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第2部
25.薔薇と真紅(5)
それから一ヶ月は瑠奈の東京への引っ越し、ビザの取得に大地君の転院の手続き、僕の会社への入籍の報告と渡米の手続き、結婚式の準備にとおおわらわだった。
瑠奈は結婚式だなんて贅沢すぎる、婚姻届けだけでいいと言っていたのだが、僕がドレス姿を見たいのだと押し切った。参列者はマークとその奥さん、松本さんとその医師の恋人(!)だけだ。準備の期間が異様に短く、身内だけの式だと割り切っていたため、僕も瑠奈もそれでじゅうぶんだった。
結婚式の内容も簡素そのもので、ドレスと造花のブーケだけは専門店でレンタルしたが、メイクと着付けはマークの奥さんの担当。リングピローなどの細々とした小物は、瑠奈と松本さんが手分けをして作った。
そして冬の空に澄んだ紫の混じる青が広がる今日、僕と瑠奈との結婚式が行われることになった。会場は神戸の街外れにあり、歴史はあるが有名でも観光地でもない、小さなカトリック教会だ。
いよいよ結婚式まであと一時間だ。僕は花嫁の控室をノックした。
「はい、どうぞ」
瑠奈の代わりにマークの奥さんが応える。僕はゆっくりと扉を開け思わず息を呑んだ。
「ふふふ、惚れ直したでしょう?」
マークの奥さんがしてやったりと言った風に微笑む。
「素材がいいから腕が鳴ったわ~。ブライダルにも進出しようかしらねぇ」
マークの奥さんは著名なメイクアップアーティストだ。普段はコレクションのモデルなどを担当し、スクールや事務所の運営も手掛けている。そんなプロ中のプロに仕上げられたのだ。きれいにならないはずがなかった。
瑠奈はドレッサー前の椅子に腰かけ微笑んでいた。信じられないくらいきれいな瑠奈がそこにいた。世界で一番きれいな花嫁に違いないと思った。
「大丈夫? おかしくないかな?」
瑠奈は照れ臭さ半分、不安半分と言った風に尋ねる。
細い首から腰までは純白のレースに覆われ、足元までふわりとスカートが広がっている。栗色の髪は緩やかに結い上げられ、ドレスに負けないくらい白い肌が映えていた。唇には桜色のルージュが塗られている。
「……おかしくなんかない」
僕は瑠奈から目が離せなかった。
「すごく、きれいだ」
言葉がそれしか出てこない。
マークの奥さんは僕と瑠奈の顔を交互に見ていが、やがて空気を読みニヤリと笑いメイク道具を仕舞った。
「じゃ、しばらくごゆっくり。十分前になったら呼びにくるわ」
瑠奈は前に立った僕を見上げた。
「一樹君、タキシードすごくかっこいいね。モデルさんみたい」
目を細めニコニコと笑う。
「そうかな。落ち着かないよ」
僕は苦笑しながらも瑠奈の前に跪いた。華奢な両手を取り包み込む。
「い、一樹君?」
僕は縋るように瑠奈の栗色の瞳を見上げた。傍から見れば懺悔の姿勢にも見えたかもしれない。実際、ある観点から見れば懺悔ではあったのだ。僕はこの一ヶ月、溜めに溜めていた本音を吐き出した。
「瑠奈、僕は君に謝らなければならない。僕は君を金で買ったようなものだと思う」
「……」
「あんな脅しみたいな真似をしておいて、僕を好きになれとは言わない。ただ僕と、君と、大地君の三人で家族になれればと思っている。ここで改めてプロポーズをしたいんだ。もう一度返事をくれないだろうか?」
瑠奈は僕から目を逸らさなかった。やがて柔らかな微笑みを浮かべ、僕の手を緩やかに解くと、今度は自分の手で包み込む。瑠奈の手は小さく温かかった。
「一樹君が正直に言ってくれたから、わたしもぜんぶ正直に言うね」
瑠奈は僕の目を覗き込んだ。
「大地を助けてくれるって言っただけで、プロポーズを受けたわけじゃないの。わたし自身が嬉しかったのも本当なの。ふつうにお嫁さんになれるなんて、ぜんぜん思っていなかったから……」
横の窓から冬の淡い日の光が差し込み、純白に包まれた姿をより清らかに輝かせた。瑠奈の指にかすかに力が籠められる。
「一樹君のこともきっとまた好きになる。わたしもあなたを幸せにしたい。だけど、少しだけ… 少しだけ待ってくれる?」
瑠奈の言葉からは確かな意志が感じられた。栗色の瞳に涙が浮かんでもいる。
「……ありがとう」
僕も瑠奈の手を強く握り返す。同時に、涙を二度と流させない男でありたいと思った。
「それでじゅうぶんだ」
僕と瑠奈はあの男とのように絶対的な繋がりはない。一歩間違えばすぐにすれ違い別れてしまう他人だ。だからこそこれから築き上げていけるものがある。
――そう信じたかった。
瑠奈は結婚式だなんて贅沢すぎる、婚姻届けだけでいいと言っていたのだが、僕がドレス姿を見たいのだと押し切った。参列者はマークとその奥さん、松本さんとその医師の恋人(!)だけだ。準備の期間が異様に短く、身内だけの式だと割り切っていたため、僕も瑠奈もそれでじゅうぶんだった。
結婚式の内容も簡素そのもので、ドレスと造花のブーケだけは専門店でレンタルしたが、メイクと着付けはマークの奥さんの担当。リングピローなどの細々とした小物は、瑠奈と松本さんが手分けをして作った。
そして冬の空に澄んだ紫の混じる青が広がる今日、僕と瑠奈との結婚式が行われることになった。会場は神戸の街外れにあり、歴史はあるが有名でも観光地でもない、小さなカトリック教会だ。
いよいよ結婚式まであと一時間だ。僕は花嫁の控室をノックした。
「はい、どうぞ」
瑠奈の代わりにマークの奥さんが応える。僕はゆっくりと扉を開け思わず息を呑んだ。
「ふふふ、惚れ直したでしょう?」
マークの奥さんがしてやったりと言った風に微笑む。
「素材がいいから腕が鳴ったわ~。ブライダルにも進出しようかしらねぇ」
マークの奥さんは著名なメイクアップアーティストだ。普段はコレクションのモデルなどを担当し、スクールや事務所の運営も手掛けている。そんなプロ中のプロに仕上げられたのだ。きれいにならないはずがなかった。
瑠奈はドレッサー前の椅子に腰かけ微笑んでいた。信じられないくらいきれいな瑠奈がそこにいた。世界で一番きれいな花嫁に違いないと思った。
「大丈夫? おかしくないかな?」
瑠奈は照れ臭さ半分、不安半分と言った風に尋ねる。
細い首から腰までは純白のレースに覆われ、足元までふわりとスカートが広がっている。栗色の髪は緩やかに結い上げられ、ドレスに負けないくらい白い肌が映えていた。唇には桜色のルージュが塗られている。
「……おかしくなんかない」
僕は瑠奈から目が離せなかった。
「すごく、きれいだ」
言葉がそれしか出てこない。
マークの奥さんは僕と瑠奈の顔を交互に見ていが、やがて空気を読みニヤリと笑いメイク道具を仕舞った。
「じゃ、しばらくごゆっくり。十分前になったら呼びにくるわ」
瑠奈は前に立った僕を見上げた。
「一樹君、タキシードすごくかっこいいね。モデルさんみたい」
目を細めニコニコと笑う。
「そうかな。落ち着かないよ」
僕は苦笑しながらも瑠奈の前に跪いた。華奢な両手を取り包み込む。
「い、一樹君?」
僕は縋るように瑠奈の栗色の瞳を見上げた。傍から見れば懺悔の姿勢にも見えたかもしれない。実際、ある観点から見れば懺悔ではあったのだ。僕はこの一ヶ月、溜めに溜めていた本音を吐き出した。
「瑠奈、僕は君に謝らなければならない。僕は君を金で買ったようなものだと思う」
「……」
「あんな脅しみたいな真似をしておいて、僕を好きになれとは言わない。ただ僕と、君と、大地君の三人で家族になれればと思っている。ここで改めてプロポーズをしたいんだ。もう一度返事をくれないだろうか?」
瑠奈は僕から目を逸らさなかった。やがて柔らかな微笑みを浮かべ、僕の手を緩やかに解くと、今度は自分の手で包み込む。瑠奈の手は小さく温かかった。
「一樹君が正直に言ってくれたから、わたしもぜんぶ正直に言うね」
瑠奈は僕の目を覗き込んだ。
「大地を助けてくれるって言っただけで、プロポーズを受けたわけじゃないの。わたし自身が嬉しかったのも本当なの。ふつうにお嫁さんになれるなんて、ぜんぜん思っていなかったから……」
横の窓から冬の淡い日の光が差し込み、純白に包まれた姿をより清らかに輝かせた。瑠奈の指にかすかに力が籠められる。
「一樹君のこともきっとまた好きになる。わたしもあなたを幸せにしたい。だけど、少しだけ… 少しだけ待ってくれる?」
瑠奈の言葉からは確かな意志が感じられた。栗色の瞳に涙が浮かんでもいる。
「……ありがとう」
僕も瑠奈の手を強く握り返す。同時に、涙を二度と流させない男でありたいと思った。
「それでじゅうぶんだ」
僕と瑠奈はあの男とのように絶対的な繋がりはない。一歩間違えばすぐにすれ違い別れてしまう他人だ。だからこそこれから築き上げていけるものがある。
――そう信じたかった。
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