真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第六章 千灯夜に願いを乗せて

24 円満灯籠

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 呉宇軒ウーユーシュェンがタレの準備をしている間に、彼らは程よく火の通った肉を小皿に取り始めた。取るタイミングが分からないでいたイーサンが、みんなを見て少し遅れて箸を伸ばす。
 李浩然リーハオランがいつものように手が離せない幼馴染の分を取り分けてくれているので、呉宇軒ウーユーシュェンは落ち着いて全員分のタレを作り終えることができた。自分の分はお酢を多めにしてさっぱりと仕上げ、優しい幼馴染の分は豆板醤とラー油を混ぜて辛味をつける。

「後ろの奴らは大丈夫か?」

 心配になって振り返ると、隣のテーブルでは謝桑陽シエサンヤン高進ガオジンが二人で手際よく場を仕切っていた。彼らは顔を上げると親指を立てて、笑顔で大丈夫と合図してくる。それでようやく呉宇軒ウーユーシュェンは安心して、自分の鍋に向き合った。

「タレはつけ過ぎないように……」

 注意を促している途中で、お子様舌の王茗ワンミンが甘めのタレをたっぷり絡めてぱくりと食べてしまう。呉宇軒ウーユーシュェンは彼の暴挙に呆気に取られ、ほぼタレの味しかしないだろうと呆れていたが、彼があまりにも幸せそうな顔をするので堪らず吹き出した。あれだけ嬉しそうな顔をしているのだから、きっと満足だろう。

「まあ、自分が美味しいと思う食べ方が一番だな」

 気を取り直してそう言うと、呉宇軒ウーユーシュェン李浩然リーハオランに取り分けてもらった肉を胡麻の濃厚なタレに潜らせた。胡麻ペーストがベースになったタレはとろみがあってよく絡む。ほんの少し付けただけでも充分美味しそうだ。

「美味いな! こんなに美味い羊肉は初めて食べた」

 ひと足先に食べ始めたイーサンが目をキラキラさせる。そこまで言われると待ちきれなくて、呉宇軒ウーユーシュェンも早速肉を口に入れた。
 薄切りの羊肉は程よく脂が乗って臭みもなく、口に入れるとたちまちスープとタレが絡み、柔らかい肉の旨みが広がる。隠し味にピーナッツを使っているようで、ほんのりとナッツの香ばしさが後を引く。

「確かに美味いな! いい肉を使ってる」

 北京で食べられる羊肉のしゃぶしゃぶは、鮮度が重要なので元々臭みは少ないが、この店で扱っている肉は下処理も丁寧にしているらしい。今まで食べた中でも一二を争う美味しさだ。美味しい肉に舌鼓を打っていると、ようやく運河の向こうからゆっくりと灯籠が流れてきた。
 大小様々な橙色の灯りの中に、呉宇軒ウーユーシュェンたちが買った夫婦円満灯籠のカラフルな色が混じる。薄青の蓮の花が流れて来たのを見て、彼は李浩然リーハオランの肩を叩いて指差した。

「もしかして、あれ俺たちの円満灯籠だったりする?」

 はしゃぐ幼馴染に、彼は食事の手を止めて運河へ視線を向けると、優しげな笑みを浮かべて頷いた。

「そうかもしれないな」

 次々にやって来る淡い色の灯籠は、穏やかな流れに乗ってゆるやかに通り過ぎていく。暗い川の上に点々と灯る輝きを眺めながら、イーサンは大喜びで何枚も写真を撮っていた。
 しばらくその美しい光景を眺めていると、向かいの王茗ワンミンが興味津々に身を乗り出す。

「ね、ね、円満灯籠って何?」

「夫婦円満灯籠な! 蓮の花の灯籠に夫婦で名前を書いて、円満祈願で川に流してもらうんだよ。俺たちの灯籠は青色なんだ」

 通り過ぎていく蓮の中にちらほら青が混じり始め、呉宇軒ウーユーシュェンは目を凝らす。さすがにこれだけ距離があると、自分たちの灯籠がどれかは分からない。こんなことなら何か印になるものを付けておけば良かった。

「いいなぁ。俺たちもやれば良かった」

 仲間内で唯一恋人がいる王茗ワンミンは、流れていく蓮の花を残念そうに眺めて呟いた。
 淡く光る蓮の花たちはゆらゆらと揺れながら、ゆっくりと川の向こうへ向かって流れていく。最後の青い花を見送った呉宇軒ウーユーシュェンは、心の中でこれからの二人の幸せを願った。



 美味しい料理と美しい景色を心ゆくまで堪能した一行は、ご機嫌なままランタンに照らされた道を戻り、宿泊予定のホテルへ帰ってくる。ホテルの周辺は綺麗にライトアップされていて、遠目からでも存在感が抜群だ。

「やっと帰ってきた……あとは温泉を堪能するだけね!」

 念願の温泉に入れると、女子たちはハイタッチして喜ぶ。露天風呂が混浴だったので中で合流しようと約束して、仲間たちはそれぞれ自分の部屋に戻っていった。

「露天風呂楽しみだな。女子が遅かったの、きっと水着選んでたせいだぜ」

 自分たちの部屋に戻り、呉宇軒ウーユーシュェンは着替え中の李浩然リーハオランに笑って話しかけた。
 古北水鎮こほくすいちんにある温泉は、日本式のもの以外は水着の着用が義務付けられている。そういう訳で、土産物屋や売店には水着が売られているのだ。二人も先ほど、土産を買うついでにお揃いの水着を購入していた。

然然ランラン、似合う?」

 中秋節らしい月と兎が描かれた水着を見せびらかすと、李浩然リーハオランは落ち着きのない子どもを見るように眉をひそめる。

阿軒アーシュェン、風邪を引くから早く服を着なさい」

「はぁーい」

 温泉に浸かるのが楽しみだったので、呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染に言われるままパパッと素早く服を着直し、貴重品を部屋の金庫に入れた。温泉を利用する客のためにホテル側が用意してくれていたタオルセット一式を持ち、浮かれた気分で部屋を出る。壁の案内に従って廊下を進んで行くと、すぐに男湯と書かれた藍色の暖簾のれんが見つかった。

「あっ、シュェン兄、ラン兄、こっちです」

 中に入ると、すでにタオル一枚になった謝桑陽シエサンヤン高進ガオジンが待っていて、二人を見るなり顔を綻ばせる。どうやら男子組では彼らが一番乗りらしい。

子星ズーシンたちは?」

 辺りを見ても他には誰も居らず、呉宇軒ウーユーシュェンは先に来ていた二人に尋ねた。すると、謝桑陽シエサンヤンは困ったように眉を下げる。

「まだみたいです。お二人が来てくれてよかった。誰も迷子になっていないといいのですが……」

 みんな別々の部屋になったため、呉宇軒ウーユーシュェンたちが来るまで道中誰とも鉢合わせず、場所が合っているか不安だったようだ。
 他の仲間たちを心配する彼の言葉に、呉宇軒ウーユーシュェンも確かにと頷いた。特に帰国子女のイーサンはまだこの国の文化に慣れていない。そんな彼が一人部屋を選んだので、ここまで来られるか少々心配だ。
 連絡を入れようと携帯を取り出したものの、呼び出しコールが聞こえる前にイーサンが脱衣所に入って来た。

「ん? 何してるんだ?」

「イーサン! お前、大丈夫だったか?」

 彼はタオルセットもしっかり持って、準備万端の格好をしている。みんなからの注目を浴びた彼はきょとんとして口を開いた。

「場所が分からなかったから、通りがかりの従業員に聞いた。呂子星リューズーシンたちはまだ来てないのか?」

 分からなければ聞けばいいだけだろうと平然と返し、脱衣所に居るメンバーを確認した彼は、二人足りないことに気付いておや?と怪訝な顔をする。温泉の場所を探して迷っていたので、自分が一番最後だと思っていたらしい。

「そろそろ来るんじゃね? 多分、王茗ワンミンの支度に手間取ってるんだろ」

 呉宇軒ウーユーシュェンが先に準備してようと言って振り返ると、なんと李浩然リーハオランはすでに腰にタオルを巻いて準備万端だった。脱いでいる気配を微塵も感じさせずに準備を終えた彼に、呉宇軒ウーユーシュェンはびっくりする。

浩然ハオラン! いつの間に脱いだんだ?」

「君が話している間に」

 せっかく色違いで水着を買ったのに、呉宇軒ウーユーシュェンはまだ彼がお揃いの水着を着ているところを一度も見ていない。そっと手を忍ばせてバスタオルをめくろうとしたが、残念ながらすぐに気付かれてしまった。悪さをする手をぴしゃりと叩いた李浩然リーハオランは、子どもに言い聞かせるような口調で幼馴染を叱った。

「いいから準備しなさい」

然然ランラン、脱がしてくれる?」

 甘えた声でおねだりすると、彼は眉ひとつ動かさず無表情のまま、脅すように片手をスッと上げる。その動きの言わんとしていることを察して、呉宇軒ウーユーシュェンは慌てて言った。

「嘘嘘! 自分で脱ぎます!」

 彼の『お仕置き』に恐れをなし、すぐに手を引っ込める。悪戯をしないように李浩然リーハオランが厳しい目で監視してくる中服を脱いでいると、ようやく王茗ワンミン呂子星リューズーシンが顔を出した。何か揉めたようで二人の顔は冴えないが、これでやっと男子全員が揃う。

「遅かったな。どうした?」

 着替えを終わらせたイーサンが二人に尋ねると、呂子星リューズーシンはロッカーを雑に開け、ムッとした表情で答える。

「この馬鹿が鍵無くしたって言うから、さっきまでずっと探してたんだよ」

 いかにも王茗ワンミンがやりそうなことで、呉宇軒ウーユーシュェンは彼の話を聞くなり小さく吹き出した。すると、お世話係の呂子星リューズーシンが笑い事ではないと怒った顔で睨んでくる。

「まあまあ、そんなに怒るなよ。で、どこで見つかったんだ?」

 彼らがここに来られたと言うことは、鍵は見つかったのだろう。今度は王茗ワンミンが元気いっぱいに答えた。

「ベッドの上にあったよ! 水着に着替えてる途中で、服の中に紛れちゃったんだぁ」

 彼のだらしなさを知っている呉宇軒ウーユーシュェン謝桑陽シエサンヤンは、揃って呂子星リューズーシンに同情の眼差しを向ける。へへへ、とちっとも悪びれた様子のない王茗ワンミンに、振り回された彼は心底疲れた顔をして諦めのため息を吐いた。今、一番温泉の癒しが必要なのは、間違いなく呂子星リューズーシンだろう。
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