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第2部
01.炎天と邂逅(1)
※この続編はヒロインの元恋人・一樹視点の続編です。本編の姉弟カップリングしかダメと言う方は読まないほうがいいかもしれません。それでもいいと言う方のみよろしくお願いします。「星空と初恋」の後にお読みいただければ幸いです。(五行下より)
――あれから真剣な恋愛をできなくなっているように思う。誰かを好きになりたいと思っても、心のどこかでストッパーがかかってしまう。
品川にある行きつけのブリティシュ・パブ店内は、カップルや学生、サラリーマンに溢れている。金曜日の夜で居酒屋感覚だからなのか、テーブル席にはビールのグラスやつまみのピザが多い。右のテーブルからも左のテーブルからも同じチーズの焦げた香りがする。そして、僕らカップルもその中の一組と言うわけだ。ただし、テーブルにある料理にもドリンクにも一切手は付けられてはいない。二人の間に漂う雰囲気は和やかでも甘くもない。
自動ドアがまたもや開き何人か客がやって来る。同時に流れ込む外の空気に僕は思わず顔を上げた。つい人ごみの中にここにはいない女の子を探してしまう。あのさらさらした栗色の髪の持ち主を探してしまう。そんな僕の態度に苛立ったのか、テーブル向かいに座る女が――千夏が声を荒げテーブルを叩いた。
「またよそ見をしているのね。一樹、今日くらいはちゃんとわたしを見て」
苛立たしげな声に僕は目を元に戻す。千夏の普段はクールなその顔には、今日は怒りと哀しみが入り混じっていた。品よく茶に染めたショートヘアに整った顔立ち、こなれたメイクがそれを引き立てている。背が高くスタイルがいいからか、ベージュのパンツスーツがよく似合っていた。
千夏は僕が半年間付き合ってきた女だ。ショットバーで知り合い、割り切った関係で始まった。ところが千夏は近ごろ僕の心を求め始め、僕はそろそろ潮時かと思い始めていたのだ。僕には千夏にこれと言って恋愛感情はない。見た目が好みだったと言うだけの話だった。
やれやれと溜息を吐き温いビールを一口飲む。こうも千夏の一方的な話が長引くのなら、一度マンションに帰るべきだったと感じた。スーツにパブでの料理や煙草の匂いが染み込むのは好ましくない。
「それで要点はなんなんだ? さっさと言ってくれ。初めに寝る以外の付き合いは、ルール違反だと決めたはずだろ」
「……っ」
千夏の顔が苦しげに歪んだ。ルージュの塗られた唇から、小さな声が漏れ出る。
「わたしから付き合ってくれって言ったから、仕方がないとは思っているわ。でも、人の心は変わっていくでしょう。一樹、わたしはあなたが好きよ。あなたはわたしを少しも好きではなかったの?」
ああ、またかと僕は内心舌打ちをする。セックスフレンドのままでと約束を交わしていても、どの女もこうして「恋」や「愛」や、そんな感情を体の間に入れたがるようになる。なら、初めから僕ではない誠実な男を選ぶべきだ。そんな男は世の中にいくらでもいるだろう。
僕は女を騙しほくそえむ趣味は一切ない。だからこそ僕に言い寄る女には、「恋人にはなれない」と必ず言っている。千夏にも同じように忠告してきたはずだった。
僕はビールのグラスを置き、ゆったりと足を組んだ。
「なら、別れるか?」
「なっ……」
千夏が目を見開く。
「僕はどちらでも構わない。ただ君を好きになれと言われても、それは無理だと断言できる」
千夏は青ざめた顔色でいたが、やがてテーブルに涙を一滴落とした。
「別れようじゃなくて、別れるか?なのね。あなたは卑怯だわ
「……」
「一樹、あなたは誰かを好きになったことがあるの? 」
「……」
「ないんでしょう。そうじゃなきゃこんな真似」
「……あるさ。結婚するはずだった。すごく、好きだった」
千夏が息を呑み沈黙が伸し掛かる。僕は傍らの窓の外に目を向けた。
「けど、振られた。僕が馬鹿だったんだ」
そして、彼女は他の男を選んだ。ただ寝取られたと言い切るには、あまりに重い相手だった。僕は瑠奈の情に付け込んだその男と、彼女を傷つけた自分自身の言動を、今でも決して許せないでいる。憎んでいるといってもいいくらいだ。
瑠奈は展望台での別れの際に笑っていた。笑いながら目を潤ませ、泣くまいとしていた。僕は今でもあの顔が忘れられない。彼女にどれだけ拒絶されようが、強引にでも連れていくべきだったのだ。瑠奈があの男のために幸せに背をそむけ、暗い穴へと自ら落ちていく前に――。
千夏は黙り込み僕をじっと見つめていたが、やがて「そう」とどこか諦めた声で呟いた。
「誰も好きになれない人だと思っていたのに、あなたも恋ができる人だったのね。だったらわたしがさよならを言うしかないじゃない……。わたしもそこまで報われない女のままではいたくないもの」
バッグを手に取り財布から紙幣を一枚取り出す。
「これでさようなら……ね。あなたがいつかまた好きになれる人に出会えますようにって、わたしも祈っておいてあげる」
「千夏」
「何よ」
僕は差し出された紙幣を彼女の前に押し戻した。
「……好きになれなくてすまなかった」
「一樹……」
千夏の顔がくしゃりと崩れた。
「最後までずるい男」
終わりはいつも呆気ない。本気であれ遊びであれ、それだけは変わらなった。
――あれから真剣な恋愛をできなくなっているように思う。誰かを好きになりたいと思っても、心のどこかでストッパーがかかってしまう。
品川にある行きつけのブリティシュ・パブ店内は、カップルや学生、サラリーマンに溢れている。金曜日の夜で居酒屋感覚だからなのか、テーブル席にはビールのグラスやつまみのピザが多い。右のテーブルからも左のテーブルからも同じチーズの焦げた香りがする。そして、僕らカップルもその中の一組と言うわけだ。ただし、テーブルにある料理にもドリンクにも一切手は付けられてはいない。二人の間に漂う雰囲気は和やかでも甘くもない。
自動ドアがまたもや開き何人か客がやって来る。同時に流れ込む外の空気に僕は思わず顔を上げた。つい人ごみの中にここにはいない女の子を探してしまう。あのさらさらした栗色の髪の持ち主を探してしまう。そんな僕の態度に苛立ったのか、テーブル向かいに座る女が――千夏が声を荒げテーブルを叩いた。
「またよそ見をしているのね。一樹、今日くらいはちゃんとわたしを見て」
苛立たしげな声に僕は目を元に戻す。千夏の普段はクールなその顔には、今日は怒りと哀しみが入り混じっていた。品よく茶に染めたショートヘアに整った顔立ち、こなれたメイクがそれを引き立てている。背が高くスタイルがいいからか、ベージュのパンツスーツがよく似合っていた。
千夏は僕が半年間付き合ってきた女だ。ショットバーで知り合い、割り切った関係で始まった。ところが千夏は近ごろ僕の心を求め始め、僕はそろそろ潮時かと思い始めていたのだ。僕には千夏にこれと言って恋愛感情はない。見た目が好みだったと言うだけの話だった。
やれやれと溜息を吐き温いビールを一口飲む。こうも千夏の一方的な話が長引くのなら、一度マンションに帰るべきだったと感じた。スーツにパブでの料理や煙草の匂いが染み込むのは好ましくない。
「それで要点はなんなんだ? さっさと言ってくれ。初めに寝る以外の付き合いは、ルール違反だと決めたはずだろ」
「……っ」
千夏の顔が苦しげに歪んだ。ルージュの塗られた唇から、小さな声が漏れ出る。
「わたしから付き合ってくれって言ったから、仕方がないとは思っているわ。でも、人の心は変わっていくでしょう。一樹、わたしはあなたが好きよ。あなたはわたしを少しも好きではなかったの?」
ああ、またかと僕は内心舌打ちをする。セックスフレンドのままでと約束を交わしていても、どの女もこうして「恋」や「愛」や、そんな感情を体の間に入れたがるようになる。なら、初めから僕ではない誠実な男を選ぶべきだ。そんな男は世の中にいくらでもいるだろう。
僕は女を騙しほくそえむ趣味は一切ない。だからこそ僕に言い寄る女には、「恋人にはなれない」と必ず言っている。千夏にも同じように忠告してきたはずだった。
僕はビールのグラスを置き、ゆったりと足を組んだ。
「なら、別れるか?」
「なっ……」
千夏が目を見開く。
「僕はどちらでも構わない。ただ君を好きになれと言われても、それは無理だと断言できる」
千夏は青ざめた顔色でいたが、やがてテーブルに涙を一滴落とした。
「別れようじゃなくて、別れるか?なのね。あなたは卑怯だわ
「……」
「一樹、あなたは誰かを好きになったことがあるの? 」
「……」
「ないんでしょう。そうじゃなきゃこんな真似」
「……あるさ。結婚するはずだった。すごく、好きだった」
千夏が息を呑み沈黙が伸し掛かる。僕は傍らの窓の外に目を向けた。
「けど、振られた。僕が馬鹿だったんだ」
そして、彼女は他の男を選んだ。ただ寝取られたと言い切るには、あまりに重い相手だった。僕は瑠奈の情に付け込んだその男と、彼女を傷つけた自分自身の言動を、今でも決して許せないでいる。憎んでいるといってもいいくらいだ。
瑠奈は展望台での別れの際に笑っていた。笑いながら目を潤ませ、泣くまいとしていた。僕は今でもあの顔が忘れられない。彼女にどれだけ拒絶されようが、強引にでも連れていくべきだったのだ。瑠奈があの男のために幸せに背をそむけ、暗い穴へと自ら落ちていく前に――。
千夏は黙り込み僕をじっと見つめていたが、やがて「そう」とどこか諦めた声で呟いた。
「誰も好きになれない人だと思っていたのに、あなたも恋ができる人だったのね。だったらわたしがさよならを言うしかないじゃない……。わたしもそこまで報われない女のままではいたくないもの」
バッグを手に取り財布から紙幣を一枚取り出す。
「これでさようなら……ね。あなたがいつかまた好きになれる人に出会えますようにって、わたしも祈っておいてあげる」
「千夏」
「何よ」
僕は差し出された紙幣を彼女の前に押し戻した。
「……好きになれなくてすまなかった」
「一樹……」
千夏の顔がくしゃりと崩れた。
「最後までずるい男」
終わりはいつも呆気ない。本気であれ遊びであれ、それだけは変わらなった。
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