真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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第十章 不穏

21 隠し撮り

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 食卓に並ぶ料理はどれも綺麗に盛り付けられていて、まるで店に来たみたいだ。呉宇軒ウーユーシュェンがどれから箸をつけようか迷っていると、斜め向かいに座った王茗ワンミンがニコニコしながら口を開く。

「今日の水餃子、俺が包んだんだよ!」

 李浩然リーハオランが言っていたルームメイトのお手伝いは、この水餃子のことだったらしい。彼が褒めてほしそうにしていたので、呉宇軒ウーユーシュェンはさっそくモチモチの餃子に箸をつけてみた。
 彼が取ったのは、少し不格好ではあるものの遊び心満載な花の形をした餃子だった。もちもちと弾力のある歯応えで、具もたっぷり入っている。初めて包んだにしては上出来だ。

「うん! 食べ応えあっていいんじゃないかな。美味しい美味しい」

 プロの料理人に褒められた王茗ワンミンはへへへ、と嬉しそうに照れ笑いを浮かべる。そんな彼に、隣の呂子星リューズーシンは呆れた視線を向けていた。

「お前、包んだだけだろ?」

 彼の口ぶりからするに、中身の餡や皮を作ったのは別の人のようだ。そのことをバラされた王茗ワンミンはいじけたように唇を尖らせた。

「包み方も大事なんですぅー」

「そうそう、包み方も大事だよ」

 呉宇軒ウーユーシュェンが笑いながら彼を援護すると、王茗ワンミンはすっかり機嫌を直し、呂子星リューズーシンに向かって「ほらぁ、シュェン兄もそう言ってるし!」と誇らしげだ。
 調子のいい彼の声に場が和み、食卓には楽しそうな笑い声が溢れる。そんな中、いつものように呉宇軒ウーユーシュェンの隣に座っていた李浩然リーハオランが、小さな蒸籠をそっと差し出しながら声をかけてきた。

阿軒アーシュェン、これも食べてみて」

 蒸籠の中に入っていたのは、呉宇軒ウーユーシュェンの大好物の海老蒸し餃子だ。半透明の生地に海老が透けて、ほんのりと薄紅色に色付いている。その美しさはまさに水晶のようだった。

「これ、お前が作ったのか?」

「うん。生地から全部手作りした」

 待ちに待った幼馴染の手作り海老蒸し餃子の登場に、呉宇軒ウーユーシュェンはキラキラと目を輝かせて期待に胸を膨らませる。彼がここ最近ずっと部屋に遊びに来てくれなかったのは、この餃子を密かに練習していたからだ。
 プロ顔負けに綺麗な形をした蒸し餃子を眺めていると、嬉しいことに李浩然リーハオランが手ずから食べさせてくれた。
 一口で頬張ると、薄くてもっちりした生地には酸っぱいタレがよく絡み、中から弾力のある大きな海老が顔を覗かせる。あまりの美味しさに呉宇軒ウーユーシュェンはしばらく言葉も出ず、ただ口の中に広がる幸せの味を噛み締めていた。
 彼が目を閉じて黙ってしまったので、李浩然リーハオランは不安そうな顔になる。

「どう?」

 呉宇軒ウーユーシュェンは深いため息を吐いて感動に打ち震える心を落ち着かせると、様子を窺う彼に改めて向き直った。

「結婚しよう!」

 毎日作ってほしいくらい美味しくて、思わずそんな言葉が口をついて出る。するとどうしたことか、先ほどまでの団欒の空気がぴたっと止まり、友人たちの視線が二人へ一斉に集まった。いつも口うるさい呂子星リューズーシンなどは、マジかこいつ……とでも言いたそうに顔を引き攣らせている。
 妙な空気にすぐに気付き、呉宇軒ウーユーシュェンは友人たちの顔をゆっくりと見渡して一体どうしたのかと首を傾げた。

「あれ? 俺、なんか変なこと言った?」

 普段の発言と何ら変わりないのに、彼らはまるで呉宇軒ウーユーシュェンが重大な一言を漏らしてしまったとでも言いたげな顔をしている。ただ、友人たちがおかしな反応をする中でも、李浩然リーハオランだけは平然としていた。

「もう一個食べる?」

「食べる食べる!」

 そう言って大きく口を開けると、李浩然リーハオランは小さく笑みを漏らし、もう一度彼に手製の蒸し餃子を食べさせる。固唾を呑んで二人を見守っていた友人たちは、ほっと息を漏らして食事を再開した。



 呉宇軒ウーユーシュェンが幼馴染からの愛情たっぷり蒸し餃子を頬張っていると、向かいに座っている猫奴マオヌーが不意に話しかけてきた。

「例の件、進展あったぞ」

「……例の件? 何だっけ」

 念願の手料理にすっかり舞い上がっていた彼は、はて?と首を傾げる。全く心当たりがないと言うような態度に、猫奴マオヌーはたちまち不機嫌そうに眉を寄せ、テーブルの下で彼の脛を蹴っ飛ばした。

「紙がばら撒かれた件だよ! 自分のことだろうが!」

 呉宇軒ウーユーシュェンへの嫌がらせで一番被害を受けているのは、何故か本人ではなく猫奴マオヌーのような彼のアンチたちだった。そのため、呉宇軒ウーユーシュェンは今ひとつ危機感がなく、つい忘れそうになってしまう。

「分かった分かった、悪かったって! そういや、浩然ハオランの聞き込みはどうだったんだ? 何か進展があったんだろ?」

 怒った猫奴マオヌーはそっとしておき、代わりに聞き込みをしてくれていた幼馴染にそう尋ねると、李浩然リーハオランは箸を止めて口を開いた。

「女子たちが持っていた紙の方は、俺たちの写真が使われていた。多分、犯人は同じだと思う」

 それから彼は猫奴マオヌーに目を向けて、さらに言葉を重ねる。

猫奴マオヌーが女子に紙を売った犯人を見つけてくれた」

「マジで!? 早すぎるだろ!」

 まさか一日で売った犯人が見つかるとは思わず、呉宇軒ウーユーシュェンは驚いて目を見開いた。それもそのはず、まだ事件が発覚してから半日くらいしか経っていない。それなのに犯人を突き止めるとは、彼らはかなり優秀な探偵のようだ。
 話を引き継いだ猫奴マオヌーが言うところ、例の紙を売った人物は法学部二年の男子生徒だったそうだ。ただ、彼は確かに紙を女子たちに売りはしたものの、紙自体を作ったわけではないという。

「例の紙はパンフレット置き場に並べてあったんだと。俺が思うに、見張りが多すぎてばら撒けなかったんじゃねぇか?」

 何気なくパンフレットの列を見ていた法学部の男子生徒は、女子から人気な二人のただならぬ瞬間が映った紙を見て、「これを売れば儲かるのでは?」と閃いてしまったのだ。例の『軒軒シュェンシュェン偽者事件』のことが頭をよぎったものの、結局誘惑に負けてしまったらしい。
 法学部の先輩が犯人と聞いて、同じ法学部の呂子星リューズーシンが話に入ってきた。

「確かに、朝にあったばら撒き事件から見回り強化されたって言ってたな」

 彼の言葉に、子陽ズーヤンもそうそう、と頷く。

「おまけに、女子たちも目を光らせてるからな。怪しまれないようにばら撒くのは無理だったんだろ」

 懸賞金代わりに呉宇軒ウーユーシュェンが手料理を振る舞うと言ってしまったので、一週間以上経った今も女子たちや一部の男子たちは犯人を特定しようと躍起になっていた。そんな中で再びチラシをばら撒くのは、確かに見つかる危険が高くてできないだろう。何より、回りくどい嫌がらせをする犯人にそんな度胸があるとは思えない。

「女子から借りた紙、見るか? あとでお前のサイン入れてやってくれ」

 そう言うと、猫奴マオヌーは後ろにある呉宇軒ウーユーシュェンの机の上から一枚の紙を取った。女子から紙を預かる時にサインを頼まれたらしい。

「どれどれ、これが噂の紙か……」

 他の友人たちはすでに現物を見ていたらしく、呉宇軒ウーユーシュェンと一緒に撮影に行っていたイーサンだけが覗き込んでくる。
 偽者事件でばら撒かれたものとそっくりな白い印刷用紙には、夜の寮の入り口でキスをする幼馴染二人の姿が鮮明に写っていた。それも遠目ではなく、黄鈴沙ファンリンシァが二人が付き合っていると誤解するのも頷けるほどアップで、はっきりとキスしているところが写っている。

「すげぇしっかり写ってんじゃん。これって例の事件があった夜のだよな?」

「僕がいなくなった後にイチャついてたのか。どうりでグズグズしていたわけだ」

 イーサンから呆れた視線を向けられ、呉宇軒ウーユーシュェンは誤魔化すように咳払いした。
 確かに離れたくなくて粘っていたが、別に彼がいなくなるのを待っていたわけではない。しかし、仲睦まじいこの写真を見てしまうと説得力がなかった。

「これって、犯人が近くにいたってことだよな? あーあ、失敗したぁ……」

 普段なら隠し撮りにはすぐに気付くのに、あの時は幼馴染と離れたくない一心で周りのことが全く見えていなかったのだ。まさか千載一遇の犯人確保チャンスを逃していたとは、一生の不覚だ。

「それにしても……これが女子たちに出回ってるなんて、俺たちの仲が広まっちまうな」

 幼馴染が嫌がっていないか心配で、様子を窺うように隣をチラチラ見る。すると李浩然リーハオランは優しげな笑みを浮かべた。

「犯人が広めたいと思っているなら、好きにさせておこう」

「お、おう……それもそうだな」

 彼があまりにも意に介していないので、呉宇軒ウーユーシュェンは内心ほっとした。もし不愉快だとキッパリ言われたら、ほんのちょっと傷ついたかもしれない。
 だが、思い返してみると、彼らはSNSにカップル同然の仲良し動画などを山ほど載せている。それがキスまで進んだとしても、大して騒ぎにならないのでは?
 現に犯人が製作した幼馴染二人のいけない関係を告発するチラシは、ファンの女の子たちの間だけで静かに広まっていた。恐らく黄鈴沙ファンリンシァの言葉がなければ、呉宇軒ウーユーシュェンたちが気付くこともなかっただろう。

「犯人は本当に俺に興味がないんだな」

 彼のSNSを見ていれば、この新しいチラシに効果が望めないことは歴然だ。それなのに二度も手の込んだ嫌がらせをするとは、ますます謎が深まってきた。
 チラシを手に考え込んでいると、横から手が伸びてきて紙を奪い去っていった。

阿軒アーシュェン、それはもういいから、先に食べてしまおう」

 李浩然リーハオランに優しく促され、呉宇軒ウーユーシュェンはそれもそうだな、と置いていた箸を持つ。可愛い幼馴染が手料理を振る舞ってくれたのに、こんなくだらないことに時間を使ってせっかくの料理が冷めてしまってはもったいない。
 チラシの件は一旦頭の隅に置き、呉宇軒ウーユーシュェンは楽しい食事を再開した。
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