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第三章 ~軽震~ 2

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「ポイト知らない?」

 少女の声が背中から聞こえてきた。
 シースは驚きもせずに後ろを静かに振り返り、声の主を探した。
 しかし見つからない。
 焦らず根気よく探す。するとテーブルの下に影ができているのを見つけた。

「誰だ」

 突然の闖入者に怒りもせずただ確認の為に訊く。

「わたし? わたしはビロー。ポイトを探してるの。知らない?」
「知らない。そもそもお前は何だ?」
「わかるんだ。すごいね」

 もぞもぞと這い出てきたのは閉じられた傘を持った幼い少女だった。

「さっきまでなかった気配が現れれば人間ではないと分かる。それとそういうのがいることも知っていればな」

 服に付いた汚れを手で払い落としてから少女は次の言葉を出した。

「何か話してたね。邪魔しちゃったかな」
「いや……」

 首を振った。そしておもむろに少女の方へと近付く。

「今は何をしている?」
「んっとね、ポイトとはかくれんぼ、皆とは別な遊びをずっとしてるよ。何年も」
「そうか」

 少女はフリフリのスカート姿でくるりと回り、部屋を一望した。

「なんにもないね」

 そう少女は言ったが実際には様々な物が置かれている。
 円形テーブルを始めとして、ベッド、ソファ、本棚、家具を入れてあるガラス窓の棚、カーペット等々、生活感はかなりある。だがそれは本人の性格を考えれば異常だったが。
 少女はそれを見透かしたのだろうか。
 シースは少女の注意をこちらに向けることにした。
 余計な詮索はされたくない。その一心からである。

「友達を探さなくていいのか」
「ん? うん。だって見つけても今度はわたしが探される側になるだけだもん」

 探されるより探すほうが好き。
 少女は嬉しそうに言った。

「そうか」
「あっ、そろそろいくね。たぶんここにはもういないとおもうから」

 ばいばい。
 少女が傘を広げて手を振るのを見ていると、ふっと少女は掻き消えてしまった。
 しかしシースはこのとき聞き逃してはならない言葉を聞き逃してしまった。それは後々彼らに大きな恨みを残すことにもなる可能性を秘めたものを指し示す重要な内容だった。
 だってわたしたちはもう一つの遊びの方で寄っただけだもの。
 ビュアネもビローもいなくなったシースの部屋。彼は一人静かに窓の外の景色を眺めた。


                ◇◆◇◆◇


  上を見れば空は綺麗な青ではなく燻(くすぶ)った水色。
 下を見ればどこまでも流れていく黄土色の土。
 前を見れば荒れ果てた自然の景色。
 後を向けばさっきまでいた組織の施設。
 右を向けば何もない小高い丘。
  左を向けば地平線が見える程に何もない。
 ポイトは馬車に揺られながら面白くないと感じていた。
 もうずっと大きな遊びができていない。最後に派手な遊びができたのは駈虫たちを沢山集めた結果起きた事件。
 干渉できるのは切っ掛けになることだけと分かってはいても、ここまで何も起きないといい加減業を煮やしていた。
 少し前までならここまで焦りはしなかっただろう。だが最近起きた怪虫大発生事件は別の仲間が何かしらのことをして起こしたものだ。それが彼に常にはない感情を与えていた。

「つい目の前に現れちゃったけど、あれはやりすぎたかなぁ」

 少年がぼやくとどこからともなく少女の笑い声がした。

「あはは、なーんだ。ポイトもやっちゃったんだ。わたしもさっきずっと前にあったことのある人と話しちゃったんだ」

 声はすれども姿はない。ポイトは苛立ちを声に滲(にじ)ませて叫んだ。

「おいっ、見つけたんなら交代だっ。今度は俺が探す番だからな」
「え~、まだ見つけてないよ~。だってわたしポイトがどこにいるのかわかんないもん」
「そんなずるいこと言ってないでさっさと出ろよ。こっちはお前がどこにいるかはっきり分かるんだからお前に分からないはずないだろ」

 しばしの間何の返答もなかった。
 しかしポイトはビローがまだその場を動いてないことを気配で察知していた。じっとあちらから出てくるのを待つ。

「むー。ふんだっ」

 予測していなかった頭上からの強襲を受け、ポイトは危うく馬車の荷台から落ちるとこだった。

「あぶねえな。落ちたらどうすんだよぉ」

 ポイトは片手だけで荷台の端を掴んでいた。そこから小さな子供とは思えないやり方で昇ってくる。
 片手だけで体を上に飛ばして着地するということを。
 なんなくそれをやってのけたというのにビローはポイトにいまだ、むつけた目をしている。「ところでちゃんとやることやったんだろうな」

 居(い)た堪(たま)れなくなったのか、ポイトは自分たちの主目的である方の〝遊び〟の首尾を訊いた。「ちゃんとやったよ。ポイトとは違ってわたしは良い子だもんっ」

 ことさらに良い子とという部分を強調する。その姿はどう見ても幼い子供のものだった。
 しかし彼らは〝アイレーンの災禍〟とも呼ばれるほどのことをしでかす輩(やから)だ。外見と言葉遣いに騙されてはいけない。

「写真を撮ったでしょ、転送書類を弄ったでしょ、サインをするときに人間に気付かれないほどの速さで入れ替えたでしょ、それから――」
「ああもういい。わかったわかった。ビローは僕よりも良い子だよ」
「そうでしょ。何もしないポイトより良い子っ」
「ばっ、あのなぁ。僕だってちゃんとやってるよぉ」
「うそだぁ、だって何もしてるとこ見てないもん」
「僕はお前が弄った書類を更に弄ったんだ。ただの人事異動じゃなくてその人を暗殺するように変えたのさ」
「え? それって……まさかっ」
「そっ。そのまさか。でもまだ死んでないところを見るとどうやら怪しんでるみたいなんだ。それでいまさっきその人に会いに行ったのさ。どういう状況になってるかを知りたかったからね」
「そんなのルール違反じゃないっ」
「ルールは守ってるよ。どこにも問題はないさ」
「どこがよっ」

 少女が傘を閉じて殴るように両手持ちにすると、少年は慌てて弁明した。

「いやさ、ルールでは一人が少ししか相手に干渉できない。だけど何人もが一人に干渉してはいけないってはなってないだろ。それに一応それを踏まえて書類しか弄ってないし。な? これで問題ないことはわかったよな。な」

 よっぽど殴られるのが怖いのか、早口で説明をしたポイト。
 ビローは少しの時間を掛けてポイトが言ったことを考え、そして納得したのか武器を下ろした。しかしその目はまだ疑惑に彩られている。

「問題はなくても、わたしに黙ってすることはなかった」
「う、ああそうだよな。それは謝るよ」
「だからまだ私の方が鬼っ」

 荷台の屋根から飛び降りると同時に姿が消える。
 ポイトは唖然としていたが不意に彼女の言った意味が分かった。

「あ、あーっ。それとこれとは話がちがーうっ」

 叫びは誰にも聞こえない。彼らは聞かせようと思わなければ、見せようとしなければ人間にはまったく分からないのだ。
 唯一、馬に落ち着きがなくなったことだけが彼らの存在を示していた。


                ◇◆◇◆◇


 コツ、コツ、コツ。
 ビュアネは突然現れた気配に警戒してシースから離れたが、今思うとそれは馬鹿なことにしか思えなかった。

「まったく、これじゃあ疚(やま)しい事がありますって宣伝してるみたいじゃないか。何をしてるんだ僕は」

 歩きながら頭を抱えるもそれはポーズに過ぎなかった。なんとなくただ声にするだけでは気持ちが落ち着かなかったからだ。
 もちろん辺りに誰もいないことは確認済みだ。でなければこんなあほらしい事を彼は絶対にしない。普段もしていない。
 ビュアネは仕方なく自分の部屋に戻ることにした。

「ここまで邪魔されるとまるで誰かが僕と彼とでの話をさせないようにしているとしか思えない。けど一体誰が?」

 ゴロイは違う。彼はむしろ人と人とを付き合わせる方だ。だからあれは偶然だろう。しかし彼があのタイミングで出るようにした者がいるかもしれない。あくまで可能性だが。
 少なくとも今さっきのは確実に狙ってやったことだ。いままで何の気配もなかったのにあいつの部屋の中に気配が出てくるなどない。

「いや、そうだったな。あいつは……」

 だがそれでもあそこで出す必要など微塵もなかった。つまりは結局誰かが裏で糸を引いていることになる。もっとも、その誰かがまったく見等がつかないから問題なのだが。

「やはり、あの人に相談するしかないのか」

 なんとなく今のあの人には会いたくないなと思いながらもそれしか他にはなく、彼は一つため息を吐いた。
 部屋に入り書き物机に座る。これからどうするかをまとめる為だ。
 しばらく紙とペンを動かし、あちらこちらと書き綴る。その間姿勢は真っ直ぐ伸びたまま。どう考えても性格は真っ直ぐ一辺倒である。もう少し軽い部分がいると周り――主にゴロイと……――が言っていた。
 しかしそうそう簡単にこの性格が直せるとは到底思えなかった。

「あるとすればそれは……」

 頭に浮かんだのは三つの未来の姿。しかしその内の一つはもう時機を逸していて今更というものだ。そして残りの二つの内一つはする気が無い。考えに考えて出た一つの終わりだった。
 ビュアネはいつの間にか考えが逸れていることに気付き苦笑する。
 まったく、何てことを考えてるんだ。もうとっくにどうするかは決めているのに。
 しかしそれをいままでずっと実行できなかった自分がここにいる。そのことを彼は再認識して椅子から立った。
 つかつかと窓の方に寄り、朝、開けるのを忘れていたカーテンを広げる。
 端までしっかり広げた後、ビュアネは光の度合いが思ったより悪いことに気が付いた。
 見上げる。
 窓から見た空は、思った通り綺麗な青ではなかった。
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