太陽と月の禁断

東 万里央(あずま まりお)

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第2部

29.幸福と果実(3)

 僕たちはその翌日病院に大地君を見舞い、僕が本当の父親であるのだと嘘をついた。大地君はベッドの上で「そうなんじゃないかなとおもっていた」と笑った。僕が驚きなぜそう思ったのかと尋ねると、大地君――いいや大地は、瑠奈が席を外した隙に、僕にだけこっそり教えてくれた。

「おかあさんにいちどきいたことがあったんだ。もしかしておにいさんがぼくのおとうさん?って。そうしたらおかあさんはまっかになって、ぜったいにちがうっていうから、ぜったいにそうだっておもったんだ。だっておかあさんはうそをつくとき、おもしろいくらいひっしになるからね!」

――この時ばかりは瑠奈の素直な性格に感謝した。

 大地の無駄な推理力と相まって、真逆の結果を生んだらしい。

「そうか。君はもう知っていたのか。参ったな……」

 僕は困る振りをしながらベッドの端に腰を掛けた。大地はくすくすと笑いながら僕に手を伸ばすと、「おとうさん」とどこか遠慮がちに言った。僕は大地をひょいと抱き上げその背を撫でる。

「もう一度呼んでくれないかな?」

 大地は一瞬びくりと体を震わせると、今度は嬉しそうに耳元に囁く。

「ぼくの、おとうさん……」

 こうして僕たちはようやく家族としてのスタートを切ることができたのだ。



 それから二年間は僕も瑠奈もそれぞれ仕事に、勉強に、家事に、大地の見舞いにと多忙になった。嬉しいことに大地の病気は日々改善し、病院内を散策できるまでになっていた。大地が天才だと知った担当のルイス先生や病院が、治療に全面的に協力してくれたのが大きいだろう。

 大地が後一ヶ月で誕生日を迎えると言うころだった。人並みとは言えないが、大地も確実に成長し、抱き上げるのも重くなっていた。

『――順調ですね』

 回診を終えたルイス先生が笑顔で僕と瑠奈を振り返る。

『この分ですと一年もしないうちに自宅療養と通院に切り替えられると思いますよ』

 その宣告は僕たち家族にとって何よりの喜びだった。つい日本人のサガで揃って何度も頭を下げてしまう。

『ありがとう、ありがとうございます……!!』
『先生、ほんとうにありがとうございます!!』

 ルイス先生は満面の笑顔を見せてくれた。

『この瞬間のために僕は医師をやっているのだと実感するよ。ああ、そうだ、大地。もうすぐ君のバースデーだそうだね』

『うん!』

 大地は大きく頷きベッドから体を起こした。瑠奈は腰を屈め大地に日本語で問いかける。

「大地、今年の誕生日プレゼントは何がいい?本?ゲーム機?」
「ううん。本もゲームも要らない。その代わりにね……」

 大地は太陽のような笑顔を浮かべ、僕と瑠奈とを交互に見た。

「――僕はきょうだいが欲しい」

 思いがけないリクエストに僕と瑠奈はその場に固まった。

「弟でも妹でもいいんだ。二人は絶対に欲しい!」

 ルイス医師は日本語が分からず、大地が何を言っているのかと首を傾げていたが、僕たち夫婦の表情から大体の事情を察したらしい。HAHAHAと笑い僕の背をバンバンと叩いた。

『可愛い息子のためにもぜひ頑張りたまえ!! 実は僕ももうひとり欲しいと思っていたんだ。こうなれば子どもを同級生にしようじゃないか』



 その夜、僕らは同じベッドの中で今日の出来事を話していた。

「きょうだいかあ。ほんとうに驚いた」

 瑠奈はふふっと笑った。

「どうしたんだ?」

「ううん、ちょっと昔を思い出したの。わたしもきょうだいが欲しいって両親を困らせたんだ。それからしばらくして陽が弟だって知ってね……すごく……嬉しかったのを覚えている」

 瑠奈はどこか遠くを見ているかのような眼差しをしている。これがあの男を思い出している時だと気が付いたのは、いったいいつからだろうか。栗色の瞳に浮かぶ思いは喜びでも怒りでもない。哀しみが最も近いように思えた。僕はそんな瑠奈を目にするたびに、いつかどこかに、あの男のもとに行ってしまうのではないかと不安になる。

「……瑠奈」

 僕は瑠奈の体を抱き寄せた。

「君がよければだけど、大地にきょうだいをプレゼントしてやらないか。男の子でも女の子でもいい」

――僕たち二人の子どもが欲しい。

 僕はこの時強くそう思った。心だけではなく確かに血を繋ぐ絆が欲しかったのだ。瑠奈は僕の腕の中でしばらくじっとしていたが、やがて「うん」と小さく答え柔らかな微笑を浮かべた。

「わたしもそう思っていた」
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