太陽と月の禁断

東 万里央(あずま まりお)

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第2部

27.幸福と果実(1)

 翌年、僕たちは大地君の体調が安定するのを待ち、マークより少々早くアメリカへと渡った。大地君はさっそくニューヨークにある大学病院に入院し、僕と瑠奈はそこから車で二十分のマンションに引っ越した。タクシーでそのマンションに向かう途中、瑠奈は物珍しげに窓から辺りを見回していた。

 街を闊歩する様々な人種の人々、メトロポリタン美術館に、セントラルパーク、チュロ売りの屋台――活気ある都市の風景に魅せられていた。海外が初めてだと言う瑠奈は、見るもの、聞くもの、すべてが珍しいようだった。

 初日の夕食には瑠奈を驚かせ喜ばせたい一心で、出張でもよく来たステーキハウスに連れて行った。瑠奈は三十センチはあろうかと言う肉を目にし、「これじゃ、すぐ太っちゃう」――なんて驚いていた。「君はもっと太っていい」と僕が真顔で言うと、瑠奈は声を上げて笑い出した。高校時代の彼女の太陽のような笑顔に、僕は連れてきたのは正解だと感じていた。

 僕も、恐らく瑠奈も、日本ではどうしてもあの男を意識してしまう。だから、僕は二度と日本へ帰るつもりはなかった。こちらで仕事の実績を積み、いずれは機会を見て転職し、グリーンカードを取得した上で、永住するつもりだった。

 いわゆるギフテッドである大地君のためにも、将来健康になり学校に通うと仮定した上で、アメリカでの教育が合っていると踏んだのだ。日本であれば特殊なその才能は潰されてしまうだろう。甘くはないとは思うが、そのためならあらゆる努力を払うつもりでいた。

 瑠奈にその決意を話すと「じゃ、わたしも英語覚えなきゃね」と笑ってくれた。それから二人で一年の計画とライフプランを立てようと言うことになった。何事においてもまずは大地君の治療が優先された。ところが、僕と瑠奈は最初の段階で躓いてしまった。「大地君にいつ僕が父親だと言うべきか」――それが第一の課題であり最大の難所でもあった。



――そうして悩みながらも僕は仕事に、瑠奈は生活や英語の勉強に必死になり、結論を出せないまま、あっと言う間に三ヶ月が過ぎた。

 僕はその間瑠奈を抱いてはいなかった。寝室こそ同じだったが、ベッドは別々にしていた。信頼し、親友でもあった実の弟に監禁され、暴行され、あげくの果て妊娠までさせられたのだ。心のケアには同じだけの時間がかかるだろうと覚悟していた。事実、瑠奈は時折悪夢に魘されることがあった。「お願い」「もう止めて」と唇を噛み締め涙を流す。そうした時には僕が背を撫で大丈夫だと囁く。それでやっと深夜過ぎには眠ることができた。

 僕は瑠奈を日本人医師の心療内科に通わせ、深い心の傷が癒える日を待った。来なければ来ないで仕方がないとも思った。瑠奈への愛情だけではなく、そこには贖罪も含まれていたのだと思う。彼女を信じられずに罵り追い詰め、そんな環境へ追いやったのは僕だったのだから。

 だからこそ三ヶ月と一日目の金曜日の夜、瑠奈が僕に抱いてくれと懇願した時には、何が起きたのかと耳と目を疑ったのだ。
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