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第四章 波乱の軍事訓練後半戦
30 恋と友情の境界線
しおりを挟む朝のランニングをするために集合場所へ行くと、今日は何故かいつもより女子の視線が集まっている気がした。彼女たちは一緒に居る幼馴染二人をチラチラ見ては、互いに耳打ちして内緒話をしている。
ただ李浩然の隣に立っているだけなのに、まるで一大事件が起きたかのようだ。こんなに注目を浴びることなど今まで無かったので、呉宇軒は一体何が起こったのかと不思議に思う。
「なんかあったっけ?」
幼馴染に尋ねるも、彼も不思議そうな顔をするばかりだ。
考えても心当たりがなく、呉宇軒が彼女たちの様子を窺っていると、遠くからイーサンが走ってくる。彼はセットした髪型が崩れるのも構わずに全速力でやって来ると、何故かヒソヒソ話をするように声を潜めた。
「お前たち、ネット見たか?」
「ネット? いや、見てないけど?」
そう言って李浩然を見ると、彼も無言で首を横に振った。朝から色々あったため、今日はまだネットを開いてすらいない。
二人が何も知らないと分かり、イーサンは顔を顰めて自分の携帯画面を見せた。
「この画像、写っているのはお前たちだろう?」
見てみると、昨日の晩に猫猫先輩が撮ったエモい写真が上げられていたが、呉宇軒はすぐに違和感に気が付いた。
解像度が弄られていて、写っているのが誰なのか丸見えになっている。もちろんやったのは先輩ではなく、その画像をダウンロードした別の誰かだ。
「あー、その手があったか」
どうせ誰だか分からないだろうと高を括っていたが、考えたものだ。この前の結婚おめでとう動画と合わせて物凄い拡散のされ方をしている。しかも今回の写真は李浩然側からしているので、珍しさも相まって広がり方が尋常じゃない。どうりで女子がチラチラ見てくる訳だ。
「猫猫先輩が隠し撮りしたやつだよ。それにしても、わざわざ顔が分かるようにするとか何がしたいんだ?」
書き込みを見てみると、口にキスしているか頬にしているかで激しい戦いが起きていた。そんなことで激論を交わさなくても良いのに、くだらなすぎて呉宇軒は思わず失笑した。
二人がまるで動じていないので、慌てて報告に来たイーサンはポカンとする。善意で教えに来てくれた彼に、呉宇軒は笑って言った。
「これくらい大丈夫だよ、今に始まったことじゃないから」
前にも何度か顔を見えないようにして、釣り画像をネットに流したことがあった。呉宇軒の髪は男にしては長めなため、撮り方を工夫すれば女子に見えなくもない。『女子だと思った? 残念でした!』とネタばらしして炎上することもしばしばだ。
放って置いても良かったが、火に油を注ぐのも面白そうだ。呉宇軒は幼馴染に耳打ちすると、イーサンの携帯を勝手に使ってツーショットを撮った。
花火の写真と全く同じ構図で、今度は正面から撮る。そのまま彼のアカウントに写真を上げると、すぐに『軒軒に乗っ取られてる!』という書き込みが山ほど来た。
「お前っ、何してるんだ! 僕の携帯を汚すな!」
「美男二人を捕まえて失礼な奴だな!」
画像の拡散と共に知名度も爆上がりしたようで、イーサンはその投稿を消すに消せなくなってしまったようだ。アカウントを汚染された!と怒りながらも、注目が集まる嬉しさを隠しきれないでいる。
ネット上の論争は、頬にキスをしている写真が投稿されたことで『頬キス派』の勝利で幕を閉じた。
「ほら、いつまでやってんだ? ランニング行くぞ」
画面を見ながらモダモダしているイーサンの背中をポンと押し、呉宇軒はひと足先にランニングに出発した。出回った画像で盛り上がる女子たちも、一日が終わる頃には落ち着くだろう。
午前中の訓練を全て終え、馴染みの食堂で食事を済ませる。朝の宣言通り恋人として振る舞う李浩然が、盛んに呉宇軒の口へ食べ物を運んでいるも、すでに二週間近く二人の仲睦まじさを見せつけられていたルームメイトたちは驚きすらしなかった。それどころか、二人が手を繋ごうが寄り添っていようが無反応で、みんなに説明をしようとしていた呉宇軒はあれ?と首を傾げる。
恋人役と言っていた割に、これではいつもと変わらない。強いて言うなら李浩然側からのスキンシップが過剰になったくらいだが、あまりに普段とやることが変わらなすぎて、普通の恋人同士が何をしているのかだんだん正解が分からなくなってくる。
昼食を終えた学生たちは、レクリエーションの後片付けのためにテントを張った場所に集まっていた。前半組と後半組が協力して、自分たちが使った寝袋やテントを片付けていく。土を払い落として綺麗にしていると、呉宇軒の元に鮑翠がやって来た。
「女子はもう終わったのか?」
「まあね。みんな綺麗好きだから。それより昨日のことなんだけど」
まさかあのキス写真のことか?と身構えていると、彼女が口にしたのは別のことだった。
「李浩然の従姉妹の子、凄く可愛かったわよね。あなたとはどんな仲なのかなって気になって」
別の意味で面倒くさい話題に、呉宇軒はうわっと思いながらも無理矢理笑顔を作る。
女子の知り合いが現れると、誰かしらに毎回『あの子とはどういう関係?』と聞かれるのだ。どうもこうもないと言ってしまえれば楽なのだが、経験上それで納得した子は一人も居ない。
「小さい頃はよくみんなで遊んでたんだよ。会ったのは十年ぶりくらいかな。あいつ何か言ってたのか?」
「あなたの事探ってたわよ。気になってる人がいるのかとか、仲良い子は誰とか。彼女、あなたに気があるんじゃない?」
直接聞かれた時に適当にあしらったせいか、女子に聞きに行っていたとは。見当違いの推測をする鮑翠に、呉宇軒は苦笑いした。
「どっちかって言うと、俺の弱味握ろうとしてんじゃないかな」
昔から悪知恵の働く悪戯っ子だったので大いにあり得るが、李若汐は女子の前で猫でも被っていたのか、鮑翠は納得がいっていないようだった。
「昨日は大人しかったけど、あいつかなりのじゃじゃ馬だから騙されんなよ? うちの可愛い然然が何度泣かされたことか……昔っから外面だけは良いんだ」
彼女は黙って座っている分には大変可愛らしい乙女のようなのだ。ただし、中身は両親からずっと座っていてくれとお願いされるほど傍若無人でお転婆だった。
一緒に遊んでいた頃は大抵大人しい李兄弟が逃げ遅れ、彼女の餌食になって泣かされていた。疑いの眼差しを向ける鮑翠に、当時の暴れっぷりを見せてやりたいくらいだ。
噂をすればなんとやらで、自分の分の片付けを済ませた李浩然がやって来る。彼は呉宇軒の手からテントの骨組みを受け取り、挨拶代わりに頬へ軽く口付けると、何事も無かったかのように戻って行った。
一連の出来事を見ていた鮑翠が、唖然とした表情でその背中を見送る。
「い、今の何?」
「やっと聞いてくれる人がいた!」
今まで何をしてもまたやってるよ、と呆れた感じで無視されてきた呉宇軒は、彼女の一言でやっと話せると喜んだ。
「俺、浩然に恋愛指南してて、今恋人役やってるとこなんだ」
なるほど、と頷くと、彼女は遠くに居る李浩然を見て驚いたように言った。
「なんか意外ね。李浩然ってあんな堂々とキスするような人なんだ」
「あいつ基本、周りの目とか気にしないから。彼女になったら大変かもな」
そもそも清く正しい生活をしているので人目を気にするような事態にはならないが、李浩然は昔から自分の意思を押し通す頑固な一面があった。唯一の例外が呉宇軒で、幼馴染からの言葉以外に彼を動かせるものはないと言っても過言ではない。
「でも頬っぺたなのね」
「そりゃあ、練習なんだから口にはしないだろ?」
当然だろうと返すと、何故か彼女は腑に落ちない態度でうーんと唸った。何が引っ掛かるのか、俯いて考え込んでしまう。
そろそろ彼女との会話を切り上げて幼馴染の元へ戻ろうと思っていた呉宇軒は、どこかからおーい、と呼ぶ声がして周囲を見渡した。声の主は王茗で、一塊になった学生たちの影から顔を出すと二人に向かって手を振りながらやって来た。
「何してんの?」
「お前の彼女と浮気してた」
面倒な話の仕返しに冗談を言うと、俯いていた鮑翠がびっくりして顔を上げる。
「ちょっと軒軒!?」
怒った彼女とは対照的に、王茗は全く気にせず笑った。それもそのはず、彼は呉宇軒のファンなので、そんなことは絶対にしないと分かり切っているのだ。
「またそうやってふざけて、雑誌のインタビューで人のものには興味ないって言ってたじゃん! それより、やっと今日で軍事訓練も終わりだな」
彼の言葉に、二人は同時にえっ?と声を上げた。それもそのはず、まだ明日の避難訓練が残っている。
「宝貝、何か忘れてない?」
とぼけた彼氏の両頬をぎゅっと抓り、鮑翠は子どもに尋ねるような優しい口調で言った。彼女はニコニコしているものの、強めに摘まれた頬は痛そうだ。
せっかくなので、呉宇軒は間近で恋人たちの普段の姿を観察することにした。
彼女に怒られた王茗は一生懸命考えたものの、その表情は今ひとつピンと来ていないようだ。
「……ええっと、なんだっけ?」
精一杯頑張りましたという空気を出しながら、彼はしゅんとしたまま甘えたように言った。その姿はお母さんに叱られる子どもそのものだ。甘ったれた彼のことが可愛くて仕方がないのか、鮑翠は笑いを堪えて肩を振るわせると、彼の鼻の頭をつんと指で突いた。
「避難訓練!」
ようやく思い出した王茗がああっ!と声を上げる。
「もうっ! しっかりしてよね」
ついに堪えきれなくなった鮑翠が小さく吹き出し、王茗も釣られてへへへ、と笑う。相性がいいのか、二人は本当に仲が良い。
見ているだけで呉宇軒はお腹が一杯になった気分だった。しかも、自分が普段幼馴染とやっていることと大差ないことに気付き、これは参考にならないと頭を抱える。李浩然を導く道は前途多難だ。
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