太陽と月の禁断

東 万里央(あずま まりお)

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第2部

28.幸福と果実(2)

 その日僕は仕事が珍しく深夜近くに終わり、シャワーを済ませすぐに休むつもりだった。瑠奈はダイニングにもリビングにもおらず、てっきり眠っているものかと思っていた。ところがベッドルームのドアを開けかけ、まだ明かりがついていることに気が付いたのだ。

「瑠奈……?」

 瑠奈はパジャマ姿のまま姿勢を正し、自分のベッドの上に正座していた。ちょこん、と言う擬音が似合いそうだった。僕の姿を目にした途端、なぜか三つ指をつき深々と頭を下げる。

「一樹君、お帰りなさい」

 瑠奈のパジャマはアメリカ人の大人用では大きすぎたため、子どもサイズなのだがそれでも大きい。瑠奈は日系の中でも童顔と言うこともあり、実際何度か子どもに間違われた。彼女は僕の妻でありすでに一児の母なのだと説明すると、なぜか僕が犯罪者を見る目つきで見られた。

 そんな彼女が突然覚悟を決めたと言った顔で鎮座しているのだ。何事かと思っても仕方がないだろう。

「瑠奈、どうしたんだ?」

 僕が彼女のベッドの端に腰を掛けると、瑠奈は四つん這いで僕に近付き、くいとパジャマの袖を引いた。

「あのう……そのう……」
「うん、何だ?」
「……て、ください」
「ん?」

 声が小さくよく聞こえない。

「わ、わたしを抱いてください!!」

――室内に沈黙が落ちた。

 茫然とする僕に向かい、瑠奈は必死に訴える。

「も、もう結婚して三ヶ月も経つから……」

 蚊の鳴くような声だった。僕の袖を掴む手は震えている。僕は苦笑し瑠奈の頭を撫でた。

「……無理しなくてもいい」

 瑠奈は気を使っているのだろう。恐らく大地君の医療費を支払い、生活の面倒を見る僕に負い目を感じているのだ。

 ところが、瑠奈は僕のそんな馬鹿げた考えを一蹴した。

「ねえ、一樹君。わたしね、三ヵ月間ずっと考えてきたんだ」

 手を伸ばし今度は僕の頬に触れる。

「わたしは一樹君の奥さんなんだよ。もう何も知らずに自分だけ安全な場所にいたくないの。陽には……みんな背負わせてしまった。なのに、またわたしだけ逃げて」

 ただ甘やかされるだけでは嫌なのだと瑠奈は言った。

「一樹君とちゃんと夫婦になりたいの。わたしも一樹君の辛い部分、苦しい部分を知って支えたい。今度こそ大事な人とは向き合いたいの。それにね……わたしも一樹君に触れたい」

 だからお願い、と瑠奈は呟く。

「あ、もしその気になれないって言うのなら、し、仕方がないけれども……」

 彼女にとっては一世一代の誘惑だったのだろう。言い終えるが早いか顔が茹蛸になっていた。頭からは湯気が吹き出しそうだ。一方、僕は瑠奈の指摘に愕然としていた。確かに僕は彼女を「可哀想」で「守るべき者」だと見なし、対等な位置づけで愛してはいなかったのだ。瑠奈はこれから僕と生きていくために、そうした関係を変えたいのだと言う。

「……」

 僕は腕を伸ばすと瑠奈の後頭部に手を当てた。

「本当に……大丈夫なのか?」

 栗色の瞳を覗き込み今一度確認する。

「僕も途中で止めるなんてできない」
「うん、分かっているよ」

 瑠奈は僕の背に手を回し、僕も瑠奈の背に手を回した。華奢な体をベッドに横たえ頬を覆う。瑠奈は僕を見上げ柔らかに微笑んだ。

「朝起きたら私の知らない一樹君の六年間を聞かせてくれる?」

 僕はかつての悪行を思い出し、バツの悪い顔をするしかなかった。

「……ろくなものじゃない」
「あ、わかった。女の人? 悪いことしていたんでしょう」

 呆気に取られる僕の顔を引き寄せ、「わたしだってもう大人なんだよ」、と瑠奈はくすくすと笑った。
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