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第十一章 あらしの後
17 不完全燃焼
しおりを挟む自分の水着を頭に被せたまま、李浩然の隣に腰を下ろしてゆっくりと肩までお湯に浸かると、一日の疲れがお湯に溶け出ていくようだった。呉宇軒は大きく息を吐いて体の力を抜き、そのままぐったりと幼馴染の肩にもたれかかる。すると、彼をちらりと見た李浩然は、肩に腕を回してより心地良い姿勢になるように体勢を変えてくれた。
「はぁ……いい気分。お風呂っていいな」
「うん。疲れが取れる」
入浴剤のお陰で二人の肌はすべすべしていて、触れ合うだけで気持ちがいい。呉宇軒がしばらくその感触に浸っていると、不意に李浩然が何かを手渡してきた。
なんだろう?と不思議そうに首を傾げながら、呉宇軒はその塊を受け取り、白濁したお湯から出して広げてみる。妙に見慣れた柄だと思ったら、それは彼が履いていたはずの水着だった。
「えっ? あれっ?」
驚きのあまり言葉も出ず、呉宇軒の視線は水着と彼の顔を行き来する。すると、李浩然は小さく吹き出して、含み笑いを浮かべたまま彼の耳元で囁いた。
「どうした? 何かあったか?」
悪戯めいた瞳の輝きに、先ほどの意趣返しだとハッと気付き、呉宇軒もたちまち笑顔になる。まさか、真面目な彼がここまでしてくれるなんて思ってもみなかった。
彼は戦利品のように水着を掲げた後、水を絞って先客が乗っている自分の頭に被せた。それからぐいと距離を詰め、可愛い幼馴染の頬に軽く口づける。
「急にどうしたんだ? 誘ってんのか?」
からかうように尋ねると、李浩然は僅かに眉を下げ、どこかいじけた顔でふいと視線を逸らした。
「……俺ばかり意識していて悔しいから」
引き結んだ唇から小さな不満が零れ落ちる。
彼の反応を散々茶化していた呉宇軒は、確かに意識すると言うよりも悪戯に精を出していて、性的な意味では全く興奮していなかった。李浩然はそれが不満らしい。
だが、彼が意識してほしいあまり、大胆にも自ら水着を脱ぎ捨てるとは。あれだけ脱がそうと苦労していた呉宇軒は、今までの頑張りは何だったのかと苦笑いする。
「そんなことないって。お前がキスしてくれたらすぐ勃つぞ」
慰めの言葉をかけると、彼は猫のようにしなやかな動きで李浩然の上に跨った。いじけて返事もしない彼の滑らかな太ももに乗り上げ、呉宇軒は挑発的な笑みを浮かべてぐっと顔を近付ける。
「ほら、試してみるか?」
唇が触れるか触れないかの位置で甘やかに囁くと、悲しそうに伏せ目がちになっていた瞳が呉宇軒の不敵な笑みを捉えた。
李浩然の透き通るように白い肌は、お湯のせいだけでなく仄かに薄紅色に染まっていて、そこはかとない色気を漂わせている。今すぐにでも食べてしまいたいくらい魅力的だ。
不意打ちで上に乗った途端に固まってしまった李浩然は、しばらく押し黙って悪巧みする幼馴染を見つめていた。緊張しているせいか、強張ったその表情からは何を考えているのか予想がつかない。
上々の反応に満足した呉宇軒は、焦らすように唇が触れるギリギリの所まで顔を近付け、そよ風のように優しく息を吹きかけて挑発する。そうして遊んでいると、不意に吐息が交わり、まるで我慢の限界とでも言うように唇が重なった。
それは恋人同士の戯れのような口づけではなく、獣が獲物に齧り付くような荒々しいものだった。
舌が絡まり合い、もっと奥深くへ行きたいと言うように、柔らかな唇の形が変わってしまうほど強く押し当てられる。李浩然の動きは強引そのもので、押し寄せる荒波のように激しい。
「然……待っ」
あまりの勢いに押されて背中を逸らした呉宇軒は、制止の声をかけようとする。しかし、尻を鷲掴みにされたと思った次の瞬間、彼の体はふわりと浮き上がり、水飛沫と共に後ろに倒れ込んでいた。空を切った手のひらが水面を叩き、盛大に飛び散った飛沫が李浩然の端正な顔を濡らす。
しとどに濡れた前髪をぐっと上げた彼は、恥じらいや理性をかなぐり捨てた男の顔をしていた。
ついに幼馴染の鉄壁の守りを切り崩すことに成功した呉宇軒は喜んだのも束の間で、湯船に沈みそうになる体をどうにか浮かせようと慌てて手を伸ばす。すると李浩然が覆い被さるように追いかけてきて、彼の頭に乗ったムードを台無しにする二つの水着を剥ぎ取った。
湿った髪がはらりと肩に落ちる。呉宇軒は頭がお湯に沈んでしまう前に幼馴染の首に手を回すことに成功したが、彼が前屈みになっているので襟足が濡れてしまった。
「なあ、この体勢辛いんだけど」
幼馴染がいつものように背中を支えてくれないせいで、今は腕の力だけでどうにか体勢を保っている。しかし、彼を見下ろす李浩然は浴槽の縁に手を置いて、ちっとも助けようとしない。彼は縋り付いてくる幼馴染を見て楽しげに目を細めると、他人事のように返した。
「もっとしっかり掴まったらどうだ?」
彼の口ぶりは彼らしくなく、どこか挑発的だ。そっちがその気なら、と挑戦を受けた呉宇軒は、両脚を彼の腰に絡めて自分の方へ力いっぱい引き寄せた。
そう来ると思っていなかったのか、縁を掴んでいた手が外れ、二人はくっついたままお湯の中に倒れ込んだ。二人分の水飛沫が上がり、体を起こした時にはお互いずぶ濡れ状態になっていた。
鬱陶しそうに眉を顰め、李浩然は無雑作に髪を掻き上げると、ついでに呉宇軒の前髪も綺麗に払ってくれる。
後ろに倒れた時の衝撃でくらくらしてはいるものの、彼はまだ李浩然の腰に脚を絡めたままだった。水も滴るいい男になった幼馴染を満足げに見つめ、してやったりの顔で笑う。
「浩然、早く続きをしようぜ」
もう一度口づけようと顔を近付けると、李浩然は彼の顔をまじまじと見つめ、何を思ったか両手で頬を包み込んだ。
ぎゅっと力を入れられてひよこみたいな口にされた呉宇軒は、急に何なんだと文句を言う。
「ちょっ、やめろって! どうして急に俺の顔で遊び始めるんだよ!」
顔を挟む手を振り払い、様子のおかしい幼馴染の顔を覗き込む。すると、李浩然は突然真剣そのものな表情を浮かべ、深刻そうな声で呟いた。
「顔が赤い……」
「お前の顔だって赤いよ。いいから続きしよう」
お湯に浸かった上に、二人で激しく唇を貪りあったのだから当然だ。しかし、まるで話を聞いていない幼馴染は、今度は呉宇軒の手を湯から引き上げ、じっくりと調べ始める。
「のぼせているのかも。一旦出よう」
言うや否や、李浩然は不満顔の彼を掬い上げるように持ち上げた。お湯から出た途端に空気が涼しく感じて、呉宇軒は小さくため息を吐く。そんなことはないと言い張りたかったのに、彼の指摘は大当たりだった。
「確かにちょっとのぼせてたかもな。でも、今いいところだったろ?」
諦めきれずそう言うも、悲しいことにまるで聞く耳を持ってくれない。李浩然は自分の欲よりも、いつでも大事な幼馴染が優先なのだ。
「安全第一。シャワーの温度は少し下げよう」
呉宇軒のお願いを全く意に介さず、取り付く島もなくそう返す。急にキビキビと動き出した李浩然を止められるはずもなく、湯船があっという間に遠ざかっていく。
「急に正気に戻るんじゃねぇ!」
先ほどまでの獣じみた勢いはどこへ行ってしまったのだろう。二枚の水着が浮いた湯船を名残惜しく見つめた後、呉宇軒は落胆して幼馴染の腕の中で天を仰いだ。
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