【完結済】「理想の恋人 〜タイムリープしたので、全財産貢いだダメ猫と別れます

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中

文字の大きさ
5 / 19

5お持ち帰り猫

「――……なんでなんだろう……」
 大きな洗濯ネットみたいな防護網を獣人医に借り、ぐっすり眠っている司をその中に包んで抱いたまま、俺は埼玉に帰る電車に揺られていた。
 バリカンで刈られたのは目立たない尻や腹の方で、ところどころハゲが出来ている。
 長毛種の毎日のブラッシングをサボると最終的にこうなってしまうという、典型的な末路だ……。
 それにしても、おかしい。
 ここ一ヶ月間……俺自身の周囲は、俺の記憶してる過去と全く変わらない世界だったはずだった。
 クラスメイトも、教授も、授業のカリキュラムも……出会った時の会話ひとつすら、ちょっと不気味なぐらいに、前回と寸分違わずだ。
 それなのに、司だけが何故こんなことになっている?
 それでもって、俺はこの世界では彼とは全くの初対面なんだが、つい成り行きで家に連れて帰ることになってしまった。
 だって、こんなボロボロの姿であの荒れた街に捨てていくなんて出来ない。
 かと言って、身分証の司の住所に送り届けようにも、この頃の司は確か、新宿区内のマンションにオメガのキャバ嬢と同棲してたはず。
 行っても時間帯的に出勤中で留守だろうし、留守じゃなかったとしても正直、きまずい。
 何より、暴漢に襲われた場所から地理的に近過ぎるのも心配だ。
 ……という感じで、電車賃二人分払って、洗濯ネット入りのボロボロの大猫が今、膝の上にいるのだった。
 寝たり暴れたりを繰り返す司を宥めすかして、都心から約一時間。
 駅からも結構歩いた先にある自宅にようやく辿り着いたのは、またしても夜中の0時近くだった。
 家に入ると、「のっぽの古時計」さながらのリビングの柱時計から、ボーン、ボーンと馬鹿でかい音が鳴っている。
 司を抱いたまま頑張って手を使わずに靴を脱ぎ、俺は廊下と玄関の段差を登った。
 来客応接用の我が家唯一の洋間に入り、防護ネットのファスナーを開いて、年代物の応接セットの古ソファに司をそっと下ろす。
 司は時計の音で目を覚ましたのか、流石に起きていた。
 彼は不思議そうに片目で俺を一瞥すると、一緒にソファに置いた俺のリュックを片手の爪でカリカリと引っ掻いている。
「……? ああ、服か。ちゃんと持ってきたよ」
 リュックから司の服を取り出して、彼の目の前に置く。
 すると、彼はその服を口に咥えて、ソファの座面からすとんと降り、背もたれの裏に入っていった。
 ……多分、人型になった時に裸を見られたくないのだろう。
「俺のことは気にしないで、ゆっくり着替えていい」
 エアコンのスイッチを入れながら声をかけると、ソファの裏から、ニャーンと可愛い声で返事が聞こえた。
 巨体に似合わぬその声のあまりの可憐さと、わざわざ隠れている奥ゆかしさに頭が沸騰しそうになった。
 可愛い。余りにも、可愛い……。
 いや、何を言ってるんだ俺は。
 中身は浮気性のダメ男だぞ……。
 頭を冷やすため、いったん部屋の外に出た。
 一軒家の古家の宿命で、夜の廊下はほとんど外と変わらないほど寒々しい。
 踏むたびにギシギシと音が鳴る床は芯から冷たくて、たちどころに体温が奪われる。
 頭どころか全身が冷えた俺は、ビーズ暖簾をくぐって窓から隙間風の吹く台所に入り、古びた銅のやかんで湯を沸かし始めた。
 司は猫舌だから、ぬるめの湯で入れる玉露が好きだったはず……。
 来客用のお茶っ葉を急須に入れていると、いつの間にか、ラメ入り黒ジャケットとシャツを着た人型の司がキッチンの入り口に立っていた。
 ……しかも、何か、謎の動きをしている。
 見れば、廊下との境目に下がっているジャラジャラのビーズ暖簾に無心にじゃれついていた。
 そういえば、前の人生では、司が猫の時に飛びついて壊して、もう無くなってたっけ……。
「それはおもちゃじゃない」
 注意すると、しゃらりと音を立てて垂れ下がったビーズを掻き分け、司が顔を見せた。
 右目を眼帯で覆ってはいるが、白い滑らかな肌と、ガラス細工のような完璧に整った妖艶な顔立ち……。
 幸いと言っていいのか、商売道具の顔には傷やあざは無いようだ。
 だが、髪も肌も服も薄汚れてしまっていて、哀れを誘う。
 本当はすぐに風呂に入らせたいけど、司の風呂嫌いには前回の人生でも手こずってるから、もう少しこの環境に慣れてからだな。
 司の背丈は俺の知っている彼と変わらないけれど、背中まであった髪はまだ肩下くらいで短いし、若い分、少年のように頼りなく華奢に見えた。
「……お兄さん……見ず知らずなのに、助けてくれてありがとう……ええと、警察官さん?」
 慣れない場所に連れてこられたせいか、俺が強面なせいか、司の顔は少し緊張しているようだった。
 そりゃそうだよな、客として出会った訳じゃないし、謎の誘拐犯の可能性を疑われても仕方ない。
「……来年から警察官になる予定の、22歳の大学四年生だ。名前は、梶 貴弘」
「同じ年……!? もっとおっさんかと思ったよ……」
「相変わらずズケズケ言うよな……」
「相変わらず?」
「いや、こっちの話だ……。茶を入れるから、応接間で座っててくれないか」
 年が同じだと分かると一気に安心したのか、相手はほっとしたような表情になった。
「……俺、熱い飲み物、飲めないんだけど」
「分かってる」
 俺の返した言葉に、司が柔らかく微笑む。
 黙ってると妖しいほどの美形なのに、誰でも彼のことを好きにならざるを得ないような、どこか無邪気な天使の笑み。
「……初対面なのに、なんで知ってるの」
「……ね、猫は一般的に猫舌なものだろ」
 危ない危ない……。
 ヒヤッとしながら、司の表情を盗み見る。
 本当に、人型でも笑うと凄く可愛い……
「それにしても、広いお屋敷だね。お兄さん、さては結構なお金持ち?」
 ……くない!!
 早速俺の財産を品定めするとは……!
「家は単なる親の遺産だ。埼玉のど田舎だし、資産的価値は雀の涙しかない」
「ふぅん、そうなんだ……俺はこーいうレトロな家、好きだけどなぁ。爪研ぎ場所多いし、隠れ場所いっぱいありそうだし……寒いのはちょっと嫌だけど」
 廊下のあちこちに目をやりながら、司が応接間の方に戻っていく。
 ……それはそうだろう、と心の中で俺は呟いた。
 司はうちの家が古いのをいいことに、削り倒されるかと思うくらい、全部の柱で爪研ぎしまくっていたからな……。
 だが、今回はそんなことはさせないぞ。
 こっそり心の中で覚悟を決めながら、人肌くらいのぬるさになるまで二つの湯呑みの間を行き来させたお湯を玉露の茶葉に注いだ。
 十分に蒸らしてから、小さめの湯呑みに注ぎ入れ、ちょうど棚に入っていた高級・薄焼き薄味いわし煎餅と一緒に盆に載せて司の待つ応接間に戻る。
「どうぞ」
 革張ソファに座った司の前のテーブルに菓子と茶を出すと、小さな猫耳のついた頭がぺこりと下がった。
「あ、どうも」
 そう言って顔を上げた時、目の前に出された魚型の煎餅を見て、司は片方の目を輝かせた。
「これ、俺の大好物……嬉しい、ありがとう」
 素直な感謝の言葉に、抑えていたはずの感情が乱される。
 思わず固まっていると、司が首を横に傾げた。
「……でも、結構マニアックな菓子だから、このへんじゃ売ってないはずだけど。貴弘君も好きなの?」
 ……別に好きな訳ではないが、つい癖でストックをネット通販してしまった、とは言えない。
「う、うん。美味い上にカルシウムが取れる」
 俺は誤魔化しながら、向かい側のソファに座った。
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】end roll.〜あなたの最期に、俺はいましたか〜

みやの
BL
ーー……俺は、本能に殺されたかった。 自分で選び、番になった恋人を事故で亡くしたオメガ・要。 残されたのは、抜け殻みたいな体と、二度と戻らない日々への悔いだけだった。 この世界には、生涯に一度だけ「本当の番」がいる―― そう信じられていても、要はもう「運命」なんて言葉を信じることができない。 亡くした番の記憶と、本能が求める現在のあいだで引き裂かれながら、 それでも生きてしまうΩの物語。 痛くて、残酷なラブストーリー。

あなたの番になれたなら

ノガケ雛
BL
皇太子──リオール・エイリーク・エーヴェルは生まれて間もなく第二の性がアルファだとわかり、次期国王として期待されていた。 王族の仕来りで十歳を迎えるその年から、半年に一度訓練と称してオメガが用意され、伽をする。 そしてその訓練で出会ったオメガのアスカに恋に落ちたリオールは、番になってくれと願い出るのだが──。 表紙は七節エカ様です。 【登場人物】 ✤リオール・エイリーク・エーヴェル  14歳 α  エーヴェル国皇太子 ✤アスカ  18歳 Ω  エーヴェル国の平民

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

Ωの庭園

にん
BL
森 悠人(もり ゆうと)二十三歳。 第二性は、Ω(オメガ)。 施設の前に捨てられ、 孤独と共に生きてきた青年。 十八歳から、 Ω専用の風俗で働くしか、 生きる道はなかった。 それでも悠人は、 心の中にひとつの場所を思い描いている。 誰にも傷つけられない、 静かな庭園を。 これは、 そんな青年の物語。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

両片思いのI LOVE YOU

大波小波
BL
 相沢 瑠衣(あいざわ るい)は、18歳のオメガ少年だ。  両親に家を追い出され、バイトを掛け持ちしながら毎日を何とか暮らしている。  そんなある日、大学生のアルファ青年・楠 寿士(くすのき ひさし)と出会う。  洋菓子店でミニスカサンタのコスプレで頑張っていた瑠衣から、売れ残りのクリスマスケーキを全部買ってくれた寿士。  お礼に彼のマンションまでケーキを運ぶ瑠衣だが、そのまま寿士と関係を持ってしまった。  富豪の御曹司である寿士は、一ヶ月100万円で愛人にならないか、と瑠衣に持ち掛ける。  少々性格に難ありの寿士なのだが、金銭に苦労している瑠衣は、ついつい応じてしまった……。

【完結】名前のない皇后 −記憶を失ったSubオメガはもう一度愛を知る−

社菘
BL
息子を産んで3年。 瀕死の状態で見つかったエリアスは、それ以前の記憶をすっかり失っていた。 自分の名前も覚えていなかったが唯一所持品のハンカチに刺繍されていた名前を名乗り、森の中にひっそりと存在する地図上から消された村で医師として働く人間と竜の混血種。 ある日、診療所に運ばれてきた重病人との出会いがエリアスの止まっていた時を動かすことになる。 「――お前が俺の元から逃げたからだ、エリアス!」 「本当に、本当になにも覚えていないんだっ!」 「ととさま、かかさまをいじめちゃメッ!」 破滅を歩む純白竜の皇帝《Domアルファ》× 記憶がない混血竜《Subオメガ》 「俺の皇后……」 ――前の俺?それとも、今の俺? 俺は一体、何者なのだろうか? ※オメガバース、ドムサブユニバース特殊設定あり(かなり好き勝手に詳細設定をしています) ※本作では第二性→オメガバース、第三性(稀)→ドムサブユニバース、二つをまとめてSubオメガ、などの総称にしています ※作中のセリフで「〈〉」この中のセリフはコマンドになります。読みやすいよう、コマンドは英語表記ではなく、本作では言葉として表記しています ※性的な描写がある話数に*をつけています ✧毎日7時40分+17時40分に更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。