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第九章 ひみつのこころ
18 いつもの距離感?
しおりを挟む駐輪場から繁華街へ戻る頃には、呉宇軒の足も力を取り戻していた。
李浩然と共に大きな通りへ踏み出すと、そこはより一層人で溢れ、風に乗って美味しそうな香りまで漂ってくる。そんな中を進んで行くと、程なくして先ほどまでいた場所へ帰ってきた。
駐輪場でかなりもたついたので、仲間たちはとっくに店の中へ入っていたと思っていた。それがどうしたことか、彼らはまだ集団で固まって通りをうろうろしているではないか。
二人は驚いた顔を見合わせて、急ぎ足で仲間たちの元へ駆け寄った。
「まだ探してんのか? もうとっくに入ってたと思ったのに」
呉宇軒が声をかけると、携帯と睨めっこしていたイーサンが顔を上げて振り返る。彼は遅れていた二人を見てムッとした表情を浮かべながら、携帯の画面を見せた。
「この辺りのはずなんだが、入り口が見つからないんだよ。それよりお前たち、ずいぶん遅かったな。駐輪場は見つかったのか?」
彼の言葉に先ほど幼馴染とした濃厚な口づけを思い出し、呉宇軒の頬にさっと赤みが差す。柔らかな唇と舌の感触はまだ残っていて、せっかく意識しないようにしていたのに彼の一言で台無しだ。
「あ、ああ、見つかったよ。で、その店の名前は?」
無意識に唇に触れながら、呉宇軒は深く突っ込まれる前に慌てて話を変える。するとイーサンは様子のおかしい彼に怪しむような視線を送りながらも、あえて突っ込まず質問に答えた。
「グリズリー・バーガーって店だ。クマの看板があるはずなんだが……」
「クマの看板かぁ……」
見せてもらった看板を探して辺りを見渡していると、隣の李浩然が上を向いて口を開いた。
「ビルの窓から見える看板、あれがそうじゃないのか?」
彼の指差す方へ目を向けると、四階の窓にネオンの小さな看板が立てかけられているのが見える。遠目で確認し辛いが、確かにイーサンが見せてくれた店の看板とよく似ていた。
ようやく目当ての場所を見つけられて、イーサンはほっと安堵の息を吐く。
「あれだ! よく見つけられたな。行こう!」
その建物の入り口は何の変哲もないオフィスビルのようで、店があると事前に知らされていなければ入るのを躊躇ってしまうほどだ。仲間たちは恐る恐る扉を潜り、無機質なビルの中へ入った。
エスカレーターで四階まで行くと、扉が開いた途端、目の前に派手なネオンの看板が飛び込んでくる。バーガーを片手に舌を出した陽気なクマの看板だ。
店の看板を見て、彼らはほっと胸を撫で下ろした。何せ、ここに上がってくるまで何一つとして店があるような案内が出ていなかったのだ。
ガラスの扉を潜って中へ入ると、思いの外広い店内が目に入る。橙色の照明に照らされた室内には赤いソファや椅子が並び、床は真っ白でまるでアメリカ国旗のようだった。壁には古い洋画のポスターが飾られていたりと異国情緒溢れている。客層も外国人が多く、知る人ぞ知る本場のバーガーショップといった雰囲気だ。
入ってきた彼らを見て、恰幅のいい壮年の男性が笑顔でやって来る。
「遅かったじゃないか! イーサン、久しぶりだな」
「アレックスおじさん、ここ分かりにくいよ! 案内看板くらい置いておいてくれよな」
二人はアメリカ式のハグを交わし、にこやかに挨拶すると近情報告を始めた。
「お前のお気に入りのメニュー、まだあるぞ。サミーは元気か?」
「母さんなら元気だよ。現地の知り合いができたから、今は中国を満喫してる。そのうち連れて来るよ」
そう言うと、イーサンは振り返って仲間たちに店主のアレックスを紹介した。焦茶色の髪にクマのような体型をした彼はアメリカにいた頃の知り合いで、イーサンは子どもの頃、母親と一緒によくこのバーガーショップに通っていたのだという。
人の良さそうな顔をしたアレックスは、イーサンの友人たちを見て満面の笑みを浮かべた。
「グリズリー・バーガーへようこそ! 奥の席を空けておいたから、ゆっくりしていってくれ」
そう言って彼らを奥の席へ案内すると、アレックスは大きな腹を揺らしながらカウンターの向こうへ消えていった。
バーガーショップではあるもののお酒も出しているのか、カウンター席はちょっとしたバーのようになっている。席の上にあるテレビでは野球の中継をやっていて、さながらスポーツバーのようだ。
広いボックス席へ案内された一行は、二手に分かれて座ると早速メニューに目を通し始めた。呉宇軒は隣に座る幼馴染にもたれ掛かり、二人でメニューを覗き込む。
「然然、何がいい?」
メニュー表に載っているバーガーの写真はどれもボリュームがあって肉肉しい。いかにもアメリカらしく、肉や野菜を惜しみなく使って美味しそうだ。
李浩然は彼の腰に腕を回して抱き寄せ、さり気なく肩に顎を乗せた。
「君はどうする?」
「俺はチーズバーガーかな……あっ、レッドホットチリだって! お前好きなんじゃないか?」
辛党の幼馴染が好きそうなバーガーを見つけ、呉宇軒は仲間たちの注文を聞こうと顔を上げる。すると、メニューを選んでいるはずの彼らは、何故か全員が隣り合う幼馴染二人に釘付けになっていた。
「なんだよ、何見てるんだ?」
眉を顰めて尋ねる呉宇軒に、向かいに座ったイーサンはいや……と躊躇いがちに口を開く。
「お前たち、近過ぎないか?」
彼の言葉に、周りの仲間たちもうんうんと頷く。
それもそのはずで、メニューを覗いていた二人は話をしながらどんどん距離が近くなり、今ではもう頬同士がくっつきそうなほどだ。彼らは普段から親密で距離感が近いが、今日は一段とべったりしている。だが、仲間たちから指摘されても呉宇軒にはまったく自覚がなく、不思議そうな顔をして李浩然を見た。
「俺たちいつもこんな感じだよな?」
「うん」
二人がそんな調子なので、仲間たちは困惑した表情で目配せする。特に李浩然の答え方はどこか白々しく、彼の方は自覚がありそうだった。
仲間たちは何かおかしくないか?と視線だけで会話したものの、呉宇軒が全く気付いていないため、それ以上この件には触れないことにした。藪を突いて蛇を出しては堪らないと思ったのだ。それに何より、二人がどうなろうと自分たちには関係ない。
変な空気を切り替えるように、王茗が片手を上げて言った。
「シェイク飲む人!」
飲み物をどうしようか迷っていた呉宇軒は、彼の呼びかけに真っ先に手を上げ、ついでに隣の李浩然の手も一緒に上げた。
仲間たちはシェイク組とコーラ組に分かれて、やってきた店員に食事の注文をした。バーガーと飲み物の他にサイドメニューも色々頼み、食事を待ちながら雑談を始める。
呉宇軒たちが保護猫イベントで忙しくしている間、別行動していた仲間たちは街で昼食を食べ、他のイベントを見て回っていたのだという。国慶節には街のあちこちで催しがあるため、暇つぶしにはちょうど良かったようだ。
時計をチェックしていた呂子星が、ふと尋ねた。
「お前たち、明日もイベントの売り子なんだろ? 遅くまで大丈夫なのか?」
彼の問いかけに、イベント主催者の猫奴が答える。
「心配ない。明日の朝は猫猫先輩が主導するし、テントはもう設営し終わってるからな」
明日の呉宇軒たちの出番は、イベント開始時間の朝十時だ。宿泊宿もイベント会場の近くにしたため、さすがにその時間なら寝坊しても間に合う。
「なあ、それより開封式しないか? 例のくじ引きで引いた景品」
腰を落ち着けてからと言うもの、呉宇軒はずっと怪しい出店で引いたくじの景品の中身を知りたくてそわそわしていた。食事が来るまでのちょうどいい時間潰しになるだろう。
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