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第十三章 学園祭二日目
6 理想の執事
しおりを挟む揚げドーナツの出店を後にした呉宇軒は、幼馴染と共に出店通りを抜けて着替えで使った棟に戻ってきた。昼時で食べ物の出店に人が殺到しているので、この辺りには誰も歩いていない。二人はしんと静まり返った廊下を進み、鍵の空いている適当な講義室に忍び込んだ。
昼の強い日差しが講義室の机を明るく照らしている。窓の外からは、学園祭を楽しむ生徒たちの賑やかな声が聞こえていた。
さすがに何もない講義室まで来る物好きはいないので、中にも誰もいない。さっそく制服を脱いでいると背中に熱い視線を感じ、呉宇軒は笑って振り返った。
「何撮ってんだ?」
尋ねると、携帯を構えていた李浩然が視線を上げる。てっきりいつもの隠し撮りだろうと思ってポーズをとると、愛しい幼馴染は平然とした態度のまま答えた。
「撮っているのは動画だ」
こっそり隠し撮りしていたことが本人にバレたので、ついに開き直ったらしい。堂々と着替えを盗撮する幼馴染に、呉宇軒は小さく笑みを漏らす。
サービス精神旺盛な彼は、自分に向けられた携帯のレンズに視線を合わせて、焦らすようにゆっくりと脱ぎ始めた。
上着を脱ぎ、シャツのボタンを外し、どんどん肌が露出していく。幼馴染の焼け付くような視線を感じた呉宇軒は、挑発的な笑みを浮かべながらわざとらしく服をはだけさせた。
部屋の中に漂う妙な緊張感に、思わず学園祭の最中なことを忘れそうになる。静寂の中には、しばらくの間衣擦れの音だけが響いていた。
「ほら、今度はお前の番!」
下着一枚になると、呉宇軒は脱いだばかりの服を李浩然に投げる。まだ温かさの残る服を受け取った彼は僅かに頬を緩め、講義室の机にそっと携帯を置いて服を脱ぎ始めた。
はだけた服の影から引き締まった腹筋が顔を覗かせる。逞しい体に呉宇軒の目はたちまち釘付けになり、服を着るのも忘れて見入ってしまう。
だが、李浩然はそんな彼を見て眉を顰め、心配そうに声をかけた。
「阿軒、先に服を着なさい。そのままでは風邪を引いてしまう」
幼馴染の生着替えに興奮していた呉宇軒は全く寒さを感じていなかったが、早くしろという視線に急き立てられて渋々ズボンに足を通す。彼が服を着終わる頃には、李浩然も執事服を身に着け終わっていた。
真っ直ぐに伸びた背筋に、きっちりと首元までボタンを閉めたワイシャツ。どこからどう見ても仕事のできる優秀な執事そのものだ。
幼馴染の格好いい姿を見て、呉宇軒は感動に打ち震えた。思った通り、李浩然の執事服は様になっている。その執事っぷりは呂子星以上だ。
「これで眼鏡があったらなぁ……」
うっとりとため息を吐きながらも、呉宇軒はそう残念がった。
執事と言ったら片眼鏡だ。真面目な李浩然なら絶対に似合うに決まっている。
澱みない足取りで呉宇軒の元までやって来た李浩然は、美しい姿勢でゆっくりと腰を折り、完璧なお辞儀をした。
「旦那様」
落ち着いた低い声が響く。執事になりきった李浩然は、主人の機嫌を伺うように呉宇軒へ伏し目がちに視線を向けた。
「何かご希望はございますか?」
いつになく丁寧な言葉遣いだ。恭しく従順な態度に、呉宇軒は心の中で狂喜乱舞した。彼ときたら、まるで主人に忠誠を誓う執事そのものだ。
ニヤつきながら頭のてっぺんからつま先までじっくりと眺め回し、彼はキラキラと目を輝かせて素晴らしい着こなしの李浩然に期待の眼差しを向ける。
「それって……何でもいいのか?」
興奮のあまり、その声は僅かに震えていた。ドキドキと高鳴る胸をぎゅっと抑えて答えを待っていると、李浩然はほんの少し口角を上げ、しっとりとした艶のある声で囁いた。
「あなた様のお望みなら……」
「格好良すぎるにも程があるだろ!」
ついに我慢できなくなった呉宇軒は、そう叫んで飛びついた。彼の全力の体当たりにも李浩然はびくともせず、背筋を伸ばしたまま両手を広げて受け止めてくれる。
「旦那様、お戯れが過ぎますよ」
やんわりとした拒絶の声に、呉宇軒はますますテンションが上がる。今すぐこの完璧な執事を滅茶苦茶にしたくて堪らなかった。
すっかり理性の吹き飛んだ彼は、李浩然の腕の中に居座り続けながら、どう料理してやろうかと考え込む。執事になりきっている今なら、多少の無理も押し通せるような気がした。
「浩然、俺の言うことなら何でも聞くんだよな?」
顔を覗き込んで先ほどの言葉を確かめると、李浩然は表情を変えないまま頷く。彼の答えに満足した呉宇軒はニヤリと笑い、ご主人様らしく胸を張って命令した。
「それじゃあ、シャツのボタンを外してもらおうかな。一番上からゆっくりと」
こんなに美味しい状況で、悪ガキのような馬鹿な命令をするなんてもったいない。当然いやらしい要求一択だ。
下心しかない彼の言葉に李浩然は一瞬顔を強張らせたものの、抵抗する素振りもなくゆっくりと一番上のボタンに手を掛けた。
上から順番にボタンが外されていき、はだけたシャツの隙間から肌が覗く。固唾を飲んでその様子を見守っていた呉宇軒は、彼の手がヘソの辺りのボタンに手をかけたところで止めさせた。
中途半端に脱がされる形となり、先ほどまでの完璧な執事の格好が乱れる。それこそがまさしく、呉宇軒の見たかった光景だ。彼は含み笑いを浮かべると、おもむろにはだけた服の隙間に片手を滑り込ませた。
「何不満そうな顔してんだ? ご主人様の命令は絶対なんだろ?」
咎めるような視線を向けてくる李浩然に、彼は得意げな笑みを返す。熱を持った体はほんのりと汗ばんでいて、撫でると手のひらにしっとりと吸い付いてくる。心臓の真上に手を置けば、そこは軽く触れただけで分かるほどドキドキと高鳴っていた。
呉宇軒は気まずそうに視線を逸らした彼にぐっと顔を近付けると、蕩けるように甘い声で囁いた。
「ご褒美欲しいか?」
そう尋ねると、李浩然は不安と期待の入り混じった瞳で見つめ返してくる。いつも平然としている彼には珍しく、緊張のあまりどう答えたらいいのか分からなくなってしまったようだ。
幼馴染の心を掻き乱すことに成功した呉宇軒はにんまりとして、彼が言うべき言葉を教えてやった。
「お願いします、ご主人様って言ってごらん」
そう言って、服の中に侵入させた手をするりと背中に滑らせる。すると、李浩然は瞬きを忘れたように呉宇軒の目を見つめたまま、小さく息を呑んだ。
葛藤の色が浮かぶ瞳が揺れる。呉宇軒は弧を描いた唇を触れるギリギリで寸止めすると、緊張に身を固める彼の背中を指先でつうーっと撫でた。
「可愛い浩然、ご褒美欲しくないのか?」
あともう一押しで落ちそうだと呉宇軒が勝利を確信したその時、突然講義室の扉が勢いよく開いた。
「呉宇軒!!!」
怒りに満ちた叫び声が静寂をぶち破る。入り口に仁王立ちしていたのは、執事の格好をした呂子星だった。
ここまで走ってきたのか、髪は乱れ肩で息をしている。彼は大きく息を吸い込むと、溜まりに溜まった怒りを爆発させるように全力で叫んだ。
「このクソ犬がぁぁぁぁっ! うちの制服を汚すなぁっ!」
「ちょ、誤解だってぇ!」
顔を真っ赤にして怒る呂子星がずかずかと大股で入ってきたので、呉宇軒は大慌てで李浩然から身を離すと、色気漂う執事姿の彼を盾にする。まだ未遂だから!と繰り返しながら、ちらりと背後を見て退路の確認も忘れない。
呂子星はようやく店の制服を李浩然が着ていることに気付き、より一層目を吊り上げた。
「うちの制服はそういうプレイのためのもんじゃねぇぞ! さっさと脱げ!!」
相手が李浩然だと言いづらいのか、若干語気が弱まる。呉宇軒は幼馴染を盾にしたままひょっこりと顔だけを出し、言い返した。
「脱いでる途中だし!」
「どう見てもやらかす一歩手前だったろ? こんな所で何する気だったんだよ! いや、待て、言わなくていい!!」
呉宇軒が何をする気だったか答える前に、呂子星は耳が腐ると言わんばかりの顰めっ面で両手で耳を塞ぐ。間に挟まれた李浩然は、中途半端に脱げかけた格好のまま蚊帳の外に置かれて途方に暮れていた。
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