【完結済】「理想の恋人 〜タイムリープしたので、全財産貢いだダメ猫と別れます

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中

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3 猫との別れ

 ごく近い距離から香る、猫の毛独特のいい匂に、もうまともな判断力などあるはずがない。
 獣人世界でいわゆる「獣面人身」と呼ばれる、頭が猫になった状態のスーツ姿のツカサは、恋人みたいにベッタリと横に座り、肉球で俺の手の甲を撫でながら、耳元に囁いてきた。
『貴弘君さ、筋肉凄いかっこいいね。……もうさ、一目見た時からすごい俺の好みのタイプなんだよね……。また後で電話していい? 今度さ、二人きりでどっか行こうよ……?』
 俺は思わず、頷いてしまっていた……。
「ちょっとー、梶、どうすんの? 猫ちゃんのホストクラブ。行くの? 行かないの?」
 ゴミゴミとした路上に立ち尽くしたまま、ぼんやりと過去を回想していた俺の肩を、陽子が揺すぶってくる。
 ハッと目が覚めたように、歌舞伎町のギラギラした店構えたちが視界に飛び込んできた。
 一瞬にして頭の中に、いろんな考えが巡る。
 ――何故かは分からない。もしかしたら夢でも見ているのかもしれないけれど、俺は今、過去の世界にいる。
 しかも、あの男に初めて出会ったその日に。
 きっと多分、このことは偶然ではないだろう。
 神様か何かの憐れみなのか、それとも奇跡か。
 これからこの店で起きる彼との出会い……人生のターニングポイントに、俺は全てを分かった上でもう一度立っているんだ……。
 くるりと踵を返し、俺は陽子に訴えた。
「陽子、ごめん。俺、急に腹が痛くなってきて、だから今日、無理かもしれない」
「ええっ。あんた、行くのあんなに楽しみにしてたじゃない。トイレに行ってさあ、出すもん出したら、何とかならない訳!?」
 豪快な解決方法を提案されてしまったが、司と出会ってしまえばどんなことになるか、もう今の俺は知ってしまっている。
 ……メッセージアプリで頻繁に店に呼び出されるようになり、初めての店外デートであっさり処女を奪われ(そんなものが男オメガにあるとすればだ)、祖父が俺の将来のためにとせっかく残してくれた遺産は、三年であっという間に、豪華な猫おやつと、ろくに飲めもしない高額な酒に化けてしまうのだ……。
 そこまでして応援してナンバーワンになったのに、司は「接客が面倒臭くなった」という理由でホストクラブを飛び、俺の家に転がり込んでくる。
 モデルの仕事だけでは月に数万円くらいにしかならない状況のまま、その後の5年間の彼はほとんど無職だ。
 しかしホスト時代に壊れた司の金銭感覚は戻らず、ローンも背負いながら、俺は散々苦労して司を養うことに――。
 いや、そのことについては別に良かったんだ……。
 猫は、ただ「可愛い」というだけで、十分仕事してるから。
 でも……司が誰か他のオメガの飼い猫になることだけは、どうしても耐えられなかった。
 言い出せなかったけれど本当は、俺は司とちゃんとつがいになって結婚したかった。
 子供だって欲しかったんだ。
 あいつが無職でも構わない。浪費癖だって別に、可愛いと思ってた。
 司と家族になりたかった。
 でも司にとっては、俺はそういう相手じゃなかった。
 猫は人じゃなくて、家につく……。
 司が気に入ったのは、俺が住んでた庭付きの、レトロな広い屋敷だけ。
 その家も土地も、実はとっくに抵当に入ってて、失う寸前だった。
「……っ」
 どうしても、猫と一緒に暮らした楽しい八年間の記憶が蘇る。
 猫じゃらしを追いかける司、舌が出っ放しのままぼんやりしてる司、モフモフの白い腹を天井に向けた、だらしない寝姿の司……。
 涙が溢れ出てしまいそうになりながら……俺は陽子に対して、首を横に振った。
「……ごめん。本当に無理そうだから、俺は……帰るよ……」
「本当にいいの? 梶の大好きなでっかいメインクーンがいるんでしょ……?」
「うん、もう、いいんだ。それにやっぱり、猫とは言え、これから警察官になる人間がホストクラブに行くのはよくない気がするし……」
 ――本当は司に出会わない人生なんて、辛くて苦しくて、寂しくて仕方ないけど……。
 俺を育ててくれ、将来のために家やお金を残してくれた母や祖父も、そして時間を戻してくれた神様か誰かも、多分「これ」を望んでる気がする。
 その「誰か」に報いるために……。
 俺は、新しい選択をすることにした。




 陽子と別れ、たった一人で埼玉の家に帰った時にはもう、0時を超えていた。
 純和風のやたら立派な門構えを抜け、自己流の手入れしかしていない庭木の間をどうにか潜って、やっと玄関に辿り着く。
 ……鍵を開け、木枠とガラスの引き戸をガラガラと開けたが……もちろん、中は真っ暗だし、誰もいなかった。
 たたきの上にはまだ捨てられていなかった祖父の革靴だけが、置きっぱなしになっている。
 余りにもしんとしていて、そして自分の家なのに入りたくないと思ってしまうほど、お化け屋敷感がすごい。
 やっぱり、ゴールデンキャットに行っていた方がマシだったんじゃないか……一瞬、そう思ってしまったほどだった。
 こんなに広くて暗い、古い家に一人で住んでいたからこそ、司が一緒に住んでくれ始めた時は、泣くほど嬉しかったことを思い出した。
 やっと俺にも、一緒にいられる「家族」ができたんだって思って……。
 司のための可愛いクッションや、手作り巨大キャットタワーだらけだった八年後の家を懐かしく思い出してしまい、ブルブルと首を横に振った。
 せっかく死亡フラグをへし折ってきたって言うのに、俺は何をまだ未練がましいことを言っているんだ。
 司はあちこち遊び歩いて帰ってこない夜も多かったし、浮気だって公然としてたじゃないか。
 あんな男とはもう一生出会わなくていいんだから、もっと前向きなことを考えるんだ……!
 でも……。
 獣面人身姿になった司が、たまの気まぐれに作ってくれる朝ごはんは、いつも美味かった。
 ブラッシングだけはどんな時でもさせてくれたし……付き合いたての頃は、そこからイチャイチャタイムになることも多くて……。
 涙が出そうになり、唇を噛み締めた。
 もう、猫獣人は絶対に飼わない……!!
 今日家に帰ることを決めた時、俺は「正しい方」を選んだのだから。
 家中毛だらけになって掃除は大変だし、柱は爪研ぎでボロボロにされるし、毎日ブラッシング大変だし、金は掛かるし、結婚してくれないけど浮気はする……そんな恋人はダメだ。
 幸い、今ならまだ祖父の遺産が残ってる。
 これをホスト猫なんかの為に使わずに、自分の人生の為に使って、いい人生を生きよう。
 いい人生って、どんなものなのかは、二回目でもよく分からないが……。
 とりあえず、釜が古すぎる風呂に湯を張りながら、俺は自分が何をしたいのかぼんやりと考えた。
 ずっと司の食べたいもの、行きたい場所、したいことだけを優先してきたから、もう何年も考えたことなかったな、そんなこと……。
 今、俺は最後の大学生活ってとこだから……卒業旅行、とか……?
 来年警察学校にもう一度入ることになるが、想像するだにキツいからなぁ……。
 自由の身のうちに、やりたいことをしよう。
 卒業旅行で、東北にある猫乃島に行くのもいいな。
 前の人生で、司と一緒に一度だけ旅行に行ったことがある。
 人口が五十人に対して猫が200匹はいて、神社には猫神様も祀られてるという、猫好きには有名な聖地だ。
 流石に陽子は女子だから旅行までは誘いづらいし、今度行くとしたら一人旅だな。
 いつにしよう……あんまり寒くならないうちがいい。
 お湯がちょうどいっぱいになったので、早速予定を立てるため、スマホを片手に湯船に浸かることにした。
 何しろ、八年前のスケジュールなんて、すっかり忘れてしまってるからな、しっかり確認しないとうっかり卒業できないハメになってしまう……。
 カレンダーに目を通していたら、一ヶ月後に、八年前の俺が入れたらしき予定が目に入った。
『大猫物語リバイバル上映』
 ああ、そういえば、この時期。
 田圃《たんぼ》正憲《まさのり》監督の往年の名作動物映画、「大猫物語」が、リバイバル上映されてたんだな。
 迷子になってしまった子猫が、森で巨大な猫に成長して帰ってくる感動物語。
 前の人生の時は、俺が猫ホス狂いになってしまい、うっかり見逃して……後で気付いて、かなり悔しかったんだ。
 でも、今ならリバイバル上映は未来の予定になる。
 今度こそ映画館で「大猫物語」が見られるかもしれないぞ。
 よし、とりあえず旅行は後回しだ!
 ウキウキしながら、「大猫物語」の公式サイトを検索し始める。
 主人公の巨大な虎毛猫に目を細めて、嬉しくなった。
 やっぱり猫は短毛も果てしなく可愛い‼︎
 「大猫物語」、絶対に見に行こう!
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