太陽と月の禁断

東 万里央(あずま まりお)

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第2部

22.薔薇と真紅(2)

 僕は木々や花々の美しさを堪能しながら、小道をゆっくりと歩いて行った。視界の鮮やかさに反比例するかのように、庭園に音はほとんどなく静まり返っている。時折小道に紛れ込む枯れ葉だけが、風に吹かれカサリと音を立てた。

 東屋はどこかと辺りを見回していると、小道の向こうの濃い紅の塊が目に入る。突然現れた鮮烈な色彩に驚いたが、それが無数の蔓薔薇の絡みつく東屋だと知り、僕は一気に背筋が伸びるのを感じた。一歩、一歩、東屋に近付いていく。

 東屋はビクトリア時代の英国の少女の持つ、可愛らしい鳥籠にも似た造りだった。細かな鉄格子でできた八角形の筒の上に、唐草の細工のこらされたドームが乗っている。

 その開け放たれた入口の間近に、見知った男がひとり佇んでいた。格子に絡みつく蔓薔薇の花弁に触れている。血のような薔薇の真紅と男の髪の黒の組み合わせが異様に美しい。まったく花が似合う男とは何事だと呆れてしまった。

 僕は数メートルの距離を取り立ち止まった。

「――陽君」

 六年ぶりにその名前を呼ぶ。男は、樋野陽はゆっくりと僕を振り返った。やはり美貌に目を奪われてしまい、初めて会ったあの日の衝撃を思い出す。女に生まれていればどれほど多くの心を捉えたことか。母親そっくりだとも思うが、儚げで今にも消え入りそうにも見えたあの人とは違い、この男からは荒涼とした大地を踏み締め、その先を見据える意志のようなものを感じた。

 高野さんによればこの男は僕と同じK大の法学部を卒業し、現在は自宅で家業のアドバイザーをやっているのだそうだ。大学院への誘いや企業からのオファーもあったが、すべて断ってしまったのだと言う。神戸から出るつもりは一切ないそうだ。ここに骨を埋めるつもりなのだろうか。僕より二歳も年下だと言うのに、すでに世捨て人のように思えた。

 樋野陽は僕に目を向けぞっとするほど美しい微笑みを浮かべる。

「一樹さんのスーツ姿は初めてですね」

 似合っていますよ、と見え透いたお世辞を言った。一方のこの男はジーンズにシャツの軽装だ。それでもその美しさを損なうどころか、映えるものにしかしていない。僕は忌々しい気分になりながらも答える。

「ああ、仕事を早退してきたからな」

 樋野陽は肩を竦め軽く頭を下げた。

「それは申し訳ありませんでした」

 心にもないことをと白々しくなってしまう。それでも僕は目的を果たすべく淡々とその結果を告げた。

「一週間前瑠奈にプロポーズをした。……三日前OKの返事をもらった」
「……」

 奴の表情は変わらない。顔色も、睫毛の一本も動かさない。

「来年アメリカに連れて行く。もちろん大地君も一緒だ。式と入籍は十二月に行う。君は出席するつもりはないだろう?」
「……」
「何か言いたいことはないのか」

 時が過ぎるのとともに苛立ちが僕の胸に募る。ああそうだ、と僕はようやく自覚する。僕はここに結婚の報告をしに来たわけでも、勝利の宣言をしに来たわけでもない。ただこの男に聞きたかったのだ。

「陽君、なぜ瑠奈を手放した?」

 六年前、この男は両親を死に追いやってまで、実の姉を、瑠奈を手に入れたかったはずだ。なのに、なぜあんな状況の瑠奈を放っておくのかが分からなかった。瑠奈は「自分が悪い」と言うばかりで何も話してはくれない。

「……僕は君の本気を一番よく知っている。だからこそなぜ僕にみすみす渡すのかが分からない。どうせ僕が大地君の見舞いに行っていることは、高野さんから聞いて知っていたんだろう?」
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