罪に一樹君は呻くように呟く。
「はっ……。悪魔がよく言ったものだ。僕が祖母の看病で、参っていた時を見計らったんだろう?」
この下衆が、と一樹君は憎々しげに言い、血が出るほど唇を強く噛んだ。陽は涼しい顔のままだ。
「いくらでも俺を責めればいいですよ。それが瑠奈を傷つけた言い訳になるのならね」
そして、笑いを収めその場に立った。
「ただ、確かに俺は裁かれるべきなんでしょう。ただし、俺を裁くのは法律ではありません」
部屋を横切り窓に手を掛け思い切り開け放つ。
「……!!」
わたしは両手で口を覆い、その場にしゃがみ込んだ。けれどももう遅い。陽が手を窓辺に当て、笑いながらわたしを見下ろしている。
「瑠奈、見ーつけた」
その口調は昔この庭園でかくれんぼをして、陽が鬼になった時と同じだった。黒い瞳に浮かぶ光は悪戯っ子と同じものだ。
「お前はこれからどうする。……これからどうしたい?」
低く艶やかな声とは裏腹に心がかすかに震えている。わたしははっと陽の目を見つめた。それは昔からわたしだけが分かる陽の怯えだった。他の誰にも聞こえないわたし達双子だけに通じ合う心の声――。
「一樹さんと行くか?」
一樹君はこの一ヶ月刑事の真似事なのかと笑われながら、それでもパパの知人・友人に一人一人聞き込みをしたのだそうだ。結果、お父さんへ仕事人としての評価を知り、その人事だけが異常だと気が付いたのだと言う。パパの体勢で役職に就いていたおじさん達は、転属こそあったものの首までになってはいない。
「陽君、君が秋嶋社長に何か言ったんじゃないのか?」
一樹君は「信じられない」と呻く。
「そこまでしなければならなかったのか? 瑠奈を追い詰めてまで君は何をしたかったんだ。僕には何ひとつ理解できないし、一生したいとも思わない……」
陽はしばらく項垂れる一樹君を見つめていたけれども、やがて組んだ足を直し膝の上に手を置いた。
「面白いお話でしたね。ですがすべて推理です。どれもこれも曖昧で、証拠がひとつもない」
「……ああ、そうだ」
「第一俺は何の力もない高校生ですよ? たかだか一八の未成年が、大人を動かせるわけがないでしょう?」
一樹君は暗い目で陽を見つめる。
「けど、君の瑠奈への気持ちや僕が調べたことを言えば、警察も誰か一人くらいは君を疑うかもしれない」
陽の形のよい眉がピクリと動く。
「君はここに瑠奈を閉じ込めているんだろう? 何をしたのかは聞くつもりはない。それでもやったことを僕が警察に言えば、いくら君が一八歳でも裁かれる。君は、君の罪を裁かれるべきだ」
「裁かれるべきだ、ねえ……」
薄い唇から低く艶やかな笑い声が漏れ出る。陽はそれからしばらく笑い続けた。
「一樹さんは結局何もできませんよ」
「なっ……」
一樹君は目を見開き、陽を凝視している。陽はソファに背を預け歌うように続けた。
「俺がその妄想での犯人だと仮定して、未成年で法律に守られダメージがそれほどない。腕のいい弁護士が全力で守ってくれるでしょう。大した罪にはなりませんよ。それより前に一樹さんは瑠奈を親殺しの姉にはできないと考える。性的暴行の被害者にはできないとも考える。どちらもことが公になれば瑠奈が傷付くだけですから。一樹さん、あなたは正義よりも愛を選ぶ人だ。優し過ぎて俺のように鬼になり切れない」
「……っ」
一樹君が低く呻く。
「君は、悪魔だ」
「――光栄です」
陽はまたぞっとするほど美しい微笑みを浮かべた。
「ここに来るのは一樹さんだろうと思っていました。ああ、そうだ。しばらく前瑠奈の高校に、あの写真の相手は自分だと名乗り出たそうですね。どうもありがとうございます。しかし、一樹さんの大学での印象が悪くなるのでは?」
「……」
「自分が泥を被ってでも好きな女を守れる勇気があるのなら、何があっても瑠奈を信じてやる意志も持つべきでした。たった一人心の支えだった一樹さんを失くして、瑠奈はひどい精神状態になっていましたよ」
陽の断罪に一樹君は呻くように呟く。
「はっ……。悪魔がよく言ったものだ。僕が祖母の看病で、参っていた時を見計らったんだろう?」
この下衆が、と一樹君は憎々しげに言い、血が出るほど唇を強く噛んだ。陽は涼しい顔のままだ。
「いくらでも俺を責めればいいですよ。それが瑠奈を傷つけた言い訳になるのならね」
そして、笑いを収めその場に立った。
「ただ、確かに俺は裁かれるべきなんでしょう。ただし、俺を裁くのは法律ではありません」
部屋を横切り窓に手を掛け思い切り開け放つ。
「……!!」
わたしは両手で口を覆い、その場にしゃがみ込んだ。けれどももう遅い。陽が手を窓辺に当て、笑いながらわたしを見下ろしている。
「瑠奈、見ーつけた」
その口調は昔この庭園でかくれんぼをして、陽が鬼になった時と同じだった。黒い瞳に浮かぶ光は悪戯っ子と同じものだ。
「お前はこれからどうする。……これからどうしたい?」
低く艶やかな声とは裏腹に心がかすかに震えている。わたしははっと陽の目を見つめた。それは昔からわたしだけが分かる陽の怯えだった。他の誰にも聞こえないわたし達双子だけに通じ合う心の声――。
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