真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第二章 波乱の軍事訓練前半戦

19 離れたくない

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 昨晩怒りを爆発させたのが効いたのか、今日は朝から李浩然リーハオランが大人しい。久々に監視から解放された呉宇軒ウーユーシュェンは、ご機嫌を取るためにあれこれ尽くしてくれる幼馴染に早速飲み物を買って来てくれるように頼む。
 二つ返事で買い物に行った幼馴染を見送ると高進ガオジンに声をかけようとしたが、彼は目が合うなり僅かに怯えた表情を浮かべ、そそくさと居なくなってしまった。初対面の一件以来、どうも露骨に避けられている気がする。
 李浩然リーハオランのいない隙に後を追おうとしたものの、通りすがりの呂子星リューズーシンが引き留めてきた。幼馴染に言われて代わりに見張っているのかと思ったが、そうではないらしい。彼は隣にやってくると小馬鹿にしたように笑いながら口を開いた。

「お前、昨日凄かったぞ」

「何が?」

李浩然リーハオランに寝かしつけられて秒で寝てた」

 昨夜のことを思い出してあー、と曖昧な相槌を返す。幼馴染に寝床へ連れ込まれてからの記憶がほとんど無い。

「あれやられるとすぐ寝ちゃうんだよ……」

 小さな頃からずっと一緒に寝ていたので、実は一人よりも二人で寝る方がよく眠れるのだ。それが分かっているから、李浩然リーハオランは幼馴染が荒れるとああして無理矢理寝かしつけてくる。
 赤ちゃんみたいだったぞ、と呂子星リューズーシンに笑われ、呉宇軒ウーユーシュェンは眉間にシワを寄せてムッとした。

「体が覚えちゃってるんだから仕方ないだろ!」

 王茗ワンミンのクマちゃん添い寝ほどではないが、習慣となってしまったものはそう簡単に変えられない。開き直ってそう言うと、呂子星リューズーシンは面白がって口を開いた。

「勝手にベッドに入ってくるんだって?」

「誰に聞いた?」

桑陽サンヤン。あいつは高進ガオジンに聞いたって」

「ああっ! また俺の知らないところで仲良くなってる!」

 高進ガオジン李浩然リーハオランのベッドは隣接しているので、移動している音に気付いて起きてしまったのだという。それよりも呉宇軒ウーユーシュェン謝桑陽シエサンヤンがまたもや自分の知らない所で友情を育んでいた事実に落胆した。一人だけ置いてけぼりを食らった気分だ。

「それよりお前、今のままで大丈夫なのか?」

「大丈夫って何がだ?」

 いじける呉宇軒ウーユーシュェンを見て、呂子星リューズーシンは呆れた顔をする。

「お前と幼馴染だよ。向こうに恋人ができたら、今みたいに一緒に居られなくなるだろ?」

 そう言われ、突然頭をガツンと殴られたような衝撃が走る。

「そう……なのか?」

 李浩然リーハオランと離れ離れになるなんて、今まで考えてもみなかった。
 しかし、言われてみると確かにそうだ。一日の限られた時間を恋人に割くなら、必然的に一緒に居られる時間は少なくなる。それに、恋人と過ごしている中に割って入るほど呉宇軒ウーユーシュェンは図々しくはなかった。
 今でさえほんの一日離れただけで寂しくなっていたのに、当たり前のようにあったものが急になくなるなんて果たして耐えられるだろうか。考えるだけで頭がぐらぐらして、呉宇軒ウーユーシュェンの顔からたちまち笑みが消える。

「大丈夫か?」

 呂子星リューズーシンは急に押し黙った呉宇軒ウーユーシュェンを心配そうに覗き込んだ。目の前で手をひらひらさせるも無反応で、これは重症だな、とため息を吐く。
 慰めの言葉でもかけてやろうと口を開いたが、タイミングの悪いことに李浩然リーハオランがお使いから帰ってきた。彼は幼馴染の異変にすぐに気付き、僅かに眉をひそめると呆然とする幼馴染に声をかけた。

阿軒アーシュェン、何かあったのか?」

「えっ? いや……何でもないよ?」

 魂の抜けたようになっていた呉宇軒ウーユーシュェンは、幼馴染の声にはすぐに反応した。いつものように笑顔を作ったものの、それはなんともぎこちなく、李浩然リーハオランは側に居た呂子星リューズーシンに刺すような眼差しを向けた。

「彼に何を言った?」

 淡々としながらも明確な敵意のこもった声に、呂子星リューズーシンは思わず息を呑んだ。幼馴染に向ける柔らかな表情とは打って変わって、まるで氷のような冷え冷えとしたけわしい顔つきをしている。普段の李浩然リーハオランとは別人のようだった。
 蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れないでいると、呉宇軒ウーユーシュェンが幼馴染の手からペットボトルを奪って言った。

「べっ、別にお前が居なくなったら寂しいとか、そんなんじゃないからなっ!」

 動揺を隠しきれず真っ赤になった呉宇軒ウーユーシュェンは、思わず幼馴染のお腹を拳で突き、脱兎の如く逃げ出した。
 後に残された二人は呆気に取られて慌ただしく去っていく背中を見送ると、困惑した顔を見合わせた。謝るなら今しかないと、呂子星リューズーシンは慌てて口を開いた。

「……悪い、なんか余計なこと言ったかも」

「俺が居なくなると?」

「もしも相手に恋人ができたらって話だったんだが……」

 例え話のつもりで、まさかあんなに動揺するとは思っていなかった。我ながら余計なお節介だったと反省する。
 李浩然リーハオランはそれだけでおおよそ事情を察したらしく、少し話せるか?と呂子星リューズーシンに尋ねた。


 二人は往来の激しい通り沿いを避け、奥まった場所にある人気のない木陰のベンチに腰を下ろした。

阿軒アーシュェンの両親が離婚したことは知っているか?」

「ああ、不倫して借金残して逃げたって? 確か中学の時に」

 李浩然リーハオランは表情を硬くさせて頷くと、幼馴染の過去についてゆっくりと話し始めた。

「彼の父の借金が発覚したのは、両親が離婚した後だった」

 初めはただの不倫だと思われていた。ところが、蓋を開けてみると多額の借金が発覚したのだ。それもただ借りただけではなく、母方の祖父が所有する店の名前を出して銀行から金を借りるというかなり悪質な事もしていた。

「それって詐欺になるんじゃないのか?」

 弁護士を目指している呂子星リューズーシンはすぐに気付いた。店の名前を勝手に使って借金をするのは、たとえ身内であっても許可を得なければ違法行為だ。

「うん。警察は裏で何らかの組織が糸を引いていると睨んでいた」

 事件性があると言うことで、捜査の手が入った。父が詐欺に遭った可能性があると知った呉宇軒ウーユーシュェンは学校にも行かず、朝から晩まで父親を探して回った。そしてしばらく経ったある日、悲劇は起きた。
 その日、李浩然リーハオランは行方知れずの幼馴染を心配して何度目かの電話をかけた。ところが、ようやく電話が繋がったと思ったら出たのは警官だった。

「警察沙汰になったのか?」

「不倫相手と一緒に居る父親を見つけて言い争いになったらしい」

 何でも、町中で殴り合いの喧嘩をした挙句、止めに入った警官を一撃でのしてしまったのだという。喧嘩の相手が妙齢の夫婦と聞いてピンと来た李浩然リーハオランは、電話口で事情を話し、大慌てで母と共に迎えに行った。
 駆けつけると、呉宇軒ウーユーシュェンは留置所の壁にもたれ、虚ろな目でぼんやりと遠くを見ていた。

阿軒アーシュェンは……父親に捨てられたと思っている」

 李浩然リーハオランはそう言って言葉を濁したが、呉宇軒ウーユーシュェンは迎えに来たのが幼馴染だと分かるとその胸に飛び込み、せきを切ったように泣き出した。そして何があったかは一切語らず、震える声で『生まれてこなければよかった』と呟いたのだ。
 そこにはいつもの天真爛漫で朗らかな幼馴染の姿はなかった。憔悴しきった暗い顔を見た李浩然リーハオランは、手を離した途端に彼が消えてしまいそうで恐ろしくなったのを覚えている。

「ああ見えて、彼はまだ父親のことを引きずっていると思う」

 普段は明るく振る舞っているが、李浩然リーハオランには彼が時々無理をしているように思えてならなかった。アンチに異常に執着するようになったのは、父の一件があってからだ。
 李浩然リーハオランは表情を和らげると、真摯しんしに聞いていた呂子星リューズーシンに微笑んだ。

「だから、あまり虐めないでやってくれ」

 話を聞き終えた呂子星リューズーシンは、ルームメイトの重い過去に戸惑いを隠せず深い息を吐く。

「この話、俺が聞いてよかったのか?」

「地元では有名な話だ。彼からもそのうち聞くことになるだろう」

 有名店の宿命か、噂は瞬く間に広がった。そんなこともあり、呉宇軒ウーユーシュェンは妙な尾ひれはひれがつくよりはいいと、起きたことを一切隠さず公言している。雑誌のインタビューや自身のアカウントでも話しているので、ファンの間でも有名な話だ。
 気まずい沈黙を裂くように携帯のバイブ音が鳴り響く。ポケットから携帯を取り出した李浩然リーハオランはふっと笑みを溢して口を開いた。

阿軒アーシュェン猫奴マオヌーに泣きついたらしい。助けに行かないと」

「そいつは一大事だな」

 糸目の青年の嫌がる顔を思い出し、呂子星リューズーシンも釣られて笑った。
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