真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第四章 波乱の軍事訓練後半戦

26 人生の半分

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 調理係に立候補していた呉宇軒ウーユーシュェンは、早速幼馴染を助手にして海鮮焼きそばの仕込みをすることにした。手慣れた包丁捌きで次々に食材を切っていると、そのあまりの速さにあちこちから見物人が集まってくる。
 見物人たちは物凄い速さで食材を切っていく呉宇軒ウーユーシュェンにも驚いたが、それ以上に李浩然リーハオランの手際の良さにびっくりしたようだ。彼は昔から幼馴染の家で朝の仕込みを眺めていた上に、呉宇軒ウーユーシュェンから直々に料理の仕方を習っていた。本人の要領の良さも相まって、包丁捌きだけならプロ顔負けだ。

「なんか包丁持つの久々だな。腕が鈍ってなくて良かった」

 軍事訓練中は、当然ながら料理を作る機会が全然無かった。久しぶりの感触につい口元が緩む。
 李浩然リーハオランは手元からふと視線を上げ、幼馴染の弧を描く唇を見て懐かしさに目を細めた。

「君は本当に料理が好きだな」

「俺の人生のもう半分だからな」

 半分が李浩然リーハオランで、もう半分が料理だ。二つは切っても切れない大切な思い出で繋がっていた。そもそも呉宇軒ウーユーシュェンが料理に打ち込む切っ掛けになったのが彼なのだ。

「お前覚えてる? 小さい頃、俺たちよく厨房を覗いてただろ?」

「うん。お祖父さんが凄いことをしてくれると言って、君が中に入れてくれた」

「そうそう、火柱上げるやつな。そしたらお前、すっかり夢中になっちゃって」

 孫たちが見学していることに気付いた祖父は、彼らをあっと驚かせようと特大の火柱を上げてくれて、高々と上がった炎に幼い二人は瞬く間に魅了された。特にいつも大人しくて控えめだった李浩然リーハオランは見たことのないほど顔を輝かせ、幼馴染の家に来る度に次はいつ火柱が見られるかと心待ちするようになってしまったのだ。

「あれやると母ちゃんめちゃくちゃ怒るんだよな」

 荒ぶる母が祖父を叱りつけていたのを思い出して、二人は顔を見合わせて笑った。火事を誘発しかねない調理方法な上に、あちこちに油が飛び散るので母からは強く禁止されていたが、祖父は子どもたちのために彼女の目を盗んでこっそり披露してくれていた。
 呉宇軒ウーユーシュェンが料理人を目指したのは、仕事をしている祖父が格好良かったからだけではない。高々と上がる火柱に魅了された幼馴染が、初めて自分以外に夢中になってしまったからだ。今までずっと後ろをついて回っていた彼が厨房から離れなくなり、呉宇軒ウーユーシュェンは無性に悔しくなったのを思い出す。いつか彼の心を奪う美しい火柱を上げてやろうと、それからすぐに料理の修行に打ち込むようになったのだ。

「そういえば、大きくなったらもっと凄い火柱を見せてくれると約束していたな」

「覚えてたのか!?」

 李浩然リーハオランの言葉に、呉宇軒ウーユーシュェンは驚いて目を見開く。当時はまだ六歳で、記憶があやふやになっていてもおかしくない。それなのに、彼はあの当時の約束を覚えていてくれたのだ。
 彼が忘れないでいてくれたことが嬉しくて、呉宇軒ウーユーシュェンの心は花が咲いたように嬉しい気持ちでいっぱいになる。

「じいちゃんの許可が降りたら披露してやるよ」

 ニコニコしながらそう言うと、李浩然リーハオランも楽しみにしてる、と微笑んだ。
 二人で作業したので下準備はあっという間に終わり、火起こし組がやって来て炭や焚き火の準備をしてくれる。李浩然リーハオランは引き続き助手としてサポートするつもりらしく、率先して麺の準備に取り掛かった。
 見学をしていた生徒たちも、準備が終わった自分のグループの所に戻って行く。様子を見にきた呂子星リューズーシンが、調理台に置かれた山のような食材の数々を見て呆れた顔をした。

「そんなにたくさん作るのか? お前ら店でも開く気かよ」

「これでもまだ足りないくらいなんだが?」

 準備をしていた時に声をかけてきた女子たちが話を広めている可能性は大いにあった。争いにならないよう祈りながら、呉宇軒ウーユーシュェンは早速鉄板に油を引いた。



 あちらこちらから美味しそうな匂いのする煙が上がり、楽しげな笑い声が聞こえてくる。ずっと姿の見えなかったイーサンは、今はバーベキューコンロの前を陣取って串焼きに専念しているようだ。アメリカに居た頃によく家族でやっていたらしく、その動きは手慣れている。
 鉄板の上にはざっと二十人前の焼きそばが完成していて、近くのグループの子たちが早速お裾分けを貰いに来た。彼らの皿に少量ずつ乗せてやりながら、呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染に向かって甘えた声でおねだりする。

然然ランラン、俺お肉食べたいな」

 作業がひと段落して焼きそばを食べていた李浩然リーハオランは、空腹な幼馴染のために二つ返事でイーサンの元へ肉を取りに行ってくれた。その間にも焼きそばは次々出来上がり、完成した側から他の生徒たちに持って行かれる。もしお金を取っていたら、結構な額の売り上げが見込めただろうに少し残念だ。
 順番待ちの列が捌けて、猫奴マオヌーが現れた。彼の皿には芳ばしい香りを放つ大きな海老が乗っている。バターとガーリックを使っているのか、洋風な香りがした。

「食べに来てやったぞ」

「おう、持ってけ! その海老どこのやつ? 俺も食べたいな」

「そう言うと思って、お前の分も持って来てやったぞ。感謝しろよな!」

 皿はどこだ?と彼が辺りを探している間に李浩然リーハオランが戻って来たので、呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染の皿に乗せるように頼んだ。

「君も食べに来たのか」

「もちろん! コイツの料理を食べ逃すなんてあり得ないんでね。あっ、李先生も海老どうぞ」

 李浩然リーハオランにだけは低姿勢な彼は、大きな海老を二つ置いて焼きそばを貰うと、どこかへ去って行った。他のグループの所に行って何か貰ってくる気なのだろう。バーベキューの中盤に入ってからというもの、猫奴マオヌーのように他のグループに食べに行っている生徒がちらほら見える。
 捌けた列がまた戻って来て、にわかに忙しくなってきた。ゆっくり食べる時間が取れない呉宇軒ウーユーシュェンのために、李浩然リーハオランが肉を食べさせてくれる。まさしく万全のサポート体制だ。
 しばらく食べさせてもらいながら調理を続けていると、見回りの教官たちと一緒にLunaルナがやって来た。彼女は幼馴染に食べさせてもらっている呉宇軒ウーユーシュェンを見て、呆れ顔で口を開いた。

「あんたねぇ、食事くらい落ち着いてしなさい」

「ゆっくり食べてたら間に合わないんだよ。そうだ、Luna姉のために特製焼きそばの準備してたから食べてって」

 どうせ食べに来るだろうと思い、予め買い出し組に頼んでおいたのだ。中華麺からカロリーの低い春雨に変えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「分かってるじゃない!」

「そりゃあ、長い付き合いだからな」

 手早く作って皿に乗せてやると、Lunaは春雨を一口食べて満足そうに頷いた。

「これよこれ! 相変わらず美味しいわね」

 春雨焼きそばは、低カロリーで美味しい料理を作れという無理難題を吹っかけてきた彼女を満足させるために考案したものだ。呉宇軒ウーユーシュェンたちの間では『モデル飯』と呼ばれていて、そのレシピはモデル仲間たちから結構評判が良かった。
 教官たちは焼きそばを皿に乗せた後、また見回りに行ってしまったが、Lunaは残って隣のバーベキューコンロで手伝いをしている謝桑陽シエサンヤンの方へ挨拶に行った。
 天下の人気モデルLunaが居なくなったことで、遠巻きにしていた人たちが焼きそばを求めて押し寄せてくる。呉宇軒ウーユーシュェンは残った春雨も炒めながら、集まってきた人たちに声をかけた。

「春雨焼きそば食べたい人いる?」

 Luna効果か、主に女子たちが我先にと手を挙げる。彼女が美味しいと宣伝してくれたお陰で、余りそうだった春雨はあっという間に無くなった。

阿軒アーシュェン、少し代わろうか?」

 食事を終えた李浩然リーハオランが交代を申し出てくれたので、呉宇軒ウーユーシュェンは喜んで場所を譲った。炒めるだけなら彼にもできるし、味付けをする時に横から手を貸せばいい。

「ありがと。ずっと炒めっぱなしでちょっと疲れてたから助かるよ」

 気を利かせた王茗ワンミンがせっせと持ってきてくれたお肉を食べながら、呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染の隣でしばし休憩した。すると、隣のバーベキューコンロを仕切っていたイーサンがやって来る。

「焼きそばを貰いに来てやったぞ!」

「お前も休憩か? 左の方から好きなだけ取って行って良いよ」

 一歩も動く気がしなくてそう言うと、李浩然リーハオランがイーサンの皿に焼きそばを盛ってくれた。目当てのものが手に入った彼は、ウキウキしながら呉宇軒ウーユーシュェンの隣に腰掛けた。一口食べて目を輝かせ、ふと鉄板台で黙々と焼きそばを炒める李浩然リーハオランの手慣れた様子に驚いた顔をする。

李浩然リーハオランも料理できるのか?」

「ちょっとはな。焼きそばの味付けは俺がやるけど」

 話しているうちに早速幼馴染に呼ばれ、呉宇軒ウーユーシュェンは味付けをするために一度席を離れた。李浩然リーハオランが焼いているせいか、焼きそばを求めて並ぶ列に女子が多くなる。せっせと調理を続ける幼馴染に、彼はニヤニヤしながら囁いた。

浩然ハオラン、もうちょっと愛想良くしろよ。女の子がいっぱい来てるんだぞ」

 彼の仏頂面はもはや、愛想が悪いを通り越して頑固な職人のようだ。からかわれて怒ったのか、ますます険しい顔になる。
 呉宇軒ウーユーシュェンが食事を終えて幼馴染の後を引き継ぐと、鮑翠バオツェイ率いる女子たちが食べに来た。
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