328 / 362
第十三章 学園祭二日目
25 上機嫌の理由
しおりを挟む着ていた衣装から私服に着替え、お化けの特殊メイクを落とした呉宇軒は、星がキラキラと瞬く夜空を眺めながらぐっと伸びをする。秋の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸していると、少し遅れて李浩然が建物から顔を出した。
「それで、これからどうする?」
祖父母と父を送り出して監視の目から解放された呉宇軒は、美味しい食事のお陰もあって元気を取り戻していた。
携帯を見ると八時を過ぎたところで、夜はまだまだ始まったばかりだ。辺りはすっかり闇に包まれ、二人きりのデートにもってこいの時間帯でもある。
ところが、李浩然は意外なことを口にした。
「阿軒、今日はもう家に帰ろう」
「なんで!? せっかくのお祭りだぞ?」
あまりにも驚きすぎて、呉宇軒は危うく携帯を落とすところだった。
今回は大学に入って初めての学園祭だ。それに、やっと邪魔が入らない状態になったので、二人きりでゆっくりと夜の会場を見て回ろうと計画を立てていた。それを中止するなんて勿体ない。
不思議がっていると、李浩然はくすりと微笑んで口を開いた。
「今は家に誰もいない」
聞けば、李家の面々はしばらく学園祭を見て回るという。李若汐は友人たちと一緒にいつもより夜更かしする予定で、彼女の母の安おばさんは教授をしている夫の仕事が終わるまで会場で待つらしい。
彼の言わんとすることを察した呉宇軒は、ハッとして李浩然に目を向ける。
「つまり……今なら家で二人きりになれるってこと?」
「そういうことだ。これから先はご褒美の時間」
李浩然は頑張ったご褒美の約束を忘れていなかったのだ。
彼が何をするつもりなのか気になって、呉宇軒は好奇心に目を輝かせる。夜の学園祭巡りもいいが、彼と家の中で二人きりになれるチャンスはそうそう無い。
「それならそうと早く言えよ! 学園祭は来年でもいいし、帰ろう!」
夜の催しにはあまり興味がなかったので、気分はもう家でのイチャイチャ一色になっていた。大はしゃぎで急かすと、李浩然は嬉しそうに目を細め、呉宇軒の手を引いた。
「行こう。もうタクシーを待たせてある」
用意周到な彼は、着替えを済ませる前にタクシーに連絡していたらしい。あまりの手際の良さに、呉宇軒は大喜びで彼の腕に飛びついた。
祭囃子が響く会場を背に、二人はタクシーに乗り込んだ。煌々と光る赤いランタンの明かりは、タクシーが進み始めるとあっという間に遠くなり、やがて見えなくなった。
学園祭から人が流れて来ているのか、珍しく夜の街にも通行人は多い。仮装して街を練り歩く人々を眺めながらも、呉宇軒はこれから家で二人きりというシチュエーションに胸をときめかせ、すでに落ち着きを無くしていた。
「この辺りはさすがに暗いな」
まさしく閑静な住宅街といった景色を見ながらも、呉宇軒はそわそわしっぱなしで、ほとんど景色を楽しむ余裕もない。頭の中では彼と何をしようか、ぐるぐると考えてばかりだ。
大学から離れた場所だというのに、住宅街の人たちも学園祭に行っているのか、民家に灯る明かりはいつもより少なかった。呉宇軒が不思議そうに窓の外を見ていると、李浩然が後ろからそっと声をかけてくる。
「今日はこの辺りの人たちも出払っているから、いつもより静かかもしれない」
彼が叔父から聞いた話によると、清香大学の学園祭には地元の人たちの多くが足を運ぶらしい。特にトップモデルのLunaが入学した年は、嘘か本当か街中から明かりが消えるほどだったという。
「Luna姉には敵わねぇな……」
ぽつりぽつりと明かりが見える住宅街を眺めながら、呉宇軒は悔しく思う。自分も人気がある方と自負していたが、やはりLuna先輩は超えられない壁だ。
明かりのついている家がどれくらいあるか数えていると、李浩然が慰めるように背中を撫でてくれた。
「君も十分凄い。それに、Luna先輩の時はこの時間にはもう人が戻って来ていた」
「詳しいな。調べたのか?」
モデルには興味がないはずの彼が妙に詳しかったので、呉宇軒は不思議に思う。すると、その疑問はすぐに解消された。
「いや、若汐が熱弁していたのを聞いただけだ」
従姉妹の李若汐はLunaの大ファンで、憧れの人が近くに越して来たと大興奮だったと教えてくれる。彼女の大はしゃぎする姿が目に浮かぶようで、呉宇軒はそういうことかと忍び笑った。
二人を乗せたタクシーはあっという間に目的地へ辿り着き、明かり一つない真っ暗な一軒家の門前で静かに止まった。月明かりにぼんやりと照らされた建物は、電気が点いていないせいでいつもと違って見える。
「うわぁ、真っ暗。本当に誰もいないんだな」
唯一ある明かりは玄関先の照明だけで、嫌でも二人きりということを意識してしまう。呉宇軒がタクシーを降りて家へ向かうと、後からやって来た李浩然が玄関の鍵を開けてくれた。
「風呂の準備をしてくるから、君は部屋で着替えを用意していて」
彼の言葉に、呉宇軒は一緒にお風呂に入る約束をしていたことを思い出す。仮装大会で特殊メイクをしてもらったので、お風呂で綺麗にしようと話していたのだ。
「大事なことなのに、すっかり忘れてたよ。お風呂楽しみだな!」
そう言って笑いかけると、李浩然も嬉しそうな笑みを浮かべる。その表情を見て、呉宇軒は今日、彼が妙に上機嫌だったことを思い出した。きっと夜のお風呂を楽しみにしていたのだ。
二人でリビングや廊下の明かりを点けて回った後、呉宇軒は着替えの準備をするために二階へ上がる。ところが、お風呂の準備をするはずの李浩然が一緒について来たではないか。
「然然、どうしたんだ? 風呂の準備はお前の仕事だろ? まさか、入れ方を忘れたなんて言わないだろうな」
呉宇軒はこの家では完全にお客様なので、風呂の入れ方は分からない。彼だけが頼りなのだ。
部屋までついて来た李浩然はタンスから段ボールを引っ張り出し、箱の中からカラフルなビニールの塊を取り出した。
「阿軒、君に特別任務を与える」
「イエッサー! って、何すればいいんだ?」
敬礼で答えた後、呉宇軒は首を傾げた。すると、李浩然がビニールの塊をそっと手渡してくる。
広げてみると、それはプールでよく見る一人用のエアーマットだった。
「それを膨らませて持ってきて」
「了解!」
きっと家に誰もいないのを良いことに、風呂場で遊ぼうという魂胆なのだろう。
彼に重大な仕事を任せた後、李浩然は段ボールを持ったまま出て行ってしまった。残された呉宇軒は勝手知ったる我が家のように素早く二人分の着替えを用意すると、綺麗に折り畳まれたエアーマットに空気を入れ始めた。
どうせなら空気でパンパンにしてやろうと頑張っていると、空気を入れていくうちに形がはっきりしていく。意外なことに、ビニールのエアーマットは背もたれ付きの椅子のような形をしていた。
12
あなたにおすすめの小説
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
マネージャー~お前を甲子園に連れて行ったら……野球部のエース♥マネージャー
夏目碧央
BL
強豪校の野球部に入った相沢瀬那は、ベンチ入りを目指し、とにかくガッツを認めてもらおうと、グランド整備やボール磨きを頑張った。しかし、その結果は「マネージャーにならないか?」という監督からの言葉。瀬那は葛藤の末、マネージャーに転身する。
一方、才能溢れるピッチャーの戸田遼悠。瀬那は遼悠の才能を羨ましく思っていたが、マネージャーとして関わる内に、遼悠が文字通り血のにじむような努力をしている事を知る。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる