【完結済】「理想の恋人 〜タイムリープしたので、全財産貢いだダメ猫と別れます

かすがみずほ@理想の結婚二巻発売中

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8 猫飼いの才能

 午後、俺は人間に変身させた司を獣人病院に連れて行った。
 検査の結果は――重度の虹彩炎。
 治療で悪化は止められるけど、視力を戻すのは厳しいみたいだった。
 瞳の色ももう、一生元の色に戻ることはないと言われてしまった。
 俺もかなりショックを受けたけど、もっと辛い思いをしたのは司、本人だ。
 司は元々自分の容姿に絶大な自信があって、中でも右目の色が金色なのを、一番気に入っていたから……。
 帰り際、司がコインロッカーに預けていた私服を取りに行くのに付き合いながら、道々……深刻に悩んでしまった。
 もしかして、俺のせいなんだろうか、と。
 俺が司から逃げようとしたから……。
 でも、そんな理由でそこまで運命が変わってしまうなんてこと、あるか?
 でももう……今更だ。
 このまま一緒にいれば司の目が治るなんて保証はどこにも無い。
 その上、俺が司のそばにいたら、また八年後、同じことが起こる。
 だから俺はやっぱり、司とは離れるべきなんだ。
 でも……。
 病院帰り、夜の出勤もやめてしまったほど塞ぎ込んでしまった司が、あまりにも可哀想で。
 どうにかして少しでも元気にしてやりたくて、その日の夕飯は、うっかり司の好物だらけになってしまった……。


「……頂きます」
 夕飯時、今時珍しい紐が下がった木枠の蛍光灯の下――テレビの音声に包まれた昔ながらの茶の間で、俺は司と向かい合って炬燵に入り、両手を合わせた。
 炬燵台の上には、デパート系のスーパーで買った新鮮な魚で作ったカルパッチョに、サラダ、もう熱くない白身魚の素揚げ、デリ風サラダが並んでいる。
 ……皿を前に、眼帯に猫頭の司が真剣な片目で俺を見つめた。
 ちなみに司は元々持ってた自分の服をゲットしたせいか、身体の方はちゃんと紫のシルクのシャツ姿なのがシュールだ。
「昨日から薄々思ってたんだけどさ……」
「……なんだ」
 何を言われるのかと身構えて、心臓が不穏に高鳴る。
「貴弘くんって、超能力者? 俺がずっと食べたかったご飯ばっかりなんだけど……!」
 司はシャツの襟ぐりやら、袖やら、ありとあらゆる場所から真っ白なふわふわの毛が飛び出させながら、嬉しそうにご飯を見つめていた。
 ピンと立った小さい猫耳に、キラキラしている片方の青い瞳……。
 さっきまで落ち込んでたのに、なんて健気なんだ!!
 ……危うくうっかり抱きついてモフモフを吸いそうになり、俺は視線をそらした。
「べっ、別に、新鮮な魚と野菜が食べたくて仕方がなかっただけだ。ほら、早く食べてくれ……」
「ニャン」
 可愛い返事と共に、高級猫のイメージを裏切らないお上品な箸使いで、鋭い小さな牙の生えた口に食べ物を運び始める。
「ウミャーッ……貴弘君の手作りご飯、泣くほど美味しい……」
「そこまでいうほどか……?」
 俺も黙って向かいで食べていると、司が手を止め、話しかけてきた。
「……ねねね、貴弘君ってさ、猫を飼う才能がありすぎるんじゃない? ブラッシングも上手すぎるしさ。お風呂も、貴弘君とならいつでも入りたいかも?」
 飼い猫にそんなふうに褒められて、有頂天のいい気分にならない飼い主なんているんだろうか……。
 でも……。
「……そんなこと言われても、飼わないぞ。……本物の猫じゃないんだから」
「分かってるよ~」
 あっさりとそう言われて、今度は心がちくりと刺されたように痛くなった。

 

 草木も寝静まる時間……家の外で、微かに風の音が聞こえる。
 俺はいつも寝ている廊下に近い和室で、電気もつけずに布団の上に寝転がって、ぼんやりと考えにふけっていた。
 司がこの家にいるのはたったの一週間だけの約束だ。
 残された時間は、次の日曜までのあと六日か……。
 居なくなったら、俺はまたこの広い家にたった一人……。
 いや、寂しいだなんて思ったら司の思うツボだ。
 考えないようにしよう。
 それにしても、もう冬なのに、何故か妙に暑い。
 電気毛布の設定が熱すぎたか。
 パジャマ代わりの浴衣から足を投げ出して、天井のシミをぼんやりと見つめる。
 司はまた例の応接間のソファに敷いた電気毛布の上で、猫になって寝ているはずだ。
 寝る前にはちゃんと、獣面人身の姿で風呂に入っていた。
 一緒に入って洗ってくれとせがまれたのはキッパリ断ったが、出てきた時のブラッシングは手伝った。
 猫の時にバリカンしたところがそのままハゲてて、痛々しかったな……。
 猫獣人の獣の時の皮膚って、普段毛で守られてる分、薄くて弱いんだ。
 こすったりお湯かけたり、ちょっとした刺激でもすぐに赤くなってしまうくらい。
 ちゃんと生えるまで、一緒にいようか……そんなことを考えてしまった自分が恐ろしくなった。
 駄目だそんなこと。
 思い出すんだ、前の人生で司がどんなだったか。
 俺の誕生日なんか、最後までちゃんと覚えてくれなかった。
 それどころか、そういう日に限って他の女の子やオメガとデートしてたりして……。
 帰ってきた司といつも大喧嘩になった。
「結婚してる訳でもないのに、自由じゃないのって嫌なんだよね。俺が他の子と遊ぶのがイヤなら、いつでも別れるけど?」――決まってそう言われた。
 しかも、「俺がプレゼントだからいいでしょ? モフモフしていいよ?」とか言って、全然悪びれないんだ。
 でも、猫の姿で膝の上に乗られたり、布団の中でモフモフの身体で抱き締められて、そのままいやらしいことに雪崩れ込んだりすると、もう、それでも十分か……という気分になってしまっていた。
 浮気されても、つがいになれなくても、結婚できなくても……俺の飼い猫でいてくれさえすれば……。
 でも最後の方はもう、正直、よく分からなかったんだ。
 自分の司を好きっていう気持ちが、恋人への愛なのか、それともただの飼い猫に対する執着なのか……。
 司と別れて、もっと普通の別の人生を歩んだほうが良いんじゃないかって、何度も自問自答した。
 司は付き合う前から、「結婚なんか絶対したくない、つがいも子供も欲しくない」と明言していたから。
 セックスも絶対に子供ができるようなことはしなかったし、どんなに互いに盛りあっても、首の後ろを噛まれることは決してなかった。
 ある意味紳士ではあるけど、オメガのフェロモンで誘われているのに絶対に相手に流されたりしないのは……多分、彼がホストをやっていたことで、客に誘惑されることに「慣れてる」から。
 そしてもう一つは……俺と司が「運命のつがい」では、多分、ないから……。
 その事実が、歳を重ねるごとに絶望的に辛くなっていった。
 本当は結婚も子供も望んでいたが、司さえいればそれでいいんだと無理矢理、納得したフリをしていても。
 だからこそ、司が俺じゃない誰かと結婚する未来を選ぼうとしてる事を知ったあの時……心底、ショックだったんだ。
『……だってさ、貴弘君、もう俺のこと養う余裕ないよね? この家も売っちゃうんでしょ? それじゃあ、仕方ないよね』
 婚活が俺にバレても、司は最後までいつも通りの態度で微笑んでいた。
 人生に対する考え方が変わることなんて、よくあることだ。
 それは司自身も言ってた。
 俺が「一生司のことが大好きだ」って言うと、彼は「俺も、今は貴弘君のこと好きだよ」って答える。
「心って変わるから、将来は分かんないけどね」って。
 司の心が変わってしまったことに、あの夜、俺は耐えられなかった。
 もう一度同じ事が起こったら……俺はまた、それに耐えられないと思う。
 司のことを心底、愛し抜き過ぎていたから。
 思い出すだけで、涙が溢れてきて……胸を引き裂かれるような感情を、暗闇の中でひっそりと胸にしまう。
 もう、寝なくては。
 明日は大学に行く日だから……。
 そう思って布団を被り、目を閉じた時だった。
 頭側のふすまがスッと横に開いた。
 その奥の暗い廊下に、黒い影が立っている。
 歩く音も何も聞こえなかったのに、誰かが突然、そこに現れたのだ。
 泥棒か幽霊かと、恐怖に凍りついた瞬間、子猫みたいに小さい鳴き声が上がった。
「ニャ~……。貴弘君」
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