真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第九章 ひみつのこころ

21 肉食系

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 仲間たちが次々ハンバーガーにかぶり付く中、李浩然リーハオランだけは戸惑いの表情で手に持った分厚い塊を見つめていた。呉宇軒ウーユーシュェンはモデル仲間と何度かバーガーショップに入ったことがあるが、彼の方は今までこの手の食べ物を一度も食べたことがないのだ。

「大丈夫か? 口を開けて、こうガブっといけばいいんだよ」

 見かねた呉宇軒ウーユーシュェンは自分が頼んだチーズたっぷりのバーガーを手に持ち、幼馴染に手本を見せてやった。大きな口で一口齧ると、レタスのシャキシャキとした音が響く。野菜の鮮度が抜群で、とろりとしたチーズとの相性も抜群だ。イーサンお勧めの絶品チーズバーガーに、呉宇軒ウーユーシュェンはたちまち幸せそうに顔を綻ばせた。
 普段小さな口で上品に食べている李浩然リーハオランは、幼馴染が食べる姿をじっくりと観察した後、まるで大敵に挑むかのような表情を浮かべながら自分のバーガーに向き直った。どこから齧っていいか分からず悪戦苦闘しながらも、手本を見せてくれた呉宇軒ウーユーシュェンに倣って恐る恐る口をつける。
 こんがり焼けた丸いバンズに小さな歯形をつけ、李浩然リーハオランは嬉しそうに微笑んだ。

「……美味しい」

 真っ赤なソースが滲み出るハンバーガーは見ているだけでも辛そうだが、辛党の彼はこの味がすっかり気に入ったらしい。すぐに齧り付いた二口目は、先ほどよりも躊躇いがなくなっている。

「良かったな! シェイク飲むか?」

 ハンバーガー初体験の幼馴染を微笑ましく見守りながらシェイクを飲んでいた呉宇軒ウーユーシュェンは、ストローを向けてそう尋ねた。彼が頼んだものは苺味で、柔らかく煮込まれた果肉と濃厚なバニラが混ざってハンバーガーとの相性もかなり良い。
 口の中のものをごくりと飲み込んだ李浩然リーハオランが、ストローにそっと口をつける。その仕草はいつもと何ら変わらないはずなのに、呉宇軒ウーユーシュェンの視線は無意識のうちに彼の唇へと注がれていた。
 しっとりとした柔らかな唇と、艶かしく絡みつく彼の舌の感触が鮮やかに蘇る。どうして今になってそれを思い出してしまったのか、呉宇軒ウーユーシュェンは戸惑いながら訳もなく咳払いをして視線を逸らす。
 先ほどまで全く気にしていなかったというのに、今では彼の吐息を感じるこの距離に居た堪れない気持ちが湧き上がってきていた。急に心拍数が上がって、息をするのも躊躇うほど緊張してしまう。そんな呉宇軒ウーユーシュェンの心の内を知ってか知らずか、李浩然リーハオランは寄り添うように体をもたれさせ、彼の真似をしてシェイクを差し出した。

「君も飲むか?」

 口元に向けられたストローの先から、仄かにカカオの香りが漂う。甘いものにも目がない李浩然リーハオランが頼んだのはチョコレートシェイクだ。
 一瞬彼の目を窺うように見たものの、呉宇軒ウーユーシュェンは普段通りを心がけながら、差し出されたシェイクにそっと口をつけた。
 濃厚なチョコレート味の液体が喉を通っていく。その冷たさは、いつの間にか熱を持った体をほんの少しだけ覚ましてくれた。
 感想を求める視線を感じ、呉宇軒ウーユーシュェンは小声で囁いた。

「こっちも美味い。ここ、いい店だな」

「うん、まだ食べにこよう」

 何故か李浩然リーハオランも小声で返し、二人で顔を寄せ合って内緒話をしているようになる。そんな『仲睦まじい二人』を向いの席でうんざり顔をしながら見ていた呂子星リューズーシンは、不愉快さを隠そうともせず咳払いを一つ、口を開いた。

「誰か空気が変わる面白い話をしてくれないか? 胸焼けしそうだ」

 すると、フライドポテトを摘んでいたイーサンが空気を読んで名乗り出た。

「うちの学部で二股騒動があった話なんてどうだ?」

 話を聞く前から面白そうで、呉宇軒ウーユーシュェンは興味津々に彼を見た。出版サークルの王茗ワンミンも、記事にできそうな話が飛び出るのではと期待して、バーガーを手にキラリと目を光らせる。

「二股騒動? それって最近の話?」

「ああ、国慶節こっけいせつの連休に入る前に発覚したんだ。うちの学部に清楚な美人がいてな」

 イーサンが話すところによると、彼の受けている外国語学部では、その『清楚な美人』と美男美女コンテストに出場予定の男子生徒が非常に親密な仲だったそうだ。どの程度親密だったかというと、キスより先に少し進んだところだという。ところが、中秋節の連休が始まってすぐに揉め事が起こった。

「二人は当然、連休中にデートの予定を立ててたんだ。ところが連休が始まってすぐ、デート現場に実家に帰っているはずの法学部の男子が殴り込んできたんだよ」

 おかしいと思うところがあったのか、その法学部の男子は嘘の予定を彼女に教え、密かに後をつけたのだ。
 そこまで聞いて、法学部の呂子星リューズーシンが顔をしかめる。彼は身を乗り出すと、イーサンに尋ねた。

「それって、法学部の汪方泉ワンファンチュェンか?」

「多分そう。ワン何とかって言ってたし。そこからはもう、修羅場で大変だったんだよ。清楚に見えた女子は、法学部のやつとは一線超えてたって言うし」

 呂子星リューズーシンは同じ法学部なので、二股された男子生徒からそれらしい話を聞いていたようだが、さすがに事実をそのまま話すのは男のプライドが許さずぼかしていたのだろう。仲間たちがゾッとする中、イーサンはさらに言葉を続けた。

「この話の凄いところは、例の女子には別に本命がいたってところなんだ」

 あまりの肉食ぶりに、呉宇軒ウーユーシュェンは愕然とする。まさか積極的に不貞を働く女子が存在するとは、俄には信じられなかった。

「男二人を手玉に取って、本命が別ってどうなってんだよ!」

 二股をかけただけでは飽き足らず、別の男も物色するとは強かどころの話ではない。すると、呉宇軒ウーユーシュェンの言葉を聞いたイーサンは何故か笑いを堪え、肩を震わせる。何がおかしいのか首を傾げていると、どうにか気持ちを落ち着かせた彼は衝撃的な事実を口にした。

「その子の本命、お前だったんだよ」

「嘘だろ!? 振られた五人の中に居たって言うのか?」

 入学してから今までの間に、呉宇軒ウーユーシュェンの元には五人の女子が告白をしにやって来た。その中には清楚な雰囲気の女子が何人か居たが、まさか獰猛な獣が混ざっていたとは。
 考えるだけでもゾッとして、彼は隣に座る幼馴染の服をぎゅっと掴んだ。それからしばし考え、ふとあることに気付く。
 それだけ意欲的に男を漁っているなら、借金持ちの自分よりもっと好条件な美男子を見逃すはずがない。

「もしかしてその子、俺を踏み台にして浩然ハオランにいくつもりだったんじゃ……」

 彼の言葉に仲間たちも青ざめる。片や美男美女コンテストに出場予定の美男子、もう一方は将来有望な弁護士の卵とくれば、その推理もあながち間違いではないのではと思うのは当然だ。それも法学部の生徒とは一線を超えているのだから、本命に近いのはきっと将来有望な法学部の方だったのだろう。
 呉宇軒ウーユーシュェンは今まで、幼馴染目当ての女子が自分に言い寄ってくるという経験を何度かしたことがあるが、ここまで酷いのは初めてだった。

浩然ハオラン、お前のことは絶対に俺が守るからな!」

 自分が振ったことで大事な幼馴染への被害が未然に防げたのなら、これ以上ない快挙だ。
 真剣な眼差しでそう言うと、李浩然リーハオランは嬉しそうに微笑んだ。

「大丈夫、言い寄ってくる女子は全員敵だと思っているから」

 それはそれでどうなんだ?と思いながらも、呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染の警戒心の強さを鑑みて、その言葉を信じることにした。彼は自分よりもずっと人を見る目がある。
 この思わぬ爆弾話は、ある意味ではこの場を大いに盛り上げた。記者の血が騒いだ王茗ワンミンは、イーサンの隣に座ると根掘り葉掘り質問攻めにしている。そして姉に虐げられて女性不審な呂子星リューズーシンは、同窓の友が恐ろしい女子に捕まったと知ってより一層不信感を強め、「俺は絶対に騙されないぞ」とぶつぶつ繰り返して酷い有様だった。
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