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八章 上洛
十.狭霧の中の不知火
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富士・樹海ーーー。
樟美は焔羅の命で京羅の末子である焉羅(四十九歳)が面倒を見る事となる。
焉羅は陽炎を見張る役目も受けているからだ。
慣れるまで当分は焔羅の側に居させる事が決定した。
富士の奥の館に焔羅と陽炎、京羅(七十二歳)、実兄の榻羅(六十四歳)と月奇羅(四十九歳)が集まって夕餉を取る。
すぐ側に京羅の子である弓駿(五十六歳)と景羅(五十三歳)、焉羅と榻羅の子の夭羅(四十八歳)と捷羅(四十六歳)、佳磨羅の子の由磨(三十歳)と磨仁(二十八歳)と志磨(二十七歳)、月奇羅の子の夜臥羅(三十二歳)と千世羅(三十歳)が居た。
樟美は黙したまま、ずっと部屋の隅に居る。
「樟美、いつまで端に居る気だ…」
焔羅が側に行って腕を掴むと、行くまいと抵抗した。
「…翔隆であれば、飯くらい食うぞ。いつ食えなくなるか分からんのだからな、ほら」
半ば引き摺って自分の横に座らせる。
樟美は涙ぐみながらも食べた。
その姿を見て陽炎は己の幼少期を思い出した。
〈確か俺もあんなだったな…〉
明日には子供達に会わせるとの事なので、樟美にも誰か友が出来るといいが、などと思った。
それがいかに甘い考えか、陽炎はまだ知らない。
翌日、焉羅が樟美を引っ張って子供達が勉学をする、左程寒くない風穴に連れて行く。
「皆、一度手を止めろ」
焉羅が言うと、子供達はピタリと動きを止めてしんとする。
「不知火の質である樟美だ…無下にするなよ」
そう言うと、白い目線が樟美に向けられた。
「はい」数名が答える。
「そうだな…荐羅、文字を教えてやれ」
焉羅は孫の荐羅に命じる。
「し、しかしお祖父様…」
「何だ」
「いえ…」
荐羅は何も言えずに俯く。
「では任せたぞ」
そう言い、樟美を置いて行ってしまう。
「あっ…」
樟美は突然置いていかれて立ち尽くす。
すると、奥から一門である由磨の長男の勝磨(十六歳)が出てくる。
「丁度いい所に来たじゃないか…遊んでやるよ」
そう言い樟美の腕を引っ張っていく。
「?!離せ!」
「ほら」
勝磨は一番薄暗い奥に連れて行く。
そこには、飄羅の孫の飄磨(十八歳)と飄河(十七歳)兄弟と、氷禺羅(十七歳)が居て、手慰みに女子供を犯していた。
「へえ、不知火なら何しても良さそうだな」
氷禺羅が言い、抱いていた女を離して近寄る。
「女みたいな面だな」
言われた瞬間、何をされるかを悟り樟美は後方を振り返る。
誰もこちらを見ていない…。
〈さっき何かを言い掛けたのは、こいつらの事か!〉
味方など誰も居ないのだから、我が身は自分で守るしか無いのだ…。
数刻後、風穴が騒がしいので焉羅が様子を見にくると、樟美が裸で短刀を握り締めて壁際に立っていた。
周りには怪我をしてうずくまる勝磨と飄磨と飄河…樟美と向かい合うのは氷禺羅だ。
「……犯ったのか?」
静かに焉羅が聞くと、氷禺羅がビクッとして見る。
見る限りは傷があるだけで大丈夫そうだが…。
焉羅は痛がってうずくまる小僧三人を蹴り飛ばし、氷禺羅を殴る。
「低俗な事ばかり身に着けおって…そんな事をしたければ実力を付けてからにしろ!」
そう叱りつけてから、更に氷禺羅の尻を蹴飛ばす。
「そいつらを連れて行け!」
「はいっ!」
氷禺羅は涙目で三人と共に慌てて出て行った。
すると焉羅は樟美の前にしゃがんで言う。
「愚かな従甥共が済まないな…無事か?」
「ふっ…ふっ………」
樟美は息を整えて焉羅を見る。
対して焉羅は優しい目で樟美を見ていた。
〈…この人は敵じゃない……〉
不知火の自分を蔑んでいないし、人質と哀れんでもいない。
ただ対等に接してくれているのが分かった。
樟美は口の中の血を吐き捨ててから、短刀を鞘に収める。
着物はビリビリに破かれていた。
樟美の動きから見て、貞操は守れたと悟り、焉羅は小袖を脱いで樟美に掛けてやる。
「これを着ていろ。…お前は、強いのだな」
「…父上の……翔隆のお陰です」
「…そうか。今着る物を用意させよう。荐羅…」
「はい」
答えて孫の荐羅が駆けていく。
皆が、どこか尊敬に似た眼差しを樟美に向けているのが分かる。
それもその筈だ。
誰も逆らったり抵抗したり出来なかった者達を、たった一人で相手をしたのだから。
焉羅は苦笑して樟美の傷を治してやった。
「…ありがとうございます」
「いや…」
その後は、荐羅の持ってきた着物を着せてから、焉羅が側に付いて樟美と皆の勉学を見た。
「何?!樟美が襲われた!?」
陽炎が驚く。
「はい、ですが相手を斬り伏せて大事には至らなかったようです。…父上、ちゃんとここでの暮らしを説明したんですか?」
次男の陽楼(二十四歳)が呆れたように言うと、陽炎はぐっと息詰まる。
「…まだだ……」
「無事だったから良かったものの、我ら不知火は狭霧にとって取るに足らない玩具なのだとお忘れですか?」
「…済まん」
「済まんじゃ済みませんよ!もういいです…私が行きます」
そう言って陽楼は歩き出す。
〈父上では宛にならん…〉
翔隆との話し合いすらまともにせずに、会えば戦って殺そうとしてばかりいると聞いている。
〈…いつになったら不知火に……いや、もう戻れないのやもしれんな…〉
一生、狭霧の中で暮らすしかないのだろうか…。
そう思いながら、陽楼は焔羅の館に向かった。
もう夕方なので、ここに居る筈なのだが…ここに来るのは冷や汗が出る程、緊張する…。
「し…失礼致します…樟美はこちらに居ますか?」
陽楼が震える手で戸を開けて聞くと、出て来た飄羅に蹴り飛ばされる。
「邪魔だ!」
飄羅は陽楼を見て更にガっと蹴り上げる。
孫の事で叱責を受けたので苛立っていたのだ。
すると中から月奇羅が来て止めた。
「やめぬか!」
「ふん!不知火如きが!」
飄羅が立ち去ると、月奇羅は陽楼に手を貸してやる。
「大事ないか?」
「はっ…」
陽楼は己の震える体を恥じて、すぐに立ち上がる。
月奇羅は何も言わずに中に入った。
「樟美、お前の従兄弟の陽楼だ」
そう言って月奇羅は隣の間に行く。
端に座っていた樟美が顔を上げると、陽楼が側に来て座る。
「陽炎が次男の陽楼だ…宜しくな樟美」
「陽炎の…」
頷いて陽楼は焔羅に一礼する。
「少し話をしてきて宜しいでしょうか?」
「ああ…遠くへは行かぬようにな」
焔羅は微笑んで言う。
それにまた一礼して、陽楼は樟美と外に出た。
誰も居ない森まで来ると、陽楼は樟美と共に岩の上に腰掛けた。
「…昼間は、災難だったな。大事無かったか?」
「はい…傷は、治してくれたので…」
「…父が、何も言わなくて済まないな。本来ならば、伯父としてお前の世話をしなければならんのに…全く困った人だ」
「いえ………」
〝伯父として〟…樟美はその言葉で、陽炎が自分の伯父なのだと改めて認識した。
「ここに居る間、子供相手にならば立ち回ってもいいが、大人にはなるべく目を合わせずに下座してやり過ごした方が利口だからな?」
「…先程の貴方のようにですか?」
「ああ……不知火など、取るに足らない存在だからな。蹴られたくなければ、父上…陽炎のように強くなり、一目置かれるようになる事だ」
「………陽炎も、昔はそうだったのですか?」
「そう聞いている。そんな姿、想像も付かないが……強くなるまでは、大人しくしている事だ」
そうやってずっと生きてきたのだと知り、樟美は唖然とする。
〈なんと弱い立場なのか…〉
そんな風に狭霧で生きなければならないとは…。
生きていけるのだろうか…?
いや、弟が迎えに来るまで生きなければならないのだ。
〈弟がーーー〉
いつ出来るとも分からない嫡子を、ただ待たねばならないなどと!
「…無理です。抗ってもいいのですよね?」
「頼むから、無茶はするな。殺されては意味が無いのだ…折角会えた従兄弟が辛い目に遭うのは見たくない」
そう言って陽楼は樟美の頭を撫でる。
〈この人は…陽炎とは違う…〉
とても優しく思いやりで溢れている。
「それから掟を教えなければな」
「掟なら教わりました」
「一つ、狭霧に送られた不知火の長子は、戦いでのみ不知火の嫡男との接触を許される」
「?!」
「これは、狭霧が取り決めた掟だ。こちらからは戦う事でのみ接近を許されているのだ」
それを聞いて樟美は驚愕する。
「では…陽炎は…」
「話し合う為に戦っている……筈なのだが、聞く話では本気で戦ってしまうようだな」
「ーーー」
そんな掟は聞いた事が無い。
それを知っていれば、翔隆とて態度が変わるだろうに、何故知らされていないのか?!
唖然として見ていると、陽楼は苦笑する。
「ただな、向こうから会いに来た時は戦わなくてもいいのだ。いくらでも話せるし、好きに外にも出られる」
「えっ?!」
「狭霧に戻るなら何処に行ってもいいのだそうだ。よく修隆様は、羽隆や清修様や清隆様と川に遊びに出掛けていたと聞いている」
「遊びに…?!」
それでも、迎えに来なかった…?
いや、掟を破って追放となったのでそのままになったのだろう、とすぐに分かった。
「………嫌な掟だよな。話し合いをしたいのはこちらなのに、こちらからは刃しか向けられぬなどと…互いに憎ませるように仕向けられているのだ…」
陽楼が眉をしかめて言う。
「貴方は、戻り…」
言い掛けると、焉羅が迎えに来た。
「もう戻れ。暗くなればお前の身も危うい」
「はい」
陽楼は一礼して去っていった。
途中、下座して蹴られている姿を見た…。
〈あの人達が不知火に戻るには、父上が迎えに来なければならないのだ…!〉
でなければ一生ここで暮らさなければならないのだ、と…ようやく樟美は理解した。
樟美は焔羅の命で京羅の末子である焉羅(四十九歳)が面倒を見る事となる。
焉羅は陽炎を見張る役目も受けているからだ。
慣れるまで当分は焔羅の側に居させる事が決定した。
富士の奥の館に焔羅と陽炎、京羅(七十二歳)、実兄の榻羅(六十四歳)と月奇羅(四十九歳)が集まって夕餉を取る。
すぐ側に京羅の子である弓駿(五十六歳)と景羅(五十三歳)、焉羅と榻羅の子の夭羅(四十八歳)と捷羅(四十六歳)、佳磨羅の子の由磨(三十歳)と磨仁(二十八歳)と志磨(二十七歳)、月奇羅の子の夜臥羅(三十二歳)と千世羅(三十歳)が居た。
樟美は黙したまま、ずっと部屋の隅に居る。
「樟美、いつまで端に居る気だ…」
焔羅が側に行って腕を掴むと、行くまいと抵抗した。
「…翔隆であれば、飯くらい食うぞ。いつ食えなくなるか分からんのだからな、ほら」
半ば引き摺って自分の横に座らせる。
樟美は涙ぐみながらも食べた。
その姿を見て陽炎は己の幼少期を思い出した。
〈確か俺もあんなだったな…〉
明日には子供達に会わせるとの事なので、樟美にも誰か友が出来るといいが、などと思った。
それがいかに甘い考えか、陽炎はまだ知らない。
翌日、焉羅が樟美を引っ張って子供達が勉学をする、左程寒くない風穴に連れて行く。
「皆、一度手を止めろ」
焉羅が言うと、子供達はピタリと動きを止めてしんとする。
「不知火の質である樟美だ…無下にするなよ」
そう言うと、白い目線が樟美に向けられた。
「はい」数名が答える。
「そうだな…荐羅、文字を教えてやれ」
焉羅は孫の荐羅に命じる。
「し、しかしお祖父様…」
「何だ」
「いえ…」
荐羅は何も言えずに俯く。
「では任せたぞ」
そう言い、樟美を置いて行ってしまう。
「あっ…」
樟美は突然置いていかれて立ち尽くす。
すると、奥から一門である由磨の長男の勝磨(十六歳)が出てくる。
「丁度いい所に来たじゃないか…遊んでやるよ」
そう言い樟美の腕を引っ張っていく。
「?!離せ!」
「ほら」
勝磨は一番薄暗い奥に連れて行く。
そこには、飄羅の孫の飄磨(十八歳)と飄河(十七歳)兄弟と、氷禺羅(十七歳)が居て、手慰みに女子供を犯していた。
「へえ、不知火なら何しても良さそうだな」
氷禺羅が言い、抱いていた女を離して近寄る。
「女みたいな面だな」
言われた瞬間、何をされるかを悟り樟美は後方を振り返る。
誰もこちらを見ていない…。
〈さっき何かを言い掛けたのは、こいつらの事か!〉
味方など誰も居ないのだから、我が身は自分で守るしか無いのだ…。
数刻後、風穴が騒がしいので焉羅が様子を見にくると、樟美が裸で短刀を握り締めて壁際に立っていた。
周りには怪我をしてうずくまる勝磨と飄磨と飄河…樟美と向かい合うのは氷禺羅だ。
「……犯ったのか?」
静かに焉羅が聞くと、氷禺羅がビクッとして見る。
見る限りは傷があるだけで大丈夫そうだが…。
焉羅は痛がってうずくまる小僧三人を蹴り飛ばし、氷禺羅を殴る。
「低俗な事ばかり身に着けおって…そんな事をしたければ実力を付けてからにしろ!」
そう叱りつけてから、更に氷禺羅の尻を蹴飛ばす。
「そいつらを連れて行け!」
「はいっ!」
氷禺羅は涙目で三人と共に慌てて出て行った。
すると焉羅は樟美の前にしゃがんで言う。
「愚かな従甥共が済まないな…無事か?」
「ふっ…ふっ………」
樟美は息を整えて焉羅を見る。
対して焉羅は優しい目で樟美を見ていた。
〈…この人は敵じゃない……〉
不知火の自分を蔑んでいないし、人質と哀れんでもいない。
ただ対等に接してくれているのが分かった。
樟美は口の中の血を吐き捨ててから、短刀を鞘に収める。
着物はビリビリに破かれていた。
樟美の動きから見て、貞操は守れたと悟り、焉羅は小袖を脱いで樟美に掛けてやる。
「これを着ていろ。…お前は、強いのだな」
「…父上の……翔隆のお陰です」
「…そうか。今着る物を用意させよう。荐羅…」
「はい」
答えて孫の荐羅が駆けていく。
皆が、どこか尊敬に似た眼差しを樟美に向けているのが分かる。
それもその筈だ。
誰も逆らったり抵抗したり出来なかった者達を、たった一人で相手をしたのだから。
焉羅は苦笑して樟美の傷を治してやった。
「…ありがとうございます」
「いや…」
その後は、荐羅の持ってきた着物を着せてから、焉羅が側に付いて樟美と皆の勉学を見た。
「何?!樟美が襲われた!?」
陽炎が驚く。
「はい、ですが相手を斬り伏せて大事には至らなかったようです。…父上、ちゃんとここでの暮らしを説明したんですか?」
次男の陽楼(二十四歳)が呆れたように言うと、陽炎はぐっと息詰まる。
「…まだだ……」
「無事だったから良かったものの、我ら不知火は狭霧にとって取るに足らない玩具なのだとお忘れですか?」
「…済まん」
「済まんじゃ済みませんよ!もういいです…私が行きます」
そう言って陽楼は歩き出す。
〈父上では宛にならん…〉
翔隆との話し合いすらまともにせずに、会えば戦って殺そうとしてばかりいると聞いている。
〈…いつになったら不知火に……いや、もう戻れないのやもしれんな…〉
一生、狭霧の中で暮らすしかないのだろうか…。
そう思いながら、陽楼は焔羅の館に向かった。
もう夕方なので、ここに居る筈なのだが…ここに来るのは冷や汗が出る程、緊張する…。
「し…失礼致します…樟美はこちらに居ますか?」
陽楼が震える手で戸を開けて聞くと、出て来た飄羅に蹴り飛ばされる。
「邪魔だ!」
飄羅は陽楼を見て更にガっと蹴り上げる。
孫の事で叱責を受けたので苛立っていたのだ。
すると中から月奇羅が来て止めた。
「やめぬか!」
「ふん!不知火如きが!」
飄羅が立ち去ると、月奇羅は陽楼に手を貸してやる。
「大事ないか?」
「はっ…」
陽楼は己の震える体を恥じて、すぐに立ち上がる。
月奇羅は何も言わずに中に入った。
「樟美、お前の従兄弟の陽楼だ」
そう言って月奇羅は隣の間に行く。
端に座っていた樟美が顔を上げると、陽楼が側に来て座る。
「陽炎が次男の陽楼だ…宜しくな樟美」
「陽炎の…」
頷いて陽楼は焔羅に一礼する。
「少し話をしてきて宜しいでしょうか?」
「ああ…遠くへは行かぬようにな」
焔羅は微笑んで言う。
それにまた一礼して、陽楼は樟美と外に出た。
誰も居ない森まで来ると、陽楼は樟美と共に岩の上に腰掛けた。
「…昼間は、災難だったな。大事無かったか?」
「はい…傷は、治してくれたので…」
「…父が、何も言わなくて済まないな。本来ならば、伯父としてお前の世話をしなければならんのに…全く困った人だ」
「いえ………」
〝伯父として〟…樟美はその言葉で、陽炎が自分の伯父なのだと改めて認識した。
「ここに居る間、子供相手にならば立ち回ってもいいが、大人にはなるべく目を合わせずに下座してやり過ごした方が利口だからな?」
「…先程の貴方のようにですか?」
「ああ……不知火など、取るに足らない存在だからな。蹴られたくなければ、父上…陽炎のように強くなり、一目置かれるようになる事だ」
「………陽炎も、昔はそうだったのですか?」
「そう聞いている。そんな姿、想像も付かないが……強くなるまでは、大人しくしている事だ」
そうやってずっと生きてきたのだと知り、樟美は唖然とする。
〈なんと弱い立場なのか…〉
そんな風に狭霧で生きなければならないとは…。
生きていけるのだろうか…?
いや、弟が迎えに来るまで生きなければならないのだ。
〈弟がーーー〉
いつ出来るとも分からない嫡子を、ただ待たねばならないなどと!
「…無理です。抗ってもいいのですよね?」
「頼むから、無茶はするな。殺されては意味が無いのだ…折角会えた従兄弟が辛い目に遭うのは見たくない」
そう言って陽楼は樟美の頭を撫でる。
〈この人は…陽炎とは違う…〉
とても優しく思いやりで溢れている。
「それから掟を教えなければな」
「掟なら教わりました」
「一つ、狭霧に送られた不知火の長子は、戦いでのみ不知火の嫡男との接触を許される」
「?!」
「これは、狭霧が取り決めた掟だ。こちらからは戦う事でのみ接近を許されているのだ」
それを聞いて樟美は驚愕する。
「では…陽炎は…」
「話し合う為に戦っている……筈なのだが、聞く話では本気で戦ってしまうようだな」
「ーーー」
そんな掟は聞いた事が無い。
それを知っていれば、翔隆とて態度が変わるだろうに、何故知らされていないのか?!
唖然として見ていると、陽楼は苦笑する。
「ただな、向こうから会いに来た時は戦わなくてもいいのだ。いくらでも話せるし、好きに外にも出られる」
「えっ?!」
「狭霧に戻るなら何処に行ってもいいのだそうだ。よく修隆様は、羽隆や清修様や清隆様と川に遊びに出掛けていたと聞いている」
「遊びに…?!」
それでも、迎えに来なかった…?
いや、掟を破って追放となったのでそのままになったのだろう、とすぐに分かった。
「………嫌な掟だよな。話し合いをしたいのはこちらなのに、こちらからは刃しか向けられぬなどと…互いに憎ませるように仕向けられているのだ…」
陽楼が眉をしかめて言う。
「貴方は、戻り…」
言い掛けると、焉羅が迎えに来た。
「もう戻れ。暗くなればお前の身も危うい」
「はい」
陽楼は一礼して去っていった。
途中、下座して蹴られている姿を見た…。
〈あの人達が不知火に戻るには、父上が迎えに来なければならないのだ…!〉
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