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拒まれる心
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凍てつくような澄んだ空気と、抜けるような青い空。
朝夕は霧に包まれ、曇ってばかりの帝国の空とは対照的だ。
――総督府の職務に復帰してから月日が経ち、マウラカは本格的な乾季を迎えている。
帝国の季節で言うなら、冬の訪れだ。
……そして俺の身にも、変化は訪れていた。
マウラカの副総督を解任されることが、つい数日前に決まったのだ。
まだオルファンには、その事を伝えられていない。
彼は、俺の発した特命によって秘書としての業務をほぼ外れ、今やマウラカ中を自由に行き来している。
ヴァランカの存在に色めき立つ各部族の鎮静化を行っていることになっているが、事実は真逆だった。
他の植民地の情勢が不安定で帝国軍の投入が遅れていることを良いことに、鉄道の破壊や帝国商人の誘拐、殺害を繰り返し、経済活動を阻害して、この地の帝国人を震え上がらせている。
総督府でも鉱山でも、ヴァランカを恐れて辞職し、本国に帰国する帝国人が何人も出た。
破壊された鉱山鉄道の復旧も進まず、採掘は止まり、その甚大な被害は、総督府の財政にもマウラカの経済にも大きな影響を与えている。
帝国の統治力が弱まった結果、治安も悪化していた。
ヴァランカとは関わりのない山賊行為の横行、街での略奪や火付けが増えている。
帝国人だけでなく、マウラカ人の間にも不安は大きく広がっていた。
早晩、ヴァランカの率いる独立派のマウラカ人と帝国の間で大きな衝突が起こり、泥沼の戦いが始まるかもしれない。
例えオルファンが運良く独立を勝ち取れたとしても……この国の荒廃は免れない……。
事実を知りながら傍観するしかない俺は最早、完全な帝国の裏切り者だ。
雑然とした自分の執務室を見渡す。
午後の光がカーテンの間から入る、作りと調度品だけは帝国風の狭い部屋。
この部屋もそろそろ見納めだ。
――最近の俺の仕事は、誰とも知れぬ後任の為の引継資料作りだった、
仕事を再開した後、父や他、帝国の上層部に職務続行を嘆願する電報を打ったが、無駄に終わった。
俺の解任は決定事項だと、総督が勝ち誇った顔で伝えてきたのがつい3日前だ。
正式な辞令を待っている今も、情勢に関して情報は収集するようにはしているが、最早この地で俺の出来る事は限られる。
副総督でなくなれば、『ヴァランカ』にとって俺に利用価値は無い。
オルファンとの関係も断ち切られることになる。
……あれから、彼が気まぐれに帰ってくる度、何度か深く犯された。
抱かれるたびに、俺の身体は彼の熱を覚えていく。
どう考えても離別の結末しかない運命の中で、俺の身体はもう……。
行き場のない感情を持て余していたその時、ノックの音が聞こえた。
――オルファンだろうか。
「副総督殿」
シックスパネルの彫られた厚いドアの向こうから聞こえてきたのは、彼ではなく若い事務官のものだった。
「……何だ」
「先程、ミシディアからヴァランカ掃討の部隊がエヴカにご到着されました。部隊長がご挨拶をされたいということでいらしておりますが、いかがいたしましょうか」
事務官の言葉に、俺は驚愕した。
「ミシディアで起こっている反帝国運動の鎮圧の為に、到着はあとひと月ほど遅れると聞いていたが」
「それが、先方の部隊長殿が痺れを切らされたとかで……」
話の途中で、ガチャリと音がしてドアが開いた。
「ハリス少佐殿! お久しぶりです」
明朗快活な若い男の声が執務室に響く。
事務官の後ろから現れたのは、帝国の軍服と制帽を身につけた背の高い男だ。
その顔は、帝国での勤務時代に知り合った後輩の、懐かしいそれだった。
「ロバート!?」
肩幅の広く胸の厚い屈強な体つきに、短く切った亜麻色の巻き毛をした端正な顔立ちの好青年が背筋を正し、敬礼する。
「ロバート・ディヴィス少佐、青の月10日付けをもってミシディア第三ゲルサ旅団と共にマウラカ総督府勤務を命ぜられ、本日着任致しました!」
総督府中に聞こえそうな大きな声で挨拶した相手に、懐かしい思い出が蘇る。
彼は俺がまだ本国の内勤で働いていたとき、初めて教育を任された三つ年下の後輩だったのだ。
当時よく懐いてくれて、俺を慕ってくれ、俺の行く先にどこへでもついてきた……懐かしい思い出が蘇る。
「――それから、もうお聞き及びかもしれませんが自分があなたの後任となります」
付け加えられた言葉に驚きを隠せず、俺は俯いた。
順調に出世し、数年前にマウラカの南、帝国領ミシディアの要衝の軍事基地に転属になったことは知っていたが……。
「少佐殿?」
訝しがられて慌てて立ち上がり、ドアの前に立つ彼の元へ足を進めた。
「ロバート、本当に久しぶりだな。お前が俺の後任なのか……!?」
「ええ。自分が来たからにはもうご心配は要りません。安心して本国へ錦を飾って下さい」
いかにも軍人らしい、凛とした顔立ちに屈託のない明るい笑顔が浮かぶ。
途端に後ろめたい気持ちになって、心臓が痛んだ。
俺は帝国にとっては裏切り者だ。……しかも実家に帰れば厄介者で、飾れる錦などありはしない。
そんな俺の境遇など露知らず、ロバートは明るく言い放った。
「……とはいえ、こちらはミシディアとは言葉も文化も違います。引継ぎ期間の間、昔のように色々ご指導頂ければ幸いです!」
余りに前向きな姿勢に、しばらく言葉が出なかった。
この男は昔からこうだ。軍隊の中では色々な意味で可愛がられるタイプだが、俺とは根本的に違う人種だ。
オルファンのためにも、せめてあまりやる気のない後任が来ればいいと密かに思っていたが……。
今後のことを考えると複雑な気分になりながら、会話を続けた。
「俺がお前に教えることなど何もないよ。ミシディアではかなり活躍していたのだろう? 数々の反乱や暴動を未然に防いだとか……」
「――いえ、自分は何も。配下の優秀なゲルサ族傭兵たちのおかげです」
ゲルサ族。
ロバートが発したその名に、背筋が冷たくなった。
マウラカの東、シャイナと帝国領ミシディアの緩衝地の一つになっている山岳地帯の小国、ゲルサの少数民族だ。
ゲルサは象牙色の肌をした勇猛な民族で、古くからシャイナの属国としての歴史を持ち、独自の文化を発展させてきた。
山間での白兵戦を得意とする彼らは、かつて帝国軍がシャイナの一部を侵略しようとした際に敵方として活躍し、ついに帝国の勢力を退けたことがある。
その停戦後、帝国は逆にゲルサ族の強さに目を付け彼らの国と協定を結び、彼らを味方につけることに成功した。
彼らの中から常に有能な若者を選抜し、傭兵として教育した上で世界各地に配置しているのだ。
……ロバートが連れてきたのは、中でも最強と名高いミシディアのゲルサ旅団の二千人だった。
「そんなことよりも、ハリス少佐殿。自分の荷物をもう副総督の公邸に運ばせて頂いて宜しいでしょうか? 窮屈かもしれませんが、暫く同じ屋根の下で、マウラカや賊の一味についての情報を頂ければと思うのです。……朝晩もご一緒に過ごさせて頂いた方が、引き継ぎも滞りなく進むかと」
「それは……」
ロバートの申し出に驚き、声が詰まった。
あの屋敷には、今や殆ど帰らないが、オルファンも住んでいる。
もし、オルファンの正体に気付かれでもしたら。
それに、万が一俺の体のことを知られたりしたら……。
「だ、ダメだ。召使も一人しかいないし、客用の寝室も全く掃除していない。総督の屋敷か、エヴカの中心地にある唯一のホテルに行く方がいい」
「自分のことは自分でなんとかできます。俺は平民の出ですから、床に寝るのも平気です」
「そうは言っても……」
固唾を呑む俺の前で、ロバートが邪気のない表情で首を傾げる。
その青く澄んだ瞳を見て、思い直した。
……ここで強く断るのは明らかに不自然だ。
もはやあの屋敷も俺のものではなくなる。オルファンも総督府に籍を置く限りは、いずれ俺ではなくこのロバートに仕えることになるのだ。
せめて顔を繋いでおいた方が良い。
「分かった……。だが、言っておくが本当に不便だぞ」
「寝る場所さえあれば十分です。俺はどこでも過ごせますし。急な話ですから、身辺整理も大変でしょう。よろしければ俺もお手伝い致します」
目の前の好青年は俺の思案に気付くことなく、無邪気に喜んでいる。
「……退勤時にまたここに来い。案内する」
「有難うございます。……そういえば、少佐殿。……――雰囲気が変わられましたね」
人懐こい明るい口調で言われて、心に動揺が走った。
体の変異に気付かれた? まさか……。
密かにうろたえる俺の前で、少年のようなはにかんだ笑顔を浮かべ、ロバートは続けた。
「男性にこんな言い方をするのは失礼かも知れないですけど……柔和になられたというか」
「そ、そうか……?」
「ええ。強くてお美しくてナイフのように頭が切れて、けれど誰にも心を許さない……憧れるけれど近付き難いと同期の皆が……あっ、すみません……失礼なことを」
「いや、気にしない」
密かに胸を撫で下ろす。
それと同時に、無遠慮なのに憎めない彼の態度に自然と口元が緩んだ。
ざっくばらんな性格の後輩に、硬くこごっていた心をほぐされたような気持ちになる。
「――では、一旦隊に戻ります。夕方にはまたここに参りますので」
ロバートは笑顔でそう言い残し、くるりと踵を返した。
以前見た時より更に逞しくなった背中が規則正しい歩調で執務室を出て行く。
一緒に外に出た事務官がドアが閉め、足音が遠ざかった。
一人になった途端に気が抜け、応接用のソファに身体を沈める。
深いため息が漏れた。
後任も決まったとなればもう、これからの身の振り方は限られる。
軍を辞してでもここに残るか、それとも――。
天井を仰ぎながら、俺は静かに目を閉じた。
朝夕は霧に包まれ、曇ってばかりの帝国の空とは対照的だ。
――総督府の職務に復帰してから月日が経ち、マウラカは本格的な乾季を迎えている。
帝国の季節で言うなら、冬の訪れだ。
……そして俺の身にも、変化は訪れていた。
マウラカの副総督を解任されることが、つい数日前に決まったのだ。
まだオルファンには、その事を伝えられていない。
彼は、俺の発した特命によって秘書としての業務をほぼ外れ、今やマウラカ中を自由に行き来している。
ヴァランカの存在に色めき立つ各部族の鎮静化を行っていることになっているが、事実は真逆だった。
他の植民地の情勢が不安定で帝国軍の投入が遅れていることを良いことに、鉄道の破壊や帝国商人の誘拐、殺害を繰り返し、経済活動を阻害して、この地の帝国人を震え上がらせている。
総督府でも鉱山でも、ヴァランカを恐れて辞職し、本国に帰国する帝国人が何人も出た。
破壊された鉱山鉄道の復旧も進まず、採掘は止まり、その甚大な被害は、総督府の財政にもマウラカの経済にも大きな影響を与えている。
帝国の統治力が弱まった結果、治安も悪化していた。
ヴァランカとは関わりのない山賊行為の横行、街での略奪や火付けが増えている。
帝国人だけでなく、マウラカ人の間にも不安は大きく広がっていた。
早晩、ヴァランカの率いる独立派のマウラカ人と帝国の間で大きな衝突が起こり、泥沼の戦いが始まるかもしれない。
例えオルファンが運良く独立を勝ち取れたとしても……この国の荒廃は免れない……。
事実を知りながら傍観するしかない俺は最早、完全な帝国の裏切り者だ。
雑然とした自分の執務室を見渡す。
午後の光がカーテンの間から入る、作りと調度品だけは帝国風の狭い部屋。
この部屋もそろそろ見納めだ。
――最近の俺の仕事は、誰とも知れぬ後任の為の引継資料作りだった、
仕事を再開した後、父や他、帝国の上層部に職務続行を嘆願する電報を打ったが、無駄に終わった。
俺の解任は決定事項だと、総督が勝ち誇った顔で伝えてきたのがつい3日前だ。
正式な辞令を待っている今も、情勢に関して情報は収集するようにはしているが、最早この地で俺の出来る事は限られる。
副総督でなくなれば、『ヴァランカ』にとって俺に利用価値は無い。
オルファンとの関係も断ち切られることになる。
……あれから、彼が気まぐれに帰ってくる度、何度か深く犯された。
抱かれるたびに、俺の身体は彼の熱を覚えていく。
どう考えても離別の結末しかない運命の中で、俺の身体はもう……。
行き場のない感情を持て余していたその時、ノックの音が聞こえた。
――オルファンだろうか。
「副総督殿」
シックスパネルの彫られた厚いドアの向こうから聞こえてきたのは、彼ではなく若い事務官のものだった。
「……何だ」
「先程、ミシディアからヴァランカ掃討の部隊がエヴカにご到着されました。部隊長がご挨拶をされたいということでいらしておりますが、いかがいたしましょうか」
事務官の言葉に、俺は驚愕した。
「ミシディアで起こっている反帝国運動の鎮圧の為に、到着はあとひと月ほど遅れると聞いていたが」
「それが、先方の部隊長殿が痺れを切らされたとかで……」
話の途中で、ガチャリと音がしてドアが開いた。
「ハリス少佐殿! お久しぶりです」
明朗快活な若い男の声が執務室に響く。
事務官の後ろから現れたのは、帝国の軍服と制帽を身につけた背の高い男だ。
その顔は、帝国での勤務時代に知り合った後輩の、懐かしいそれだった。
「ロバート!?」
肩幅の広く胸の厚い屈強な体つきに、短く切った亜麻色の巻き毛をした端正な顔立ちの好青年が背筋を正し、敬礼する。
「ロバート・ディヴィス少佐、青の月10日付けをもってミシディア第三ゲルサ旅団と共にマウラカ総督府勤務を命ぜられ、本日着任致しました!」
総督府中に聞こえそうな大きな声で挨拶した相手に、懐かしい思い出が蘇る。
彼は俺がまだ本国の内勤で働いていたとき、初めて教育を任された三つ年下の後輩だったのだ。
当時よく懐いてくれて、俺を慕ってくれ、俺の行く先にどこへでもついてきた……懐かしい思い出が蘇る。
「――それから、もうお聞き及びかもしれませんが自分があなたの後任となります」
付け加えられた言葉に驚きを隠せず、俺は俯いた。
順調に出世し、数年前にマウラカの南、帝国領ミシディアの要衝の軍事基地に転属になったことは知っていたが……。
「少佐殿?」
訝しがられて慌てて立ち上がり、ドアの前に立つ彼の元へ足を進めた。
「ロバート、本当に久しぶりだな。お前が俺の後任なのか……!?」
「ええ。自分が来たからにはもうご心配は要りません。安心して本国へ錦を飾って下さい」
いかにも軍人らしい、凛とした顔立ちに屈託のない明るい笑顔が浮かぶ。
途端に後ろめたい気持ちになって、心臓が痛んだ。
俺は帝国にとっては裏切り者だ。……しかも実家に帰れば厄介者で、飾れる錦などありはしない。
そんな俺の境遇など露知らず、ロバートは明るく言い放った。
「……とはいえ、こちらはミシディアとは言葉も文化も違います。引継ぎ期間の間、昔のように色々ご指導頂ければ幸いです!」
余りに前向きな姿勢に、しばらく言葉が出なかった。
この男は昔からこうだ。軍隊の中では色々な意味で可愛がられるタイプだが、俺とは根本的に違う人種だ。
オルファンのためにも、せめてあまりやる気のない後任が来ればいいと密かに思っていたが……。
今後のことを考えると複雑な気分になりながら、会話を続けた。
「俺がお前に教えることなど何もないよ。ミシディアではかなり活躍していたのだろう? 数々の反乱や暴動を未然に防いだとか……」
「――いえ、自分は何も。配下の優秀なゲルサ族傭兵たちのおかげです」
ゲルサ族。
ロバートが発したその名に、背筋が冷たくなった。
マウラカの東、シャイナと帝国領ミシディアの緩衝地の一つになっている山岳地帯の小国、ゲルサの少数民族だ。
ゲルサは象牙色の肌をした勇猛な民族で、古くからシャイナの属国としての歴史を持ち、独自の文化を発展させてきた。
山間での白兵戦を得意とする彼らは、かつて帝国軍がシャイナの一部を侵略しようとした際に敵方として活躍し、ついに帝国の勢力を退けたことがある。
その停戦後、帝国は逆にゲルサ族の強さに目を付け彼らの国と協定を結び、彼らを味方につけることに成功した。
彼らの中から常に有能な若者を選抜し、傭兵として教育した上で世界各地に配置しているのだ。
……ロバートが連れてきたのは、中でも最強と名高いミシディアのゲルサ旅団の二千人だった。
「そんなことよりも、ハリス少佐殿。自分の荷物をもう副総督の公邸に運ばせて頂いて宜しいでしょうか? 窮屈かもしれませんが、暫く同じ屋根の下で、マウラカや賊の一味についての情報を頂ければと思うのです。……朝晩もご一緒に過ごさせて頂いた方が、引き継ぎも滞りなく進むかと」
「それは……」
ロバートの申し出に驚き、声が詰まった。
あの屋敷には、今や殆ど帰らないが、オルファンも住んでいる。
もし、オルファンの正体に気付かれでもしたら。
それに、万が一俺の体のことを知られたりしたら……。
「だ、ダメだ。召使も一人しかいないし、客用の寝室も全く掃除していない。総督の屋敷か、エヴカの中心地にある唯一のホテルに行く方がいい」
「自分のことは自分でなんとかできます。俺は平民の出ですから、床に寝るのも平気です」
「そうは言っても……」
固唾を呑む俺の前で、ロバートが邪気のない表情で首を傾げる。
その青く澄んだ瞳を見て、思い直した。
……ここで強く断るのは明らかに不自然だ。
もはやあの屋敷も俺のものではなくなる。オルファンも総督府に籍を置く限りは、いずれ俺ではなくこのロバートに仕えることになるのだ。
せめて顔を繋いでおいた方が良い。
「分かった……。だが、言っておくが本当に不便だぞ」
「寝る場所さえあれば十分です。俺はどこでも過ごせますし。急な話ですから、身辺整理も大変でしょう。よろしければ俺もお手伝い致します」
目の前の好青年は俺の思案に気付くことなく、無邪気に喜んでいる。
「……退勤時にまたここに来い。案内する」
「有難うございます。……そういえば、少佐殿。……――雰囲気が変わられましたね」
人懐こい明るい口調で言われて、心に動揺が走った。
体の変異に気付かれた? まさか……。
密かにうろたえる俺の前で、少年のようなはにかんだ笑顔を浮かべ、ロバートは続けた。
「男性にこんな言い方をするのは失礼かも知れないですけど……柔和になられたというか」
「そ、そうか……?」
「ええ。強くてお美しくてナイフのように頭が切れて、けれど誰にも心を許さない……憧れるけれど近付き難いと同期の皆が……あっ、すみません……失礼なことを」
「いや、気にしない」
密かに胸を撫で下ろす。
それと同時に、無遠慮なのに憎めない彼の態度に自然と口元が緩んだ。
ざっくばらんな性格の後輩に、硬くこごっていた心をほぐされたような気持ちになる。
「――では、一旦隊に戻ります。夕方にはまたここに参りますので」
ロバートは笑顔でそう言い残し、くるりと踵を返した。
以前見た時より更に逞しくなった背中が規則正しい歩調で執務室を出て行く。
一緒に外に出た事務官がドアが閉め、足音が遠ざかった。
一人になった途端に気が抜け、応接用のソファに身体を沈める。
深いため息が漏れた。
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