鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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八章 上洛

十六.陽炎と樟美

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 二月、富士。
焔羅と京羅、榻羅とうらが館に居た。
隣の部屋には陽炎と月奇羅つくしらが控え、時乃宮と樟美が文字を覚える為に写経をしている。
焔羅は報告書を見てから、祭壇の前で座っている室隆むろたか(五十四歳)を見る。
室隆は暫くして目を開けて言う。
「来年の四月、織田が窮地に立たされます。場所は近江…朝倉を攻めるようです」
そう《予知》した。
「ではその時が好機だな」と榻羅とうら
「…詳しく聞こう」
「はっ」
焔羅に言われて室隆が再び祭壇の前の水晶に意識を集中させながら予知した内容を喋った。
そこに、弓駿ゆみはやの長男である弓景ゆみかげ(三十八歳)がやってきてひざまずく。
「近江と若狭を取られた模様です」
「構わん。椎名には山城と摂津、大和と紀伊だけ守れと伝えておけ」
「はっ」
弓景は返事をして下がる。
焔羅は予知の詳しい内容を聞いた上で策を練る。
「今から手を打たねばならんか…」
「では、任せて貰えぬか?」
榻羅とうらが真剣に言うので、焔羅は頷いた。
弓駿ゆみはやを呼べ」
「はっ」
答えて月奇羅が呼びに行く。

暫くして弓駿が来ると、榻羅は外に控える真柳まなぎ種嗣くさつぐ義羽よしば克也かつなりを中に呼ぶ。
「…何をするか分かるか?」
榻羅が三人に問う。
弓駿ゆみはやが司る《力》は《恐怖》、種嗣くさつぐの《力》は《夢》、克也かつなりの《力》は《幻覚》…。
三人は互いを見て、出した答えが合っているのかの指示を待つ。
「室隆の予知の内容に合わせた夢を見せればいいだけだ…後の細かな事は任せる。…己だけ出し抜こうなどとは考えず、協力してやれ。いいな?」
「はっ」
答えて弓駿、種嗣くさつぐ克也かつなりは一礼して室隆の下へ行き詳細を聞きに行く。
〈…卑劣な手だが…〉
焔羅はそう思いながらも口を出さずにいた。
卑怯な真似は好きではないが、兄が任せて欲しいと言ったのだから、口出しは出来なかった。
そんなやり取りを隣の部屋から見ていた樟美が歯噛みして俯く。
〈こんな事を、見ている事しか出来ないなんて…!〉
ギュッと袴を握り締めていると、陽炎が立ち上がって樟美を突然肩に担ぐ。
「うわっ?!」
「少し出てくる」
そう言い、樟美を担いだまま玄関に行き、樟美の草履を持って館を出る。
「突然何ですか!離して下さい!」
「叫ぶな」
そう言い陽炎は館から離れた森で草履を置いて樟美を降ろすと、その前にしゃがむ。
「父親の敵は己の敵か?」
「………」
「どう足掻いたとて、お前は迎えが来るまで狭霧ここで過ごすしかないのだ…全てを敵だとしては何も出来んぞ」
そう言われ、樟美は言葉を失う。
そんな言葉を陽炎から聞くとは思ってもみなかったからだ。
陽炎は樟美の両肩に両手を置いて、じっと樟美の目を覗き込んで言う。
「生きて外に出たかったら強くなれ。誰でもいいから味方を作れ!狭霧の一員として戦えると証明するのだ」
「…あなたは…」
「ただ修行をしたとてたかが知れている。時乃宮に師匠が付けられた時に、共に学べるようにしろ、いいな?」
何故、この人はそんな事を言うのか…。
樟美は驚いたまま陽炎を見る。
「樟美」
「はい…」
「俺も昔は狭霧など全てが敵だと思っていた。…だが、伯父御おじごに諭されたのだ…狭霧の全てが敵では無い、と。そんな伯父御は何十年も父の迎えを待っていた……だがもうそれはあり得ん」
「…あなたが…殺したから……」
「そうだ。長の責務も全うせず、主君だけを取る事もせずに目障りな事ばかりをするから殺したのだ!!…もしもお前は奴を信じるのであれば、良き将となるのだ。いいな?」
そう言うと陽炎は立ち上がって行ってしまう。
樟美は館に戻りながら考える。
〈もしや陽炎は…修隆の為に羽隆を殺した…?〉
いつまでも迎えを待つ修隆が不憫に思えたのか…?
いつまでも迎えに来ない父親に怒りを覚えたのか?
それはーーー自分の姿と重なって見えたからではないのか?
〈そうなのか…〉
人質の自分がこの狭霧から抜ける方法はただ一つ…。
嫡子に迎えに来てもらうしかないのだ。
だからこそ、陽炎は羽隆を憎み、そして翔隆を憎んだのではないのか?
ただ翔隆が憎くて敵対しているのかとばかり思っていたが…もしかしたら、陽炎は迎えを待っているのではないのか?!
いつまでも迎えに来ない事を恨み、悲しみや怒りといった感情全てを翔隆にぶつけているだけなのではないのか?
〈…このままでは駄目だ!〉
なんとか和解させなくては悲しすぎるのではないか?!
陽炎の心をどうにかして開かせねば…樟美はそれが己の務めだと思った。
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