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幕間
M3.星空と初恋(3)
受験勉強をいよいよ本格的に開始したのもあり、徐々に部室から足は遠のいて行った。
その日僕は図書室の窓際の席で、一心不乱に問題集を解いていた。勉強はいいと僕はしみじみと感じる。やればやった分だけ成果が出る。子どもの頃、そう両親を事故で亡くして間もない頃、何度も神様に願った「お父さんと、お母さんを返してください」――あんな叶わない思いとは違う。
それ以前に祖母に負担をかけないためにも、是が非でも給付型の奨学金が必要だった。そのためにも完璧な内申とペーパーテストでの満点を叩き出さなければならない。
自信は、ある。
それでも僕は追い詰められたように日々勉強にのめり込んでいた。
「……ちょう」
だから、初めにかけられた声にはまったく気が付かなかったのだ。
「部長……四十川部長?」
「……!?」
僕は驚き問題集から顔を上げた。見ると、荘田さんがすぐ横に立っている。栗色の長い髪がさらりと細い肩から毀れた。いつからか差し込んでいた夕日が、小さな頭に天使の輪を作っている。
「しょうだ……さん?」
荘田さんはにこりと笑うと深々と頭を下げ、可愛くラッピングをした包みを僕に差し出した。
「勉強中にお邪魔してすいません。これ、昨日作ったんです。その……手作りが嫌じゃないならですけど」
一口サイズのアップルパイなのだと言う。
「僕に……?」
「はい」
「……ありがとう」
他の女ならあざとい行動だと感じていただろう。手作りなんて何が入っているのかわからない。市販品のほうがよっぽど美味いのだとも。なのに、現金にも彼女からの手作りは喜び勇んで受け取ってしまった。じわりと嬉しさが胸に込み上げて来る。
「一応天文部の先輩は美味しいって言ってくれたんですけど」
「え……」
と言うことは、他の部員にも渡していると言うことか。我ながら驚くほどがっかりとしてしまう。そんな僕の心を知ってか知らずか、荘田さんはふふっと笑い「実は」と首を傾けた。
「四十川部長だけ、ひとつ多く入れてあるんです。内緒ですよ」
その笑顔を見た瞬間、僕はようやく自覚した。
――ああ、そうか。
認めてしまえば簡単だった。
僕は、彼女が好きなんだ。好きになるのには好みとか好みじゃないとか、そんなことは関係ないんだ。
この子の笑顔からは幸せの香りがする。アップルパイのシナモンと同じ、甘く柔らかで懐かしい香りだ。それはまだ両親が事故死する前――家族で囲んだ夕食のテーブルや、小学校から帰ったあと、母の言う「おかえり」の温かさにも似ていた。
僕は荘田さんを見上げ問い掛ける。
「荘田さん、これから部活?」
彼女は首を振り左手の鞄を見せた。
「今日はもう終わったんです。今から帰ろうと思って」
「じゃあ、送っていくよ。僕も終わるところだったから」
「え。でも……」
「もう外が暗くなるだろ? 女の子をひとりでは帰せないよ」
僕は鞄に問題集を詰めゆっくりと席を立った。荘田さんはそんな僕を驚いたように見上げる。
「どうしたの?」
「あ、その」
荘田さんはおずおずと下を向いた。
「部長のそんな顔、初めて見ました」
「え……」
「え、えと……その……。わたしの前じゃいつも無表情だから、何か悪いことしたかなって思っていて」
実はこのアップルパイにかこつけて、思い切って理由を聞き出した上、謝らなければと思っていたらしい。
彼女の申し訳なさそうな顔を見て、僕は自分を殴りつけたくなった。
どうやら僕は自分が考えていた以上に子供だったみたいだ。好きな女の子の前ではつい怖い顔になってしまうだなんて。
同時に、何だかおかしくなりついぷっと噴き出してしまう。
「ごめん。君を嫌いとか、そんなわけじゃないんだ」
むしろその反対だ。
僕は、君が大好きだ。
「部長?」
「……いいや、何でもない」
早く行こうと彼女の華奢な肩を叩く。彼女はようやくあの笑顔を見せてくれた。
「はい、行きましょう!」
僕は君のその笑顔を独り占めしたい。もっと傍でずっと見ていたい。
――君は、どうしたら僕を好きになってくれるだろう?
その日僕は図書室の窓際の席で、一心不乱に問題集を解いていた。勉強はいいと僕はしみじみと感じる。やればやった分だけ成果が出る。子どもの頃、そう両親を事故で亡くして間もない頃、何度も神様に願った「お父さんと、お母さんを返してください」――あんな叶わない思いとは違う。
それ以前に祖母に負担をかけないためにも、是が非でも給付型の奨学金が必要だった。そのためにも完璧な内申とペーパーテストでの満点を叩き出さなければならない。
自信は、ある。
それでも僕は追い詰められたように日々勉強にのめり込んでいた。
「……ちょう」
だから、初めにかけられた声にはまったく気が付かなかったのだ。
「部長……四十川部長?」
「……!?」
僕は驚き問題集から顔を上げた。見ると、荘田さんがすぐ横に立っている。栗色の長い髪がさらりと細い肩から毀れた。いつからか差し込んでいた夕日が、小さな頭に天使の輪を作っている。
「しょうだ……さん?」
荘田さんはにこりと笑うと深々と頭を下げ、可愛くラッピングをした包みを僕に差し出した。
「勉強中にお邪魔してすいません。これ、昨日作ったんです。その……手作りが嫌じゃないならですけど」
一口サイズのアップルパイなのだと言う。
「僕に……?」
「はい」
「……ありがとう」
他の女ならあざとい行動だと感じていただろう。手作りなんて何が入っているのかわからない。市販品のほうがよっぽど美味いのだとも。なのに、現金にも彼女からの手作りは喜び勇んで受け取ってしまった。じわりと嬉しさが胸に込み上げて来る。
「一応天文部の先輩は美味しいって言ってくれたんですけど」
「え……」
と言うことは、他の部員にも渡していると言うことか。我ながら驚くほどがっかりとしてしまう。そんな僕の心を知ってか知らずか、荘田さんはふふっと笑い「実は」と首を傾けた。
「四十川部長だけ、ひとつ多く入れてあるんです。内緒ですよ」
その笑顔を見た瞬間、僕はようやく自覚した。
――ああ、そうか。
認めてしまえば簡単だった。
僕は、彼女が好きなんだ。好きになるのには好みとか好みじゃないとか、そんなことは関係ないんだ。
この子の笑顔からは幸せの香りがする。アップルパイのシナモンと同じ、甘く柔らかで懐かしい香りだ。それはまだ両親が事故死する前――家族で囲んだ夕食のテーブルや、小学校から帰ったあと、母の言う「おかえり」の温かさにも似ていた。
僕は荘田さんを見上げ問い掛ける。
「荘田さん、これから部活?」
彼女は首を振り左手の鞄を見せた。
「今日はもう終わったんです。今から帰ろうと思って」
「じゃあ、送っていくよ。僕も終わるところだったから」
「え。でも……」
「もう外が暗くなるだろ? 女の子をひとりでは帰せないよ」
僕は鞄に問題集を詰めゆっくりと席を立った。荘田さんはそんな僕を驚いたように見上げる。
「どうしたの?」
「あ、その」
荘田さんはおずおずと下を向いた。
「部長のそんな顔、初めて見ました」
「え……」
「え、えと……その……。わたしの前じゃいつも無表情だから、何か悪いことしたかなって思っていて」
実はこのアップルパイにかこつけて、思い切って理由を聞き出した上、謝らなければと思っていたらしい。
彼女の申し訳なさそうな顔を見て、僕は自分を殴りつけたくなった。
どうやら僕は自分が考えていた以上に子供だったみたいだ。好きな女の子の前ではつい怖い顔になってしまうだなんて。
同時に、何だかおかしくなりついぷっと噴き出してしまう。
「ごめん。君を嫌いとか、そんなわけじゃないんだ」
むしろその反対だ。
僕は、君が大好きだ。
「部長?」
「……いいや、何でもない」
早く行こうと彼女の華奢な肩を叩く。彼女はようやくあの笑顔を見せてくれた。
「はい、行きましょう!」
僕は君のその笑顔を独り占めしたい。もっと傍でずっと見ていたい。
――君は、どうしたら僕を好きになってくれるだろう?
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