太陽と月の禁断

東 万里央(あずま まりお)

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第2部

37.夕陽と青空(6)

 この墓地は日本には珍しく込み入らず広々としている。なだらかな丘陵に敷地を取り、周囲にビルや家々がないためか、頭上を遮るものがなく空が近い。空いた敷地や墓と墓の狭間には低木や植物が植えられ、物悲しい雰囲気を和らげている。

 墓石には様々な形があった。シンプルに十字架を象った墓もあれば、石を伏せやはり十字架と家名を刻んだもの、柩を模したようなものもあった。それぞれに個性や歴史があり、墓とは人間の最後の証明なのだと思わせられる。

 僕と高野さんはそんな終の棲家を見るともなしに見ながら、何も言わずにその狭間の小道をゆっくりと歩いて行った。二分ほど進んだところで、高野さんが前を見たまま呟く。

「一樹さんがこちらの墓参りに来たいらしいと弁護士さんから聞いた時には、お嬢様とお二人で来るのかと思っていました。ですから、事情をお聞きした時には驚きました。まさか、お嬢様もお亡くなりになっていたとは……」
「僕も驚きましたよ。まさか陽君もだなんて。まだ死ぬ年ではないでしょう?」

 そう、二人とも決して死んでいい年ではなかった。

「昨日樋野家の弁護士の方から陽君の遺言と、遺産の相続の話を聞かされたんです。さすがは腐っても樋野家の長男ですね。資産の評価額に腰を抜かしそうになりました」

 あの男は多額の動産と洋館を含む不動産を、僕と瑠奈の手に渡るよう遺言していた。樋野家の弁護士はその遺言の執行のために、手を尽くして僕たち夫婦を探していたのだそうだ。もっとも瑠奈は既にこの世にはいない。遺産をどうするのかは、夫の僕が考えることになった。

「僕は特に金を必要とはしていません。ですから、子どもたちに分配しようと考えています。大地はもちろんですが、杏奈と梨奈も瑠奈の血を引いていますからね。将来必要になった時のために、取っておくことにしました」
「そうですか。それがいいでしょうね」

 高野さんはやり切れないと言ったように首を振った。

「それよりお二人ともおれより九も下だったのに……キリスト教の神様ってのは、順番を間違えてお召しになるんですかね」
「瑠奈は肺ガンでした。陽君はどのような病気で?」
「……やはりステージⅢの肺ガンでした。二前に発覚して入退院を繰り返していました。最後には病院では死にたくないと、無理やりあの屋敷に返ってきたんですよ」

 僕は絶句するしかなかった。それでもどうにか声を絞り出す。

「まさか、夏ごろに発症したんですか?」
「ええ。発病の時期まで同じって、双子ってやつなんですかね。そんなところまで似なくていいでしょうに。おれがまだのうのうと生きているって言うのに……」

 高野さんは生前の樋野陽の紹介で、現在とある造園業に勤務しているのだそうだ。十二年前少々遅いが結婚もし、息子もひとり生まれており、それなりに上手くやっていけているのだと言う。

「陽様はご自分がいなくなった後も、おれが生きていけるよう手配してくださいました。現在はずいぶん待遇のいい会社で働かせていただいています。長年よくやってくれたからと、財産の一部を生前に贈与してくださいまして……。おかげさまで自宅も購入でき、親子三人何とかやっていけております。ただ、今でもなぜなのかと思いましてね……」

 高野さんは立ち止まり、僕を振り返った。

「陽様はそれまで病気のひとつもされなかったんです。もともと非常に丈夫な方でしたからね。それに年も取っているようにも見えなかった。ご自分の意志で途中で時を止めてしまわれたようでした」
「……」
「なのに、二年前死病にかかったんです」

 樋野陽は瑠奈とほぼ同じ病状を辿り、最後には「薔薇の間」と呼ばれる部屋の寝台で、誰にも看取られることなく死んだらしい。そして、明朝様子を見に来た高野さんが遺体を発見した。前日の深夜十二時には生きていたのだそうだ。その間に死んだのだろ言うと言うことだった。

「安らかなお顔をされていました」
「……」
「おれは先祖代々日蓮宗なので分かりませんが、天使でも迎えに来てくれたんですかね……」

 僕たちはまた無言になり小道を歩いて行く。途中、「樋野家」と刻まれた一際立派な墓石を見かけた。あれが恐らく瑠奈の実のご両親の墓なのだろう。けれども、高野さんはその前では立ち止まらなかった。

 樋野陽は樋野家の長男であるにも関わらず、両親と同じ墓地には入らなかったのだそうだ。やはり遺言により個人で墓地の一角を買い、そこに眠っているのだと言う。

 それから三分小道を進んだのち、高野さんは白い石で造られた、十字架の前で立ち止まった。

「こちらが陽様の墓です」
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