鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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八章 上洛

八.人質交換

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 翌日。疾風は島津へ、光征は北条へ、忠長は武田へ、一成は上杉…そして蒼司は岐阜城に行く。
「もう少し人手が欲しいですね…」
蒼司がぼやきながらも出仕しに行く。
子供達は修行に行き、睦月と拓須が指導に出る。屋敷には幼い童と女だけだ。
〈家臣か………居ればいいが…〉
そう言えば、あの近江の以舞いまいという女性にょしょうは強くて頼れそうだった。
〈しかし恐らくは武宮の側近だろうな……〉
翔隆は茶を飲んでから立ち上がる。
「散策に行ってくる」
「はい」
春や葵が答えたので、翔隆は屋敷を出た。
ついでに薬草でも摘もうと思い、籠を背負った。
町は賑わっていて人の通りも多い。
こんなにゆっくり散歩をするのも久し振りだ。
歩いていると、色々な事が思い浮かぶ。
各地で戦は起きていないだろうか?
あれから焔羅はどうなったのだろうか?
〈そう言えば…焔羅は何故時乃宮ときのみやを連れて行かなかったのだろうか?〉
篠姫の侍女との間に生まれた時乃宮は嫡男では無かったから、連れて行かなかったのだろうか?
そんな事を考えていたら、町を抜けてしまっていた。
「しまった…出てはいけないんだったな…」
翔隆は溜め息を吐きながらくるりと向きを変えて戻ろうとする。
…と、道の脇の茂みに人影を見付けて立ち止まる。
低木の奥の草むらに、這いつくばって気配も息も押し殺してこちらを見ている焦げ茶の髪の少年が居たのだ。
どうも肩や腹に深手を負っているらしい…。
翔隆はそっと近寄って声を掛ける。
「どうした?」
「!」
少年はビクリとして身を固める。
〈どこかの残党か…?酷い傷だな〉
そう思いながら話し掛ける。
「何処かの間諜か?」
「………」
「私はここ織田の家臣、篠蔦翔隆という者だ。そんな傷では動けまい」
「…あんた、とかいう一族に似ている」
「!狭霧にやられたのか?!」
「そうだ。わしは大友の乱破であったのだ…今まで一度たりとも失敗などした事はなかったのに、狭霧とかいう毛利の乱破に追われて、近江でもやられた…もう命運が尽きたのだ…」
少年は悔し涙を浮かべながら言う。
「毛利の…まだ居たのか」
「知っているのか?」
「その話は後だ」
そう言い翔隆は少年の側にしゃがんで、かなり出血している右肩に触れる。
何かされる! そう思い体を強張らせた次の瞬間、右肩の痛みが嘘のように無くなっていくので唖然として翔隆を見た。
「済まんな、完全に治してやれないが…」
「あんた、一体…」
少年は驚いて起き上がって座る。
あれ程痛み、動かなかった右腕が回せるまでに回復していた。
すると翔隆が微笑して言う。
「私はその狭霧一族の宿敵に当たる不知火一族の長だ。我々はこうした不思議な力を持っているのだよ」
「あの…ありがとう。こんな風に他人に優しくされたのは初めてだ」
「そうか。…どうする?大友に帰るのか?それなら手当てをしてやるが…」
「今更戻れん…戻ったとて殺されるだけだ…」
なんたる偶然…いや、これぞ天の導きと言うべきなのか?
翔隆はにっこり笑って言う。
「では、私に仕えないか?」
「え?」
「ちょうど家臣を探していた所なのだ!知行などは相談せねばならんのだが…なるべく、高くする」
「どんな仕事だ?」
「そうだな、乱破のお主ならば各地へ行ってもらうだろうから、狭霧とも戦う事になるが…」
「各地……退屈しないで済みそうだな」
「危険だが、どうだろうか?」
そう尋ねると、少年は笑って言う。
「ん…良し、決めた!あんたの家臣になる!わしは紅草いぬだけ雪之丞ゆきのじょう景臣かげおみ、年は十八!」
「そうか、宜しくな…私の所では皆、いみなを呼び合っているから、景臣と呼んでいいか?」
「ああ、っと、はい」
「では屋敷に行こうか」
翔隆は新たな家臣に肩を貸して歩いていった。
そんな翔隆の横顔を景臣は微笑して見る。
景臣は翔隆の不思議な魅力に惚れていたのであった。

 一方その頃。
樟美は景疾かげときに乗って尾張の屋敷に行っていた。
そこに残してある荷を取りに行っていたのだ。
図鑑にした本などを纏めて、岐阜へと帰る。
国境に差し掛かる時に、目の前に急に人が現れて樟美は慌てて馬を止める。
「!貴方は…!」
「久しいな樟美、息災で何よりだ」
そう言い微笑するのは、宿敵の長、焔羅その人だ。
「……!」
樟美は警戒して馬を下がらせる。
すると焔羅は近寄って馬の顔を撫でて言う。
「美濃に行くのか?」
「貴殿には関係の無い事。用が無いなら退いてくれ」
「それは淋しいな、樟美。仲良く暮らしていた仲ではないか。…いっその事、お前が長となれば安泰であろうに」
「…何が言いたい…?」
意味もなくそんな事を言う男では無い。
「そう怖がる事は無い。これから暮らすのだからな」
「何…?」
唐突過ぎてその言葉が理解出来なかった。
焔羅は更に続ける。
「私のは陽炎が連れて来られただけだった。私の存在が隠されていたからだが…結果として不知火に行ったから良かったのだろう」
その言葉で、樟美は焔羅が何をしに来たのかを悟った。
「嫡子が生まれたので連れて行こうというのか!」
「察しが良いのは好ましい」
焔羅は馬の轡を取る。
「冗談ではない!誰が行くものかッ!!」
「……では、お前まで翔隆のに従うのか?は掟に従っているというのに…?」
そう言われて樟美はぐっと息詰まる。
確かに掟を破っているのは父の翔隆であり、変えようとしているのも翔隆ただ一人。
掟の中には狭霧と共有する物もあるのだから、当然狭霧の長である焔羅が承知しなければ成り立たない事だ。
「ついでだから掟でも教えてやろうか?」
そう言い焔羅は狭霧の掟を教える。
狭霧の掟は七つ。
一つ、長の次男(嫡子)は不知火へ送る事
一つ、その長男を代理とし、一族を率いる事
一つ、世の動きの影で世を支配し、狭霧の天下を築く事
一つ、裏切りは大罪、死刑であるが、二度までは赦す事
一つ、長男は不知火より次男を連れ戻し、長とする事
一つ、掟は物事が分かる年に教える事
一つ、不知火の者が寝返りし時は受け入れる事
この七つ…特に破られるような掟でも無い。
不知火との差があるとすれば自由であるという所か。
不知火はやたらと拘束されているし、協調を重んじている。
それに対して狭霧はその時の長に決定権を委ねて一族を手放しにする事で和を築こうとしているように思える。
だから翔隆はその掟を変えるつもりになったのだろう。
〈やっと父上が岐阜へ戻ったというのに…!〉
自分が今捕まったらどうなってしまうのか…!
樟美が慌てて馬を降りると、行く手を阻まれる。
「大人しく来い」
「嫌だ!」
「仕方の無い…」
焔羅はピーッと指笛を吹く。
すると周りを四・五人の者に取り囲まれた。
「幼くとも手強いからな」
そう言い焔羅は打刀を抜いて樟美の首元に当てる。
「ーーー私は、狭霧の為になど働かんぞ!」
「構わん。従わぬのであれば幽閉するのみだ。その代わり、何一つする事は許さぬが…いいのか?」
「くっ…!」
逃げ場も無い…一族の力の覚醒もしていない樟美には抗うすべさえ無かった。


 紅草いぬだけ景臣を伴って屋敷に戻った翔隆は、両族の事や五つの主家の事、家臣や子の事を説明した。
夕方になって拓須と睦月が子供達と帰って来た。
…が、何故かその中に時乃宮の姿が無かった。
「…?時乃宮は?」
「…返した」
拓須が答える。
「返した…?何処に」
「焔羅の下に」
「何故急にそんな事を…」
「…頼まれたから連れて行ったのだ。煩い奴め…それと、浜名湖に来いと言っていたぞ。もう居るのでは無いか?」
「…!」
翔隆は何も言わずに飛び出した。


 月が真っ赤に輝いていた。
不吉な月夜の下、湖は静かに揺れていた。
遠江の浜名湖では、焔羅と陽炎が待っていた。
焔羅の腕には幼子が抱かれており、陽炎の足元には槍の刃を首元に置かれて立っている樟美の姿があった。
「樟美?!」
「父上…!」
近付こうとすると、陽炎は刃を樟美の首に近付けた。
翔隆は焔羅を睨み付けて叫ぶ。
「一体何の真似だ!?」
すると焔羅が冷静に言う。
もとづき、我が嫡男を引き渡そう」
「…っ!」
その一言で翔隆は樟美と同じ事に気が付く。
どうにかして焔羅を説得しなければ、一番変えたい掟を変えられないのだ!
「その掟について、話し合う気は無いか…?!」
「何を話し合う必要がある?」
「その掟を…っ」
「変えるつもりは無いぞ。我らは掟に従うまでだ」
「くっ…!どうあっても変えぬ気か?!」
「変えて何になるというのだ」
焔羅が片笑んで言う。
狭霧が掟を変える理由は一つも無いのだ。
ここで食い下がっても何にもならない…。
懇願しようが泣いて叫ぼうが何も変わらないのだーーー。
翔隆も樟美も、それを痛感した…。
〈なんと情けない長なのか…!〉
翔隆は己を恨む。
未だに焔羅を慕う自分が居る事にも腹が立つ。
焔羅なら、自分の言葉に耳を傾けてくれるのではないかと期待する自分が居るのだ。
そんな事はもう二度と無いというのにーーー。
「……分かった…」
「物分かりが良くなったな」
そう言って焔羅は笑う。
翔隆は樟美を真っ直ぐ見て言う。
「樟美…お前は、自分の信じる道を行け」
「父上…」
ここで、〝不甲斐無い父を許せ〟と言いたいのを、翔隆はぐっと堪えた。
まだ、樟美を迎えに行かない訳では無いからだ。
そして、出来る限り樟美が迷わずに生きて行けるように話す。
「狭霧に背けとも、狭霧の為に働けとも言わぬ。お前自身の目でよく狭霧を…そして不知火を見て行動するといい。どちらに付くかは、いつでも決められる」
「………」
「この掟ばかりは、どちらかが滅びぬ限り続くであろう……。樟美…達者で暮らせ」
翔隆はぐっと涙を堪えた。
「はい…っ」
樟美もまた、涙を堪えて答えた。
父として大事な息子を手放さねばならぬ辛さを味わって分かる悔しさーーー。
自分では、もう我が子を迎えてはやれないという事…。
それなのに、陽炎は自分が迎えても戻らないと言い張った…。
こんな男の側で、樟美は大丈夫だろうか…?
翔隆は陽炎を睨んでから焔羅を見る。
すると焔羅は抱いていた子を降ろす。
「さあ行け、存分に遊んで来るがいい」
「はい」
答えて幼子はとことこと翔隆の下へ歩いていく。
翔隆はそのただならぬ気を放つ幼子を見下ろす。
すると焔羅が気が付いて言う。
「まだ紹介もしていなかったな。名は羅刹、三歳だ」
「らせつ…〝悪鬼羅刹〟の羅刹か」
「そうだ」
「そうか…」
金髪に赤い瞳…確かに嫡男だ。
翔隆は惑いながらも、羅刹を抱き上げた。
「………」
そして済まなそうに樟美を見てから、歩き出した。
よりにも寄って人質交換をするなどと…しかもこんな形で行うとは思ってもみなかったので、翔隆は虚しさと苦しさで胸が張り裂けそうであった。
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