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第二章 波乱の軍事訓練前半戦
1 見慣れない景色と変わらないもの
しおりを挟むカーテンから薄明かりが漏れる午前四時。いつものように目を覚ました呉宇軒は、視界に広がる見慣れない景色に一瞬どきりとする。昨日から寮暮らしになったことを思い出し、音を立てないようにそっとカーテンを開けると、まだ眠っているルームメイトたちの寝息やいびきが聞こえてきた。
枕元にあった迷彩服に着替え、足音を忍ばせて洗面所へ向かう。鏡を見て寝癖が無いかチェックしながら歯を磨いていると、ポケットの中で携帯が小さく震えた。
見ると、同じく早起きした幼馴染から連絡が来ていた。もう起きてる?という短いメッセージだけの画面を見てふっと笑みが溢れる。
呉宇軒と同じでまだ早起きの習慣が抜けていないのだろう。暇なら散歩に行くか?と返すとすぐに、迎えに行くと短い返事が来た。
手早く支度を済ませて廊下に出る。まだ誰も起きていない早朝の廊下は、薄暗くしんとして少し不気味だ。一階の扉自体は内側から鍵を開けられるが、チェーンと南京錠で厳重に施錠されているので、呉宇軒はヘアピンを手に鍵を開けようと奮闘する。
鍵穴の引っ掛かりを探してヘアピンを捻っていると、誰かが入り口の扉をノックしてきた。顔を上げると、そこには同じく迷彩服に身を包んだ李浩然が立っていた。白み始めた空の下、初々しい新人隊員のような姿を見て呉宇軒は口元に笑みを浮かべる。
「脱走か?」
南京錠を開けようとしているのを見た李浩然は、真面目腐った顔をして厳しい教官の真似をした。それがあまりにも様になっていたので、呉宇軒は思わずぷっと吹き出す。迷彩服を着て早朝にこっそり出ようとしている姿は確かに脱走兵っぽい。
「ちょっと待ってて、そろそろ開くから」
言うや否や手の中でガチャンと音がする。李浩然が邪魔にならないよう着替えの入った鞄を持ってくれたので、扉の外からチェーンだけを掛け直した。これから起きてくる寮の管理人のためにお詫びのメッセージを書いた付箋を貼っておくのも忘れない。
預けていた鞄を受け取った呉宇軒は、一晩振りの再会に満面の笑みを浮かべる。
「おはよう! 俺が居なくて寂しかった?」
昨晩呂子星から散々からかわれたのを思い出し、呉宇軒は期待を込めて尋ねた。李浩然は穏やかに微笑むと、調子を合わせて頷いてくれた。
「凄く寂しかった」
その答えに嬉しくなった呉宇軒は幼馴染に体当たりして隣に並び、俺も!と笑顔を向ける。そのまま二人は何となく湖のある方へ向かって歩き始めた。
集合時間まではまだ二時間近くあり、さすがに早朝過ぎてすれ違う人も居ない。特に男子はギリギリまで寝ている人が多いので、寮が建ち並ぶこの辺りは人の気配が全く無かった。
ひっそりと静まり返った遊歩道の脇では、朝露に濡れた芝生が光を受けてキラキラと輝いている。まるで誰かがそこに小さなダイヤモンドをばら撒いたかのようだ。自然溢れるこの場所は憩いの場所としてもぴったりだが、人の居ない今は鳥の囀りだけが響いている。
「なんか変な感じだよな。いつもの景色じゃないし、お前も遠くに行っちゃったし」
地元に居た頃は会いたいと思えばすぐ会いに行けた。こんな風に離れ離れになるのは初めての経験で少し戸惑う。
「今度泊まりに来ると良い。若汐も君に会いたがっていた」
旧友の名を聞いて、呉宇軒は不機嫌そうにぷっくりと頬を膨らませた愛らしい少女の顔を思い出す。
叔父の方は両親の離婚の際にお世話になったので中学の時に会っているが、従姉妹の李若汐とは小学生の頃以来だ。四人で庭の片隅に隠れ家を作ったり、ちょっと遠くまで冒険したり、彼女とは楽しい思い出がいっぱいだった。男勝りの李若汐に大人しい李兄弟が振り回されることもしばしばで、彼女が居た頃は笑いが絶えなかった。
「懐かしいな。元気にしてるのか?」
「来年受験だから少し気が立っている」
従姉妹は一個下なので、言われてみると確かに来年は大学受験だ。呉宇軒や李浩然は受験に苦労した思い出は無いが、周りが阿鼻叫喚だった事はよく覚えている。
ただでさえ多感な年頃なのに受験のプレッシャーまで重なると、気が立ってしまうのも仕方がない。李先生はさぞかし手を焼いていることだろう。
「そりゃ大変だな」
「うん。受験が終わるまで家庭教師をすることになった」
「ああ、だから叔父さんの家に泊まってるのか!」
李浩然のように裕福な家庭の生徒は、寮ではなくどこかに部屋を借りて一人暮らしすることが多い。呉宇軒は幼馴染が身内とはいえ年頃の娘の居る家に世話になっていることを不思議に思っていたが、可愛い娘の受験合格の為なら納得だった。彼は教えるのがとても上手なので、家庭教師を探すよりずっと確実だ。
「俺も教えに行ってあげようかな」
「是非そうしてくれ。きっと喜ぶ」
呉宇軒が最後に彼女と会ったのは十年近く前なので、どんな姿に成長しているか楽しみだった。彼女は李浩然と少し顔立ちが似ているので、きっと美人に育っているに違いない。
図書館が開いていないので中を通り抜けられず、二人は迂回してようやく湖の前までやって来た。
「なあ浩然、知ってるか? 図書館横のコンビニは勉強する学生の為に新しく建てられたんだって」
情報通の呂子星に聞いたことをそのまま伝えると、ちょっと覗いてみようかと提案する。コンビニと言うだけあって、この時間でもしっかり営業中だ。
中へ入ると、こんな時間に人が来ると思っていなかったのか、緩み切って携帯を弄っていたレジのおじさんが慌てて身を正す。笑いながら挨拶すると、連れ立って飲み物コーナーへ向かった。
「何が良いかな? どうせ温くなるしお茶とか?」
「経口補水液はあった方がいい」
飲み物を適当にカゴに入れ、ついでに軽食コーナーも覗く。小腹が空いているもののあと少ししたらランニングが始まるので、おにぎりをそれぞれ一つずつ買うことにした。
李浩然が選んだのは四川風ピリ辛肉炒めおにぎりだ。コンビニ初体験の時に買ってからずっとハマっていて、行くと必ずこれを買う。呉宇軒はザリガニのマヨネーズ和えおにぎりをカゴに放り込み、李浩然がまとめて会計してくれた。
「ありがと。次は俺がご馳走するからな」
「ご馳走はいい。それより、気になっている店があるから一緒に行ってくれないか?」
「氷粉の店か?」
「違う。学生街にあるカフェ」
学生街と呼ばれる一画は、文字通り学生の為の店が立ち並ぶ商店街だ。学校生活に必要な物はそこに行けば何でも揃うし、当然学割も効く。
呉宇軒は大学のパンフレットでその存在を知っていたが、カフェがある事までは書いていなかった。
そのカフェにはミルクの味が濃厚な絶品パフェがあるらしい。すでに下調べ済みとは、幼馴染は学生生活を満喫する気満々のようだ。
「お前甘いものも大好きだもんな。良いよ、時間がある時に行ってみよう」
笑って快諾すると、ここに初めて来た時にも使った図書館の側にある石造りのテーブルに腰を下ろす。あの時はジリジリと照り付ける太陽のせいで暑かったが、早朝の今はまだ気温がそこまで高くないので過ごし易い。
澄み渡る空気の中、二人は早めに朝食を摂った。朝日に輝く雄大な湖に、向かいには清らかな空気に負けないくらい清廉とした雰囲気の幼馴染が居る。この上なく贅沢な朝の時間に、呉宇軒の唇は自然と弧を描いた。
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久しぶりに始めてみました
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