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第2部
18.黄昏と枯葉(4)
大地君と知り合って二ヶ月が過ぎた。木々が葉を黄やオレンジに染め始める。そのころひとつの転機が僕と瑠奈、そして大地君とにやってきた。
その日も大地君は僕に抱き上げられ、窓からお気に入りのあの木を見下ろしていた。瑠奈は大地君の枕のタオルケットを替えながら、そんな僕たち2人を微笑んで眺めていたのだ。
「一樹君と大地は仲がいいね。そうしているとまるで」
途中はっと口をつぐみ、タオルケットを胸に抱きかかえる。
「……何でもない。ちょっと一階のコインランドリー行ってくるね。一樹君、大地のことお願い」
「ああ、分かった」
瑠奈はタオルと大地君のパジャマを手に病室を出ていった。
何気ないやりとりがひどく嬉しかった。
瑠奈はすっかり僕に心を許している。ひと時とは言え大事な一人息子をこうして預けるほどだ。確実に距離は縮まっている。後はタイミングだけだろう。ただ、そのタイミングが難しい。
そんなことをつらつらと考えながら、中庭を見るともなしに見下ろしていると、大地君が力なくぽつりと呟いた。
「はと、こないね」
いつもの明るさはなく声が明らかに沈んでいる。大地君の目線を何気なく辿ると、あの空っぽの鳩の巣があった。鳩は通常春と秋に子育てをする。巣の再利用も珍しくはない。秋になればまた親が巣に戻るのではないのかと、大地君は楽しみに待っていたのだ。
「みたかったな……。おとうさんのはとと、おかあさんのはとと、こどものはと。いちどでいいからみてみたかった……」
「大丈夫だよ。来年の春には来るさ」
僕の励ましに大地君は力なく笑った。
「うん、そうだね。らいねんは……きっと」
僕の肩にぎゅっと頬を押し付ける。その小さな体が小刻みに震えていることに、僕はすぐに気が付き痩せた背をさすった。
「ぼくもらいねん、ここにいられるといいな」
「大地君……」
やはり大地君は自分の余命が短いかもしれないと分かっていた。どれだけ知能指数が高かろうが子どもは子どもだ。暗闇の世界へ旅立つことは何よりも怖いに違いない。病院に閉じ込められ純粋培養で育った分、死への恐怖もより純粋に感じ取ってしまうだろう。
僕は大地君の心境を想像し堪らない気持ちになった。両親が玉突き事故の巻き添えとなって亡くなり、病院でたったひとりシーツに包まり泣いた夜を思い出す。
あの時僕はどんな言葉をかけて欲しかった?
僕は大地君に子どものころの自分を見出していた。
「……大地君、怖いなら恐いと言っていいんだ。お母さんを心配させたくないなら僕にでもいい」
大地君はびくりと身を震わせた。
「君はもっと甘えてもいい。泣いても怒ってもいい。いい子である必要なんてない」
僕は言葉を切り小さな体を抱き締める。
「君がどんな子でも構わない。お母さんだってそう考えているだろう。だから、まず元気になろう」
「……っ」
「来年は外で鳩の巣を一緒に見上げよう。動物園にも水族館にも行こう。大地君、僕と約束をしてくれないか? お母さんのためにも君自身のためにもまず元気になろう。君は」
腕に力を込め確かな思いを持って告げる。
「君は僕が必ず守る」
僕は既に瑠奈への思いとは別のところで、大地君を死なせたくないと考えていた。
――この子は昔の僕だ。
「だから、大丈夫だ」
「……」
「僕が必ず君を助ける」
嘘ではないのだと分かるよう、何度も耳元に言い聞かせる。
「大丈夫だ」
大地君はしばらくの間黙っていたが、やがて小さなしゃっくりをひとつすると、僕の肩に熱い涙を落とし首に手を回した。
「ほんとうは、こわかった……」
「うん」
「しゅじゅつのあと、すごく、いたかった」
「……うん」
「おくすりをのむと、くるしかった」
「ああ」
「こわかったんだよぅ……」
五年間溜めてきた涙が次々と零れ落ちる。僕はその背を撫でながら思った。松本さんから初めて大地君の存在を聞かされた時には、この子を憎んでしまわないかと不安だった。杞憂だったなとつい苦笑いを浮かべる。
僕はきっとこの子を受け入れられる。もうこの温もりを大切に感じているのだから。
その日も大地君は僕に抱き上げられ、窓からお気に入りのあの木を見下ろしていた。瑠奈は大地君の枕のタオルケットを替えながら、そんな僕たち2人を微笑んで眺めていたのだ。
「一樹君と大地は仲がいいね。そうしているとまるで」
途中はっと口をつぐみ、タオルケットを胸に抱きかかえる。
「……何でもない。ちょっと一階のコインランドリー行ってくるね。一樹君、大地のことお願い」
「ああ、分かった」
瑠奈はタオルと大地君のパジャマを手に病室を出ていった。
何気ないやりとりがひどく嬉しかった。
瑠奈はすっかり僕に心を許している。ひと時とは言え大事な一人息子をこうして預けるほどだ。確実に距離は縮まっている。後はタイミングだけだろう。ただ、そのタイミングが難しい。
そんなことをつらつらと考えながら、中庭を見るともなしに見下ろしていると、大地君が力なくぽつりと呟いた。
「はと、こないね」
いつもの明るさはなく声が明らかに沈んでいる。大地君の目線を何気なく辿ると、あの空っぽの鳩の巣があった。鳩は通常春と秋に子育てをする。巣の再利用も珍しくはない。秋になればまた親が巣に戻るのではないのかと、大地君は楽しみに待っていたのだ。
「みたかったな……。おとうさんのはとと、おかあさんのはとと、こどものはと。いちどでいいからみてみたかった……」
「大丈夫だよ。来年の春には来るさ」
僕の励ましに大地君は力なく笑った。
「うん、そうだね。らいねんは……きっと」
僕の肩にぎゅっと頬を押し付ける。その小さな体が小刻みに震えていることに、僕はすぐに気が付き痩せた背をさすった。
「ぼくもらいねん、ここにいられるといいな」
「大地君……」
やはり大地君は自分の余命が短いかもしれないと分かっていた。どれだけ知能指数が高かろうが子どもは子どもだ。暗闇の世界へ旅立つことは何よりも怖いに違いない。病院に閉じ込められ純粋培養で育った分、死への恐怖もより純粋に感じ取ってしまうだろう。
僕は大地君の心境を想像し堪らない気持ちになった。両親が玉突き事故の巻き添えとなって亡くなり、病院でたったひとりシーツに包まり泣いた夜を思い出す。
あの時僕はどんな言葉をかけて欲しかった?
僕は大地君に子どものころの自分を見出していた。
「……大地君、怖いなら恐いと言っていいんだ。お母さんを心配させたくないなら僕にでもいい」
大地君はびくりと身を震わせた。
「君はもっと甘えてもいい。泣いても怒ってもいい。いい子である必要なんてない」
僕は言葉を切り小さな体を抱き締める。
「君がどんな子でも構わない。お母さんだってそう考えているだろう。だから、まず元気になろう」
「……っ」
「来年は外で鳩の巣を一緒に見上げよう。動物園にも水族館にも行こう。大地君、僕と約束をしてくれないか? お母さんのためにも君自身のためにもまず元気になろう。君は」
腕に力を込め確かな思いを持って告げる。
「君は僕が必ず守る」
僕は既に瑠奈への思いとは別のところで、大地君を死なせたくないと考えていた。
――この子は昔の僕だ。
「だから、大丈夫だ」
「……」
「僕が必ず君を助ける」
嘘ではないのだと分かるよう、何度も耳元に言い聞かせる。
「大丈夫だ」
大地君はしばらくの間黙っていたが、やがて小さなしゃっくりをひとつすると、僕の肩に熱い涙を落とし首に手を回した。
「ほんとうは、こわかった……」
「うん」
「しゅじゅつのあと、すごく、いたかった」
「……うん」
「おくすりをのむと、くるしかった」
「ああ」
「こわかったんだよぅ……」
五年間溜めてきた涙が次々と零れ落ちる。僕はその背を撫でながら思った。松本さんから初めて大地君の存在を聞かされた時には、この子を憎んでしまわないかと不安だった。杞憂だったなとつい苦笑いを浮かべる。
僕はきっとこの子を受け入れられる。もうこの温もりを大切に感じているのだから。
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