真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第十三章 学園祭二日目

25 上機嫌の理由

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 着ていた衣装から私服に着替え、お化けの特殊メイクを落とした呉宇軒ウーユーシュェンは、星がキラキラと瞬く夜空を眺めながらぐっと伸びをする。秋の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸していると、少し遅れて李浩然リーハオランが建物から顔を出した。

「それで、これからどうする?」

 祖父母と父を送り出して監視の目から解放された呉宇軒ウーユーシュェンは、美味しい食事のお陰もあって元気を取り戻していた。
 携帯を見ると八時を過ぎたところで、夜はまだまだ始まったばかりだ。辺りはすっかり闇に包まれ、二人きりのデートにもってこいの時間帯でもある。
 ところが、李浩然リーハオランは意外なことを口にした。

阿軒アーシュェン、今日はもう家に帰ろう」

「なんで!? せっかくのお祭りだぞ?」

 あまりにも驚きすぎて、呉宇軒ウーユーシュェンは危うく携帯を落とすところだった。
 今回は大学に入って初めての学園祭だ。それに、やっと邪魔が入らない状態になったので、二人きりでゆっくりと夜の会場を見て回ろうと計画を立てていた。それを中止するなんて勿体ない。
 不思議がっていると、李浩然リーハオランはくすりと微笑んで口を開いた。

「今は家に誰もいない」

 聞けば、李家の面々はしばらく学園祭を見て回るという。李若汐リールオシーは友人たちと一緒にいつもより夜更かしする予定で、彼女の母のアンおばさんは教授をしている夫の仕事が終わるまで会場で待つらしい。
 彼の言わんとすることを察した呉宇軒ウーユーシュェンは、ハッとして李浩然リーハオランに目を向ける。

「つまり……今なら家で二人きりになれるってこと?」

「そういうことだ。これから先はご褒美の時間」

 李浩然リーハオランは頑張ったご褒美の約束を忘れていなかったのだ。
 彼が何をするつもりなのか気になって、呉宇軒ウーユーシュェンは好奇心に目を輝かせる。夜の学園祭巡りもいいが、彼と家の中で二人きりになれるチャンスはそうそう無い。

「それならそうと早く言えよ! 学園祭は来年でもいいし、帰ろう!」

 夜の催しにはあまり興味がなかったので、気分はもう家でのイチャイチャ一色になっていた。大はしゃぎで急かすと、李浩然リーハオランは嬉しそうに目を細め、呉宇軒ウーユーシュェンの手を引いた。

「行こう。もうタクシーを待たせてある」

 用意周到な彼は、着替えを済ませる前にタクシーに連絡していたらしい。あまりの手際の良さに、呉宇軒ウーユーシュェンは大喜びで彼の腕に飛びついた。



 祭囃子が響く会場を背に、二人はタクシーに乗り込んだ。煌々と光る赤いランタンの明かりは、タクシーが進み始めるとあっという間に遠くなり、やがて見えなくなった。
 学園祭から人が流れて来ているのか、珍しく夜の街にも通行人は多い。仮装して街を練り歩く人々を眺めながらも、呉宇軒ウーユーシュェンはこれから家で二人きりというシチュエーションに胸をときめかせ、すでに落ち着きを無くしていた。

「この辺りはさすがに暗いな」

 まさしく閑静な住宅街といった景色を見ながらも、呉宇軒ウーユーシュェンはそわそわしっぱなしで、ほとんど景色を楽しむ余裕もない。頭の中では彼と何をしようか、ぐるぐると考えてばかりだ。
 大学から離れた場所だというのに、住宅街の人たちも学園祭に行っているのか、民家に灯る明かりはいつもより少なかった。呉宇軒ウーユーシュェンが不思議そうに窓の外を見ていると、李浩然リーハオランが後ろからそっと声をかけてくる。

「今日はこの辺りの人たちも出払っているから、いつもより静かかもしれない」

 彼が叔父から聞いた話によると、清香せいこう大学の学園祭には地元の人たちの多くが足を運ぶらしい。特にトップモデルのLunaルナが入学した年は、嘘か本当か街中から明かりが消えるほどだったという。

「Luna姉には敵わねぇな……」

 ぽつりぽつりと明かりが見える住宅街を眺めながら、呉宇軒ウーユーシュェンは悔しく思う。自分も人気がある方と自負していたが、やはりLuna先輩は超えられない壁だ。
 明かりのついている家がどれくらいあるか数えていると、李浩然リーハオランが慰めるように背中を撫でてくれた。

「君も十分凄い。それに、Luna先輩の時はこの時間にはもう人が戻って来ていた」

「詳しいな。調べたのか?」

 モデルには興味がないはずの彼が妙に詳しかったので、呉宇軒ウーユーシュェンは不思議に思う。すると、その疑問はすぐに解消された。

「いや、若汐ルオシーが熱弁していたのを聞いただけだ」

 従姉妹の李若汐リールオシーはLunaの大ファンで、憧れの人が近くに越して来たと大興奮だったと教えてくれる。彼女の大はしゃぎする姿が目に浮かぶようで、呉宇軒ウーユーシュェンはそういうことかと忍び笑った。



 二人を乗せたタクシーはあっという間に目的地へ辿り着き、明かり一つない真っ暗な一軒家の門前で静かに止まった。月明かりにぼんやりと照らされた建物は、電気が点いていないせいでいつもと違って見える。

「うわぁ、真っ暗。本当に誰もいないんだな」

 唯一ある明かりは玄関先の照明だけで、嫌でも二人きりということを意識してしまう。呉宇軒ウーユーシュェンがタクシーを降りて家へ向かうと、後からやって来た李浩然リーハオランが玄関の鍵を開けてくれた。

「風呂の準備をしてくるから、君は部屋で着替えを用意していて」

 彼の言葉に、呉宇軒ウーユーシュェンは一緒にお風呂に入る約束をしていたことを思い出す。仮装大会で特殊メイクをしてもらったので、お風呂で綺麗にしようと話していたのだ。

「大事なことなのに、すっかり忘れてたよ。お風呂楽しみだな!」

 そう言って笑いかけると、李浩然リーハオランも嬉しそうな笑みを浮かべる。その表情を見て、呉宇軒ウーユーシュェンは今日、彼が妙に上機嫌だったことを思い出した。きっと夜のお風呂を楽しみにしていたのだ。
 二人でリビングや廊下の明かりを点けて回った後、呉宇軒ウーユーシュェンは着替えの準備をするために二階へ上がる。ところが、お風呂の準備をするはずの李浩然リーハオランが一緒について来たではないか。

然然ランラン、どうしたんだ? 風呂の準備はお前の仕事だろ? まさか、入れ方を忘れたなんて言わないだろうな」

 呉宇軒ウーユーシュェンはこの家では完全にお客様なので、風呂の入れ方は分からない。彼だけが頼りなのだ。
 部屋までついて来た李浩然リーハオランはタンスから段ボールを引っ張り出し、箱の中からカラフルなビニールの塊を取り出した。

阿軒アーシュェン、君に特別任務を与える」

「イエッサー! って、何すればいいんだ?」

 敬礼で答えた後、呉宇軒ウーユーシュェンは首を傾げた。すると、李浩然リーハオランがビニールの塊をそっと手渡してくる。
 広げてみると、それはプールでよく見る一人用のエアーマットだった。

「それを膨らませて持ってきて」

「了解!」

 きっと家に誰もいないのを良いことに、風呂場で遊ぼうという魂胆なのだろう。
 彼に重大な仕事を任せた後、李浩然リーハオランは段ボールを持ったまま出て行ってしまった。残された呉宇軒ウーユーシュェンは勝手知ったる我が家のように素早く二人分の着替えを用意すると、綺麗に折り畳まれたエアーマットに空気を入れ始めた。
 どうせなら空気でパンパンにしてやろうと頑張っていると、空気を入れていくうちに形がはっきりしていく。意外なことに、ビニールのエアーマットは背もたれ付きの椅子のような形をしていた。
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