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第2部
35.夕陽と青空(4)
瑠奈の体はアメリカで荼毘に付し、遺灰はD州にある墓地へと埋葬した。日本の四十川家の墓に納めようと言う話もあったのだが、それでは帰国の予定のない双子たちが墓参できなくなってしまう。結局、瑠奈はアメリカの地で永遠の眠りにつくことになった。
――ようやく葬儀のすべてが終わる。
僕は参列者に向かって深々と一礼をした。
『それではこれにて故・四十川瑠奈の葬儀を終了いたします。本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございました』
墓地にまで来た参列者には僕の同僚、瑠奈の友人、隣人と様々な人々がいたが、その中に見知った人影を見つけた。マークのあの日本人の奥さんだった。
マークは三年前に亡くなっていたたが、七度目の正直であの奥さんと添い遂げていたのだ。日本で築いた何かもを捨てついてきた奥さんを、マークは生涯の伴侶として選んでいた。
奥さんはぺこりと頭を下げ、瑠奈の墓前に腰を屈めた。最後に花を一輪供えると、「嫌なものね」とぽつりと呟く。
「年を取るって本当に嫌だわ。置いて行かれることが多くなるの。でも、まさか瑠奈ちゃんが私より早く亡くなるだなんて」
「……」
「マークもあの子もわたしが死んだ時にはあの世で待っていてくれるかしら?」
答えを求めていたわけではなかったのだろう。奥さんは「やっぱりダメよね」と笑った。
「瑠奈ちゃんは一樹さんを待っていなくちゃいけないものね。わたしはマークひとりで我慢しておくわ」
僕は奥さんの言葉に苦笑するしかなかった。なぜなら、瑠奈はきっと僕を待っていてはくれない。
葬儀が終わり参列者も立ち去るころには、すでに辺りは薄暗くなっていた。双子はまだ涙を浮かべ瑠奈の墓を摩っている。
「お母さん、また来るね」
「すぐに来るからね」
遺言により瑠奈の墓石は無宗教の飾り気のないシンプルなものだ。アルファベットで「LUNA AIKAWA」と生年月日、死亡年だけが刻まれている。僕は双子たちを慰めながら、じっとその名前を見つめていた。
「父さん」
不意に大地が僕の肩を後ろから叩いた。
「大丈夫? 何だったら運転は僕がする」
瑠奈と同じ栗色の瞳に気遣いの色が浮かんでいる。こいつは本当にあの男ではなく瑠奈に似たな、と苦笑せざるを得なかった。
「いいや、大丈夫だ。覚悟していたからな」
大地の肩をぽんぽんと叩き返す。いつしかその背の高さは僕も、あの男すら追い越していた。子どものころにはあれだけ小さく痩せていたのに――十四歳ごろからぐんぐんと背が伸び始め、瑠奈と一緒に喜んだのを懐かしく思い出した。
「お前は明後日から仕事だろ?」
「ああ、父さんは?」
「僕は――」
瑠奈との最後の時間を過ごすために取った休暇を利用し、しばらくは遺品などの整理をするつもりだった。ところが大地にそう答えようとした間際、胸の中の電話が小刻みに震え、ホルストの木星のメロディを奏で始めたのだ。
「ちょっと待っていろ」
僕は大地に許可を取り電話を取った。番号は会社の代表になっている。
『はい、もしもし?』
『ハロー、社長。喪中に申し訳ありません。マンディです』
僕の秘書のディアマンテ、通称マンディだった。僕は生前のマークからあの会社を譲り受け、現在いわゆる経営者をやっている。マンディはその補佐をよくしてくれていた。
『どうしたんだい』
『会社にさきほど日本からメールと電話が来たんですよ。社長の親族のおひとりの弁護士と名乗る方です。その親族の方が二日前亡くなられたそうで、その件についてぜひ伝えたいことがあるそうです』
その弁護士は依頼をした人物が亡くなる数ヶ月前から、渡米後の僕たち一家の行方を捜索していたのだと言う。ありとあらゆる伝手をたどり、ようやく僕の勤務先だけは突き止めたのだそうだ。
『日本……弁護士?身内?』
まさかと言う思いが閃いた。
『まさか、神戸からか?』
『えっ……はい。確かに日本のコーベのヒノ家の弁護士からです』
マンディの声の声に戸惑いが混じる。なぜ分かったのかと聞きたいのだろう。
『社長や奥様とお話をしたいんだと言われました。ただ社長の現在の詳しい事情をお話しするのも憚られたので、後ほど本人から連絡をすると伝えておきました。電話番号とアドレス、念のために事務所の住所も控えてあります』
『……そうか』
やっぱりと言う思いに溜息を吐く。
『ありがとう。連絡先は?うん……うん』
マンディとの話が終わると、僕は顔を上げ電話を仕舞った。大地が一体何があったのかと目で訪ねてくる。僕は一瞬迷ったが、生前の瑠奈との約束通りに、大地には最後まで真実を告げないことに決めた。そう、大地は僕の息子だ。この二十年、瑠奈とともに育ててきた。それでいい。
「父さん?」
「今後の予定だけど……一度日本に帰ろうと思っているんだ。日本でも整理しなければならないことができた」
すぐに弁護士に連絡を取り、「あの人」ともアポイントを取って、話を聞かなければならなかった。
――ようやく葬儀のすべてが終わる。
僕は参列者に向かって深々と一礼をした。
『それではこれにて故・四十川瑠奈の葬儀を終了いたします。本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございました』
墓地にまで来た参列者には僕の同僚、瑠奈の友人、隣人と様々な人々がいたが、その中に見知った人影を見つけた。マークのあの日本人の奥さんだった。
マークは三年前に亡くなっていたたが、七度目の正直であの奥さんと添い遂げていたのだ。日本で築いた何かもを捨てついてきた奥さんを、マークは生涯の伴侶として選んでいた。
奥さんはぺこりと頭を下げ、瑠奈の墓前に腰を屈めた。最後に花を一輪供えると、「嫌なものね」とぽつりと呟く。
「年を取るって本当に嫌だわ。置いて行かれることが多くなるの。でも、まさか瑠奈ちゃんが私より早く亡くなるだなんて」
「……」
「マークもあの子もわたしが死んだ時にはあの世で待っていてくれるかしら?」
答えを求めていたわけではなかったのだろう。奥さんは「やっぱりダメよね」と笑った。
「瑠奈ちゃんは一樹さんを待っていなくちゃいけないものね。わたしはマークひとりで我慢しておくわ」
僕は奥さんの言葉に苦笑するしかなかった。なぜなら、瑠奈はきっと僕を待っていてはくれない。
葬儀が終わり参列者も立ち去るころには、すでに辺りは薄暗くなっていた。双子はまだ涙を浮かべ瑠奈の墓を摩っている。
「お母さん、また来るね」
「すぐに来るからね」
遺言により瑠奈の墓石は無宗教の飾り気のないシンプルなものだ。アルファベットで「LUNA AIKAWA」と生年月日、死亡年だけが刻まれている。僕は双子たちを慰めながら、じっとその名前を見つめていた。
「父さん」
不意に大地が僕の肩を後ろから叩いた。
「大丈夫? 何だったら運転は僕がする」
瑠奈と同じ栗色の瞳に気遣いの色が浮かんでいる。こいつは本当にあの男ではなく瑠奈に似たな、と苦笑せざるを得なかった。
「いいや、大丈夫だ。覚悟していたからな」
大地の肩をぽんぽんと叩き返す。いつしかその背の高さは僕も、あの男すら追い越していた。子どものころにはあれだけ小さく痩せていたのに――十四歳ごろからぐんぐんと背が伸び始め、瑠奈と一緒に喜んだのを懐かしく思い出した。
「お前は明後日から仕事だろ?」
「ああ、父さんは?」
「僕は――」
瑠奈との最後の時間を過ごすために取った休暇を利用し、しばらくは遺品などの整理をするつもりだった。ところが大地にそう答えようとした間際、胸の中の電話が小刻みに震え、ホルストの木星のメロディを奏で始めたのだ。
「ちょっと待っていろ」
僕は大地に許可を取り電話を取った。番号は会社の代表になっている。
『はい、もしもし?』
『ハロー、社長。喪中に申し訳ありません。マンディです』
僕の秘書のディアマンテ、通称マンディだった。僕は生前のマークからあの会社を譲り受け、現在いわゆる経営者をやっている。マンディはその補佐をよくしてくれていた。
『どうしたんだい』
『会社にさきほど日本からメールと電話が来たんですよ。社長の親族のおひとりの弁護士と名乗る方です。その親族の方が二日前亡くなられたそうで、その件についてぜひ伝えたいことがあるそうです』
その弁護士は依頼をした人物が亡くなる数ヶ月前から、渡米後の僕たち一家の行方を捜索していたのだと言う。ありとあらゆる伝手をたどり、ようやく僕の勤務先だけは突き止めたのだそうだ。
『日本……弁護士?身内?』
まさかと言う思いが閃いた。
『まさか、神戸からか?』
『えっ……はい。確かに日本のコーベのヒノ家の弁護士からです』
マンディの声の声に戸惑いが混じる。なぜ分かったのかと聞きたいのだろう。
『社長や奥様とお話をしたいんだと言われました。ただ社長の現在の詳しい事情をお話しするのも憚られたので、後ほど本人から連絡をすると伝えておきました。電話番号とアドレス、念のために事務所の住所も控えてあります』
『……そうか』
やっぱりと言う思いに溜息を吐く。
『ありがとう。連絡先は?うん……うん』
マンディとの話が終わると、僕は顔を上げ電話を仕舞った。大地が一体何があったのかと目で訪ねてくる。僕は一瞬迷ったが、生前の瑠奈との約束通りに、大地には最後まで真実を告げないことに決めた。そう、大地は僕の息子だ。この二十年、瑠奈とともに育ててきた。それでいい。
「父さん?」
「今後の予定だけど……一度日本に帰ろうと思っているんだ。日本でも整理しなければならないことができた」
すぐに弁護士に連絡を取り、「あの人」ともアポイントを取って、話を聞かなければならなかった。
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