真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

文字の大きさ
267 / 362
第十一章 あらしの後

27 隠し事

しおりを挟む

 学園祭が目前に迫った大学の敷地内は、テントや出店が立ち並んで様変わりしていた。準備の追い込み期間に入ったため、午前の講義はない。
 図書館前にあるベンチに座ってのんびりしながら、作業着を着た業者の中に生徒たちが混じる光景を眺めていた呉宇軒ウーユーシュェンは、欠伸をしながら李浩然リーハオランに寄りかかった。

「俺たちもそろそろ行かないとな」

 呉宇軒ウーユーシュェンは、これから完成した美男美女コンテストの会場でリハーサルをすることになっていた。今は同じくコンテスト参加者のイーサンを待っているところだ。

「お前は見に来てくれないの?」

 リハーサル会場は屋外なので、行けば誰でも見学ができる。だが、李浩然リーハオランは残念そうに眉を下げて口を開いた。

「これから用事があるから。楽しみは本番に取っておくことにする」

 そっか、と微笑んだ呉宇軒ウーユーシュェンは、コンテストで際どい女装をすることを唐突に思い出す。
 コンテストの内容は守秘義務があるが、李浩然リーハオランは婚約者なので教えておいた方がいいだろうか。ただ、真面目な彼にその事を話してしまうと、係の人に猛抗議しかねない。
 少し考え、呉宇軒ウーユーシュェンは黙っておくことにした。万が一彼が殴り込もうとしても、始まってしまえばこっちのものだ。
 ところが、そんな悪い考えが顔に出てしまっていたらしい。李浩然リーハオランは急に訝しげな表情を浮かべ、呉宇軒ウーユーシュェンに尋ねた。

阿軒アーシュェン、俺に何か隠し事をしていないか?」

「なっ……なんで?」

 不意を突かれた彼は平静を装ったものの、動揺を隠しきれず言葉がつっかえる。それを見た李浩然リーハオランはすっと目を細め、ますます呉宇軒ウーユーシュェンを怪しんだ。

「してるな?」

 静かに、しかし圧を感じる声でそう言うと、彼は鋭い眼差しでじっと目を覗き込んでくる。彼からそんな風に詰められては、誤魔化すことはもはや不可能だ。
 蛇に睨まれた蛙の如く動けなくなった呉宇軒ウーユーシュェンの背中に、つーっと冷や汗が流れた。

「し……シテナイヨ」

 目を泳がせながら、全部ぶちまけたい気持ちをぐっと堪え、片言の返事をする。あとちょっとでも何か言われたら、洗いざらい話してしまいそうだ。
 絶体絶命の呉宇軒ウーユーシュェンの元に、その時天の助けがやってくる。
 待ち合わせしていたイーサンが来たのだ。彼は見つめ合っている二人を見て首を傾げた。

「ん? 李浩然リーハオランも一緒に行くのか?」

浩然ハオランは用事あるんだって」

 さり気なくベンチから立ち上がり、呉宇軒ウーユーシュェンはそろりと慎重に幼馴染から距離を取る。
 彼から目を離さずにいた李浩然リーハオランは、やや間を置いて諦めのため息を吐いた。それから静かに腰を上げ、呉宇軒ウーユーシュェンのそばまでやって来ると、耳元でそっと囁く。

阿軒アーシュェン、また後で」

 表情も態度も普段と変わらず淡々としているが、その声はどこか脅すような響きを帯びていた。
 彼が諦めたわけではないと分かり、呉宇軒ウーユーシュェンは顔を引き攣らせる。事情を知らないイーサンだけが、別れ際まで不思議そうにしていた。



 李浩然リーハオランと分かれて運動場に向かった二人は、立派なコンテスト会場に揃って息を呑んだ。ステージはファッションショーさながらにランウェイがあり、一人ずつ客席にアピールできるようになっている。

「すっげぇ、本格的だな!」

 本格的な会場に呉宇軒ウーユーシュェンが目をキラキラと輝かせて言うと、イーサンも驚きに目を見開きながら頷いた。

「そうだな。まさかここまでとは……」

 二人とも、学園祭だからそこまで本格的なものにはならないだろうと思っていたのだ。
 ステージの裏にはプレハブ小屋のようなものが建っていて、パフォーマンス用の荷物を置いたり、着替えができるようになっている。参加者たちはその小屋の前に集まっていたが、まだ半分もいない。

「俺たち、ちょっと早くに着きすぎたかな?」

 手持ち無沙汰に待っている参加者を見た呉宇軒ウーユーシュェンは、これならもう少し李浩然リーハオランと一緒にいてもよかったな、と思う。そんな彼の背中をポンと叩き、イーサンが顎をしゃくった。

「だな。少し辺りを見に行くぞ」

 会場には、観客の立つスペースをぐるりと囲むように出店のテントが並んでいた。もう既にテーブルや看板の準備も始まっている。
 二人はゆったりと歩きながら、出店を一つ一つ見て回った。
 ほとんどの出店は飲み物を売る店で、合間合間にちょっとした軽食を扱うものがある。だが、もっとも目を引いたのは、参加者たちの写真売り場だ。

「おっ、写真集にカレンダーだって! 結構値段するな……」

 どこが出しているのかと思えば、我が大学が誇る星香せいこう出版の出店だった。サンプルの写真には、見覚えのある漢服姿の呉宇軒ウーユーシュェンが写っている。

「コンテストの写真のためにスタジオを借りるなんて、変だと思ったんだよな。こういうことだったのか」

 わざわざプロのカメラマンに撮影を頼んだ理由がやっと分かった。
 どうりで出版サークルがコンテストの撮影に協力的だったわけだと合点がいった呉宇軒ウーユーシュェンは、看板の文字をじっくりと読んで笑みを浮かべる。扱っている商品一覧の中に、中身が伏せられたお楽しみ商品があったのだ。これは間違いなく、女装写真が使われているものだろう。

「見ろよこれ! 絶対例の写真だろ」

 イーサンの袖を引いて看板を指差すと、彼は別の分厚い紙でできたお品書きを見せてきた。

「それよりこっちが問題だ。なんなんだ? この個別写真集って言うのは」

 彼が持っていたのは、呉宇軒ウーユーシュェンにイーサン、そして先輩モデルのLunaルナの名前が書かれている看板だった。どうやら、現役モデルの三人はそれぞれ別で写真集が作られているらしい。
 あまりにも商魂たくましい商品に、呉宇軒ウーユーシュェンは眉を#顰_ひそ__#めた。

「これって、分け前もらえんのかな?」

 勝手に写真を使って商売することは構わないが、せめて一言くらい断ってくれてもいいだろうに。すると、誰も居ないはずの出店の中に突然女の子の声が響いた。

「もちろん、ちゃんと参加者に還元するわよ!」

 目の前のテーブルの陰から、ぴょんっと猫猫マオマオ先輩が顔を出す。予想外の場所から現れた彼女に、二人はうわっと叫んで飛び上がった。

「先輩!? そんな所で何してるんですか!」

 驚いた拍子に倒しそうになった看板を手で押さえ、呉宇軒ウーユーシュェンが尋ねる。今日の彼女は、作業がしやすいように髪をポニーテールにしていて、いつもより快活な雰囲気だ。

「決まってるでしょ? ブースの最終チェックをしに来たのよ。商品を持ってくるのはイベント当日だけど、それまでに綺麗にしておかなきゃだから」

 そう言うと、彼女は椅子やテーブルの配置を変えたり、野晒しでも大丈夫なのぼりなどの整理を始める。呉宇軒ウーユーシュェンは少し手伝おうと思って裏手に回ろうとしたが、その時係の人が呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら参加者たちがやっと集まったらしい。

「ほらほら、呼ばれてるわよ。行ってらっしゃい」

 猫猫マオマオ先輩に促され、二人は大勢が集まり始めているステージの方へ大急ぎで戻っていった。



 それからの時間はあっという間だった。
 当日の流れを確かめて順番にステージに上がり、一人ずつランウェイを歩いて感覚を確かめていく。モデルの呉宇軒ウーユーシュェンとイーサン、Lunaの三人は、慣れない参加者のサポートに尽力した。
 リハーサルが昼過ぎまでかかったので、ステージの周りには昼休憩をしに出てきた生徒たちが集まり始めていた。彼らは軽食を片手に声援を送り、ひと足先にコンテストを楽しんでいる。
 解散を言い渡されてステージを後にしようとしていた呉宇軒ウーユーシュェンは、見学人たちの中に李浩然リーハオランの姿を見つけ、ぱあっと顔を輝かせた。

然然ランラン! 愛してるよぉーっ!!」

 ステージの上からラブコールを送ると、近くで見ていた女子の集団が黄色い声を上げる。まるで彼が何か素晴らしいパフォーマンスをしたとでも言わんばかりだ。
 呉宇軒ウーユーシュェンはそのまま軽やかにステージから飛び降りると、大喜びで李浩然リーハオランの胸に飛び込んだ。

「いつから来てたんだ? 気付かなかったよ」

「来たのはランウェイを歩いている途中からだ。君の出番を見逃してしまった」

 残念そうな顔をする彼に、呉宇軒ウーユーシュェンはニヤリと口の端を吊り上げる。

「楽しみは本番に取っておくんだろ? 格好いい写真、撮ってくれよな」

 茶目っ気たっぷりにウインクすると、李浩然リーハオランの顔にもたちまち笑みが戻る。合流した二人はそのまま昼食を食べに行き、午後は人手が足りなそうな場所を巡って手伝いに明け暮れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

処理中です...