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第十二章 学園祭の始まり
5 増える不審者
しおりを挟む「それで、飯食ったあとはどこに行くんだ?」
マスクを付け直し、改めて完全に顔を隠した呂子星がみんなに尋ねる。
コンテストの参加もあるため、一日の予定を頭に入れていた呉宇軒はいの一番に手を上げた。
「俺、服飾科のバザー行きたい! 若汐に服見てこいって頼まれてるんだよね」
李浩然の従姉妹の李若汐は学校があるので、学園祭を見に来るのは午後からだった。そのため、彼女が憧れている人気モデルのLunaがリメイクした服を代わりに買ってきてほしいと頼まれていたのだ。
せっかくのお祭りだというのに、恐ろしい先輩の元へ行くのは嫌だったが、可愛い妹分の頼みなら仕方がない。
服飾科の高進やLunaと親しくしている謝桑陽は、呉宇軒の意見に二つ返事で頷いてくれた。
「決まりだな。俺は姉ちゃんに見つからなければどこでもいい」
呂子星からの許可も得たので、五人は服飾科のバザーを見に行くために席を立つ。今朝、まさにその場所で商品の陳列を手伝っていた高進を先頭に、一行はバザー会場を目指して歩き出した。
李浩然と手を繋ぎ、呉宇軒は面白い出店がないか辺りを見回しながら高進の後に続く。幼馴染が周りに気を配ってくれているので、彼は思う存分よそ身をすることができるのだ。
ところが、彼がサンザシ飴の出店に気を取られていると、後ろからドンっと誰かがぶつかってきた。
「いてっ……って、子星? お前、いつ着替えたんだ?」
帽子にマスクにサングラスの格好ではあるが、帽子も服装も変わっている。先ほどまでスポーツキャップだったのがつば広帽子に代わり、上着もダボついた女性もののベージュのコートだ。
一体どうやって着替えたのだろうと首を傾げていると、なぜか反対側から呂子星の声がした。
「俺はここにいるぞ」
「あれっ? じゃあ、こっちは誰だ?」
早着替えをしたのではないと分かって安心するも、今度はこのいかにも怪しげな人物が誰なのかという疑問が浮上する。まさか、顔を完全に隠した不審者の装いをする物好きが二人もいるとは思わなかった。
先を歩いていた高進たちも足を止め、何事かと戻ってくる。
みんなの注目を浴びた謎の人物は、大きなサングラスをほんの少し下へずらしてか細い声を出した。
「軒軒、私……」
長いまつ毛に縁取られた愛らしい瞳を見るまでもなく、呉宇軒は声だけですぐ正体に気付く。
「桃蓮!?」
体のラインが隠れるようなオーバーサイズのコートを着ているが、身長もちょうど彼女とぴったり合う。
李浩然は桃蓮の名前が出た途端に繋いでいた手をパッと離し、素早く呉宇軒の腰に手を回して抱き寄せた。まるで彼女には近付くなとでも言いたそうだ。
名前を呼ばれた桃蓮は、慌てて静かに、と指を口元に当てた。
「桃蓮って、あのモデルのか!?」
高進が驚きの声を上げる。だが、彼女と同じように顔を完全に隠した呂子星は、不審者仲間に疑いの眼差しを向けた。
「本当にそうなのか? 人気モデルにしては格好が……」
今の桃蓮は、雑誌に載っている華やかな衣装を身に纏った姿とは真逆の地味で無難な格好だ。確かに、普段の彼女を知っている人が見ても、そうとは気付かないだろう。しかし、それこそが彼女の狙いなのだ。
トップモデルのLunaと双璧を成す美人モデルが学園祭に来ているなんて、周りが気付けばパニックが起きかねない。呉宇軒は声を潜めて、改めて彼女に尋ねた。
「こんな所で何してんだ?」
「その……服飾科のバザーが見たくて……」
周りの注意を引きたくないと縮こまりながら、桃蓮が恥ずかしそうに答える。
顔が全く見えない怪しい格好をしていたため、入り口で会場の案内を貰えなかったらしい。彼女は呉宇軒たちが服飾科へ行くと話していたのが聞こえて、後をつけていたのだと教えてくれた。
「Lunaの作った服があるって聞いたから、気になって来たのよ。去年は仕事で来られなかったから」
「そういうことなら、一緒に行くか? 不審者が二人に増えても問題ないだろ」
そっくりな格好をした呂子星と桃蓮が並ぶと、仲のいい姉弟か恋人同士に見える。呉宇軒は並んだ二人を見比べてぷっと吹き出した。
「おい、誰が不審者だ!」
姉に見つかりたくなくて大きな声を出せない呂子星が、不満そうに小声で文句を言う。そんな彼に、呉宇軒は笑って返した。
「姉ちゃんの目を欺くのにちょうどいいんじゃねぇの? お前一人だったらかなり目立つけど、二人なら注意が分散するし」
実際、顔を完全に隠した呂子星を連れているとかなり目立っていて、道行く生徒たちがチラチラと見ていたのだ。だが、そこに桃蓮が加わったことで、周りの人たちは「よく分からないけどそういう集団なんだろう」と勝手に納得するようになった。
いいアイディアだろうと同意を求めたものの、呂子星は納得のいかない様子だ。彼はしばらくぶつくさと文句を言っていたが、呉宇軒は問答無用で彼と桃蓮を一セットにして歩き出した。
顔を隠した怪しい二人組を連れた一同は、お祭り騒ぎで浮かれた学生たちの中を突き進み、バザー会場に到着した。
服飾科のある棟の前で広いスペースを取っている会場には、たくさんの人たちが押し寄せている。学生たちはもちろん、学園祭を見に来た一般の人たちも来ているようだ。
「すっげぇ人だな。学園祭のバザーって、こんなに人来るんだ」
学園祭のバザーなので、そこまで混んでいないだろうと高を括っていた呉宇軒は、集まる人の群れを眺めながら感心した声を出す。食べ物の出店が並んでいる所も人が凄かったが、この会場はその比ではないくらいに大賑わいだ。
「まあ、Luna先輩の作った服もあるからな」
服飾科の高進が、バザーで出している服は市販品よりも安いのだと説明してくれる。投げ売りされた型落ち品などを安く買い込み、学生たちがリメイクするので安値で販売できるのだという。
話をしながらも、高進はそわそわして服を吟味する人々をチラ見していた。
「もしかして、お前の作った服もあるのか?」
落ち着きのない様子にピンと来た呉宇軒が尋ねると、彼はぎこちなく頷いた。
「あ、ああ。ちゃんと売れてるか気になって……」
「大丈夫ですよ、きっと売れてますって」
不安そうな彼を謝桑陽が優しく励ます。メンズ売り場が気になっている彼らをその場に残し、呉宇軒は李若汐からのお使いを済ませるために、李浩然と一緒に女子たちが殺到する一画に向かった。
「あら、宇軒。あんたが来るなんて珍しいじゃない」
売り子をしていたLunaが、生意気な後輩の姿を見つけて意外そうな顔をする。
「若汐に頼まれたんだよ。軍事訓練の時に会った女の子覚えてる? 浩然の従姉妹の」
「もちろん覚えてるわよ。一緒に記念撮影した、あの可愛い子でしょ?」
彼女たちが会ったのは一度だけだが、ちゃんと覚えていたらしい。呉宇軒はずらりと並ぶ服を見て、小声で尋ねた。
「Luna姉の作った服が欲しいんだって。まだある?」
すると、Lunaは僅かに眉を寄せて困った顔をする。
「あるけど、どれを作ったかは言えないわよ? 平等に買ってもらえるように伏せてるから」
「じゃあ、俺のセンスで選ぶしかねぇか……」
なんとなくそんな気がしていたので、彼はさっそくそれっぽい服を探し始めた。
一緒について来てくれてはいるが、李浩然はお洒落に無頓着なので呉宇軒が探すしかない。彼はいくつか候補を手に取り、Lunaに向き直る。
「ここからLuna姉に似合うもの選んでもらうってのはできる?」
選んだのはLunaが好きそうなシックな色合いのワンピースやニットだ。それから謝桑陽が手作りしていた人形の服に近いものも取ってみた。
「それなら大丈夫よ。サイズは分かってるの?」
「ちゃんとメモしてきた」
昨日の晩、渋る李若汐から無理矢理聞き出していた。その時に見栄を張ってワンサイズ下のサイズを教えてきた彼女に、「サバを読むんじゃねぇ!」と言って揉めたのは秘密だ。
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