太陽と月の禁断

東 万里央(あずま まりお)

文字の大きさ
80 / 90
第2部

35.夕陽と青空(4)

 瑠奈の体はアメリカで荼毘に付し、遺灰はD州にある墓地へと埋葬した。日本の四十川家の墓に納めようと言う話もあったのだが、それでは帰国の予定のない双子たちが墓参できなくなってしまう。結局、瑠奈はアメリカの地で永遠の眠りにつくことになった。

――ようやく葬儀のすべてが終わる。

 僕は参列者に向かって深々と一礼をした。

『それではこれにて故・四十川瑠奈の葬儀を終了いたします。本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございました』

 墓地にまで来た参列者には僕の同僚、瑠奈の友人、隣人と様々な人々がいたが、その中に見知った人影を見つけた。マークのあの日本人の奥さんだった。

 マークは三年前に亡くなっていたたが、七度目の正直であの奥さんと添い遂げていたのだ。日本で築いた何かもを捨てついてきた奥さんを、マークは生涯の伴侶として選んでいた。

 奥さんはぺこりと頭を下げ、瑠奈の墓前に腰を屈めた。最後に花を一輪供えると、「嫌なものね」とぽつりと呟く。

「年を取るって本当に嫌だわ。置いて行かれることが多くなるの。でも、まさか瑠奈ちゃんが私より早く亡くなるだなんて」
「……」
「マークもあの子もわたしが死んだ時にはあの世で待っていてくれるかしら?」

 答えを求めていたわけではなかったのだろう。奥さんは「やっぱりダメよね」と笑った。

「瑠奈ちゃんは一樹さんを待っていなくちゃいけないものね。わたしはマークひとりで我慢しておくわ」

 僕は奥さんの言葉に苦笑するしかなかった。なぜなら、瑠奈はきっと僕を待っていてはくれない。



 葬儀が終わり参列者も立ち去るころには、すでに辺りは薄暗くなっていた。双子はまだ涙を浮かべ瑠奈の墓を摩っている。

「お母さん、また来るね」
「すぐに来るからね」

 遺言により瑠奈の墓石は無宗教の飾り気のないシンプルなものだ。アルファベットで「LUNA AIKAWA」と生年月日、死亡年だけが刻まれている。僕は双子たちを慰めながら、じっとその名前を見つめていた。

「父さん」

 不意に大地が僕の肩を後ろから叩いた。

「大丈夫? 何だったら運転は僕がする」

 瑠奈と同じ栗色の瞳に気遣いの色が浮かんでいる。こいつは本当にあの男ではなく瑠奈に似たな、と苦笑せざるを得なかった。

「いいや、大丈夫だ。覚悟していたからな」

 大地の肩をぽんぽんと叩き返す。いつしかその背の高さは僕も、あの男すら追い越していた。子どものころにはあれだけ小さく痩せていたのに――十四歳ごろからぐんぐんと背が伸び始め、瑠奈と一緒に喜んだのを懐かしく思い出した。

「お前は明後日から仕事だろ?」
「ああ、父さんは?」
「僕は――」

 瑠奈との最後の時間を過ごすために取った休暇を利用し、しばらくは遺品などの整理をするつもりだった。ところが大地にそう答えようとした間際、胸の中の電話が小刻みに震え、ホルストの木星のメロディを奏で始めたのだ。

「ちょっと待っていろ」

 僕は大地に許可を取り電話を取った。番号は会社の代表になっている。

『はい、もしもし?』
『ハロー、社長。喪中に申し訳ありません。マンディです』

 僕の秘書のディアマンテ、通称マンディだった。僕は生前のマークからあの会社を譲り受け、現在いわゆる経営者をやっている。マンディはその補佐をよくしてくれていた。

『どうしたんだい』
『会社にさきほど日本からメールと電話が来たんですよ。社長の親族のおひとりの弁護士と名乗る方です。その親族の方が二日前亡くなられたそうで、その件についてぜひ伝えたいことがあるそうです』

 その弁護士は依頼をした人物が亡くなる数ヶ月前から、渡米後の僕たち一家の行方を捜索していたのだと言う。ありとあらゆる伝手をたどり、ようやく僕の勤務先だけは突き止めたのだそうだ。

『日本……弁護士?身内?』

 まさかと言う思いが閃いた。

『まさか、神戸からか?』
『えっ……はい。確かに日本のコーベのヒノ家の弁護士からです』

 マンディの声の声に戸惑いが混じる。なぜ分かったのかと聞きたいのだろう。

『社長や奥様とお話をしたいんだと言われました。ただ社長の現在の詳しい事情をお話しするのも憚られたので、後ほど本人から連絡をすると伝えておきました。電話番号とアドレス、念のために事務所の住所も控えてあります』
『……そうか』

 やっぱりと言う思いに溜息を吐く。

『ありがとう。連絡先は?うん……うん』

 マンディとの話が終わると、僕は顔を上げ電話を仕舞った。大地が一体何があったのかと目で訪ねてくる。僕は一瞬迷ったが、生前の瑠奈との約束通りに、大地には最後まで真実を告げないことに決めた。そう、大地は僕の息子だ。この二十年、瑠奈とともに育ててきた。それでいい。

「父さん?」
「今後の予定だけど……一度日本に帰ろうと思っているんだ。日本でも整理しなければならないことができた」

 すぐに弁護士に連絡を取り、「あの人」ともアポイントを取って、話を聞かなければならなかった。
感想 3

あなたにおすすめの小説

触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました

由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。 そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。 手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。 それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。 やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。 「お前に触れていいのは俺だけだ」 逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。 これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。

皇帝の愛妾を痛めつけたら、相手は皇帝の姉でした

由香
恋愛
後宮で最も愛された妃・麗華。 ある日、皇帝に寵愛される“謎の女”を敵と誤解し、手を下してしまう。 だが―― その正体は、皇帝の姉だった。 「……遅かったな」 すべてを失った後で知る、取り返しのつかない真実。 愛も地位も壊れた先に残るのは、静かな後悔だけ。 これは、「愛されたかった女」が、すべてを壊すまでの物語。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

藤白ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき