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第十章 不穏
3 ファンとアンチ同盟
しおりを挟む講義が終わる頃には、事件を聞きつけた友人たちから呉宇軒の携帯に山ほど連絡が入っていた。その中にアンチ代表猫奴の名前を見つけ、彼はすぐに電話をかける。すると、連絡がくると思って待機していたのか、最初の呼び出し音が鳴り終わる前に猫奴の声が聞こえてきた。
「呉宇軒、俺たちはやってないからな」
開口一番、彼は不愉快さを隠しもせずにそう主張する。きっとファンたちから疑いの目で見られて、ネット上で揉めていたのだろう。
「分かってるって。昼飯食いながらちょっと話そうぜ」
きっと話したいことが山ほどあるだろう。そう思って約束を取り付けてから電話を切ると、隣で話が終わるのを待っていた李浩然が、スッと静かに携帯画面を見せてきた。
「もうネット記事が出ている」
画面を覗き込むと『お騒がせモデル、大学でついに問題発生!』やら『また自作自演か!?軒軒、告発ビラを撒かれる!』など、ネット記事が続々と上がっている。ただ、ネット記事の中には、早くも写真の人物と彼の上着の違いに気付いた人がいるらしく、別人では?と疑問の声を上げているものもあった。
記者たちの仕事の速さに苦笑しながらも読む気になれず、呉宇軒は片手でそっと携帯を押し退け、ため息を吐いた。
こんなに騒ぎになるなんて、あのチラシは一体どれだけ広範囲にばら撒かれたのだろう。犯人は暇人にも程がある。
「俺はやってねぇってのに……」
彼はいつも自作自演で炎上騒ぎを起こしていたが、今回ばかりはさすがにやっていない。
「身から出た錆だ。しばらくはこの話で持ちきりだろうな」
過去の問題行動をよく知っている李浩然は、自業自得の幼馴染に冷ややかな視線を向けながらばっさり切り捨てた。
講義室で謝桑陽と別れて待ち合わせ場所の食堂へ向かう道中も、やたらと視線が突き刺さる。通行人たちはわざわざ振り返り、時には彼を指差してひそひそと話し合っていた。
呉宇軒にとっては割と見慣れた光景だが、今回は結構な規模に発展しているようだ。例の告発チラシの一件は、午前の授業があったにも関わらず、すでに大学中に知れ渡っているらしい。
食堂へ到着すると、入り口にはもう猫奴の姿があった。そして何故か、呼んでいないイーサンも一緒に居る。二人は呉宇軒たちの姿を見つけるなり、慌てた様子で走ってきた。
猫奴はやって来るなり、心配そうに表情を曇らせたイーサンの背中をぽんと叩き、やれやれと肩を竦めて口を開いた。
「こいつ、お前のこと心配してたから連れてきた」
「べっ、別に僕は心配なんてしてないんだが!? それよりお前、何でそんなに平気そうな顔してるんだよ」
素直じゃない彼は慌てて訂正したものの、平然としている呉宇軒を見て不思議そうな顔をした。急にこんな事件の当事者になったので、もっと動揺して慌てていると思ったのだろう。
彼の言わんとすることを察し、呉宇軒は笑いながら軽い口調で返した。
「ああ、こういうの今に始まったことじゃねぇし」
人気者にはよくあることで、アンチが過剰に増える時期がある。
呉宇軒の場合、自分で燃料を投下してわざとアンチを増やすという悪癖を持っているので、炎上やトラブルは慣れたものだった。最近は受験や新生活に忙しくて呉宇軒もアンチも大人しかったが、本来彼はこういった叩き行為を大歓迎しているのだ。
「言ったろ? こいつドMだから喜んでるって。自分で自分の過激派アンチ筆頭やってるくらいだからな」
「どういうことだよ……」
猫奴の言葉が理解できず、イーサンは眉を顰めて奇怪なものを見るように呉宇軒へ視線を向ける。
「どうもこうも、そのままの意味だけど? 俺、よくアンチに成り済まして混ざって遊んでるんだよ」
アンチが増えて叩き行為が活発になってきた頃、呉宇軒を一番叩いていたのは彼自身だった。彼は自分のことを文字通りボロクソに叩きまくり、アンチたちが大喜びで乗っかってくるのを見て楽しむという趣味の悪い遊びにハマっていた。そして、意気投合した何人かを集めて、オフ会で盛大にネタばらししたのだ。
その件はアンチオフ会の記念すべき一回目となり、今では毎年の伝統行事になっている。ただ、彼の成り済ましがあまりにも上手すぎて、本物のアンチたちは仲間内に呉宇軒が混ざっているのではないかと度々疑心暗鬼になっていた。
怪しい新入りが来るたびに「お前、実は呉宇軒じゃないだろうな?」と疑うのはもはや恒例行事と化している。そんなことがあったので、前に猫奴が言っていたアンチ掲示板で暴れていた女子も、本人ではと疑われてしまったのだ。
「お前って、本当にイカれてやがるな」
うんざり顔の猫奴を見て全てを察したイーサンは、嫌なものを見るように眉を顰める。だが、当の呉宇軒はしてやったりの顔でニヤリと笑って言った。
「そんなに褒めんなって」
「褒めてない!」
心配して損したと呆れながらため息を吐くも、彼は腕を組んでその場に留まった。今から友人たちの元へ戻るより、彼らの話を聞きながら昼食を摂ることに決めたようだ。
食堂の中に入ってからも好奇の視線は止まらず、四人は料理を受け取ると窓際にあるパーテーションで遮られた席へ座った。大きな窓からは、物寂しく落ち葉が積もる中庭が見える。
秋も終わりを迎え、寒々とした風に落ち葉が舞い上がる光景は、それはそれで風情があった。呉宇軒が呑気に冬の訪れを感じさせる景色を眺めていると、猫奴がドンっとテーブルを叩く。
「犯人のやつ、見つけたらタダじゃおかねぇ! ひねり潰してやる!!」
彼らにとっては濡れ衣だが、こういう時、真っ先に疑われるのは当然ながらアンチたちだ。
全く気にしていない呉宇軒を他所に、猫奴はメラメラと怒りに燃えている。そんな彼の向かいに座った李浩然は、毅然とした態度で頷いた。
「俺も手伝おう」
いつもなら彼は止める側なのに、大事な幼馴染が被害に遭ったせいで普段の冷静さを失っている。怒りに燃える人間が二人に増え、呉宇軒は彼らが何かよからぬことをしでかさないか不安になってきた。
「こらこら、ダメだって! 二人とも落ち着けよな!」
どうどうと宥めるも、燃え盛る家屋にコップの水をかけているように全く効果がない。すると、行儀悪く携帯を見ながら麺を啜っていたイーサンが、不意に口を開いた。
「おい、ファンとアンチが同盟を組んで犯人探しをするって言ってるぞ。もうあの画像の服がどこで売ってる物か特定したらしい」
怒りに燃えるファンとアンチが、ついに同盟を組んでしまった。呉宇軒のフォロワーは八百万人超えなので、上着の細かい特徴を見比べながら人海戦術で特定に至ったようだ。
「もうかよ! 早いな」
イーサンが見せてくれた特定された『パチモンの上着』は、その筋では有名な通販サイトのものだった。決め手はやはり襟の色だったようで、ピンク一色の襟はそのサイトで売っているジャンパーだけだという。
よほど腹に据えかねているのか、食事中にも関わらず李浩然も携帯を見る。彼は美味しそうな熱々の麻婆豆腐が冷めるのも構わずネット上の書き込みに目を走らせ、神妙な面持ちで顔を上げた。
「あのチラシは大学にある全ての掲示板に貼られていたようだ。ばら撒かれていたのはエントランスのみらしい」
「風で吹き飛ぶからかな」
幼馴染の皿からこっそり麻婆豆腐をひと掬いしながら、呉宇軒は呑気に言った。最近は風が強いので、チラシが飛んでいかないように屋内に限定したのだろう。となると、犯人が大学関係者の可能性がより高まった。何故なら、告発チラシに書かれていた文言は『立ち入り禁止の場所で』だ。内情をよく知っている人物に他ならない。
ファンとアンチ連合は、すでに立ち入り禁止の場所に捨てられていたビールの缶と煙草の銘柄まで特定していた。警察も舌を巻く早さで、恐るべし怒りのパワーだ。
たくさんの人々が血眼になって犯人探しをしているなんて、当の犯人たちからすると堪ったものではないだろう。
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